独占禁止法とは
独占禁止法は、正式には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」と言い、現代の自由経済社会において、企業が公正かつ自由な競争を促進できるように定められた法律です。市場メカニズムが正しく機能していれば、公正かつ自由な競争によって、企業はより安価で高品質な商品やサービスを開発し提供するようになるため、消費者にとっては利益となります。しかし、特定の企業やグループが自らの利益を守るために、市場の独占や競争相手を排除するなどの行為を行えば、企業間の正常な競争が維持できないため、独占禁止法でそれらの行為を禁止しているのです。
独占禁止法の規制対象は、行為の内容によって次の7つに分類されます。
(出典:公正取引委員会「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律ガイドブック」に基づき作成)
独占禁止法に基づくM&Aの規制について
M&Aを通じて特定の会社やグループの市場における支配権が高まると、公正かつ自由な競争を制限する可能性があるので、 競争上問題となる蓋然性の高いM&Aを禁止する「実体規制」と、実体規制を効果的に機能させるため、一定規模以上のM&Aについては事前届出を求める「届出規制」が設けられています。
実体規制
独占禁止法における実体規制とは、一定の取引分野において競争を実質的に制限することとなるM&A取引(以降、株式取得、合併、分割、共同株式移転、事業の譲り受けなどを総称して「企業結合」といいます。)、あるいは、不公正な取引方法によって行われた企業結合を禁止するものです。実体規制では、現に独占禁止法上の弊害が生じていなくても、その可能性が高いものを禁止しています。
届出規制
独占禁止法における届出規制とは、一定規模以上の会社が企業結合を行う際に、公正取引委員会に対し事前の届出を義務付けるものです。届出基準として売却対象企業の国内売上高、買手企業の国内売上高、株式取得割合などがあり、企業結合の方法によってそれぞれ異なります。
独占禁止法に基づくM&Aの事前届出制度
公正取引委員会は、独占禁止法に基づき届出を行った企業結合計画が一定の取引分野において競争を実質的に制限することとなるか否かについて審査しますが、事前に届出が必要となるM&Aは次のような場合です。
株式取得
株式取得とは、ターゲットとする会社の株式を取得し経営権を獲得するM&Aの手法の1つです。株式取得の具体的な手法には、株式市場での買付の他に、市場外での株式譲渡、株式公開買付(TOB)、第三者割当増資、株式交換などがあります。
合併
合併とは、複数の会社を1つの会社に統合するM&Aの手法の1つです。合併の具体的な手法には、1つの会社を存続会社として残し、他の会社を消滅させその権利義務の全てを存続会社に承継する「吸収合併」と、新しく設立する会社を存続会社として、他の会社の権利義務全てを存続会社に承継する「新設合併」があります。
分割
分割とは、会社が行っている事業の全部または一部を切り離し、他の会社に承継するM&Aの手法の1つです。事前届出制度の対象となる分割には、複数の会社が自社の事業の全部または一部を分割し新設会社に承継する「共同新設分割」と、事業の全部または一部を他の会社に分割し承継させる「吸収分割」があります。
共同株式移転
共同株式移転とは、複数の会社が自社の全株式を新設会社に取得させ、完全子会社となるM&Aの手法の1つです。複数の会社が対等な関係を維持したまま統合を実現する場合などに共同株式移転は行われます。
事業等の譲受け
事業等の譲受けとは、一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産を譲受けるM&Aの手法の1つです。対象となるのは、事業に必要な商品・製品や土地・建物だけでなく、顧客関係、従業員や組織、知的財産なども含まれます。
独占禁止法に基づくM&Aの事前届出制度における審査の流れ
(出典:公正取引委員会「企業結合審査の考え方について」2P 企業結合計画に関する法定手続きのフローチャート)
事前届出制度における審査には、①任意の届出前相談、②企業結合計画の事前届出、③第1次審査の実施、④第2次審査の実施の4工程があります。
① 届出前相談(任意)
独占禁止法に基づく企業結合の事前届出を予定している会社は、公正取引委員会に対して届出書の記載方法等に関して相談することが可能であり、大型案件については、事案の概要や競争環境について公正取引委員会に対し説明を始めていることもあります。 届出前相談は義務ではなく、届出前相談を行わなかった会社が審査で不利になることはありません。
② M&A(企業結合計画)の事前届出
独占禁止法に基づく企業結合の事前届出が必要な会社は、公正取引委員会に対し「企業結合計画の届出書」を提出し、公正取引委員会が届出書を受理したときは届出会社に対し「届出受理書」を交付します。なお、 公正取引委員会が届出書を受理した日から30日を経過するまで(禁止期間)は原則として株式取得等は実施できません。
③ 第1次審査の実施
第1次審査は「企業結合計画の届出書」に関して審査するもので、公正取引委員会は、通常30日の禁止期間内に次のいずれかの対応を行います。
独占禁止法上問題がない場合には、 排除措置命令を行わない旨の通知 をする2次審査に移行するため、 報告等要請 を行う 確約手続通知 を行う
確約手続とは、「企業結合計画の届出書」を提出した会社と公正取引委員会との合意により、独占禁止法違反の疑いを自主に解決する手続のことで、確約手続通知を受けた会社は通知を受けた日から60日以内に確約計画を作成して「確約認定申請」を行います。公正取引委員会が「確約認定申請」を審査し、独占禁止法の認定要件に適合すると判断されれば排除措置命令や課徴金納付命令は行われません。
(出典:公正取引委員会「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律ガイドブック」)
④ 第2次審査の実施
公正取引委員会は、第1次審査で報告等要請を行った届出会社に対し第2次審査を実施し、「企業結合計画の届出書」を受理した日から120日を経過した日、または「報告等」を受理した日から90日経過した日のいずれか遅い日までに、次のいずれかの対応を行います。
・ 意見聴取の通知 を行う
・ 確約手続通知 を行う
独占禁止法に基づく企業結合審査の基準
公正取引委員会は、「企業結合が一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるか否か」についての審査を行うにあたり運用指針を策定していますが、その中で特に重要な要件について解説します。
一定の取引分野とは
一定の取引分野は、企業結合によって公正かつ自由な競争が制限されることとなるか否かを判断するための範囲を示すものであり、商品範囲や地理的範囲等に関し、基本的に需要者にとっての代替性で判断され、必要に応じて供給者にとっての代替性も考慮されます。
需要者にとっての代替性とは、独占企業が利益拡大を目的に値上げをした場合に、需要者が当該商品の購入を他の商品・取引地域に振り替える程度をいいます。程度が小さければ、当該企業結合によって競争に何らかの影響が及び得る範囲に含まれるため、一定の取引分野の候補になります。
供給者にとっての代替性とは、商品・サービスの値上げがあった場合に、他の供給者が短期間かつ低リスクで当該商品・サービスを提供できる程度をいいます。程度が小さければ、当該企業結合によって競争に何らかの影響が及び得る範囲に含まれるため、一定の取引分野の候補になります。
競争の実質的な制限とは
競争の実質的な制限については、判例(昭和28年12月7日東京高等裁判所判決)では「 競争自体が減少して、特定の事業者又は事業者集団がその意思で、ある程度自由に、価格、品質、数量、その他各般の条件を左右することによって、市場を支配することができる状態をもたらすことをいう 」としています。
水平型企業結合における公正取引員会のHHI基準
水平型企業結合とは、同じ「一定の取引分野」において競争関係にある複数の会社が行う企業結合のことで、同一分野における競争単位の数を減少させるため、競争を実質的に制限する可能性があります。公正取引委員会では、水平型企業結合が競争を実質的に制限することとなるかどうかについては、「 ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI) 」を使い基準を示しています。
HHIは、当該一定の取引分野における各企業の市場占有率(%)の2乗を合計して算出します。市場占有率の最大値は100%なのでHHIの最大値は10,000となり、10,000に近いほど市場占有率が高いことになります。
競争の実質的制限に該当するとは通常考えられないとする公正取引委員会のHHI基準は次のとおりです。
・企業結合後のHHIが1,500超2,500以下で、HHIの増加分が250以下の場合
・企業結合後のHHIが2,500を超え、HHIの増分が150以下の場合
なお、上記の基準に該当しない場合であっても個々の事案ごとに判断されます。過去の事例を参照すると、企業結合後のHHIが2,500以下で、企業結合後の市場シェアが35%以下の場合には、競争を実質的に制限する可能性は小さいとされています。
垂直型企業結合における、公正取引員会のHHI基準
垂直型企業結合とは、原料メーカーと製品メーカーのように、同じサプライチェーン上における取引段階の異なる会社間の企業結合のことで、 競争単位の数が減少しないため一般に水平型企業結合に比べて一定の取引分野における競争への影響は小さい のですが、市場の閉鎖性や排他性を高めるなど競争を実質的に制限する可能性があります。
公正取引委員会では競争の実質的制限に該当するとは通常考えられないとするHHI基準を次のとおり定めています。
・企業結合後のHHIが2,500以下で、市場シェアが25%以下の場合
なお、水平型企業結合と同様に、企業結合後のHHIが2,500以下で、企業結合後の市場シェアが35%以下の場合には、競争を実質的に制限する可能性は小さいとされています。
独占禁止法に基づく事前届出が必要なM&Aとは
株式取得・合併・分割・共同株式移転・事業の譲受けによるM&Aにおいて、以下の要件に該当するときは、公正取引委員会への事前届出が必要となります。
株式取得
国内売上高合計が200億円を超える会社または企業グループが、国内売上高合計が50億円(子会社の売上を含む)を超える会社の株式に係る議決権の20%または50%を超えて取得する場合
合併
国内売上高合計が200億円を超える会社と、国内売上高合計が50億円を超える会社が合併する場合
分割
共同新設分割を実施する際に、事前の届出が必要となるのは次の場合です。
2. いずれか1社(事業の重要な部分を承継させようとする会社に限る)の承継の対象部分に係る国内売上高が100億円を超え、かつ他のいずれか1社の承継の対象部分に係る国内売上高が30億円を超える場合
3. いずれか1社(事業の全部を承継させようとする会社に限る)に係る国内売上高が200億円を超え、かつ他のいずれか1社(事業の重要な部分を承継させようとする会社に限る)の承継の対象部分に係る国内売上高が30億円を超える場合
4. いずれか1社(事業の全部を承継させようとする会社に限る)に係る国内売上高が50億円を超え、かつ他のいずれか1社(事業の重要な部分を承継させようとする会社に限る)の承継の対象部分に係る国内売上高が100億円を超える場合
吸収分割を実施する際に、事前の届出が必要となるのは次の場合です。
2. 分割をしようとするいずれか1社(事業の全部を承継させようとする会社に限る)に係る国内売上高合計額が50億円を超え,かつ,分割によって事業を承継しようとする会社に係る国内売上高合計額が200億円を超える場合
3. 分割をしようとするいずれか1社(事業の重要な部分を承継させようとする会社に限る)の当該分割の対象部分に係る国内売上高が100億円を超え,かつ,分割によって事業を承継しようとする会社に係る国内売上高合計額が50億円を超える場合
4. 分割をしようとするいずれか1社(事業の重要な部分を承継させようとする会社に限る)の当該分割の対象部分に係る国内売上高が30億円を超え,かつ,分割によって事業を承継しようとする会社に係る国内売上高合計額が200億円を超える場合
共同株式移転
国内売上高合計が200億円を超える会社と、国内売上高合計が50億円を超える会社が共同株式移転をする場合
事業の譲受け
国内売上高合計が200億円を超える会社が、国内売上高合計が30億円を超える会社から事業の全部を譲り受ける場合、または譲受け対象部分の国内の売上高合計が30億円を超える事業の重要部分を譲り受ける場合
関連記事「M&Aのスキーム(種類)一覧を解説」
国内M&Aにおける独占禁止法のリスク
ここまで解説してきたように、日本国内で行われるM&Aについては独占禁止法において公正かつ自由な競争を維持するための各種規制があるので、独占禁止法上のリスクを理解しておく必要があります。
当事者の合意だけではM&Aを実施できないリスクがある
M&Aは、会社と会社が複雑なステップを経て合意を目指すものですが、たとえ当事者同士が合意できたとしても独占禁止法に基づく規制対象と判断され、排除措置命令が発令されればM&Aを実施することができません。
届出・審査によりM&Aの長期化リスクがある
企業結合審査について、公正取引委員会の直近5年間のデータでは 約97%が第一次審査で終了 し、その内約73%が禁止期間の短縮を行っているので、大半の企業にとってはM&Aが長期化するリスクは少ないと言えます。ただし、約2%の会社は独占禁止法上の問題点を指摘されるなど、何らかの理由で第一次審査終了前にM&Aを断念している可能性もあります。
2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | |
届出件数 | 306 | 321 | 310 | 266 | 337 |
第1次審査で終了 | 299 | 315 | 300 | 258 | 328 |
上記中、禁止期間の短縮を行った | (193) | (240) | (217) | (199) | (248) |
第1次審査終了前に取下 | 6 | 4 | 9 | 7 | 8 |
第2次審査に移行 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 |
(データ出典:公正取引委員会「企業結合関係届出等の状況」)
第2次審査に進むと審査期間が10ヶ月を超えることも珍しくはなく、「株式会社ふくおかフィナンシャルグループによる株式会社十八銀行の株式取得」のように、公正取引委員会が結論を出すまでに2年以上かかったケースもあります。そのため、独占禁止法に抵触するかどうかの判断が難しいM&Aの場合には、長期化リスクも考慮しておく必要があります。
海外企業のM&Aにおける競争法の注意点
当事者の一方が外国企業であるような国際間のM&Aを「クロスボーダーM&A」と言いますが、クロスボーダーM&Aを行う際には日本だけではなく相手国の競争法に抵触しないように進める必要があります。そこで、日本にとって特に重要な市場である、米国、EU、中国における企業結合の規制について触れておきます。
米国の独占禁止法
米国における競争法(反トラスト法)は、「シャーマン法」「クレイトン法」「連邦取引委員会法」の3つから構成されています。企業結合に関しては、クレイトン法で次の何れかのケースに該当する場合には、反トラスト局と連邦取引委員会に対する事前届出を義務づけています。
・企業結合により、議決権付き証券及び資産の合計が1億100万ドルを上回り、年間純売上高又は総資産が2億200万ドル以上の会社と年間純売上高又は総資産が2,020万ドル以上の会社が行う場合
EUの独占禁止法
EUにおける競争法は「欧州連合の機能に関する条約」で、企業結合に関し次のケースに該当する場合には欧州委員会に対する事前届出を義務づけています。
・当事者の少なくとも2社の共同体内での売上高がそれぞれ2億5000万ユーロ超
・当事者のいずれも共同体内売上高のうち3分の2超を同一加盟国内で得ていない
また,上記に該当しない場合であっても,以下の全ての要件を満たす場合には,共同体規模を有するものとして,規制の対象となる(企業結合規則第1条3項)
2. 当事者の少なくとも2社の共同体での売上高がそれぞれ1億ユーロ
3. 3以上の加盟国のそれぞれにおいて,当事者全ての年間売上高の合計が1億ユーロ超
4. [3]の要件に合致する3以上の加盟国のそれぞれにおいて,当事者の少なくとも2社の売上高がそれぞれ2500万ユーロ超
5. 当事者のいずれも共同体内売上高のうち3分の2超を同一加盟国内で得ていない
中国の独占禁止法
中国における独占禁止法は「中華人民共和国独占禁止法」で、企業結合は国務院の定める次の届出基準に該当する場合には、国務院独占禁止法執行機関に対する事前届出を義務づけています。
企業結合を行う全ての事業者の,直近会計年度における全世界の売上高の合計が100億元を超え,かつ,そのうち2以上の事業者の直近会計年度における中国国内での売上高がそれぞれ4億元を超える場合企業結合を行う全ての事業者の,直近会計年度における中国国内での売上高の合計が20億元を超え,かつ,そのうち2以上の事業者の直近会計年度における中国国内での売上高がそれぞれ4億元を超える場合
ただし、上記に基準該当しても、企業結合を行う事業者が親子関係にある場合、又は50%以上の出資関係がある共通の親会社を持つ場合は届出が不要としています。
まとめ
本稿では、独占禁止法に基づくM&Aの規制、事前届出制度、審査の流れ及び審査基準、事前届出が必要な M&A、クロスボーダーM&Aの注意点などについて解説してきました。
独占禁止法が重要な論点となるM&Aは少数でありますが、M&Aが中止になったり、長期化したりする原因になりますので、 M&Aを安全かつスムーズに行うためには、これらの独占禁止法に基づく規制や手続きを十分理解した上で進めなければなりません。