会社を10億円以上で売却するには?交渉を上手に進めるポイントをご紹介

MBA 清水淳史

阪和興業株式会社、株式会社紀陽銀行を経て、2018年フロンティア・マネジメント㈱に入社。紀陽銀行では、法人営業業務を経て、本部部署にて、事業承継・M&A業務を担当。フロンティア・マネジメントでは中堅・中小企業向けの事業承継型M&A業務、事業承継支援業務、組織再編業務に従事。製造業、飲食業、卸売業、小売業、不動産業など幅広い業界の事業承継型M&Aを多数経験。

この記事は約10分で読めます。

M&Aで会社を譲渡する場合、同じ会社であっても、事前準備の有無や、譲受企業側との交渉方法、あるいは譲渡タイミングによって高く譲渡できることもあれば、反対に想定よりも低い評価になってしまうこともあります。
そこで本記事では、多くの中小企業オーナーにとって1つの目安となるであろう、「10億円」という数字を目途として、より高値で会社を譲渡するため、どのような準備や考え方をすればいいのかを考察していきます。

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M&A譲渡で10億円を目指すための4つのポイント

会社を10億円以上の高値で譲渡するために基本的に重要な要素は、以下の3点です。


(1)M&A後の成長性や収益の安定性が見込めること
(2)事業シナジーや人材、技術力など買収プレミアムとなる要素があること
(3)事業の人気が継続しているタイミングで譲渡すること
(4)経験豊富なM&A会社に依頼すること

さらに、交渉の際に以下の要素をうまくアピールすることも大切です。

ポイント1:M&A後の成長性や収益の安定性が見込めること

一般的に、M&Aの際に買手が譲受の判断基準とする第1のポイントは、譲受後に売手企業の事業からきちんと収益が得られて、その収益によって投資が回収でき、さらなる利益が得られるかどうかという点です。
それを判断するための要素は複数ありますが、市場自体の成長性もその1つです。成長市場での事業であれば、市場全体の拡大に伴うオーガニック(自然)な事業拡大が想定されます。つまり、成長しやすい肥沃な土壌で育っている「苗」のようなものなので、高くても買いやすいということです。たとえば、AI(人工知能)やSaaSなどのデジタル関連、あるいは人材派遣業界などの市場が代表例です。

また、高い成長性とは別ですが、M&Aにより経営体制が変わった後でも、安定して収益を上げ続けることが見込まれるかという点も重要です。
これは、一般的には、中小企業でオーナー経営者の退任があると、収益力に悪影響が及ぶ場合が多いためです。経営者が交代をしても収益が左右されにくい体質の企業は、譲受企業にとって魅力的に映ります。
そのような企業の条件として、一定の業界内、あるいは一定の地域等において高いシェアを確保し、他社より優位なポジションにいることが挙げられます。また、その企業の製品やサービス自体が高い信頼性を得て固定客がついている場合、経営者が代わったとしても顧客がすぐに離れるとは考えられず、収益が比較的安定していると考えられます。
反対に、経営者の人的なコネクションによって多くの受注をしているような企業は、譲渡の際には少し不利になる恐れがあります。もし自社がそのような状態であるなら、早いうちにそのような体制を改める準備を進めるといいでしょう。

「10億円」での売却に必要な業績は、ずばりどれくらい?

では実際に「10億円」での譲渡を狙うとして、どれくらいの売上、利益の数字があればいいのでしょうか? もちろん、業種や企業規模、事業内容などにもよるので、一概にはいえません。しかし、あえて乱暴にいうなら「EBITDAが2~3億円」というのが、1つの目安となります(EBITDAについては以下で説明します)。
利益率は業種や業況によって大きく異なりますが、M&Aの対象になる企業なので、ある程度良好な業績だとして、売上高営業利益率が5~10%程度だと仮定しましょう。
すると、わかりやすく単純化していえば、「売上高30億円」がひとまずの目標となるでしょう。しかし、上記の数字に届かなくとも時価純資産法(貸借対照表の資産及び負債を時価評価した後の純資産をもって株式価値を試算する方法)と呼ばれる評価方法を使うことで、「10億円」での譲渡も可能になります。

なぜEBITDAが使われるのか

上の説明で出てきた「EBITDA」については、ご存じない方も多いかもしれませんので、ここで簡単に説明をしておきます。
一般的に、企業の業績は「営業利益」や「経常利益」「当期純利益」など、損益計算書に明示されている情報で評価されます。一方、EBITDAは損益計算書に直接明記されていません。しかし、M&Aにおいては、非常によく使われる指標なので、ご存じなかった方はぜひ知っておいてください。
EBITDAとは「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」を略した用語で、「金利や税、有形資産、無形資産の減価償却費を差し引く前の利益」を意味します。
単純に「営業利益に減価償却費を足した数字」と理解しておいていただいてOKです。

損益計算書作成のルールとして、減価償却費は費用として販管費に含まれ、営業利益からは差し引かれています。
しかし、減価償却費は、現金(キャッシュ)の支出が伴わない、あくまで計算上だけのバーチャルな費用であるため、それを差し引いてしまうと、企業の“キャッシュベースでの収益力”が正確に評価できません。減価償却費の計上が多ければ多いほど、キャッシュベースの収益力よりも、営業利益は低く評価されるのです。
一方、買い手からみてM&Aとは、キャッシュを生む仕組み(事業)に投資する行為だといえます。そのため、会計上の利益を表す営業利益ではなく、キャッシュベースの収益力が大切なのです。そこで、EBITDAが着目されるというわけです。

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ポイント2:事業シナジーや人材、技術力など買収プレミアムとなる要素があること

会社を高値で譲渡する第2のポイントとして、「買収プレミアム」があります。
代表的なプレミアムとなるのは、事業シナジーです。シナジーは日本語で「相乗効果」といいますが、相互の影響によって、乗数的に、つまり単なる「足し算」以上の効果が得られることを指します。

シナジーとは1+1が3にも4にもなること

たとえば、同業によるM&Aの場合を考えてみましょう。すぐに思いつくのは、コストシナジーです。原材料の調達を共通化して調達規模が大きくすれば調達コストが下がります。あるいは拠点を共通化、統廃合することによる管理コスト削減、物流を共通化することによる物流コスト削減など、多くのコストシナジーが見込めます。
また、同業であっても、扱う事業や商品のポジションが異なれば、クロスセルやアップセルによる販売シナジーが見込めます。
また、バリューチェーン上の地位が異なれば(たとえば、原材料メーカーと製品メーカー、卸売業と小売業など)、それが統合することによるシナジーもあります。
たとえば、後継者不在で、会社の売却を考えていた地域密着型の老舗和菓子メーカーを、雑貨のECサイトを運営する企業が譲受する場合を考えてみます。
特別な贈答用に、ECサイトで扱っていた「高級手ぬぐい」で、和菓子の箱を包んだセットにして、サイトで通販すれば、単に和菓子と手ぬぐいとを別々にサイトで販売すること以上の、新しい価値提供が可能になるでしょう。こういったものもシナジーの一例です。

このように、単に2社が1つになることで、1+1=2となるのではなく、1+1の結果が3にも4にもなる場合に「シナジーがある」と呼ばれます。そして、確実にシナジーが見込まれるのであれば、それに対して買い手はプレミアム(上乗せ)を支払うことにやぶさかではありません。つまり、高値での譲渡の可能性が生まれます。

買収プレミアムはシナジー以外にもいろいろある

買収プレミアムはシナジー効果に限りません。
たとえば、特許を取っている独自技術で他社にマネができない製品やサービスを展開している企業であれば、その技術力にプレミアムがつく場合があります。(一般的に、特許そのものにプレミアムがつくことは少ないですが、技術力にはプレミアムの対象となります)。
また、どうしても機械化、省人化が難しく、人手に頼らない業種においては、その企業で働く人材そのものに付加価値(プレミアム)がつくこともあります。

「時間を買う」場合も

買手企業が、なんらかの事情で、急いで新分野での事業を軌道に乗せなければならないといった場合などにも、プレミアムがつくことがあります。これはいわば「時間を買う」という意味もありますし、また、ゼロから事業を育てて失敗するリスク回避という意味もあります。
皆さんも、なにかを買うとき、遠くの安売りスーパーにいけば安く売っているかもしれないと思っても、すぐに欲しかったり、確実に欲しかったりするため、少し高くても近くのコンビニで買うことがあるでしょう。それと同じです。

もし、買手にそのような事情があると事前にわかっているのなら、売手としては、交渉上有利にするため、強気な姿勢で臨むことができるでしょう。

M&Aにおいて買収プレミアムとなる要素の例
・統合によるコストメリットの発揮やクロスセルによる増収の見込み
・M&Aによる既存事業とのシナジー
・技術力や製品・サービス自体の付加価値
・省人化しづらい業種における人材の付加価値
・譲受企業が事業の立ち上げに手間や時間の削減
・譲受企業が事業を立ち上げて失敗するリスクの回避

ポイント3:事業の人気が継続しているタイミングで譲渡すること

少し前なら、新型コロナウイルス禍、最近ならロシアによるウクライナ侵攻など、社会・経済情勢は目まぐるしく変化しています。それによって、人気の業種もまた変化しています。もし、自社事業が人気業種であるなら、その人気がまだ盛り上がっている渦中で交渉を進め、譲渡を決めた方が、より高値で会社を譲渡できる確率が高まります。

景気や社会情勢によって変わる人気業種

2020年に世界を襲ったコロナ禍以降、日本ではそれまで好調だった訪日外国人向けの観光業や宿泊業、旅客業が大打撃を受けました。また、外食産業やレジャー施設、接客を伴うサービス業も大幅な売上減に見舞われたこともご承知の通りです。
一方で、新型コロナ対策としての空調設備の新増設や、テレワークの拡大などを背景に、管工事(エアコンダクト・水道管等)、エネルギー系などのインフラ業種や電設業界などは需要増で人気業種となりました。

直近では、2022年2月にはじまるロシアによるウクライナ侵攻の影響により、資源・エネルギー価格が上昇し、電力業界がピンチに立たされています。さらに、中央銀行がインフレを抑制するため金融引き締めに踏み切った米国と、金融緩和を続ける日米の金利差から為替の円安が進み、輸入関連の業種や食品業などの利益を圧迫しています。

中小企業オーナーにとっては、会社の譲渡をためらっているうちに、自社が不人気業種に入ってしまうリスクは常にあります。
したがって、ポイントは、今後もまだ高い成長が続くと予想されているうちに譲渡を決めることです。オーナーの気持ちとしては、つい成長がピークのときに売りたいと考えてしまいます。しかし、ピークの後は右肩下がりになるとすれば、もはや高値での譲渡は難しくなります。まだまだこれから伸びると自分も、相手も思っているうちに譲渡を決めることが、高値で譲渡するためのポイントです。

コロナ禍で悪影響のあった業種飲食・外食・観光・宿泊・旅客・レジャー・アパレル・メーキャップ化粧品など
コロナ禍で人気が出た業種管工事(エアコンダクト・水道管等) エネルギー系などのインフラ業種
プロパティマネジメント業界
人材派遣業界
コールセンター業界
電設業界
電気工事業界
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ポイント4:経験豊富なM&A会社に依頼すること

会社を高値で譲渡する第4つめのポイントとして、経験豊富なM&A会社を選ぶことも大切です。豊富なM&A支援実績を持っているM&A会社は、シナジー効果が期待出来る企業を買収候補先として提案してくれます。
また、会社のプレミアムを買収候補先にアピールする具体的なノウハウを熟知しているため、実績豊富なM&A会社を通すことで、自社を10億円で譲渡できる可能性はぐっと高まるかもしれない。

10億円以上で売却できた企業のポイント

ここからは、会社を10億円以上で売却することに成功した実際の企業の例を、いくつかみていきます。自社に応用できる部分がないか考えてみてください。なお、譲渡金額が開示されていない場合は、推計値です。

事例1:アドバンテッジパートナーズによるりらくの譲受

全国でマッサージ店を展開する「株式会社りらく」は2013年、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズに会社を譲渡しました。りらくは60分2,980円という低価格とともに、高品質なサービスを提供し、主婦やサラリーマンの方など幅広い顧客層から支持を獲得。安定的な売上成長を実現していました。
まずポイント1に照らしてみると、りらくはすでに200店舗の出店がありましたが、全国的にみればまだまだ出店余地の大きい成長企業と見込まれていたことがあります。

また、直営店舗であるため、すでにマッサージ技術を身につけている従業員(施術者)が、そのまま移動してくれます。これはポイント2で挙げているプレミアムの価値となったことも推察されます。このようなことから、高値での譲渡に成功したのだと思われます。
なお、「りらく」は現在、「りらくる」というネーミングでリブランドされています。

(出典)アドバンテッジパートナーズ社のウェブサイト

事例2:マネーフォワードによるHiTTOの譲受

HiTTOは、中堅規模以上の企業に幅広く導入されており、国内シェアNo.1の人事労務向けAIチャットボット「HiTTO(ヒット)」を展開する企業です。SaaS会計大手のマネーフォワードが2021年11月にM&Aで、子会社化しました。
譲受側企業のマネーフォワードは、経理財務、人事労務、契約領域をカバーした「マネーフォワードクラウド」の提供を通じ、中堅企業向けのバックオフィスサービスに定評があります。人事労務向けAIチャットボットで国内シェアNo.1のHiTTOの買収により、付加価値の向上やクロスセルなどのシナジー効果が見込めました。

(出典)マネーフォワード社の適時開示資料

事例3:ミクシィによるFC東京の譲受

SNSサービスを提供するミクシィは、2021年11月にJリーグクラブFC東京を運営する東京フットボールクラブを子会社化しました。ミクシィは2019年にバスケットボールBリーグ所属の「千葉ジェッツふなばし」をグループ化するなど、以前からプロスポーツチームの経営にも取り組んでいます。
FC東京はニュースリリースで、「当社がもつDX、ファンコミュニティ、プロモーション、ファンイベント、SNS活用、CSR活動などの経営ノウハウをプラスし、よりファンやサポーターに愛され、挑戦していくFC東京の発展をサポートしてまいります」とコメントしています。
もともと長年にわたるSNSやネットワークゲームの運営により、ファンビジネスに強みを持つミクシィとのM&Aにより、事業シナジーが見込める事例です。

(出典)ミクシィのニュースリリース

まとめ

オーナー経営者にとって、自ら起業して育てた会社はまさに我が子のようなもの。その大切な会社を譲り渡すのですから、なるべく高い対価を得たいと考えることも、キリのいい「10億円」という数字を1つの目標とすることもまったく悪いことではありません。
10億円というまとまった資金があれば、それを元手に新たな事業を興し、いわゆる「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」を目指すことも可能でしょう。
本記事を参考にして、ぜひ10億円以上での譲渡の実現を目指してください。

関連記事はこちら「EBITDAとは?意味や特徴・算出方法と活用上のポイントを解説」
関連記事はこちら「EV/EBITDA倍率とは?計算法や目安倍率などの疑問点を解説!」

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