M&A仲介業者の役割
M&A仲介業者とは、M&Aにおいて売り手・買い手の双方と契約を締結し、マッチングの支援やM&Aの成立に向けた助言および各種調整を行うM&Aのスペシャリストです。
初期段階からそれぞれの経営者の要望をよく理解し、中立的な立場で現実的な妥協点を探るため成約率が高く、現在では中小企業のM&Aには欠かせない存在となっています。
FAやM&Aアドバイザリーとの違い
M&AにおけるFA(Financial Advisor)とは、 M&A仲介業者が売り手・買い手の双方と契約締結することに対し、売り手または買い手のどちらか一方と契約を締結し、M&Aプロジェクト全般をサポートするスペシャリストです。FAを行うのは、外資系投資銀行、証券会社、国内大手銀行など財務に強い業種が中心となります。FAは、顧客利益の最大化を目指して行動する点ではメリットがありますが、交渉相手に対し過度な要求を行う傾向があるためM&Aが成立しにくくなるデメリットもあります。
M&Aアドバイザリーとは、売り手または買い手のどちらか一方と契約を締結し、M&Aプロジェクト全般をサポートするスペシャリストの総称で、前述のFAもその中に含まれます。M&Aアドバイザリーには、財務面を中心とするアドバイザー(Financial Advisor/FA)、法務面を中心とする(Legal Advisor/LA)、及びその他のアドバイザーに分類されます。
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M&A仲介業者と利益相反問題とは
M&A仲介業者における利益相反問題は、2020年3月に発表された中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」や、同年12月18日の河野行政改革担当大臣(当時)のブログで取り上げられたことで注目を集めたテーマです。売り手・買い手の双方から手数料を受け取り売買価格を調整するという点において利益相反となる可能性は否定できませんが、中小企業のM&Aや事業承継の場合には、売買価格以外にも会社の存続という大きな目的もあるので利益相反問題は総合的に判断する必要があります。
利益相反取引とは
利益相反取引とは、 ある取引を行うことにより一方は利益を得るが、同時に他方に不利益が生じることを言います。例えば、会社Aがその会社の取締役Bと取引する場合、取引価格を引き下げれば会社Aは利益となるが、取締役Bには不利益となります。逆に、取引価格を引き上げれば会社Aには不利益となるが、取締役Bには利益となります。この場合、取締役Bには「会社Aの取締役」と「個人」の利益が相反する2つの立場があるため、取締役Bにおいては利益相反取引となります。
M&A仲介業者の業務が利益相反取引と誤解される理由
M&Aにおいては、1円でも安く買いたい買い手と、1円でも高く売りたい売り手の間に入って調整を行うM&A仲介業者は、売り手と買い手の両方の立場を持つため利益相反の状態にあります。利益相反取引が直ちに違法となる訳ではありませんが、例えば、M&A仲介業者が売買価格を調整する際に、M&Aを成立させるために売り手・買い手のどちらか一方に有利なように売買価格を誘導する(様に見える)場合があります。利害が相反する売り手と買い手の要望を、同時に100%満たすことは不可能ですから避けられないことなのですが、第三者の目にはM&A仲介業者が自己の利益のために利益相反取引をしている様に映る可能性があります。
利益相反取引は合法か?
M&A仲介業者だけでなく不動産仲介業者においても売り手・買い手の双方から報酬を得る双方代理が広く行われています。一方、弁護士、企業の取締役、銀行などの利益相反取引は法律で禁止または実施方法について厳しく規制されています。そこで、各分野における利益相反に対する考え方を整理しました。
会社法における利益相反取引
会社法では、取締役の利益相反取引について次のように定めています。
(競業及び利益相反取引の制限)
第356条
取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。(以下、省略)
(出典:e-gov「会社法」)
会社法では、取締役の利益相反取引そのものを禁止しておらず、第356条で定める3つのケースに該当する場合には、株主総会で事実を開示し承認を受ける必要があるとしています。
民法における利益相反取引
民法で第826条に「利益相反行為」という規定がありますが、これは親権を行う際の規定で本件のテーマとは無関係です。M&A仲介業者の行為に近いものとしては代理人の「双方代理」に関する規定があります。
(自己契約及び双方代理等)
第108条
同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
(出典:e-gov「民法」)
代理人とは、本人に代わって法律行為を行うことができ、代理人が行った法律行為の効果は本人に帰属します。しかし、上記第1項で、利益が相反する当事者双方の代理人として行った行為は民法上無効としています。M&A仲介業者は、売り手・買い手のアドバイザーであり、本人の代理で契約締結を行う代理人には該当しないため本規定には抵触しません。
中小企業庁の見解と指導
中小企業庁は、2020年3月に公表された「中小M&Aガイドライン」の中で、M&A仲介業者の利益相反取引について以下のように説明しています。
中小企業庁の見解を整理すると、M&A仲介業者には利益相反のリスクはあると認めながらも、中小企業のM&A においてはM&A仲介業者を不適切とは決めつけられないとしています。
また、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」では、M&A仲介業者において利益相反リスクを最小限とするために推奨している措置を紹介します。
売り手・買い手の双方と仲介契約を締結する仲介者であるということ(特に、仲介契約において、両当事者から手数料を受領することが定められている場合には、その旨)を両者に伝える。
バリュエーションやデューデリジェンスといった、一方の意向の影響を受けやすい工程の結論を決定せず、依頼者に対し必要に応じて公認会計士・税理士・弁護士等の専門家の意見を求めるよう伝える。
仲介契約締結の際には、両当事者間において利益相反のおそれがある事項について明示的に説明を行う。また、別途、両当事者間における利益相反のおそれがある事項を認識した場合には、各当事者に対し適時に明示的に開示する。
まとめ
中小企業のM&Aや事業承継にはM&A仲介業者は欠かすことが出来ない存在です。一方で、売り手または買い手として交渉を進めるなかで、M&A仲介業者が利益相反しているのではないかと疑問を抱く場面に出会う事もあると思います。その際には、自分だけで検討するのではなく、よりM&A仲介業者と積極的なコミュニケーションを取る事はもちろんのこと、セカンドオピニオンの利用も検討されるといいでしょう。