遺産相続により直接的には所得税はかからない
遺産を相続したら多額の所得税を納める必要があるのではとお考えになる方もいますが、これは誤解です。
遺産を相続したことに伴い、亡くなった方(被相続人)から財産を承継した人(相続人)には所得税ではなく相続税が課税されることになります。
所得税と相続税のポイントを確認
はじめに、所得税と相続税の違いについて、簡単に説明しておきましょう。
まず、所得税は、個人の1年間(暦年)の「所得」に対して課税される税金です。
では、「所得」とはなんでしょうか。実はこれを厳密に考えると難しい問題になるのですが、大雑把にいえば、個人の1年間における「収入から、その収入を得るために必要となった経費等を差し引いた、残りの金額」のことを意味しています。つまり、1年間に得たお金とイコールではないということです。
所得は、収入から経費等を差し引いた金額、すなわち“利益”に近い概念です。そこで、もし1年間に得た収入よりも、その収入を得るために使った経費等のほうが大きくて、利益(所得)が生じていなければ、所得税を納める必要は基本的にありません。
ここで、相続によって被相続人の財産を無償で取得したときのことを考えてみましょう。
無償で財産を取得したという事実は、所得を得たとも考えられますが、所得税法では「相続や遺贈、個人からの贈与」で得た所得は「非課税」と規定しています(所得税法9条1項17号)。
では、この相続や遺贈、個人からの贈与で財産を取得した場合には、何も税金がかからないのかというとそうではありません。皆さんご存じのように、相続や遺贈により取得した財産に対しては「相続税」が、個人からの贈与により取得した財産に対しては「贈与税」が課税されることになります。
この点で「相続税や贈与税は、所得税を補完する役割を果たしている」といわれることもあります。
相続人が所得税の申告を行わなければならないこともある
さて、通常、相続が起きた場合に相続人が納めるべき税金は相続税です。
しかし、被相続人の相続にあたり、次のような事情がある場合には、相続人が所得税の確定申告を行わなければなりません。
【相続人が確定申告をしなければならない2つのケース】
・被相続人の所得について準確定申告が必要な場合
・相続人自身に所得が生じる場合
この2点について、以下で詳しく説明していきます。
所得税の準確定申告の概要と注意点
まず、所得税の「準確定申告」について説明します。
準確定申告が必要になる場合
準確定申告とは、被相続人が事業や不動産貸付などを行っており、被相続人の死亡時までの所得について、確定申告義務がある場合に必要となるものです。
相続人が、被相続人の準確定申告を行わなければならない具体的な想定場面は以下のようなケースです。
被相続人に2,000万円を超える給与収入がある場合
被相続人に複数の企業からの給与収入がある場合
被相続人の公的年金による収入が400万円を超える場合
被相続人に給与・退職金以外で20万円を超える所得がある場合
なお、被相続人が会社員などの給与所得者であり副業などの他の収入がない場合には、勤め先が被相続人の年末調整を行うことになるため、上記2や3に該当する場合等を除き、相続人が準確定申告を行う必要はありません。
準確定申告を行わなければならない人
被相続人は亡くなっているので、当然のことながら自分で確定申告を行うことはできません。このため、準確定申告は「相続人(包括受遺者を含みます)が行う」こととされています。
ただし、被相続人に多額の債務(借金等)があったなどの理由から、相続人が相続放棄をした場合は、その放棄した人には準確定申告の義務はありません。逆に、相続放棄をするつもりの人が準確定申告の手続きに主体的に参加してしまうと、相続放棄ができなくなる可能性があるので注意しましょう。
また、相続人が2人以上いる場合には、準確定申告は、原則として各相続人が連署したひとつの申告書を提出することとされています。この場合には、税務署から送られてくる書類の受領や照会対応など、税務署に対する窓口となる相続人代表者を決めておく必要があります。
ただし、例外的に、他の相続人の氏名を付記する形で、各相続人が別々に申告書の提出をすることも認められています。この場合には、申告書を提出した相続人は、他の相続人に対して申告書に記載した内容を通知する必要があります。
準確定申告は相続開始後4か月以内に行わなければならない
通常の所得税の確定申告期限は、翌年2月16日から3月15日の間となっていますが、準確定申告は相続の開始(被相続人の死亡を知った)日の翌日から「4か月以内」に行わなければならないとされています。
相続開始後はさまざまな手続き等が必要となるため、慌ただしい時間が続きます。その中で、4か月という時間はあっという間に過ぎてしまいます。申告期限に間に合わず期限後申告となってしまった場合には、延滞税や無申告加算税が課される場合がありますので、準確定申告の申告期限には十分に注意が必要です。
また、被相続人が事業を行い、消費税の課税事業者であった場合には、消費税の準確定申告も必要となります。この際の申告期限も相続の開始を知った日の翌日から4か月以内とされています。
その他の準確定申告の際に注意すべき事項
準確定申告書を作成する際は、以下のような点に注意が必要です。
準確定申告書の様式等に関する注意点
準確定申告書の作成にあたっては、確定申告書の表題部の余白に「準」と記入し、住所や氏名欄には「被相続人」のものと相続人のものを併記するなど、記載方法が独特です。
具体的な記載方法の詳細は、以下の国税庁ホームページ「所得税の確定申告」コーナーからご確認ください。
国税庁ホームページ「所得税の確定申告」
なお、準確定申告書の提出は、e-Tax(電子申告)でも対応しています。
準確定申告における所得控除に関する注意点
準確定申告を行う場合、「所得控除」の取り扱いにも注意する必要があります。準確定申告における所得控除に関する主な注意点は以下のとおりです。
②配偶者控除や配偶者特別控除、扶養控除の適用を受けられる場合、控除額の算定にあたり月割計算を行う必要はありません。
③医療費控除の対象となるのは、被相続人が死亡する日までに支払った医療費となります(死亡後に相続人が支払った医療費は対象になりません)。
④社会保険料控除、生命保険料控除、地震保険料控除等の対象となるのは、被相続人が死亡する日までに支払った保険料等の額となります。
相続人が複数いる場合の納付税額に関する注意点
相続人が2人以上いる場合には、各相続人の納付税額は、準確定申告による所得税額を法定相続分により案分した金額となります。遺言による指定相続分がある場合には、その指定相続分により案分した金額となります。
なお、各相続人が負担した準確定申告による所得税額や消費税額は、相続税額の計算にあたり相続財産から債務控除することができます。
遺産相続に伴い相続人自身に所得税が課税される場合
次のような場合には、「相続人」に所得税が課税されることになるため、相続人自身の確定申告が必要となります。
死亡保険金を受け取った場合
まずは、被相続人を被保険者とした一定の保険契約において、相続人が生命保険の死亡保険金を受け取った場合の一定のケースです。
死亡保険金の受取人に対する課税は、その生命保険契約の「契約者」(保険料負担者)と「被保険者」(保険の対象となる人)、「保険金受取人」の組み合わせにより異なってきます(下表参照)。
▼契約者と被保険者、受取人別の生命保険の課税関係をまとめた表
ケース | 契約者 | 被保険者 | 保険金受取人 | 受取人への課税 |
① | 夫 | 夫 | 妻 | 相続税 |
② | 妻 | 夫 | 妻 | 所得税 |
③ | 夫 | 妻 | 子 | 贈与税 |
例えば、上表の「ケース①」のように、夫が契約者となり、夫自らを被保険者、妻を保険金の受取人とする生命保険に加入した場合、被保険者である夫の死亡に伴い死亡保険金を受け取った妻には「相続税」が課税されます。
一方、「ケース②」のように、妻が契約者となり、夫を被保険者、妻を保険金の受取人とする生命保険に加入した場合、被保険者である夫の死亡に伴い死亡保険金を受け取った妻には「所得税」が課税されます。
このケースにおいて、死亡保険金を一時金として受け取る場合の所得区分は「一時所得」となり、年金として受け取る場合の所得区分は「雑所得」となります。いずれも、原則的に保険金受取人自身が所得税の確定申告をする必要があります。
また、「ケース③」のように、夫が契約者となり、妻を被保険者、子を保険金の受取人とする生命保険に加入した場合、被保険者である妻の死亡に伴い死亡保険金を受け取った子には「贈与税」が課税されます。
相続した遺産を売却した場合
次に、被相続人の遺産を相続により取得した後、売却(譲渡)した場合について説明します。
相続により取得した不動産や株式、貴金属などを売却し、売却益(譲渡益)が出た場合には相続人自身の所得税の確定申告が必要となります。
所得税法では、所得の区分を10種類に分けていますが、相続した遺産を売却した場合の所得区分は、通常「譲渡所得」となります。
この譲渡所得には、さらに種類があり、取り扱いは複雑なのですが、大まかにいうと、売却した資産が土地・建物なのか、株式などの有価証券なのか、それ以外の資産なのかにより課税上の取り扱いが異なります。
ここでは、相続した土地・建物を売却したケースを取り上げます。
土地や建物を売却した場合の譲渡所得は、「分離課税」といって他の所得とは合算せずに計算します。この際の譲渡所得に対する所得税額は、以下の計算式で算出します。
【譲渡益の計算】
(注1)被相続人が土地・建物を取得した際の購入代金や取得時に支払った手数料などを加算した金額です。なお、建物は時の経過に伴う価値の減少分である減価償却費相当額を差し引いた金額となります。取得費を算定する際の応用的なポイントについては後述します。
(注2)売却にあたり不動産業者に支払う仲介手数料や土地の測量費、立退料などが該当します。
【課税対象となる譲渡所得の計算】
(注3)土地・建物を売却した場合、譲渡所得の計算上、さまざまな特例(特別控除)が用意されています。これらは適用要件が複雑なものも多く、適用可能な特例があるか気になる場合には、税理士などの専門家へ相談するとよいでしょう。
【③譲渡所得に係る所得税額の計算】
(注4)土地・建物の譲渡所得に関する税率は、以下のように、所有期間の長短により税率が大きく異なります。
▼土地・建物の譲渡所得に関する税率
区分 | 所有期間(注5) | 税率(固定) |
短期譲渡所得 | 5年以下 | 所得税:30%住民税9% |
長期譲渡所得 | 5年超 | 所得税:15%住民税5% |
(注5)所有期間は、土地・建物の取得日から「売却した年の1月1日」までの期間で判断します。例えば、令和4年10月31日に売却している場合は、令和4年1月1日までの期間で5年超かどうかを判断します。なお、相続により取得した土地・建物の取得日は、被相続人の取得日を引き継ぐことになるため、一般的には、長期譲渡所得に該当することが多いものと考えられます。
土地・建物の取得費計算上のポイント
土地・建物を売却した際の上記①の譲渡益の計算にあたり、収入金額から差し引く「取得費」を計算する際のポイントについて説明します。
まず、売却する土地・建物の取得費は、被相続人の取得費を引き継ぐことになります。ただし、売買契約書の紛失等により被相続人の取得費が不明の場合には、「収入金額×5%」を取得費とすることが認められています。
また、相続により取得した土地・建物を「相続税の申告期限後3年以内」に売却した場合に限り、納付した相続税額のうち一定額を土地・建物の取得費に加算できる特例(取得費加算の特例)があります。この特例を用いると、土地・建物の取得費が増加するため、その分譲渡益を減額することができます。
収益不動産を相続した場合
最後に、収益不動産を相続した場合について説明します。
被相続人が賃貸用の収益不動産を所有していた場合、その収益不動産を相続した相続人には、その後、賃料収入から「不動産所得」が生じることになるため、その相続人は原則として所得税の確定申告を行う必要があります。
この点、遺産分割協議がまとまるまでは遺産は共有状態となるため、その間に生じる不動産所得は、法定相続分に応じて各相続人に帰属するという点に注意が必要です。
なお、被相続人が所得税の青色申告の承認を受けており、なおかつ、収益不動産を相続した相続人も引き続き青色申告を希望する場合には、その相続人は下表の期間内に「青色申告承認申請書」を所轄税務署に提出する必要があります。青色申告の承認の効力は一身専属的なものであり、自動的に相続人に引き継がれるものではない点に注意が必要です。
▼事業承継者の青色申告承認申請書の提出期限
死亡の日 | 提出期限 |
1月1日から8月31日 | 死亡の日から4か月以内 |
9月1日から10月31日 | 死亡の年の12月31日 |
11月1日から12月31日 | 死亡の年の翌年2月15日 |
所得税の確定申告と準確定申告の相違点
最後に、所得税の確定申告と準確定申告の相違点について、簡単に整理しておきます。
▼所得税の確定申告の準確定申告の相違点
項目 | 確定申告 | 準確定申告 |
納税者 | 本人 | 相続人 |
申告期限 | 翌年2/16~3/15 | 被相続人の死亡後4ヶ月以内 |
申告する税務署 | 本人の所轄税務署 | 被相続人の所轄税務署 |
医療費控除 | 1年間に支払った金額 | 死亡日までに支払った金額 |
配偶者控除や扶養控除 | 1年間に支払った金額 | 死亡日までに支払った金額 |
まとめ
準確定申告は、申告期限が短いこともあり、その必要性を知らないまま申告期限を迎えてしまうことも多くあります。
また、相続人自身の所得税の確定申告が必要となる場合に関しても、本記事で触れていない理由(例えば、被相続人の事業を承継したなど)で、確定申告が必要となることもあり得ます。
相続に伴い、確定申告が必要かどうか迷う場合は、早めに税理士などの専門家に相談することをおすすめします。