廃業する会社を買うとは?
近年、増加している中小企業のM&Aでは将来性のある会社を買収するのが一般的ですが、廃業する会社を安価で買収し起業する、あるいは自社事業の強化・発展に活かそうとする動きも増加しています。廃業とは何らかの理由で、経営者が自ら会社の事業を終了させることですが、「廃業する会社を買う」ということは、経営者が事業の継続を断念し解散手続に進む前の会社を買収することです。
廃業する理由はさまざま
(データ出典:東京商工リサーチ 2022年「休廃業・解散企業」動向調査)
東京商工リサーチの調査では、2022年(1-12月)の「休廃業・解散」企業(以下、休廃業企業)は、全国で4万9,625件(前年比11.8%増)で2年ぶりに増加となりました。2000年に調査を開始以降、2020年の4万9,698件にほぼ並ぶ、過去2番目の高水準となりました。2022年は企業倒産も3年ぶりに増加しています。このため、コロナ関連支援策の希薄化と同時に、先行きの見通しが厳しい場合、市場退出を決断する経営者が増えているといえます。
休廃業企業の代表者の平均年齢は71.6歳(前年71.0歳)、中央値は73歳(同72歳)でした。
事業承継への支援強化もあり、60代までの事業承継が進んでいるようにみえるが、<strong>70代以上は事業継承への時間的制約に加え、業績低迷などで事業譲渡先が見つからないケースも多く、廃業以外の選択肢を失っている可能性もあります。
廃業する会社を買うメリット
M&Aによって廃業する会社を買うメリットには主に次の5つが考えられますが、これらのメリットが本当に得られるのかを事前に確認しておくことが大切です。
通常のM&Aよりも安価で会社を買うことができる
経営が安定している会社や将来性のある会社を買収する場合と異なり、経営者が廃業を決断した会社には事業を継続できない何らかの事情があります。さらに、廃業するためにはさまざまな手続きや費用が必要なので、買い手は廃業する会社を通常よりも安価で買収することができます。特に、倒産の回避を目的として廃業を決断した会社の場合には、より安価で買収できる可能性が高くなります。
従業員、取引先、顧客、設備などを承継できる
一から事業を立ち上げる場合には、社屋や事業に必要な設備の調達、従業員の募集及び教育、取引先との契約締結、製品・サービスの開発、営業活動と非常に多くの時間と費用が必要になります。しかし、廃業する会社には、社屋や設備などのインフラ、それまで事業を支えてきた従業員、事業に必要な取引先や顧客などの資産があるので、それらを承継できれば1から始めるよりもはるかに早く事業をスタートさせることができます。
特許・技術・ノウハウなどを獲得できる
会社の資産の中で、特許・技術・ノウハウなどの知的財産は、廃業する会社が事業に使用していなくても、買い手の事業に活用することで大きな利益を生み出す可能性があります。特に特許権、実用新案権、意匠権、商標権などの産業財産権には独占権があるので、競合他社に対する大きなアドバンテージとなります。そのため、廃業する会社の事業そのものに魅力がなくても、保有している知的財産の獲得を目的とする買収も選択肢の1つです。
短期間に利益を出せる可能性がある
廃業する会社を買う場合には、買収する会社の人材・商品・機械設備・不動産・知的財産などの経営資源を利用して事業をスタートすることができます。その際に、収益性・安全性・成長性・生産性などについて調査・分析をしっかり行い、廃業という決断に至った原因を改善することによって短期間に利益を出せる可能性があります。また、廃業する会社の場合には、通常よりも安価で買収できるので、残った資金を経営改善に回すこともできます。
廃業する会社を買うデメリット
M&Aによって廃業する会社を買うデメリットには、メリットの裏返しとも言える項目がいくつかあります。
短期間に必ず利益が出るわけではない
経営の悪化を理由に廃業を決断した会社を買う場合、メリットであげた「短期間に利益を出せる可能性」を実現するためには、経営が悪化した問題点を把握し改善しなければなりませんが、問題点の把握を誤る、あるいは問題点の改善に失敗した場合には短期間に利益を出すことが難しくなります。そのため、特に赤字の会社を買収する場合には、買収価格が安いからといって安易に決断せず、しっかりした事前の調査・分析が必要です。
簿外債務のリスクがある
廃業する会社が黒字で経営が安定しているように見えても、財務管理がしっかりしていなければ、決算書類に記載されない賞与引当金・退職給付引当金・未払残業代・債務保証などの簿外債務が生じている可能性があります。これらの簿外債務は、原則として買収した会社が引継ぐことになるので、公認会計士や税理士などの専門家による事前の財務デューデリジェンス(財務監査)が非常に重要となります。
従業員、取引先、顧客、が離れてしまう可能性がある
廃業する会社を買うことで、それまで働いていた従業員・取引先・顧客を承継できますが、新たな経営方針や事業戦略などに対し理解が得られなければ、従業員や取引先が離反する可能性があります。また、製品・サービスのコンセプトやイメージが変わる場合にも顧客離れのリスクもあります。廃業する会社を買う目的の1つとして、従業員・取引先・顧客といった経営資源の活用を考えているのであれば、従業員・取引先・顧客に対する十分な説明が必要となります。
従業員同士が反発し合い業務に支障が出る可能性がある
廃業する会社でそれまで働いていた従業員は会社や企業文化に対する愛着があるので、買収した会社から送り込まれた従業員や新たに採用した従業員との考え方などの違いによって、反発し合い業務に悪影響が出る場合があります。また、新たな経営陣との関係においても同様のリスクがあるので、既存の従業員に対しては雇用条件だけではなくメンタル面に配慮し、良好な関係を構築しなければなりません。
廃業する会社の探し方
廃業する会社を探すには自ら探す方法もありますが、広く探すのであればやはり情報を持っている会社や機関などを活用するのが近道です。
M&Aマッチングサイトを利用する
M&Aマッチングサイトとは、インターネットを利用してオンライン上でM&Aの相手を探すことができるサイトのことです。M&Aマッチングサイトには、売り手企業は無料で利用できるところも多いので、豊富な案件情報の中から自社のニーズに合った交渉相手を効率的に見つけることができます。また、M&A仲介業者やM&Aアドバイザリーに依頼するよりも通常は安価で利用できるので、資金力のない中小企業に向いている方法です。ただし、サイトごとに案件数・サポート内容・料金などが異なるので事前にチェックしてから利用しましょう。
M&A仲介会社に相談する
M&Aは初めてで、多くの案件情報の中から最適な交渉相手を見つけることが難しい場合には、M&Aの経験や知識が豊富なM&A仲介業者に相談する方法もあります。M&A仲介業者は案件情報を多く持っており、中には独自のマッチングシステムを持っているところもあるので探す負担が軽減されます。また、交渉相手が見つかった後の契約や交渉のサポートも一貫して依頼できるためM&Aをスピーディーに行えるメリットもあります。
金融機関などに相談する
廃業する会社を探す方法として、金融機関に相談するのも1つの選択肢です。取引銀行の場合には、融資を受ける際に決算書の提出や経営状況を開示しているため、気軽に相談しやすいところがメリットです。ただし、大手銀行にはM&A専門の部署があり支店のネットワークを利用して多くの案件情報を持っていますが、地方銀行の場合には地域の情報には詳しいのですが、M&Aの案件数はあまり期待できません。
公的機関を利用する
無料で利用できる公的機関を利用するのも、廃業する会社を探す有効な手段です。代表的な公的機関として、事業承継・引継ぎ支援センターと事業承継マッチング支援の2つを紹介します。
事業承継・引継ぎ支援センター
事業承継・引継ぎ支援センターは国が設置する公的機関で、中小企業基盤整備機構が運営し、専門家による無料相談、マッチングのコーディネート、M&Aアドバイザーの紹介など、中小企業の事業承継に関するトータルなサービスを提供しています。相談窓口は47都道府県に設置され、全国規模の案件情報が登録されたデータベースが利用できるメリットがあります。
URL:事業承継・引継ぎ支援センター
事業承継マッチング支援
事業承継マッチング支援は、日本政策金融公庫が運営する無料のマッチングサービスで、事業承継を希望している会社と、創業や事業拡大を検討している会社とのマッチング支援を目的としています。利用者登録をすれば譲渡案件(実名・匿名)の無料検索ができ専門担当者によるサポートも受けられます。また、M&Aに関する参考情報や譲渡価格の簡易算出ツールなども利用できます。
URL:事業承継マッチング支援
廃業する会社を買う際のM&Aスキーム
廃業する会社を買う際のM&Aスキームには、会社や事業の取得方法によって株式譲渡、事業譲渡、会社分割の3つが考えられます。
株式譲渡
株式譲渡とは、会社の株式の全部または一部を買うことによって、その会社の経営権(支配権)を取得するM&Aスキームで、廃業する会社を買う際には最も良く用いられるスキームです。
株式譲渡には、株式市場で株式を取得する「市場買付け」、株主から直接株式を取得する「相対取引」、株式市場の外で株式を取得する「TOB」の3種類があります。株主の多い上場企業の場合には市場買付やTOBが用いられますが、株主の少ない非上場の中小企業の場合には相対取引が一般的です。
株式譲渡は経営権だけを移動するM&Aスキームなので、経営陣の変更はあったとしても従業員や取引先などはそのまま承継するため、事業活動がストップするなどの影響が非常に少ないのがメリットです。ただし、事業に必要のない資産・負債・簿外債務なども一緒に引き継ぐなどのデメリットもあります。
事業譲渡
事業譲渡とは、事業に関する資産の全部または一部を選択的に買取ることで事業を承継するM&Aスキームで、事業を譲渡した会社はそのまま存続する点が株式譲渡とは異なります。買い手は事業に必要な有形・無形の資産を個々に選別し、必要なものだけを買取るため、不要な資産や簿外債務などを回避することができます。
ただし、事業譲渡を行う場合、従業員との雇用契約や取引先との契約は買い手が再度行う必要があります。また、許認可は引き継ぐことができないので、同様に買い手が改めて申請しなければなりません。
会社分割
会社分割とは、事業の全部または一部を分割し、権利や義務を包括的に買い取るM&Aスキームですが、株式譲渡や事業譲渡と比べると廃業する会社を買うM&Aスキームとして利用されることは多くありません。
会社分割は、事業譲渡と同様に事業を譲渡した会社はそのまま存続します。会社分割には、既存の会社に事業を移転する「吸収分割」と、新たに設立する会社に事業を移転する「新設分割」があり、事業に関する権利や義務は包括的に移転先に引き継がれます。また、会社分割は会社法上の組織再編に該当するので、債権者保護手続きが必要になります。
関連記事「M&Aのスキーム(種類)一覧を解説」
廃業する会社の相場
廃業する会社は通常よりも比較的安価で買えますが明確な相場価格というものはないので、廃業する会社の価格を決定する場合には、バリュエーション(企業価値評価)を基に交渉しなければなりません。上場企業の場合には、株式の時価総額を基に企業価値を算出できますが、多くの中小企業のように非上場の会社の場合にはバリュエーションの手法を利用して算出する必要があります。
主に利用されるバリュエーションの手法には、将来期待される利益を基に算出する「インカムアプローチ」、類似する会社の株価や過去の売買価格を基に算出する「マーケットアプローチ」、貸借対照表の純資産を基に算出する「コストアプローチ」の3種類があります。
関連記事「株価算定とはどういうもの?必要性や算定方法まとめ」
廃業する会社を買う際の注意ポイント
廃業する会社を買って失敗しないためには、いくつか押さえておかなければならない注意ポイントがあります。
従業員、取引先、顧客が離散していないか確認する
廃業する会社を買う目的の1つに、従業員・取引先・顧客などの承継がありますが、たとえ買収が成功しても買収に賛同できない社員・取引先・顧客などが離散していると買い手は大きなダメージを受けることになります。そのため、従業員・取引先・顧客に対しては買収後の経営方針について丁寧な説明を行いながら進め、最終決断の前にはそれぞれが納得できるように合意形成することが重要なポイントになります。
財務諸表をしっかりチェックする
財務諸表のチェックは、廃業する会社だけではなくM&A全てに共通する欠かせない作業です。特に、今後も事業を継続する会社と比べ、廃業する会社の経営者や従業員のモチベーションは低下しているため財務管理がおろそかになっている可能性が高いのでしっかりチェックしなければなりません。また、帳簿に記載されていない「簿外債務」などのリスクもあるので、包括的に権利や義務を承継する株式譲渡や会社分割を選択した場合には、公認会計士や税理士などの専門家による財務デューデリジェンスの実施をおすすめします。
廃業理由を正しく把握する
経営悪化が原因で廃業する会社もありますが、黒字であるにも関わらず廃業を選択する会社は50%以上あります。中小企業庁の調査では、廃業理由の上位には、①業績悪化、②後継者不足、③将来性がない、などがあげられています。いくら廃業する会社の買収価格を低く抑えることができても、その会社が将来性のない衰退する事業を行っているとすれば、買収する価値は極めて少ないので廃業理由の確認は重要です。
赤字の場合は黒字化が見通せるかどうかが重要
廃業する会社の中で、業績悪化によって赤字経営に陥っている会社は、より低価格で買収できる可能性がありますが、買収後にその会社を黒字化できなければ買い手の経営にも悪影響を及ぼすことになります。そのため、赤字の会社を買収する場合には、赤字に陥った原因がどこにあるのか、問題点を解決し黒字転換が見通せるかどうかについて十分な検討が必要です。
債務超過の会社は要注意
赤字経営の会社の中で、債務超過の会社はさらに安価で買収することができます。債務超過とは、負債の総額が資産の総額よりも多くなった状態のことで、資産を全て返済にあてても債務は残ります。買い手には債務を引き継ぐための資金が必要
になりますので、慎重に検討する必要があります。
まとめ
ここまで、廃業する会社を買うメリット・デメリット、廃業する会社の探し方、廃業する会社を買う際のM&Aスキーム、廃業する会社の相場、廃業する会社を買う際の注意ポイントについて解説してきました。
廃業する会社を買って新しい分野に進出する、あるいは廃業する会社の経営資源を利用して自社事業の強化・発展を図るなどさまざまなメリットがありますが、同時にリスクも存在するので対象会社の調査・分析やM&Aスキームの検討などについては、知識や経験が豊富な専門家のサポートを受けることをおすすめします。
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