IT業界とはどのような業界か
ITとは「information technology(情報技術)の略で、コンピューター・インターネット・携帯電話などを使う、情報処理や通信に関する技術を総合的に指していう語」です。ほぼ同じ意味でICT(情報通信技術)という用語も使われることもあります。
IT分野に関する業界は、いくつかの分野で区別することが可能です。例えば、経済産業省は「平成30年特定サービス産業実態調査報告書」において、ソフトウェア業、情報処理・提供サービス業、インターネット附随サービス業に分けて調査を実施しています。
IT業界の特徴や課題について詳しく確認していきましょう。
出典:経済産業省「平成30年特定サービス産業実態調査報告書」
IT業界に該当する企業
経済産業省の調査では、「ソフトウェア業」をゲーム用ソフトや組み込みソフトウェアの作成及びその作成に関するサービス、インターネット・ホームページの制作等の業務を担う企業としています。ソフトウェアを開発して販売する企業はITベンダー企業と呼ばれ、富士通株式会社がその例です。
「情報処理・提供サービス業」はSaaSやデータサービス、各種調査サービスを担う企業です。SaaSはsoftware as a serviceの略で、インターネットを経由してソフトウェアを利用するサービスのことです。従来のようにパッケージ商品を購入するのではなく、利用者はインターネットを通じて必要な機能のみを利用し、内容に応じたサービス料を支払います。海外ではAdobe、国内ではクラウド会計ソフトのfreeeがSaaS企業の一例です。
「インターネット附随サービス業」はポータルサイト・サーバ運営業務やコンテンツ配信業務などを担う企業が該当します。近年、動画や音楽の定額配信が主流となりつつあり、Netflixが代表例です。
出典:経済産業省「平成30年特定サービス産業実態調査報告書」、goo辞書「サース【SaaS】 の解説」、総務省「平成28年版 情報通信白書」
IT業界の特徴
IT業界の特徴のひとつが、多重下請け構造です。IT業界は、ユーザー企業から発注を受けた「プライムベンダ(元請け)」が開発・運営を担う「中小ITベンダ(二次請け)」に依頼し、その後「二次請け」が「中小ITベンダ(三次請け)」や「下流工程」にさらに依頼するというピラミッド型の仕組みで成り立っています。
IT業界はAR・VRの普及、EC(Electirc Commerce)需要の増加、5Gの実装など取り巻く話題が豊富です。さらに、テレワークの普及やサブスクリプション型サービスの浸透もIT業界の追い風となっています。
特に、巨大IT企業による影響力が顕著です。米国の巨大IT企業の純利益は、2009年からの10年間で約5倍に拡大し、シェアも6%から13%まで伸びています。
出典:経済産業省「IT産業における下請の現状・課題について」、経済産業省「2020年版通商白書」
IT業界が抱える課題
IT業界に対する需要が増加しているのにもかかわらず、人材が不足している点が課題です。2030年までに国内におけるIT人材の高齢化が進み、需給ギャップから40~80万人の規模で不足が生じるという懸念も示されています。
世界的な規模でみると、日本のIT人材のレベルアップも課題です。技術進展の早いIT業界で生き残るためにも、企業には質の高いIT人材の確保が求められます。
出典:経済産業省「参考資料(IT人材育成の状況等について)」
IT業界のM&A動向
IT企業を対象とするM&Aが急増しており、2019年の国内M&A市場では、売り手の3社に1社はIT企業でした。同年、世界でもM&A件数・金額ともに最高を記録しています。
また、業界内にとどまらず異業種によるM&A事例も増えている点がIT業界の近年のM&A動向で注目したいポイントです。IT業界のM&Aが具体的にどのような特徴を持つのか、そしてなぜここまで活発なのかを解説します。
出典:日本経済新聞電子版「IT買収でデータ活用素早く 19年国内M&Aの3割超 2020年1月2日 23:00」
IT業界のM&Aの特徴
IT業界では、技術やサービスを取り入れる目的や人材不足の解消、海外進出などを目的にM&Aが実施されます。また、エンジニアが習得しているプログラミング言語やスキルなどにスポットが当たる点も特徴のひとつです。
さらに、マッチングからクロージングまでの期間が他業界に比べて早いため、買収を迷っていると競合企業に先を越されてしまう場合もあります。異業種企業では、IT人材を安定的に確保するためアウトソーシングから自社にIT部門を抱える傾向が出始めており、IT企業にとっては売り手市場ともいえるでしょう。
M&Aが活発な理由
まず、DXをはじめとする新たな動きが広まっていることがIT業界関連でのM&Aが活発になった理由として考えられます。DX(digital transformation)とは、「IT(情報技術)が社会のあらゆる領域に浸透することによってもたらされる変革」です。
また、人材不足の課題を解決するための手段としてM&Aを活用する企業が増えています。経済・サービスのデジタル化が加速する一方で、IT人材不足解消の兆しが見えないことから、今後もIT業界でのM&Aが進んでいくでしょう。
出典:コトバンク「デジタル‐トランスフォーメーション(digital transformation)」
IT業界のM&Aのメリットとデメリット
IT業界への需要の高まりとともに、M&Aが増加傾向にあります。ただし、企業によってはM&Aを実施しない方が良いケースもあるでしょう。
M&Aには費用や手間がかかります。M&Aを試みるも、失敗に終わってしまうことのないように、M&Aにおけるメリットとデメリットを確認しておきましょう。
M&Aにおけるメリット
IT業界におけるM&Aが活発化している主な理由からもわかるように、人材不足を解消できることがメリットです。新卒であればIT人材を育てなければならず、転職組であれば人材確保の競争が激しくなります。
その点、M&Aであれば一定のスキルを備えた人材をまとめて確保することが可能です。海外エンジニアのスキルの高さに注目し、海外IT企業を買収するケースもあります。
人材だけでなく、技術やノウハウを獲得できることもメリットです。技術進歩の早いIT業界で最先端の技術を得るためには、莫大な研究開発費用や時間がかかります。IT業界のM&Aは、異業種から参入する手段としても活用できます。
優れたアイデアがあっても、スタートアップやベンチャーは銀行から高額の融資を受けることがなかなかできません。大手企業とのM&Aを進めれば、大手からの資本が投入されることで経営基盤を安定させることが可能です。
M&Aにおけるデメリット
せっかくIT人材の確保を目的にM&Aを試みても、社員が不満を感じて退職するおそれがあります。特に外国企業とのM&Aであれば、社員が社風や規則のギャップに戸惑いを覚えてしまうかもしれません。
また、IT業界に限らず売り手企業の簿外債務を引き継ぐおそれがある点もM&Aのデメリットです。また、将来発生しうる債務(偶発債務)が相手企業に存在することで、後々トラブルにつながることも考えられます。
IT業界同士のM&A事例5選
社会情勢の変化に伴い、今後IT業界内での再編が進むでしょう。すでに、上場企業など大手企業が同業の企業を買収・子会社化する事例がいくつも出てきています。
今回は、ポータルサイト運営などで知られるヤフーや決済サービスを展開するメルペイ、ネット証券などで知られるマネックスグループなどによる買収事例を紹介します。
ヤフーが電子書籍提供企業を買収
2016年6月、ヤフー株式会社が株式会社イーブックイニシアティブジャパンの株式を公開買付で取得することが決定し、同年9月に連結子会社となりました。公開買付と第三者割当による合計取得価額は約27億円です。
イーブックイニシアティブジャパンは電子書店「ebookjapan」を運営する会社ですが、ヤフー側ももともと電子書店「Yahoo!ブックストア」を運営していました。M&Aはイーブックイニシアティブジャパン電子書籍事業の成長を加速させることがひとつの目的です。
「ebookjapan」の購入比率は男性が過半を占める一方、「Yahoo!ブックストア」は女性比率が高いことから、集客改善のシナジーが期待できるとしています。連結子会社化後は、2017年4月にイーブックイニシアティブが「Yahoo!ブックストア」の運営業務受託開始、2018年7月にはヤフー株式会社と協力して運営するiOS版コミックアプリ「ebookjapan」をリリースしています。
出典:株式会社イーブックイニシアティブジャパン「2016年8月30日 発表資料」、CNET Japan「ヤフー、電子書店「eBookJapan」を20億円で子会社化–4つのシナジーに期待」、
株式会社イーブックイニシアティブジャパン「沿革」
メルペイによるOrigamiの子会社化
2020年1月、株式会社メルカリが100%子会社である株式会社メルペイを通じて、株式会社Origamiの株式を取得、子会社化(孫会社化)したことを発表しました。メルペイは、2019年2月よりスマホ決済サービス「メルペイ」を提供する企業です。
一方、子会社化されたOrigamiは2016年にスマホ決済サービス「Origami Pay」の提供を開始し、全国の店舗やサービスで導入されていました。スマートフォン決済事業者間の競争が激化している中、両者の強みを融合することで独自の価値観を生み出し、日本のキャッシュレス社会実現に寄与できると考えたことが合意理由です。
Origami Payのサービスは、2020年6月末での終了が発表され、サービスはメルペイに統合されています。
出典:株式会社メルカリ「2020年1月23日 発表資料」、朝日新聞デジタル「「オリガミペイ」6月末でサービス終了 メルペイに統合 2020年2月28日 17時00分」
マネックスグループによる買収
2018年4月、マネックスグループ株式会社がコインチェック株式会社の発行済株式を全て取得し、完全子会社化しました。マネックスグループはオンライン証券事業など各事業子会社を管理する上場持株会社です。
一方、コインチェックは暗号資産取引所Coincheckを運営していました。Coincheckにおいて、不正アクセスによる仮想通貨NEMの不正送金の事案が発生したことが完全子会社化の背景です。
コインチェック側は、完全子会社化によりマネックスグループの全面的支援を受けて経営管理体制の強化を図ることをM&Aの目的としています。一方、マネックスグループ側は、仮想通貨の将来性に期待したことがM&Aを実施した理由のひとつです。
出典:コインチェック株式会社の完全子会社化の手続き完了に関するお知らせ、NHK NEWS WEB「コインチェック買収 マネックスの狙いは?」
NTTによるNTTドコモの子会社化
NTTによるNTTドコモの子会社化はグループ企業によるM&A事例です。2020年9月、日本電信電話株式会社(以後NTT)が株式会社NTTドコモの完全子会社化を実施することを発表し、同年11月議決権所有割合を91.46%まで増やすに至りました。
NTTグループはリソースの集中化やDX推進、6Gの技術開発などの強化に取り組んでいます。さらに取り組みを強化するためには、グループ横断での経営資源の戦略的活用と意思決定の迅速化が不可欠だと考え、NTTドコモを子会社化したとのことです。
子会社化以降、6Gを見据えた通信基盤整備を移動固定融合型で推進し、NTTドコモを総合ICT企業へ進化させようとしています。
出典:日本電信電話株式会社「特集1 NTTドコモの完全子会社化」、株式会社NTTドコモ「2020年11月27日 発表資料」
野村総合研究所が豪州企業を子会社化
野村総合研究所によるASGグループの買収は、国内IT企業が海外企業を買収した事例です。2016年12月、株式会社野村総合研究所がオーストラリアのASG Group Limitedの発行済み株式を100%取得し、完全子会社化したことを発表しました。
ASGの中核事業は、ビジネスソリューションやITソリューションをクラウド環境で提供するマネージドサービスです。野村総合研究所は、オーストラリアで存在感を示しているシステム開発企業を買収したことで、同国での事業展開における基盤や顧客を獲得することができました。
子会社化以降、野村総合研究所はAGSのサービスを活用してオーストラリアやアジア全域での高付加価値のサービス提供を考えています。
出典:株式会社野村総合研究所「2016年12月26日 News Release」、日経クロステック「NRIが豪システム会社ASGを買収完了、約274億円は過去最大」
異業種によるIT企業のM&A事例3選
技術革新やデジタル化は、IT業界にとどまらず、全産業にまで広がる潮流です。そのため、異業種であってもIT企業が持つ技術力や人材を活用して販路を広げたり新規事業へ参入したりする事例もあります。
教育業界の駿台グループと新聞業界の毎日新聞、そして建設業界の飛島建設では、IT企業に対してどのようなM&Aを実施したのかを確認していきましょう。
教育業界からのM&A
2018年5月、駿台予備学校などで知られる駿台のグループ企業であるエスエイティーティー株式会社が株式会社マナボの全株式を取得しました。マナボは、24時間オンライン質問対応システムであるスマホ家庭教師「manabo」の開発・運用を手がける企業です。
買収により、エスエイティーティーのeラーニングシステム「学び~と」と「manabo」が持つ双方向システムを融合し、他業種に向けた新サービスの開発を進めています。そのほか、駿台グループの海外校と連携したグローバル展開も目指しているとのことです。
他にも買手候補企業がいる中で駿台グループを選んだ理由として、マナボ側は過去の連携時にサービスの消費率が高かったこと、経営の独立性を重んじてくれること、提示された評価額が高かったことの3点を挙げています。
出典:エスエイティーティー株式会社「2018年6月6日 プレスリリース」、TechCrunch Japan「駿台グループ、オンライン家庭教師サービス「manabo」を買収」
新聞業界からのM&A
2018年6月、株式会社毎日新聞社が株式会社PoliPoliから俳句SNSアプリ「俳句てふてふ」の事業譲渡を受けたことを発表しました。俳句てふてふは、俳句を気軽に投稿でき俳句を中心に人々がコミュニケーションできる場を提供するSNSサービスです。
毎日新聞社は長年にわたり毎日俳壇や毎日歌壇を展開しており、同社のリソースを活用した方が俳句てふてふの事業を成長させることができると考えました。さらに、PoliPoliは政治のコミュニティサービス「ポリポリ」にリソースを集中させており、俳句てふてふをこれ以上成長させる余力がないと考えたことも事業譲渡の要因です。
毎日新聞では、2020年10月から「俳句てふてふ」での選句サービスをiOS版で試験導入しています。
出典:毎日新聞「2018年6月11日 プレスリリース」、毎日新聞「2020年8月31日 社告」
建設業界からのM&A
2021年2月、飛島建設株式会社が株式会社アクシスウェアの株式を取得し、子会社化したことを発表しました。アクシスウェアはシステム開発から運用保守に至るまで、戦略的なITサービスを提供するITアーキテクトファームです。
飛島建設では、土木・建築事業や建築コンシェルジュ事業だけでなくスマートソリューション事業も基本戦略に含めており、Society5.0(超スマート社会)の実現に向けた多様なソリューションサービスを提供しています。アクシスウェアの高い技術力や開発力を活かし、スマートソリューション事業の拡大を目指すことが株式取得に至った理由とのことです。
出典:飛島建設株式会社「2021年2月2日 発表資料」、飛島建設株式会社「経営ビジョン」
IT業界のM&Aで気をつけたい点
IT業界におけるM&Aが増えていますが、決断する際には気をつけておかなければならない業界ならではのポイントがいくつか存在します。中でもチェックしておきたいのが「専門家選び」や「従業員の見極め」についてです。
それぞれの内容を詳しく解説していくので、異業種からM&Aによって参入を検討している方は決断前に見落とさないようにしてください。
業界知識に長けた専門家を選ぶ
M&Aの手続きは複雑なので、企業単独ではなく専門家に相談しながら進めていくのが一般的です。M&Aの専門家としては、仲介会社や金融機関、弁護士・会計士などが考えられます。
各業界によってM&Aの特徴も異なるため、IT業界知識に長けた専門家を選ぶことがポイントです。専門家がIT業界の知識が豊富か判断しかねる場合には、初回相談時に過去にIT分野でのM&A経験があるのか尋ねてみると良いでしょう。
従業員のスキルや評判を見極める
IT業界でM&Aする際には、人材確保が目的に含まれることが多いです。しかし、過去に対象企業が優れたサービスを開発していても、開発したエンジニアがすでに退職している可能性も考えられます。
買収を決断する前に、在職しているエンジニアのスキルを確認しておきましょう。優秀なエンジニアなら、過去の実績や評判があることはもちろんですが、クライアントの目的を理解し納品する力もあります。
また、優秀な社員が在籍していたとしても、買収後に退職されてしまうかもしれません。買収して終わりではなく、引き続きモチベーションを保てるような工夫を心がけてください。
まとめ
AIやビッグデータ、5Gなどの技術革新に伴い、IT業界へのニーズがますます高まっています。その一方で、2030年には40〜80万のIT人材不足が生じるといわれており、IT業界では人材面に課題を抱えています。
IT業界におけるM&Aは、IT人材手段を確保する手段となりえます。ただし、M&Aを進める際には、複雑な手続きを経なければならないため、知識や経験が豊富な会計士などの専門家に相談してください。
M&A DXでは、大手会計系M&Aファーム出身の公認会計士や金融機関等出身の専門家が、豊富なサービスラインに基づき、最適な事業承継をサポートしております。事業承継でお悩みの方は、まずはお気軽にM&A DXの無料相談をご活用下さい。
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