M&Aにおける友好的買収と敵対的買収
会社のM&Aの大半は、売り手側も買い手側もそれを望み、双方が合意形成しながら進める友好的買収です。しかし、時には現経営陣の意向に反して、第三者がオーナー権(経営支配権)の獲得を目指して、株式の買収を進めることがあります。これを「敵対的買収」と呼びます。
大前提として、株式会社では、「株主(オーナー権者)」と「経営者(業務執行権者)」にわかれています。また、株主は最低1人でも株式会社を設立できますが、ある程度の規模の企業であれば複数の株主が存在することが一般的です。
したがって、経営者や一部の株主が反対していても、多数の株主が納得すれば会社のオーナー権を他者に移行させることが可能になるのです。特に、上場企業においては、株式は誰でも自由に売買することができ、また、TOB(株式公開買い付け)といった制度も用意されているため、時に経営陣の意向に反した買収が行われることがあります。
一方、非上場企業では、実態として大株主=経営者であることがほとんどのため、敵対的買収が実施されることはまれです。しかし、非上場でも規模がある程度大きく、株主が広く分散していたり、いわゆる「お家騒動」のような状態で、株主間で対立が起こったりする企業があります。そういう企業では、敵対的買収の対象とされる場合があります。
★図表 友好的買収と敵対的買収
敵対的買収とは
敵対的買収とは何なのか、その定義について解説します。敵対的買収とは、買収対象となる企業の取締役会の合意を得ずに行う買収のことをいいます。
上場企業の敵対的買収は、後程説明するTOBで行われることが一般的です。これは、株主にとっては現在の株価よりも高い値段で買い取ってもらえるチャンスでもあります。実際に「売る」「売らない」はともかく、株主としての選択肢が増えるのは望ましいことですから、敵対的買収は、株主にとって必ずしも悪いことだとは限りません。
関連記事「敵対的買収とは?仕組みやメリット・事例を解説」
敵対的買収のメリットとデメリット
敵対的買収は、買収対象企業の経営陣(取締役会)や従業員などと対立してまで買収を強引に進めるため、買収が失敗する可能性も高く、また、買収後にスムーズな企業経営ができなくなるリスクもあります。それにもかかわらず敵対的買収を行うのは、ドラスティックな経営改革が迅速にできるため、短期間で企業価値と株価を上げる可能性が高いと、買収側が判断するような場合です。
企業経営に問題があったとしても、内側から変えるのはなかなか難しい上に時間もかかります。しかし、敵対的買収が成功すれば、現経営陣を一掃してあっという間に問題点を解決できる可能性があります。収益が改善すれば株主への配当金を増やすことができますし、企業価値が上がれば株価も上がります。これはどちらも株主にとって望ましい変化です。
一方、敵対的買収のデメリットとして、企業イメージの低下と買収後の企業運営の難しさが挙げられます。敵対的買収によって買収された企業はどうしても現場の混乱などが懸念されるため、一般的に良いイメージが持たれません。また、敵対的買収には従業員が反対するケースが多いため、買収成立後に離職者が増えたり、従業員のモチベーションが下がったりしてしまうことがあります。これが、業績へのマイナス影響をもたらすことが懸念されます。
友好的買収のメリットとデメリット
一方、通常のM&A=友好的買収のメリットは、買収後のシナジー効果が生じやすい点と買収後の企業経営のやりやすさです。現経営陣はもちろん多くの従業員からも買収に対して協力的な姿勢で受け入れてもらえるため、敵対的買収と比べると買収後のシナジー効果が生じやすくなります。また、買収後の企業経営も協力的な体制を整えてもらうことが望めるため、組織運営がやりやすくなります。スムーズな経営支配権の移行が可能になるということです。
反面で、友好的買収に際して現経営者の保身が優先されるようなことがあれば、企業価値の向上が見込めないこととなり、株主の利益は最大化されない可能性もあります。
メリット | デメリット | |
敵対的買収 | ・経営改革が迅速に行える ・株主のメリットが生じやすい(株価が上がるため) | ・企業イメージの低下 ・買収後の組織運営が難しくなりがち |
友好的買収 | ・買収後のシナジー効果が生じやすい ・買収後の企業経営がスムーズ | ・株主の利益が最大化されないこともありうる。 |
買収の手法
株式会社の最高意思決定機関は株主総会です。株主総会の議決権は原則として株式数に応じて与えられるため、発行済み株式数の過半数(特別議決は3分の2以上)の割合を保有すれば、その会社を支配できることになります。したがって、企業買収とは、株式の過半数の割合を取得することだといえます。
その方法ですが、通常は「TOB」(株式公開買い付け)と呼ばれる手法が用いられます。
TOBとは、あらかじめ株式の買い付け期間や価格、買い取り株式数などを公告し、「株式市場外」で株主から株式を買い取ることです。上場企業の場合は、友好的買収も敵対的買収も、基本的にTOBで株式の買い取りが進められます。
★図表 TOB(株式公開買い付け)とは
一方、非上場の株式会社の多くは、定款において株式を「譲渡制限株式」としています。そのため、非上場企業での敵対的買収はかなりハードルが高くなりますが、不可能ではありません。その方法については、後に「ぺんてる」の事例で見ていきます。
譲渡制限株式とは?
譲渡制限株式とは、株主が保有している株式を譲渡(売買)する場合に、その会社の取締役会(取締役会非設置の場合、株主総会)での承認がなければ譲渡が認められない株式のことをいいます。譲渡制限株式は、会社にとって好ましくない人物が株主となることや株主が分散して会社の運営に支障をきたさない目的で発行されます。なお、非上場企業でも、株式を譲渡制限株式にしないこともできます。
買収防衛策の具体的な手法について
買収者が株式の過半数を保有すれば経営支配権を持つことができるということは、逆にいうと、買収を防ぐためには、株式の過半数を保有されないようにすればいいことになります。
そのために行われるさまざまな施策を「買収防衛策」と呼びます。
買収防衛策は、そもそも敵対的買収を仕掛けられないように「予防」するためのものと、敵対的買収を仕掛けられた後に、「対抗策」として行うものの2種類にわけられます。
敵対的買収に対する買収防衛策の実例
過去に実際に起きた敵対的買収と、それに対する買収防衛策の実例を、成功例と失敗例に分けてご紹介します。
★図表要素 過去の敵対的買収に対する買収防衛策の例
買収防衛策の成功例
買収防衛策の成功例としてご紹介するのは、以下の2例です。
・コクヨ vs ぺんてる
スティール・パートナーズ vs.ブルドックソース
東証二部に上場していたブルドックソースは、2007年当時筆頭株主だった米国投資ファンドのスティール・パートナーズから、突如敵対的買収を仕掛けられました。ブルドックソースは対抗策として、筆頭株主であるスティール・パートナーズ以外の株主に対して1株につき3個の割合で新株予約券を無償で発行し、スティール・パートナーズの持株比率を低下させ買収を食い止めようとします。
それに対して、スティール・パートナーズは、東京地裁に差し止め請求を行いますが、最終的には最高裁の判断により、ブルドックソースの新株予約権の無償発行が認められることとなり、ブルドックソース側の勝利に終わりました。
コクヨvs.ぺんてる
珍しい、非上場企業の敵対的買収の例です。
ぺんてる(非上場)の筆頭株主だったコクヨ(東証一部)は、2019年11月にぺんてるに対するTOBを発表します。ぺんてるは非上場企業のため、株式には譲渡制限がかけられていましたが、コクヨは以下の方法で株式を買い進めていきます。
①個人株主から株式を買い取り、株主総会決議の委任状を発行してもらう。
②もともとコクヨが保有していた株式と、委任状の議決権の合計が過半数を超えた時点で臨時株主総会を開催し、現経営陣を解任する決議をして退陣させたうえで新たな取締役を選任する。
③取締役会を開催し、譲渡制限のかかった株式の譲渡を認める。
譲渡制限株式の譲渡は、取締役会で承認される必要があります。現経営陣は買収に反対なので、そのままでは、譲渡が認められません。そこで、コクヨは株主から委任状を集めて、株主総会で過半数の議決権を確保し、取締役を交代させる作戦を取ったわけです。
それに対して、ぺんてるも対抗し、ぺんてるとコクヨとの間で委任状の争奪戦(これを「プロキシ―ファイト」と呼びます)が行われましたが、最終的には、同業のプラスがホワイトナイトとなってコクヨの買収は失敗に終わりました。
非上場企業でも株式が分散していれば、敵対的買収の対象となることがある
非上場のぺんてるに敵対的買収が仕掛けられたのは、ぺんてるの株主構成は相続を経て分散しており、さらに従業員持ち株会もそれなりの株式数を保有していたため、ぺんてるOBの持つ株式ならば取り崩せるとコクヨ側に思われたためです。
創業者とその家族だけで株式を保有しているような中小企業であればこのような事態は考えにくいですが、非上場の中小企業であっても、社歴が長く、事業承継を何度か経て株式が分散してしまうと敵対的買収のリスクが高まる事例といえるでしょう。
買収防衛策の失敗例
次に、買収防衛策を講じたものの、失敗してしまった例を紹介します。
・ケン・エンタープライズ vs ソリッドグループホールディングス
伊藤忠商事 vs デサント
デサントの株主であり、ビジネスパートナーでもあった伊藤忠商事(以下、伊藤忠)は、経営方針の対立が表面化したことなどから2019年1月デサントに対するTOBを発表します。デサントの株を買い増す伊藤忠に対し、デサント側は防衛策としてMBO(マネジメント・バイアウト:経営陣の株式の買い取りによる非上場化)の検討を開始します。
伊藤忠はこれを拒否するため、TOBにより拒否権のある4割以上の議決権取得を目指して市場での株価に50%ものプレミアムを付けた価格を提示して、買い付けを進めます。その結果、伊藤忠のTOBは成功し、デサントの買収防衛策は失敗に終わりました。
ケン・エンタープライズ vs ソリッドグループホールディングス
2007年10月、投資会社ケン・エンタープライズが東証二部上場のソリッドグループホールディングスに対してTOBを発表しました。経営陣をはじめ、従業員も敵対的買収に反対の声明を出す中、当時大株主だったリーマンブラザーズ証券がこれに応じ、あっけない幕切れとともにTOBは成立となりました。ちなみにこの事例が、国内で初の、上場企業に対する敵対的買収の成功事例となりました。
買収防衛策のメリット・デメリット
買収防衛策には、メリットとデメリットの両方があります。それらを比較した上で、買収防衛策が企業やそのステークホルダーにどのようなダメージをおよぼすのかを整理してみます。
買収防衛策のメリット
買収防衛策のメリットは、現経営陣をはじめ従業員や得意先などの望まない一方的な買収を防ぐことにより、事業の継続性を守り、長期的視点に立った企業価値の向上を目指すことができる点です。
敵対的買収の目的は、多くの場合、短期的な収益の改善や企業価値の向上のみに向けられていることが多く、企業文化の継承やブランド力の維持のように長期的な視点で企業経営が計画されているわけではありません。
買収防衛策は、敵対的買収を防ぎ、現経営陣や敵対的買収に反対する従業員や得意先などの利益を守ることができるメリットがあります。
買収防衛策のデメリット
敵対的買収は、上述のように株主にとっては必ずしもマイナスではありません。TOBが実施されれば市場価格よりも高値で株式を売却することができます。また、敵対的買収によって今以上に企業価値が上がるのであれば、株主にとってはむしろ喜ばしいことです。
買収防衛策を発動することにより現在の経営体制を守ることはできますが、その結果会社の企業価値は下がり、株主の利益に反してしまう可能性があります。
買収防衛策のメリット | 買収防衛策のデメリット |
・経営陣や従業員・得意先などの利益を守ることができる | ・株主の利益に反する可能性がある |
主な買収防衛策
ポイズンピル
ポイズンピルとは、敵対的買収を阻止する目的の防衛策の一つです。
M&Aが頻繁に行われるアメリカで生まれた用語です。敵対的買収とは、売手企業の経営陣や筆頭株主の合意を事前に得ないで買収を行う事です。必ずしも友好的なM&Aが行われる訳ではありません。ポイズンピルとは、具体的に新株予約権を事前に発行し、ある一定の条件が満たされた場合に無償で行使できるようにさせる事で株価を希薄化させ相手側の株比率を下げる仕組みです。
ゴールデンパラシュート
ゴールデンパラシュートとは、敵対的買収の防衛策の一つとして用いられ、具体的に売手企業の経営陣や役員等が買収(解任、退任、権利を制限・限定)される際に、高額な退職金・一定期間の高額役員報酬が支払われる契約を予め会社と締結をします。これをする事で買収意欲を軽減させ、敵対的買収の抑止効果になります。
クラウンジュエル
クラウンジュエルとは、敵対的買収の一つで、売手が自社の有力な部門・事業、資産または子会社等を売却する事で会社の総合的価値を下げて敵対的買収から逃れる防衛策です。
会社の事業の全部または一部であっても重要な事業の譲渡の場合は、株主総会の特別決議、重要な財産の譲渡の場合は取締役会の決議で発動が可能です。しかし、この防衛策は、株主代表訴訟のリスクがあり注意が必要です。
ホワイトナイト
ホワイトナイトは、敵対的買収をされる際に用いられる防衛策の一つで、具体的に敵対的買収をしようとしている企業ではなく、新たに買収先を見つけて、買収・合併等を行います。
ホワイトナイトの場合は、当該敵対的買収者よりも良い条件(高価格TOB、第三者割当、新株予約権付与、クラウンジュエル等)で実施される場合がほとんどです。
買収防衛策には、公的な指針が定められている
買収防衛策にはメリット、デメリットの両面があります。現経営陣が、自らの保身のために、これを濫用すれば、株主の利益は棄損され、健全な株式市場の成長が阻害されてしまう恐れがあります。
そのため、法務省と経済産業省は、「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」を策定し、買収防衛策に対する指針として以下の3大原則を示しています。
原則2:事前開示・株主意思の原則
原則3:必要性・相当性の原則
<出展:企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針>
「企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則」とは、買収防衛策の目的が企業価値を高め株主全体の利益を確保・向上させるためのものでなくてはならないというものです。具体的には、高値での株式買戻しを目的とした買収のように、企業価値を不当に棄損させるようなものに対する防衛策でなければなりません。
「事前開示・株主意志の原則」とは、買収防衛策を発動する前に防御策を開示し、株主から承認を得なければならないというものです。
「必要性・相当性の原則」とは、買収者に対抗する手段を合理的に判断し、経営者の保身のために過剰な買収防衛策を講じてはならないというものです。
指針では、買収防衛策は、発動前にこれら3つの原則に照らし合わせ、必要な場合にのみ行うべきものとされています。
終わりに
敵対的買収は、非上場企業でも対象となることがあり、どの企業にとっても他人事ではありません。
このような買収者に対して、買収防衛策があるわけですが、大半の買収防衛策は、発動すると会社の企業価値を下げるリスクを抱えています。また、経営陣の保身のために使われてしまうと、株主の利益が損なわれる可能性もあります。
したがって大切なのは、法務省と経済産業省が発表した買収防衛策の指針に示されているように、バランスの良い対策を平時より行うことがポイントです。