中国企業によるM&A
ここでは、中国企業によるM&A動向や中国企業ならではの特徴について解説します。
中国企業によるM&Aの動向
中国企業による近年のM&A動向はどのようになっているのでしょうか。中国企業が関係するM&A件数は2020年度に前年度比11%も増加していることに加え、中国企業によるM&Aが世界市場の15%を占めることから、グローバルでの影響力も大きいことがわかるでしょう。
日本との関係でみた場合、かつては日本企業が中国企業を買収する形のM&Aが多かったものの、中国の経済発展に伴い、近年は中国企業が日本企業を買収するケースが増えています。
また、中国企業は日本に留まらず、欧州でも積極的にM&Aを進めています。M&Aの対象となった企業には国の基幹産業やインフラを担う企業も含まれていたことから、ドイツなどのEU主要国を中心に中国企業によるM&Aを警戒する動きがあります。
中国企業によるM&Aの特徴
中国企業によるM&Aの特徴について、まずは日本との関係性をみていきましょう。近年では、経営難に陥った日本企業が中国企業に買収されるケースが見られます。
特に、日本を代表するメーカーの一角であったシャープが鴻海精密工業の傘下に入ったことは衝撃的なニュースとして記憶に新しいでしょう。また、大手アパレル企業であったレナウンが経営破綻に陥り、中国企業である山東如意に買収されたことも衝撃をもって伝えられました。
先述の通り、中国企業はグローバルで存在感を増しており、「対外開放」などの中国政府の施策や東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)によるビジネスチャンスの増加によって、さらに海外企業の買収を進めようとしています。また、2013年に打ち出された「一帯一路」構想も中国企業の海外進出を後押しする材料といえるでしょう。
また、中国企業のM&Aには、国有企業と民営企業で大きな違いがあります。国有企業は中国国内における新たな市場シェアの獲得に主眼を置くのに対し、民営企業は自社にはない技術やブランド力の獲得を目的とするケースが多いです。
コロナ禍による中国企業M&Aへの影響
2020年からのコロナ禍により、M&A市場全体が大きな影響を受け、取引件数、取引金額ともに大幅に下落しました。これは中国企業にとっても例外ではなく、2020年は中国企業による海外M&A案件もごく少数に留まっています。
一方で、コロナ禍で公衆衛生への関心やニーズが高まったこと、中国政府がゼロコロナ政策をとったことから、デジタル医療分野への投資意欲が高まり、新たな資金の流入が期待されています。
中国企業による日本企業へのM&A事例
ここでは、中国企業が譲受側となるM&A事例について代表的なものをいくつか紹介します。
ハイセンスグループによる東芝テレビ事業の買収
ハイセンスグループは2017年に日本の大手電機メーカーである東芝のテレビ事業を買収しました。この背景には、当時経営危機に陥っていた東芝の財務体質を改善させる意図もあります。ハイセンスとしては、このM&Aによって既に技術とブランドの両面で優位性を築いていた東芝の豊富なノウハウを継承することができました。
既に世界第三位のテレビメーカーとしての地位を持っていたハイセンスですが、このM&Aにより東芝とのシナジーが発揮され、よりグローバル市場での存在感を増しています。
三井化学による不織布事業の売却
2021年に三井化学は中国における不織布事業の株式を中国企業に譲渡しました。これは他で紹介した事例と違い、自社の経営悪化を背景としたM&Aではなく経営資源の選択と集中を目指したものになります。
このM&Aによって三井化学は、日本とタイの2拠点に経営資源を集中し、日本とASEANにおけるシェア拡大を狙います。また、売却先の中国企業とも生産委託などの形で引き続きパートナーシップを維持していることも特筆すべき点です。
山東如意によるレナウンの買収
2013年に繊維業界の大手である山東如意が、経営危機に陥っていたレナウンを子会社として傘下に収めました。レナウンは縮小傾向にあったアパレル業界において、従来の店舗を中心としたビジネスモデルから脱却できず、さらにユニクロを始めとしたファストファッションの台頭もあり、売上減少に歯止めがかからない状況でした。
山東如意がレナウンを子会社に収めた後は、中国本土での出店を加速させて立て直しを図りました。しかし、米中貿易摩擦やコロナ禍での売上減少は避けられず、2020年には破産手続きをする結果となりました。
これは経営危機にあった日本企業が中国企業の傘下に入ったものの、結果的に経営改善につながらなかった代表的なケースといえるでしょう。
鴻海精密工業によるシャープの買収
液晶パネルの分野で大きなシェアを誇っていたシャープは、液晶パネル事業に多額の設備投資を行っていました。しかし、大型液晶パネルのニーズが低下したこと、技術面での優位性が失われたことから次第に市場でのシェアを落とし、経営危機に陥りました。
そこに現れたのが台湾の鴻海精密工業です。鴻海精密工業は、2016年にシャープに対して3,888億円の出資を行い、傘下に収めると矢継ぎ早に経営改革を行って業績をV字回復させました。
中国企業のM&Aに対する各国の対応
ここでは、台頭する中国企業によるM&Aに対して各国がとった対応について紹介します。
EU
EUは2021年に中国企業によるM&A増加を受けて、外国政府からの補助金を受けた企業がEUの企業を買収する際に通知を求める規制案を発表しました。
この発表では直接的に中国を明示していないものの、EUも中国の台頭に警戒感を強めていることは明らかです。この背景には、EUが「原材料」、「バッテリー」、「半導体」などの6分野で他国依存を減らそうとしている事情もあります。
英国
2022年に英国政府は、中国系企業による半導体工場の買収について、撤回命令を出しました。背景には、英国当局がこのM&Aを安全保障上の脅威と認識したことがあります。
一方、この買収以前に英国当局による2回の審査を受けて安全保障上のリスクがないと判定されていただけに、譲受側の中国系企業はこの決定に対して異議を申し立てています。
米国
米国のトランプ大統領は2020年、中国IT企業の北京中長石基信息技術に対して、2018年に買収した米国企業の売却を命じる大統領令を発出しました。
米国当局は安全保障上のどのようなリスクを背景にこの大統領令が出されたのかを明らかにしていません。しかし、中国企業への警戒感が背景にあることは確実であり、近年の米中摩擦を象徴した出来事といえるでしょう。
日本
2022年に小林経済安保大臣は取材の中で、東芝などの重要企業が外資に買収されるリスクについて、外為法などに則り適切に対処すると表明しました。
この時、東芝は経営再建に向けた非上場化などを検討する中で、スポンサーとしての意欲を表明している企業の中に外資系ファンドの存在がありました。小林経済安保大臣の発言には、東芝が中国資本を始めとした外資の傘下に入ることを牽制する意図があったと推測されます。
オーストラリア
2021年にオーストラリアの建設企業を買収しようとした中国企業が、買収を断念する事例がありました。これは、現地当局が安全保障上の懸念を示したためとされています。
買収対象となった企業は商業施設、住宅に加え、警察本部などの公共施設の建設も手掛けていたことから現地当局の懸念を招いたとされています。
まとめ
中国企業は技術革新と驚異的な成長により、グローバルにおける存在感を増しており、今後も中国企業によるM&Aは増えていくものと考えられます。
しかし、中国政府の動向、米中対立、安全保障上の脅威など不安要素もあることから、今後の推移は見通せない状況です。中国企業によるM&Aは複雑化する国際情勢も考慮して、引き続き注視していく必要があるといえるでしょう。