アーンアウトとは
英語でEarn Outと表記されるアーンアウトは、買収対価をM&A実行後に一括で支払わずに一定の条件の下に分割で支払う仕組みのことです。ここでは、アーンアウトがどのような場面で用いられるのかを詳しく解説します。
M&Aで用いられるアーンアウト条項
M&Aの対価を決める際にアーンアウトの考え方を取り入れる場合、契約書にアーンアウト条項を入れます。アーンアウト条項とは、M&A取引が完了した後に買収対象の事業が特定の目標を達成した場合、買手企業が売手企業に対して買収対価の一部を支払うことを約束した規定です。
アーンアウト条項が付される理由
M&A取引時の譲渡価格は過去数年の業績や財務内容などを軸に算出され、一括で支払われることが一般的です。しかし、スタートアップ企業のように将来的に急成長が見込めても、過去数年の業績としてはまだ黒字確保に至らない企業も多数存在します。
アーンアウト条項の規程を設けると一般的な株価算定を行ったとしても少額の譲渡価額しか見込めない企業であっても、買収後に業績を上げ特定の目的さえ達成すればより多くの譲渡価額を得ることが可能です。つまり、アーンアウト条項は現在の価値だけではなく将来性に注目し譲渡価額に反映してもらうために付されます。
また、買手がこの条項を付けるのはリスク軽減を図ることが主な理由です。これについては後ほどのメリットデメリットで詳しく解説します。
国内M&Aでの現状
少し古い情報になりますが、ABA(アメリカ法曹協会)が2009年12月に出版した「2009 Private Target M&A Deal Points Study」によると、2008年にアメリカで実施されたM&Aのうちの約3割でアーンアウト条項が利用されています。M&Aの契約書の内容が公開されるケースがアメリカのようにないため、日本でどれほどアーンアウト条項が利用されているのかは不明ですが、アメリカほどの事例はないでしょう。
日本のM&Aでアーンアウト条項が利用されていない理由としては、M&Aに対する日米の考え方・風習の違いが影響していたり、そもそもアーンアウト条項があまり認識されていないことが考えられます。しかし、後ほど紹介するように日本国内でも話題になる事例が出てきおり、今後は増えていくことが予想されます。
自社でアーンアウト条項を利用したほうが良いのかの判断材料とするため、次から買手と売手にとってのメリットデメリットをみていきましょう。
買手にとってのメリットデメリット
買手にとっての2点のメリットと1点のデメリットを紹介します。
大金を一度に支払わずに済む
企業を買収する際、売手が株式を譲渡するのと同じタイミングで譲渡対価を支払うことが一般的です。その点アーンアウト条項を設定しておけば譲渡対価を分割で支払うことができるため、自社の流動比率やキャッシュフローの悪化を軽減することができます。
リスクを回避できる
スタートアップ企業やベンチャー企業に対するM&Aでは、将来性に対する投資であることが多いため、過去の業績や現在の財務諸表を確認するだけではその後どれほどの利益をあげることができるかといった将来性は不明確です。アーンアウト条項を入れると、「◯年後に〜億円の営業利益を達成」のようにあらかじめ設定された具体的目標を達成した場合に限り満額の金銭を支払います。
買収前に想定していたほどの業績を上げることができなかったとしても、損をするのは最初に支払った金額+αのみです。「無駄な買い物」をせずに済むため、リスクを回避できます。
条件設定が難しい
リスク回避できる点はメリットでしたが、そもそもその支払い確定の特定の目標をどのように設定するかが問題です。売手としては達成しやすい条件を求める一方、買手としてはできるだけ高い業績を達成したいと考えるでしょう。アーンアウト条項の条件設定で双方の妥協点が見つからない場合、せっかくまとまりかけていたM&Aの交渉が暗礁に乗り上げてしまうかもしれません。
売手にとってのメリットデメリット
同様に、売手にとっての2点のメリットと1点のデメリットを紹介します。
モチベーションが上がる
スタートアップ企業に対するM&Aの契約書にアーンアウト条項を入れる場合、M&A取引後も売手の経営陣が引き続き会社を経営するケースも多いです。そのため、M&A以降に業績を上げれば自分たちにより多くのお金が入ることになるため、事業活動へのモチベーションが上がります。
売手経営陣のモチベーションが上げれば、それだけ目標達成の可能性も上がるため、この点は買手にとってのメリットともいえるでしょう。
M&Aの成約率が高まる
スタートアップ企業やベンチャー企業に対しては、将来性が不確実なためM&Aを敬遠する企業も多いです。しかし、アーンアウト条項を設定すれば買手のリスクマネジメントが可能になります。
結果として、条項を設定しないよりもM&Aの成約率が高まる点がメリットです。
一括で対価を受け取ることができない
新規事業立ち上げの資金を確保するために、売手がM&Aを検討する場合があります。しかし、アーンアウト条項があるとM&A取引成立時に譲渡対価の一部のみの受取りとなり、十分な資金を得ることができない可能性があります。
資金を確保できないことで新規事業に遅れが生じ、結果としてライバル企業に遅れをとってしまうことも考えられます。
アーンアウト条項が付いたM&A事例
国内ではまだ事例は少ないですが、アーンアウト条項が付いて話題になった案件がいくつかあります。
マネックスによるコインチェック買収
2018年4月、マネックスグループ株式会社(以下、マネックスグループ)がアーンアウト条項を定めた上でコインチェック株式会社(以下、コインチェック)を36億円で買収し、完全子会社化することを発表しました。マネックスグループはマネックス証券などをグループ企業として抱える金融持株会社で、コインチェックは仮想通貨取引所の先駆者として知られる企業です。
コインチェックは、2018年1月の不正アクセスによる仮想通貨NEMの不正送金で、関東財務局から業務改善命令を受けて経営管理態勢や内部管理態勢の改善を図っていました。コインチェックが仮想通貨交換業の登録業者でなかった点、また追加の訴訟リスクが想定されたことがアーンアウト条項を設けた理由です。
条項では、コインチェックの21年3月期までの3年間の純利益合計額に対して2分の1を上限に追加で取得費用を支払うとされています。アーンアウト条項により、マネックスはリスクを最小限に抑え、コインチェックは経営陣を残しつつもM&A成約に至ることができました。
DeNAのクロスボーダー案件
日本企業がアメリカ企業とのM&Aにおいてアーンアウト条項をつけた事例が、DeNAによる国際間取引のクロスボーダー案件です。当時携帯電話向けゲーム「モバゲータウン(現モバゲー)」の提供で知られていたDeNAはiPhone向けゲームアプリを提供する米ベンチャー企業ngmocoの子会社化を2010年10月に発表しました。
当時スマートフォン市場が急速に拡大している最中で、DeNAの成長戦略をさらに推進することが買収の主な目的です。日本企業が米スタートアップ企業を買収した点、アーンアウト条項が設けられている点、買収金額の高さから本件は世間の注目を集めました。
なお、本件の買収対価は、買収実行時に3.03億米ドル(約257億円)が支払う上、ngmocoの業績に応じてアーンアウト時に1.00億米ドル(約85億円)相当を支払うというものです。
ペッパーランチ事業売却案件
アーンアウト条項を活用した最近の事例が株式会社ペッパーフードサービスによるペッパーランチ事業の売却です。2020年4月にペッパーフードサービスを新設会社である株式会社JPに承継することを発表し、同年7月に株式会社JPの株式をPEファンドであるJ-STARが運営するファンドが出資するPLHDに対して全株譲渡することを発表しています。
事業売却で得た経営資源をペッパーフードサービスが運営する別事業(いきなり!ステーキ事業など)に充てることが主な目的です。本件の譲渡価額は85億円ですが、譲渡後JPが一定の売上高目標を達成することにより価額が102億円まで増額されるアーンアウト条項が設けられています。
アーンアウトに関する疑問を解決
概要を説明してきましたが、実際にアーンアウトを利用するにあたり実務手続き上、疑問が生じるかもしれません。そこで、ここからはアーンアウトに関する疑問と解決法を紹介します。
アーンアウトの会計処理はどうする?
日本の会計処理基準は、企業結合会計基準第27項1号「将来の業績に依存する条件付取得対価」に記載されています。内容は以下の通りです。
条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれんを追加的に認識する又は負ののれんを減額する。
つまり、条件を満たすまでM&A成立時に支払われた譲渡対価を取得価額とし、条件付取得対価の支払いが確定となった段階でのれんが計上されます。ちなみに、アーンアウト条項の条件を満たすことができなかった場合には特段会計処理はありません。
国際財務報告基準(IFRS)を採用する場合、取り扱いが異なります。国際財務報告基準(IFRS)3号では「企業連結日時点で条件付取得対価は公正価値で計上される」ことになっており、最初からアーンアウト分を含めてのれんを計上しなければなりません。また、条項の条件を満たすことができなかった際はアーンアウト金額分をその期の損失として計上します。
アーンアウトの税務上の扱いは?
まず、株式譲渡代金が個人に支払われた場合、譲渡所得に分類されます。では、アーンアウトの所得はどのような所得に該当するのでしょうか。
譲渡所得、一時所得、雑所得のいずれに該当するかで議論になることもありますが、2020年2月3日の税務通信3591号では「アーンアウト条項付株式に係る調整金額の性質を踏まえると、「雑所得」に該当することが基本となるようだ」とされています。クロージング時にアーンアウト金額が確定している場合、例外的に譲渡所得となります。
なお、アーンアウトの収入計上時期は条件が達成されたタイミングとするのが原則ですが、例外的に株式引き渡し時にアーンアウト分も認識するとした判例もあります。ただし、この判例の案件では過去業績から条件達成が困難ではなかったこと、後の事業年度で未達成分の穴埋めが可能だったことが考慮されており、特殊なケースといえるでしょう。
アーンアウトで注意すること
条件を設定する際には、財務指標などが用いられます。しかし、買手はM&A成立後、指標に手を加えることでアーンアウトの支払額を軽減することも可能です。
売手の防止策のひとつとして、財務指標以外の指標もアーンアウト条項に加えるという方法があります。そのほか、権利を侵害する行為を禁止する内容をM&Aの最終契約書に盛り込むことも有効です。
また、条件の期間にも注意しなければなりません。契約によっては、3年以上の長期間で目標を設定するケースもあります。
しかし、長期間で設定するには目標設定の判断材料が少ないため、売手は目標を低めにすることを望み、買手は高めに設定することを望むでしょう。双方譲らず、なかなか同意に至らないことも想定されるので、長期間条件での設定については慎重に判断したほうが良いでしょう。
まとめ
アーンアウト条項があれば、まだ業績を上げていないスタートアップ企業でもM&Aの成約を期待することができます。また、買手にとっても、リスクマネジメントをしつつ買収することができるので安心です。
しかし、アーンアウトには税務面や会計面で通常と少し異なる扱いになるため、事前に会計士や税理士などの専門家の意見を伺う必要があります。また、条項を付けるにあたっても、金額や条件面の設定が難しいためM&Aの経験や知識の深い人に相談することがポイントです。
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