中小企業M&Aについて
多くの企業でM&Aに対する注目が高まっているものの、注目度の高さの割りには中小企業のM&Aが進んでいないのが現状です。中小企業のM&Aを促進するべく、2020年に経済産業省により中小M&Aガイドラインが策定されました。これにより、中小企業のM&Aが活発になることが期待されています。ここでは、中小企業のM&Aの現状と動向を確認しましょう。
中小企業の定義
まず、中小企業の定義について確認していきます。中小企業庁により中小企業の定義は明確に決められており、資本金や従業員数で、業種毎に決まるのが基本です。業種別の中小企業の定義は、以下のとおりです。
業種分類 | 中小企業基本法の定義 |
製造業その他 | 資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人 |
卸売業 | 資本金の額又は出資の総額が1億円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
小売業 | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人 |
サービス業 | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
中小企業M&Aの現状と動向
M&Aの全体の件数は増加しており、2021年においても、上半期は過去最高を記録しました。しかし、適切な情報提供がされていない等の理由で、中小企業の経営者からM&Aに対する共感を得られていないことがあり、政府が期待するほどにM&Aが進んでいないのが現状です。このような事態を受けて、2020年に経済産業省により中小M&Aガイドラインが策定されました。
中小M&Aガイドラインは中小規模のM&Aの手引書のようなもので、2015年に策定された事業引継ぎガイドラインを全面的に改訂したものです。中小M&Aガイドラインには、M&Aの基礎的な内容や仲介手数料の目安などが記載されています。中小企業の経営者のM&Aに対する理解が深まれば、M&Aはより活発になることが予測されています。
出典:中小M&Aガイドライン
中小企業M&Aの主な目的
中小企業によるM&Aの主な目的は、自社の課題を解決するというものです。。売り手企業と買い手企業でそれぞれ異なる目的を持っています。お互いの目的が実現できる状態にないと最終合意には至らないため、交渉を進める前に相手企業がどのような目的でM&Aを志向しているのかを理解しておくことが大切です。そこでは中小企業M&Aの主な目的を買い手、売り手に分けて解説します。
買い手の4つの目的
双方にメリットがあるM&Aですが、買い手にはさまざまな目的があります。買い手がM&Aを選択する目的は、以下のとおりです。
1.事業拡大の時間短縮
2.新規事業の素早い展開
3.相乗効果による弱みの補填
4.技術やブランドの承継
それぞれの項目を確認していきましょう。
1.事業拡大の時間短縮
買い手企業がM&Aを選択す目的の一つ目は、事業拡大を行うにあたっての時間を短縮できることです。既存事業の拡大させていくには通常だと多くの時間を要します。M&Aを行うことで売り手が既に持つリソースや強みを活用しながらビジネスを進められるため、大幅な時間の短縮が実現できます。
2.新規事業の素早い展開
目的の二つ目は、新規事業の素早い展開です。新たな分野への参入を成功させるためには、事業をいかに素早く展開できるかが大きな鍵になります。特にビジネスはスピードが命なので、タイミングが遅れれば失敗に終わることも多いです。
自社で新規事業を立ち上げる場合、進出したい分野への知識やノウハウがなければゼロからビジネスを立ち上げ無ければならず、実際に世に商品やサービスを提供できるようになるまで多くの時間とコストがかかることになります。M&Aで新規に参入する分野への知識やノウハウを持つ中小企業と手を組めばスピード感のある展開が期待できます。
3.相乗効果による自社の弱みの補填
目的の三つ目は、相乗効果による自社の弱みや課題の補填です。お互いの強みを活かすことで弱みを補えるため、ビジネスが良い方に好転することも多いです。例えば、IT化に遅れを取っている企業であれば、IT化が進んだ企業と統合すれば課題を解決できることもあります。
4.技術やブランドの承継
目的の四つ目は、技術やブランドの承継です。多くの中小企業が後継者問題が大きな課題になっているものの、打つ手がなく廃業を迫られる事例も少なくありません。企業が廃業すると、これまで成長させてきたブランドや熟練した技を持つ職人の技術を次世代に繋げることが難しくなります。特に日本はモノづくりで高い技術力を誇っており、最新技術と組み合わせてシナジー効果を生み出してきました。M&Aは、高い技術力やブランドを次世代に受け継ぐ手法として期待されています。
売り手の3つの目的
売り手もさまざまな目的を持ってM&Aを選択し、多くの効果を得ているのです。売り手の目的には、次のようなものがあります。
1.資本力の強化
2.後継者の確保
3.担保や連帯保証の解除
それぞれの項目を確認していきましょう。
1.資本力の強化
競争が激化する市場でライバル企業に打ち勝ちって企業を存続させるには、不況の時でも耐えることが出来たり、必要な時に攻めの投資ができるように、資本力を強化することが欠かせません。
大手企業の傘下に入ることで、銀行からの融資を受けやすくなったり、ファイナンス面で支援を受けながら事業展開を進めていくことができます。
2.後継者の確保
日本では少子高齢化が進み、働き盛りである労働人口が減少しています。その結果、多くの中小企業で後継者がいないという問題を抱えているのが現状です。黒字経営を続けている中小企業でも後継者不足で廃業となってしまう事例も珍しくありません。
中小企業の後継者問題を調査したデータによると、2025年までに社長が現在の「平均引退年齢」とされる70歳を超える企業は約245万社と言われています。そのうち、約半数である127万社で後継者が未定となっています。会社が廃業するとなればそこで働く従業員も解雇せざるをえなくなります。
そのような事態を避けるために、身内である親族や、対象会社で働き事業を理解している従業員(役員)への承継も検討されますが、様々な理由でそれが難しいこともあり、M&Aで他社の傘下に入ることを希望されるケースが多くあります。
3.担保や連帯保証の解除
中小企業は投資に使うお金を銀行などから借入によって調達しますが、中小企業ではその際、オーナー経営者が自宅等を担保に入れて融資を受けることが良くあります。M&Aでは、将来得られるであろう収益を見積もって譲渡価額を算出する場合もあります。シナジーを見込み、自社の価値を認めてくれる買い手企業に出会えれば、多くの譲渡対価を得ることができ、自宅に付いている担保等を外すこともできます。このように、投資した資本の回収を短期化したいという場合にM&Aが検討されることもあります。
中小企業M&Aの4つの手法
中小企業のM&Aにはさまざまな手法があり、目的に応じて最適なものを選ぶことが大切です。中小企業のM&Aの手法には次のようなものがあります。
1.合併
2.買収
3.会社分割
4.資本業務提携
特に買収は手法が細分化しているので、違いをしっかり理解することが大切です。それぞれの手法をきちんと理解したうえで、どの手法が自社に適しているのか検討しましょう。
1.合併
「合併」は、複数の会社をひとつにまとめて法人化する手法です。合併には「新設合併」と「吸収合併」があります。。新設合併とは、新しく会社を設立したうえで消滅する企業の権利義務をすべて引き継がせるための手法のことをいいます。M&Aで新設合併をする目的は、組織を編成し直すことでコスト削減や生産性の向上を図ることです。
一方で吸収合併は、合併により消滅する企業の権利義務のすべてを存続する企業が吸収して承継させる手法のことをいいます。吸収合併は、一つの会社に結合されるためM&Aの効果をより早く実現できたり、対等な立場で運営できたりなどのメリットを得られるのが特徴です。一方、新設合併は許認可の新規取得や引継ぎの手続きが複雑で、登録免許税などのコストもかかります。このことから、合併によるM&Aは、新設合併よりも吸収合併が選ばれることが多くなっています。
2.買収
「買収」は、事業や企業を買う手法です。特定の事業や資産のみを買収する事業譲渡や、対象企業の株主が保有する株式をすべて取得して会社を丸ごと買収する株式譲渡などがあります。合併との違いは、消滅する会社が存在しないことです。例えば、株式のすべてを取得して会社を買収されたとしても株主が変わるだけで会社そのものが消滅するわけではありません。買収の手法は複数あり、前述した「事業譲渡」や「株式譲渡」のほか、「第三者割当増資」「株式交換」「株式移転」などがあります。それぞれの特徴を確認していきましょう。
株式譲渡
株式譲渡は株主が有する株式の対価と引き換えに経営権を他者に譲渡する手法のことで、M&Aでよく選択される手法です。売り手企業は、株主の承認や債権者保護手続きなど法的手続きが簡単で、比較的手間がかからないというメリットがあります。また、株主が個人主の場合、譲渡所得への税率が低いため(2021年11月現在は、20.315%)、約30%の税金(法人税)がかかる事業譲渡と比べると、譲渡後に支払う税金を安く抑えられるメリットがあります。
一方、買い手企業の方は、株式の過半数を取得することで、売り手企業の支配権を取得できるメリットがあります。支配権を得られれれば、意思決定をスムーズに進めることができます。
第三者割当増資
第三者に新しい新株を発行して議決権を与える手法で、買い手は購入する株券の数に応じて出資額を決定するのが特徴です。株式譲渡と第三者割当増資を混同する人も多いですが、株式譲渡は既存株式を株主から買い集めて経営の権利を得ます。一方、第三者割当増資は新株を発行するため株主から買い集めることはありません。
中小企業のM&Aで第三者割当増資を選ぶメリットは、比較的安易に資金調達できることです。株式譲渡の場合は株主に連絡をして株式を買い集めなければいけません。第三者割当増資は新株を発行しなければいけませんが、比較的手続きが少なく、短期間で資金を調達できるためスピード感が求められる事業展開などで有効な手段でしょう。
また第三者割当増資で新株をすれば、資金調達ができるので資本金を増やせます。今まで以上に資金を投入できるため、効率的な事業投資ができれば事業拡大も期待できます。また資本金が多くなることで信用力を高められるので、取引先獲得や金融機関の資金調達を有利に進められるでしょう。
ただし、株式の希薄化が原因で既存株主から反発される可能性もあるため、そのリスクも念頭において実施を検討する必要があります。
株式交換
株式交換は、完全に子会社になる企業の全株式を親会社に渡して承継させる手法です。M&Aの株式交換は、売り手企業の支配権を獲得することを目的としています。株式交換を選ぶ主なメリットは、①合意を得られない株主の株式も強制的に排除できること ②買い手企業が、発行済株式を対価とすることで株式を買い取るための十分な資金を持たなくともM&Aを行えること の2つです。
排除とは多数株主が少数株主の株式を強制的に取得できることで、「スクイーズアウト(Squeeze Out:締め出し)」とも言われます。株式譲渡でも子会社化して支配権を得られますが、反対する株主を排除するには特別な手続きを行わなければいけません。株式交換では、強制的に排除できるため複雑な手続きが不要です。
さらに株式交換の場合、合併の手法とは異なり別会社として存続することになります。売り手企業の事業や組織、従業員はそのままに、買い手企業と経営結合を緩やかに進められます。従業員の反発も生じにくいため、トラブルを回避しながら経営結合を行えるのも大きなメリットです。
株式移転
株式移転は、売り手企業が発行するすべての株式を新設する企業に引き継いで承継させる手法です。売り手企業の株主は新しく設立された会社の株主になります。株式移転と株式交換を混同する人もいますが、株式交換は既存会社を親会社にすることです。一方、株式移転は新しく設立する会社が親会社になります。
株式移転を選択するメリットは、M&Aの対価として新株を発行すればよく、買収資金が不要なことです。また、株式移転後も完全子会社は別法人として存続するため、慌てて経営統合を進める必要もありません。人事制度や労務管理制度など緩やかに経営結合を進められるため、子会社の従業員からの反発を抑えやすくなります。それぞれの会社で利益が伸びれば、統合の解消という選択肢も残せるのも株式移転の魅力でしょう。
事業譲渡
事業譲渡とは、対象会社の事業の全部又は一部を売買することです。複数の事業を行っている会社が、特定の事業だけ譲渡したい場合や、対象会社に存在する潜在的な債務を切り離すことを目的に選択される手法です。
買い手候補にとっては、必要な部分のみを取得できるメリットがありますが、このスキームを選択して譲受した後は許認可や権利、各社契約を個別に引継ぐ手続が必要となります。
売り手企業が事業譲渡を選ぶメリットは、既存会社を残して経営を存続できることです。事業の選択と集中を進める中で、特定の事業や店舗のみを切り離したいといった場合にこのスキームが選ばれることがあります。
3.会社分割
会社分割は、会社がその事業に関して有する資産・権利・義務の全部又は一部を、分割により設立する会社に承継させたり、他の会社に承継させるスキームです。
会社分割には、「吸収分割」「新設分割」があります。吸収分割は、既存の法人に引き継ぐ手法で、新設分割は新設した企業に承継させる手法です。
会社分割は事業譲渡の手法と混同されがちですが、異なる点があります。事業譲渡は、各契約において移転手続きを行わなければいけません。一方、会社分割は、事業に関する契約は買い手企業にそのまま引き継がれるので個別の手続きが不要です。(包括承継)
会社分割は、買収の対価として株式の発行を選択することもできます。株式譲渡や事業譲渡の際は買収資金の支払い義務があり、資金がない場合は借入れの債務リスクが発生します。ただ会社分割は資金の用意が必ずしも必要ないので、買い手企業は債務負担などを減らすことが可能です。
4.資本業務提携
資本業務提携は、資本参加を伴う業務提携をいいます。 増資の引き受けなどにより、一定の株式を持つことで、単なる業務提携(アライアンス)に比べ、より強い関係を作ることができます。これも広い意味で、M&Aの一つととらえることができます。
そのメリットは、業務提携は簡単に提携したり解約することができますが、資本提携では、経営に参画してもらったり、財務面で支援してもらうなど、より強力な関係を構築することができ、(狭義の)M&Aに近い効果が得られます。
逆に、懸念点としては、資本を受け入れ株主になってもらうことは、経営に一定の参加権を与えることになるため、機密情報などの情報開示も含め、どの程度の出資比率とするか、戦略上、明確にする必要があります。
中小企業M&Aで選択される手法
中小企業のM&Aはさまざまな手法があり、それぞれ特徴も異なります。このなかでも特に中小企業M&Aで選択されている手法が、株式譲渡です。
M&Aの株式譲渡は、手続きが比較的シンプルなメリットがあります。例えば、合併や株式交換、株式移転、第三者割当増資、事業譲渡は手続きが複雑で契約完了までに時間がかかることも多いです。一方、株式譲渡は譲受企業と株主が直接交渉して、株主が保有する株式と引き換えに対価を得ます。短期間で手続きを完了させたい中小企業にとって株式譲渡は有効な手法です。
中小企業の売却価格の主な算出方法
中小企業の売却価格は、企業価値をベースに決めていくケースが一般的です。企業価値とは、企業全体の価値のことです。M&Aでよく利用される企業価値を算出する方法には、以下のようなものがあります。
・DCF法
・類似会社比較法
・年買法
企業価値の正しい算出方法を知らずにM&Aを進めると、結果的に適正な金額でのM&Aができないこともあります。それぞれの算出方法を確認していきましょう。
DCF法
企業の将来のフリーキャッシュフローを、そのリスクに応じた割引率を用いて企業価値を算出する方法をDCF法といいます。フリーキャッシュフローは、事業活動で得たお金のうち自由に使える現金がどれだけあるかを示すものです。
DCF法を選ぶメリットは、対象の会社のキャッシュフローや収益性など、その会社の将来性を踏まえたうえで企業価値を算定できる点です。一方、デメリットとしては、理論的な方法ではあるが、将来の予測が困難なこと、および割引率の計算に必要な各種前提条件数値に絶対的に正しい基準値がないため、算定結果が大きくぶれやすく、その計画の精緻さによっては実態のかけ離れてしまう可能性があるという点です。
類似会社比較法
企業の市場価値に着目した企業価値の算出方法で、買い手企業が購入価格を試算するときに用いられるのが、類似会社比較法です。上場企業では株価から算定する時価総額により企業価値を計算できますが、非上場企業では企業価値は算出できません。
このような場合に、対象企業と類似する事業を営む上場企業の財務指標を使用して対象企業の評価額を概算できるのが類似会社比較法のメリットです。上場企業の財務指標は公開されており、比較対象となる企業の情報を集めやすいのも魅力でしょう。
類似会社比較法のデメリットは、類似会社の判定において選定者によってブレが生じることです。買い手企業が買収額を抑えたいと考えている場合は、選定者判断で評価額を恣意的に一定程度操作することも可能です。
年買法
企業価値を計算する方法のひとつに年買法があります。年買法は、営業権と呼ばれる年間利益額の複数倍の金額をB/S(貸借対照表)の純資産に足して算出するのが特徴です。将来性があると判断された場合は営業権を算定する際の倍数が高くなる傾向があります。
年買法がM&Aで使用されるのは、企業価値を計算する方法が簡単で直感的に理解しやすいからです。また年買法では、一定の将来価値も考慮されるのもメリットでしょう。ただ、理論的な裏付けに乏しいという点は把握しておく必要があります。
中小企業M&Aを成功させるポイント6つ
実際のM&Aでは、進め方を間違えると失敗に終わってしまうこともあります。プロセスを円滑に進めるにあたり、売り手側の目線でおさえておきたいポイントは以下のとおりです。
1.M&Aの目的を明確にする
2.M&Aを決断したら早めに行動する
3.自社の情報を整理して理解を深める
4.従業員や取引先と信頼関係を築く
5.M&A実行後にも相手の経営者と良好な関係を築く
6.M&A専門家に適切な助言をもらう
それぞれの項目を確認していきましょう。
1.M&Aの目的を明確にする
中小企業でM&Aを行うにあたり、まずは目的を明確にしておくことが大切です。ディールが進むにつれて当初の目的が薄れ、交渉における優先順位が分からなくなるようなことを避けると共に、M&Aの手法(譲渡スキーム)はさまざまな種類があるため、目的に応じて選択する必要があります。
2.M&Aを決断したら早めに行動する
売り手企業がM&Aを検討する時は多くの場合、後継者問題や資金不足など何かしら課題を抱えています。直面する課題を解決するためには、その目的を果たしてくれる買い手候補を見つけなければなりません。
行動するのが遅れてしまうと、その分、M&Aの実行が遅れたり、期限までに買い手企業が見つからず悪い条件で契約せざるをえない状況にもなりかねません。適切な条件で、適切な買い手を見つけられるように、M&Aを決断したら早めに行動することがおすすめです。
3.自社の情報を整理して理解を深める
M&Aを円滑に進めるためには、売り手企業は自社の事業内容や、その特徴・強みや課題を説明できるように準備しておくことが大切です。売上高や採算、企業の強みや課題、従業員の状況など、実際に行動する前に自社の情報を整理しておきましょう。
4.従業員や取引先と信頼関係を築く
最終的な契約が完了したら、双方の経営者を通して社内外に「M&Aの実施」を開示します。まずは、キーマンに対して伝えることが多いですが、他の従業員や取引先など、関係する人にいつ開示をしたらよいか双方で話し合い開示するタイミングを決めましょう。
従業員への開示は、早い段階で信頼関係を築けるように職場で信頼の厚い社員から伝え、コミュニケーションを図ることが大切です。周囲からの信頼の厚い社員にうまく伝えられれば、従業員の不安を軽減でき反感を抑えられます。取引先企業は、双方の経営者で一緒に挨拶回りをするのが一般的です。
5.M&A実行後にも相手の経営者と良好な関係を築く
M&Aは、契約が締結したら終わりではありません。M&A実行後にお互いの目的を達成するために、双方で協力しながらビジネス展開することが求められます。特に売り手企業の従業員のなかには、M&Aに反対する人も多いです。従業員の賛同を得られないと、優秀な人材が流出する可能性もあります。そうなってしまうと、企業としての価値が大幅に下がったり、目的を達成するまでに時間がかかったりするなどマイナス面も多いので、特に双方を代表する経営者同士が協力して、M&A実行後にも良好な関係を築くことが大切です。
6.M&A専門家に適切な助言をもらう
M&Aは個人でも交渉を行えますが、実際に契約を進める時には専門的な知識が必須な場面もあるため、特に初めてM&Aを行うという場合は分からないことも多いはずです。なんとなくでM&Aの契約を進めてしまうと、のちにトラブルに発展する可能性もあります。
少しでも不安や疑問を感じるなら、専門家による適切なアドバイスをもらうことが大切です。自社の目的に合致する買い手企業を提案してくれて、M&Aの交渉を進めてくれる場合もあります。専門家への依頼は費用はかかりますが、M&Aのリスクを回避できるメリットも多いので社内で検討しましょう。
中小企業M&Aの成功事例16選
中小企業がM&Aに至った経緯や目的は企業によって異なります。どのような企業がM&Aを選択し、実践しているのか確認してみましょう。
1.スニタトレーディングがゴーゴーカレーグループに事業売却
国内に7店舗を展開し、本場インド料理店サムラートの工場を運営する有限会社スニタトレーディングが、カレーの専門商社である株式会社ゴーゴーカレーグループへの事業譲渡に至りました。有限会社スニタトレーディングが事業売却を決めた理由は、黒字化できない工場を手放して事業成長することです。
有限会社スニタトレーディングが運営する工場は、イスラム法の戒律で食べることを許されたハラール料理を製造できる工場でした。株式会社ゴーゴーカレーグループは、営業やPR活動、EC販売などの強みがあり、有限会社スニタトレーディングは、ハラール料理を作れる工場や、インドにスパイスなどの仕入れネットワークがたくさんあります。「これを掛け合わせたら、お互いに今までできなかったことができるようになり、何倍もの成長が実現する」と、有限会社スニタトレーディングと株式会社ゴーゴーカレーグループはシナジー効果を見込んでいます。
2.コウイクスがSDアドバイザーズに株式譲渡
2020年7月に、システム開発やインフラ構築を展開する株式会社コウイクスが、金融システム開発を手掛ける株式会社SDアドバイザーズに株式譲渡を行いました。株式会社コウイクスが株式譲渡に至った理由は、代表者が引退したことです。
近年、少子化が進んでおり優れた技術を持つ企業が市場の縮小や後継者不在で存続危機に陥る事例も少なくありません。このような問題を解決するべく、株式会社SDアドバイザーズは存続の危機に陥る企業をM&Aでグループ化し、ビジネスの活性化を図っていました。売上・市場シェア拡大を目的に株式会社コウイクスの買収に至ったのが経緯です。
3.立山高圧工業が日本ニューマチック工業に株式譲渡
ホースと継手の加工販売を行う株式会社立山高圧工業が、製品企画から開発・設計・製造・販売・アフターサービスに至る全工程に対応する日本ニューマチック工業株式会社に株式譲渡しました。
売り手企業である株式会社立山高圧工業の目的は、後継者問題を解決するためです。一方、買い手企業の日本ニューマチック工業株式会社は事業拡大を目的としています。
4.デジタルクエストがトレジャー・ファクトリーに会社売却
Webシステム開発を運営する株式会社デジタルクエストが、全国にリサイクルショップを展開する株式会社トレジャー・ファクトリーへの株式譲渡に至りました。株式会社デジタルクエストがM&Aを決めた理由は、事業成長のためです。
一方の株式会社トレジャー・ファクトリーは、顧客の新しいニーズに応えて事業拡大を目的としています。デジタルクエスト社をグループに迎え入れることにより、年間100万件を超える買取データに基づくAIを活用した新たな査定の仕組み構築や、数十万件の会員データを活用した新たなサービス開発などを進め、当社が持つビックデータを活用した新たな顧客価値の創造に取り組んでいけるという狙いがありました。
5.COMBOがテクノモバイルに会社売却
VR/AR開発などシステムの受託開発や製品開発を行う株式会社COMBOが、デジタルサービスの構築やグロース支援を提供する株式会社テクノモバイルに株式譲渡を実行しました。株式会社COMBOがM&Aをした理由は事業成長のためです。
一方、株式会社テクノモバイルはM&Aを大切な経営戦略と考えており、「既存事業のバリューチェーンを広げる」「優秀なエンジニアの獲得」の2軸で積極的にM&Aを探していました。双方の目的が合致し、2021年にM&Aに至りました。
6.ライフ・コーポレーションが日輪に会社売却
施設常駐警備事業を展開する株式会社ライフ・コーポレーションが、人材サービス業を運営する株式会社日輪に株式譲渡を行いました。株式会社ライフ・コーポレーションがM&Aに至った理由は、後継者不在の理由による事業承継の課題です。今回のM&Aで後継者問題の解消はもちろん、人材面の不安がなくなったこともメリットとして挙げています。警備業は人材が集まりにくい業界で、警備員の有効求人倍率が10倍を超えていた時期もありました。M&Aで人材面の不安が軽減され、新しい仕事を受けられるようになり事業を拡大しています。
一方の日輪は、「人材サービス業で培ったその求人力を生かして、今後の警備需要増に対応するとともに、グループの成長につなげたい」と話しています。
7.アヤトがスキットに会社売却
地元広報誌の制作や一般商業印刷など企画から印刷までトータルで手掛ける株式会社アヤトが、6つのWeb通販事業と商業印刷サービスを提供するスキット株式会社に株式譲渡を行いました。
株式会社アヤトは1954年に創業した会社で、富山県にある地元の企業や行政、病院などにサービスを提供。ただ後継者問題に直面し、最終的にスキット株式会社とM&Aに至りました。買い手企業であるスキット株式会社の目的は、事業を拡大することです。
8.ミチが丸井織物に事業売却
ネイルチップを販売する株式会社ミチが、石川県に本社を置く合繊織物メーカーの丸井織物株式会社に事業売却しました。買い手である丸井織物株式会社は、デジタルマーケティングを強みとする「オリジナルラボ」を子会社として保有していました。
売り手企業である株式会社ミチがECサイト構築の知識やノウハウを有しており、双方のシナジー効果を産むためにM&Aに至りました。売り手企業である株式会社ミチに関しては、自社事業の選択と集中を目的としています。
9.ENCOMがアイティエルホールディングスに会社売却
スマートフォンアプリ開発・システム開発事業を行う株式会社ENCOMが、IT関連のさまざまなサービスを展開する株式会社アイティエルホールディングスに株式譲渡を行いました。
広島に拠点を置く株式会社ENCOMが後継者問題を抱えており、第三者への承継を検討。地元企業とのマッチングは実現しませんでしたが、株式会社アイティエルホールディングスとの縁があり、コロナ渦でも約3ヶ月で成約に至りました。
株式会社アイティエルホールディングスは、「株式会社ENCOMの強みでもあるスマートフォンアプリ開発・システム開発事業を活かし、アイティエルホールディングスの資本やグループシナジーを活用し、営業面での強化や人員増大を行い、より高い技術を、より事業拡大を、社員一丸となり目指していきたい」と話しています。
10.桐のかほり咲楽が小野写真館に事業譲渡
静岡県の伊豆で予約が取れない旅館として有名な「桐のかほり 咲楽」が、フォトスタジオを主力事業として運営する「小野写真館」に事業譲渡しました。売り手企業の「桐のかほり 咲楽」は、後継者問題を理由に事業継承を行う目的でM&Aを決断。
一方、買い手企業はコロナ渦でブライダル事業の売上が約4割減少しました。M&Aで旅館を取得した「小野写真館」は、新館に併設されたウエディングフォトスタジオを始めたり、旅館を貸し切った挙式を開催したりすることで集客集めに成功しています。
11.Eatreatが西原商会に株式譲渡
管理栄養士・栄養士と企業のマッチング事業やサイト運営を手掛けるEatreat株式会社が、業務用総合食品卸を展開する株式会社西原商会に株式譲渡を行いました。鹿児島市に本社を置く西原商会は、業務用食品卸を主とした「食」の総合会社です。
コロナ渦の影響もあり解散間際に追い込まれていたEatreat株式会社が、M&Aの選択により復活しました。一方、買い手企業である株式会社西原商会がM&Aを実施したのは、新規事業の拡大です。Eatreat株式会社とのM&Aでシナジー効果を得ています。
12.GHインテグレーションがフーバーブレインに株式譲渡
受託開発やSES事業を展開するGHインテグレーション株式会社が、サイバーセキュリティ事業や生産性の向上支援事業を手掛ける株式会社フーバーブレインに株式譲渡・株式交換を行いました。昨今のIT業界ではエンジニア不足が深刻化しており、優秀なエンジニアの確保は各企業の大きな課題です。
この課題を解決するのがM&Aで買い手企業である株式会社フーバーブレインは、GHインテグレーション株式会社を完全子会社することで優秀なエンジニアを確保することができました。売り手企業であるGHインテグレーション株式会社の目的は、事業成長のためです。
13.アネジスが三陽工業に株式譲渡
労働者派遣事業や職業紹介事業を展開する株式会社アネジスが、製造業や製造派遣業を運営する三陽工業株式会社に株式譲渡を行いました。買い手企業である三陽工業株式会社は過去に4件のM&A経験があり、技能承継問題を克服してきた企業です。
三陽工業株式会社が、株式会社アネジスとのM&Aを行った目的は市場シェアや事業エリアの拡大です。一方、売り手企業である株式会社アネジスは、事業成長を目的としています。
14.GEARがラグザス・クリエイトに事業譲渡
メディアの運営やSEO事業を展開する株式会社GEARが、マッチングプラットフォーム事業を手掛ける株式会社ラグザス・クリエイトにWebサイト売買プラットフォーム事業を事業譲渡しました。売り手企業である株式会社GEARがM&Aを実施したのは、自社事業の選択と集中のためです。
一方、株式会社ラグザス・クリエイトは新規事業や既存事業の拡大・強化を目的としています。また、このM&Aはオンラインで完結しており、最初のやり取りから1ヶ月未満で契約締結に至りました。
15.マルコビジネスサポートが碧海スタッフに株式譲渡
サービス業を中心とした人材派遣や人材紹介を手掛ける株式会社マルコビジネスサポートが、人材紹介と紹介予定派遣を運営する株式会社碧海スタッフに株式譲渡しました。
売り手企業である株式会社マルコビジネスサポートの目的は、後継者問題を解決することです。一方、買い手企業である株式会社碧海スタッフは、売上や市場シェア拡大を目的としています。
16.東航がTRUTH LOGISTICSに株式譲渡
陸路の運送業を手掛ける有限会社東航が、航空輸送や通関ロジスティクスサービスを運営するTRUTH LOGISTICS 株式会社に株式譲渡しました。有限会社東航がM&Aに至ったのは、中小企業で問題視されている後継者問題です。
有限会社東航は無借金経営をしてきたので廃業も考えていたようですが、開拓してきた取引先との関係を失くしてしまうのは心苦しいと思い、M&Aを決断しました。買い手企業であるTRUTH LOGISTICS 株式会社は、事業拡大です。
中小企業M&Aで役立つ支援機関3つ
初めてM&Aをする中小企業の場合、専門的な知識や手続きが多く分からないこともあるはずです。このような際に相談できる支援機関がいくつか存在します。主な支援機関は、以下のとおりです。
1.公的機関の事業引継ぎ支援センター
2.M&Aの支援を受けられる金融機関
3.M&Aの専門家
それぞれの支援機関の特徴を確認していきましょう。
1.公的機関の事業引継ぎ支援センター
中小企業のM&Aを支援するために設置されたのが、事業引継ぎ支援センターです。2020年には47都道府県のすべてに設置され、M&Aだけでなく事業継承に関する相談も幅広く受けています。
そんな事業引継ぎ支援センターは、経済産業省の委託を受けた商工会議所や各都道府県の財団が運営しており、地元金融機関のOBや各士業専門家が相談に応じています。事業引継ぎ支援センターで受けられる支援内容は、初期相談の対応や登録機関への橋渡しです。
2.M&Aの支援を受けられる金融機関
地方銀行や信用金庫、日本政策金融公庫など、金融機関でもM&Aの支援を受けられます。金融機関がM&A支援を行う場合は、貸付する顧客に対して相談を受け付けていることが多いです。支援内容としては、初期相談から買い手候補の紹介、候補が見つかった後の契約書作成業務まで、M&Aの一連のプロセスを支援してくれますが、都市銀行や地域銀行、信用金庫の規模や業態によってM&Aに対する体制の整え方が異なるのが特徴です。一連のプロセスを自分の銀行内で行おうとする金融機関もあれば、あ案件化M&Aのアドバイザリー会社等に買い手候補の紹介仲介会社等にマッチング金融機関で受けられるM&A支援は、課題の「見える化」支援や中小企業M&A実行支援、中小企業M&A実行囲碁に関する支援があります。
3.M&Aの専門家
M&Aに関することは、税理士や弁護士、公認会計士など専門家に相談する方法もあります。それぞれ専門分野が異なるので、特徴をしっかり把握して依頼することが大切です。M&Aの専門家には、次のようなものがあります。
・税理士
・弁護士
・公認会計士
・M&A専門家
それぞれの専門家の特徴について確認していきましょう。
税理士
税理士は税務会計に関する業務に精通しており、企業経営の財務や税務について相談ができます。M&Aを検討する場合、はじめに相談するのは対象企業の顧問税理士である場合が多いですが、M&Aの支援業務が業務の範囲外であることもあるので実績等の確認が必要です。M&Aで主に税理士に相談するのは以下の内容です。
・財務/税務デューデリジェンス
・企業価値や事業価値の評価
・課税などに関するアドバイス など
弁護士
弁護士は、法律の専門家としてM&Aの相談をすることができます。なかには売り手企業の株主や経営者の親族など利害関係に配慮しつつ、調整役として交渉を行ってくれる弁護士も存在します。M&Aでは的確な法的判断が求められるうえ、弁護士の専門知識がものを言う場面も多いです。弁護士に相談できる内容は、以下のようなものがあります。
・契約書の作成や法務確認
・法務デューデリジェンス など
公認会計士
公認会計士は、会計の専門家です。M&Aで公認会計士が求められるのは、M&Aの成立に求められる知識や経験が公認会計士の持つ専門領域と重なる部分が多くあるからです。幅広い知見を活かして、M&Aプロセス全体を支援する事例もあります。公認会計士に相談できるのは、以下のとおりです。
・企業価値や事業価値の評価
・財務/税務デューデリジェンス など
M&A専門家
M&Aの仲介や取引全体をサポートするのが、M&Aの専門家です。売り手と買い手のマッチングも行っているので、経営者の一番近い存在だといえます。ただ、担当者[企業]によっては特定の業界に得意不得意が存在するものです。
どの会社に依頼するかを決めるかは、自社と同一業者でどのくらいの実績があるのか事前に確認しましょう。また、M&Aの実績だけでなく、税務や会計、財務、法律など契約に求められる専門家が社内にいるかを確認しておくことも大切です。
なお、中小企業が安心してM&Aに取り組むことができる環境整備を進めるため、中小企業庁は2021年に初めてM&A支援機関の登録制度を創設しました。公募を行い、2021年10月7日に公表された登録機関数は仲介業者及びファイナンシャルアドバイザー(FA)併せて2,253件(法人に加え、個人事業主も含む)となりました。登録機関のサービス提供費用は一部、国の事業承継・引継ぎ補助金の補助対象となります。
まとめ
近年、M&Aの件数は増加していますが、適切な情報提供がされていないために中小企業の経営者から前向きな理解が得られず、M&Aを活用した事業承継が行われないこともあります。しかし、後継者問題や優秀な人材の確保など多くの課題に直面する中小企業は少なくありません。このような問題を解決するのが、M&Aです。