経営資源集約化税制とは
経営資源集約化税制とは、2020年12月21日に閣議決定された「令和3年度税制改正の大綱」にある「中小企業の経営資源の集約化に資する税制の創設」などのことです。新たな税制が創設されることで、一定の要件を満たした場合に中小企業者はM&Aで購入した株式の取得価額の一部損金算入などができるようになります。
出典:財務省「令和3年度税制改正の大綱」
中小企業等経営強化法の改正が前提
経営資源集約化税制は、改正中小企業等経営強化法が施行されてから2024年3月31日までに経営力向上計画の認定を受けた株式等の取得に適用されます。まだ税制改正の大綱が閣議決定された段階で、経営資源集約化税制が適用されるには中小企業等経営強化法が改正されることが前提です。
なお、国税の税制改正の場合、まず財務省が閣議決定された「税制改正の大綱」に沿って改正法案を作成し、国会に提出します。その後、国会の各委員会での審議を経て、本会議に付され、衆参両院で可決されることで改正法案が成立します。施行日は改正法に定められた日です。
そもそも中小企業等経営強化法とは
税制改正のもととなる中小企業等経営強化法は、「生産性向上の必要性、業種横断的な課題への対応、業種別の課題への対応、中堅企業の重要性」からできました。基本的なスキームは、事業分野別指針に沿って、「経営力向上計画」を作成して国の認定を受けた中小企業・小規模事業者等が税制や金融支援等の措置を受けることができるというものです。
出典:経済産業省「中小企業等経営強化法の概要」
M&A実施後のリスクに備えた制度改定
中小企業がM&Aを実施する場合、買収後に簿外債務や偶発債務等が発覚する、粉飾決算していたことが判明するなどさまざまなリスクが存在します。しかし、リスクを事前に発見するための作業であるデューデリジェンスは、時間、手間、コストといった点で買い手企業の負担になるため実施されないこともあり、いかにM&A実施後のリスクに向き合うかが課題でした。
今回の中小企業等経営強化法の改正では、中小企業はM&Aでのリスクに対応するために準備金として積み立てた場合、投資金額の70%まで額を損金に算入することができるようになります。節税になるという理由から中小企業が準備金を積み立てるようになれば、M&Aの潜在的リスクもある程度吸収可能です。
適用にあたって注意すべき点もある
新たな税制の適用には、以下のようにいくつか考慮しておかなければいけないことがあります。
●事前に改正強化法の経営力向上計画を作成・申請し、認定を受ける
●M&A前後の多忙な時期に複雑な事務処理が増える
●適用時期には制限がある
経済産業省による税制改正要望がきっかけ
経済産業省による税制改正要望が経営資源集約化税制創設のひとつのきっかけとなりました。経済産業省が経営資源の集約化を推進するのは主に以下の理由からです。
新型コロナウイルスの拡大も要因
新型コロナウイルスが広がったことで、社会は大きく変化しました。コロナ禍で2020年に実施された東京商工リサーチの調査によると、コロナ禍をきっかけに大幅或いは部分的に業種・業態の転換を考えていると回答した中小企業は22.33%にまで及びます。
出典:東京商工リサーチ「第9回「新型コロナウイルスに関するアンケート」調査」
また、2021年3月時点でコロナ禍の収束が長引いた場合に廃業すると回答した中小企業が6.77%です。2020年9月に同内容で調査した際は8.82%であったことを考慮すると改善傾向にはありますが、未だに業績回復の見込みが立たない企業が多いといえます。
出典:東京商工リサーチ「第12回「新型コロナウイルスに関するアンケート」調査」
アンケート結果からわかるように、コロナ禍で中小企業の経営資源散逸リスクが浮上しています。
M&Aが生産性向上に重要なツールと判断
2010年にM&Aを実施した中小企業と実施しなかった中小企業を比較したところ、5年後にM&Aを実施した企業は生産性が向上したという経済産業省のデータが存在します(出典:経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係 税制改正について」)。働き方改革をはじめ、生産性向上がより重視されている時代だからこそ、M&Aで経営資源集約化を図り、生産性を向上させることが大切です。
なぜ中小企業のM&Aが注目されるのか
経営資源集約化の手段として、なぜ中小企業のM&Aが注目されているのかをさらに深く掘り下げていきます。
後継者不在に伴う事業承継
2019年12月31日時点で、全国社長の平均年齢は62.16歳でした。さらに、全年齢層の中で70歳代以上の年齢層は30.37%と最多のレンジを占めています。
出典:東京商工リサーチ「全国社長の年齢調査」
また、2020年の後継者不在状況は60代で48.2%、70代で38.6%、80代以上で31.8%となっています。前年に比べるとやや改善傾向にはありますが、依然として多くの企業で後継者不在という状況です。
出典:帝国データバンク「特別企画:全国企業「後継者不在率」動向調査(2020 年)」
親族や従業員から後継者を見つけることができない場合は、M&Aでの事業承継が有効な手段です。
目まぐるしく変化する社会に対応
目まぐるしく変化する社会に対応するため、DX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されています。しかし、自社のリソースだけではデジタル化に対応できない場合があります。
M&Aで異業種と提携・統合することで、新たな変化にも対応することが可能です。
シナジー効果や競争力強化
M&Aにより、自社で有していない人材、技術、ノウハウを活用することが可能です。販売シナジーや生産シナジーなどにより、両社の足し算時以上の効果「シナジー効果」も期待できます。
経営資源集約化税制の3つのポイント
準備金制度を前提に経営資源集約化税制を説明してきましたが、それ以外にも設備投資の減税や雇用確保を促すための制度が創設されます。いずれの制度も、適用されるのは経営資源の集約化によって生産性向上等を目指す計画の認定を受け、計画に基づくM&Aを実施した企業です。
3つの制度がそれぞれどのような内容なのか確認していきましょう。
設備投資の減税
もともと中小企業経営強化税制という制度が存在し、中小企業等経営強化法の認定を受けた計画に基づく投資に対して即時償却又は10%の税額控除(資本金3,000万円超1億円以下の法人は7%)の適用を認める措置がとられていました。対象となる設備は生産性向上設備(A類型) 収益力強化設備(B類型)デジタル化設備(C類型)です。
今回の制度改正に伴い、3類型にM&Aの効果を高める経営資源集約化設備(D類型)が追加されます。経営資源集約化設備とは、修正ROA又は有形固定資産回転率が一定以上上昇する設備です。
雇用確保を促す
M&Aに伴っておこなわれる労働移転等で給与等支給総額を対前年比で2.5%以上引き上げた場合、給与等支給総額の増加額の25%を税額控除する措置がとられていました(1.5%の以上の場合は15%)。今回の改正では、適用要件の一部見直しと簡素化が進められます。
新しい制度における要件と措置内容は以下の通りです。
要件 | 措置内容 |
(通常要件) 給与等支給総額(企業全体の給与)が前年度比で 1.5%以上 | 給与等支給総額の増加額の15%を税額控除 |
(上乗せ要件) 給与等支給総額(企業全体の給与)が 前年度比2.5%以上 さらに、いずれかを満たす Ⅰ.教育訓練費が対前年度比10%以上増加 Ⅱ.中小企業等経営強化法に基づく経営力向上計画の認定を受けており、経営力向上が確実になされていること | 給与等支給総額の増加額の25%を税額控除 |
準備金制度の適用
M&A実施に伴うリスクに備え、投資金額の7割以下の金額を5年間据置期間付きの準備金(中小企業事業再編投資損失準備金)として積み立てた場合、損金に算入できる制度です。M&A実施後、簿外債務が発覚した場合や株式を保有しなくなった場合には、準備金を取り崩して対応します。
積み立てから5年経過すると、準備金の残高を5年間で均等に取り崩し、毎期益金算入していきます。
税制の創設で何が変わるか
経営資源集約化税制の創設に伴い、以下のような変化が想定されます。
キャッシュフロー改善
積立金を損金に算入することで企業の所得が減るため、法人税の支払金額を減らすことが可能です。現預金が潤沢でない企業も、税金支払額が減ることで少し余裕ができるため、キャッシュフローの改善に寄与することができます。
M&A件数が増加する
準備金を積み立てれば、株式取得価格の70%を損金算入できる点が経営資源集約化税制の大きな目玉です。積立することでリスクをヘッジできるため、中小企業がよりM&Aに積極的になり、実施件数も増加することが考えられます。
経営資源集約化税制を活用するために
経営力向上計画認定
経営資源集約化税制を活用するためには、経済産業省より経営力向上計画認定を受ける必要があります。要件としては、資本金が10億円以下または従業員数が2,000人以下等の基準があるため、中小企業庁のHPより確認するとよいでしょう。手続きとしては、郵送と電子申請どちらでも可能です。電子申請の場合は、「GビズIDプライム」を事前取得し、経営力向上計画申請プラットフォームより手続きが必要です。認定までに30日程度かかるため、余裕をもったスケジュールで申請するようにしましょう。
M&Aからの株式取得
株式譲渡により株式等を取得(取得価額が10億円以下)する場合、経営力向上計画の認定を受けた中小企業者は、その取得価額70%以下の金額を「中小企業事業再編投資損失準備金」として積立てたときは、当該金額の損金算入が認められます。M&Aにおいては譲渡企業における将来性リスク、簿外・偶発債務リスク等をデューデリジェンスと表明保証によりヘッジするものの、中小企業がこれらを実施・把握することが困難であるため、将来の株価下落による損失リスクに対応する目的で設けられた制度です。準備金の積立後5年経過すると、その後5年かけて均等額を取り崩し、益金に算入することになります。ただし、2024年3月末までに経営力向上計画の認定を受けた株式等の取得が対象となります。
まとめ
経営資源集約化税制が創設されると、M&A時の取得価額の一部を積み立てた際に損金算入することができるようになります。今回の税制改正は、M&Aを前向きに検討している方にとって大きなメリットです。
後継者不足を解消する手段や他業種への進出の足掛かりとして、M&Aが注目を集めています。M&Aに関心がある方は、まずはノウハウや経験を有した専門家に相談しましょう。
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