事業譲渡とは
まずは、事業譲渡の概要を確認していきましょう。事業譲渡というと漠然と会社を他者に譲り渡すことと考える方もいるかもしれません。しかし、事業譲渡で売買するのはあくまで「事業」です。会社すべてを譲り渡す株式譲渡との違いや、事業譲渡における時価の考え方についても解説します。
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社が運営している事業の全部又は一部を売買することです。会社そのものを売却するわけではなく、経営権が譲受側に移ることもありません。
譲渡にあたって対価が支払われるときは、株主ではなく会社の収入になります。多くの場合は有償ですが、事業価値次第では無償での譲渡もありえます。
経営状況の改善や経営方針の変更による事業整理など、事業譲渡が行われる理由はさまざまです。自社で採算の採れない事業でも、他社にとっては金の鉱脈であることは少なくありません。
株式譲渡との違い
事業譲渡と株式譲渡、似たような用語で意味を混同してしまうかもしれませんが、このふたつは大きく異なります。事業譲渡で譲渡するのは会社が営んでいる事業が対象となります。株式の売買、すなわち会社そのものを売買する株式譲渡とは、譲渡する範囲が違うので注意しましょう。
また事業譲渡と株式譲渡とでは必要な税金の種類も異なります。事業譲渡にかかる税金は法人税や消費税、不動産取得税などです。これに対し、株式譲渡に必要な税金は株主が個人の場合は所得税が、法人の場合は法人税などがかかります。
事業譲渡の時価とは
事業譲渡では、課税所得を計算する際に、資産負債を時価で譲渡したと考えます。このときの時価は、どちらかが一方的に得をするようなものや、常識を超えるようなものなど、作為的な金額でない限り、交渉で決めた価格が認められます。
ただし親族間や同族会社同士など、特殊な関係者同士の取引の場合は、この限りではありません。不正な取引を防ぐために客観的な判断が求められ、M&Aの専門家などの第三者によって設定された価格を時価とするのが一般的です。
売買価格が時価よりも高い場合は、譲受側に寄付金課税が発生します。譲渡側は高額になった分だけ課税対象額が上がります。逆に、売買価格が時価よりも低いときは、譲受側に受贈益課税が発生し、譲渡側に寄付金と譲渡益が発生した上で課税がなされる可能性を考えなければいけません。
事業譲渡をした会社の税務上の扱い
譲渡側の税務において、気を付けないといけないのは消費税の存在です。消費税の納付義務は譲渡側にありますが、実質的に負担するのは譲受側となります。
また、利益に対する法人税もかかりますが、課税所得と税金の関係などをしっかりと把握しないと、思わぬトラブルの元になりやすいので注意しましょう。
課税資産がある場合は「消費税」を納付する
事業譲渡における消費税は、譲渡されたものの中に課税資産が含まれている場合に発生します。消費税の納付義務は譲渡側にありますが、実際に負担するのは譲受側です。そのため、譲渡側は譲受側に売買価額を請求するときに、課税される消費税の金額を加算して譲受側に請求しましょう。
消費税の課税対象となる資産は、土地を除く有形固定資産や棚卸資産の他に営業権などが該当します。土地や有価証券、債権などは非課税資産となります。
なお、土地や株式などの非課税資産の譲渡がある場合には課税売上割合が下がります。会社の売上が5億円を超える会社では課税売上割合に応じて控除できる消費税が変わりますが、事業譲渡による非課税資産の譲渡が多額の場合、課税売上割合の減少に伴って、仕入税額控除(預かった消費税から仮払いした消費税を控除すること)が減少し、それに伴って消費税の納付額が増加する可能性がありますので、注意が必要です。
利益が出る場合は「法人税」も課税される
譲渡によって利益を得た場合には法人税の対象となります。事業譲渡が成立すると、譲渡により発生した利益は事業譲渡をした日が含まれる事業年度の益金を構成します。譲渡対価が譲渡した各資産の譲渡直前の帳簿価額の合計額を上回ると、譲渡によって利益が生じたと判断されます。
ただし、完全支配関係にある会社同士での取引では税制が異なる可能性があるので注意しましょう。一定の要件を満たすとグループ法人税制が適用されるため、譲渡損益が繰り延べられます。
事業譲渡によって生じた利益はあくまで会社の益金となります。事業譲渡以外の利益や損失と同様に計上され、トータルで課税所得が発生する場合には、法人税や事業税、住民税の課税対象となります。
事業譲渡を受けた側の税務上の扱い
事業譲渡で発生する消費税を納めるのは譲渡側ですが、その負担は譲受側です。ここでは消費税額の計算に影響する課税資産にあたるものを解説します。合わせて、譲り受ける資産の内容次第で納税が必要な不動産取得税と登録免許税も押さえておきましょう。
譲受側も「消費税」を負担する
事業譲渡で消費税を負担するのは譲受側です。事業譲渡の対価を支払う際、消費税もあわせて請求されますから、きちんと準備しておきましょう。消費税の課税対象となるのは主に以下の資産です。
・棚卸資産:販売することを目的に所有している商品や製品などの在庫
・有形固定資産:会社が保有する建物や営業用の車、機械、什器などの備品など
・無形固定資産:営業権、特許権、意匠権、商標権など、形を成さない法的権利
土地、株式や債券などの有価証券、売掛金などの債権は課税対象にはなりません。会社が保有するすべての資産が課税対象になるわけではないので、判断に迷ったら専門家に相談するのがおすすめです。
事業譲渡の内容で変わる「不動産取得税」と「登録免許税」
譲受資産に土地や建物などの不動産があれば不動産取得税がかかり、登記変更手続きにともなって登録免許税も必要になります。登録免許税は知的財産権などの許認可が必要な権利がある場合にも、それぞれに付随して必要です。
固定資産評価額に対して、不動産所得税は4%、登録免許税は2%が課税されます。ただし、中小企業など、一定の条件を満たす場合や一定の宅地など軽減措置が受けられる可能性があることも覚えておきましょう。高額になる事業譲渡においては、数パーセントの軽減が大きな負担軽減につながります。
事業譲渡で取得した減価償却資産について
減価償却資産とは、ひとつが10万円以上で耐久性がある事業用資産のことです。譲渡された減価償却資産の減価償却限度額は、中古資産を取得した場合の見積もり耐用年数をもとに算出します。
耐用年数を見積もることが難しい場合は、法定耐用年数を参考に算出しましょう。計算式は以下の通りです。
【法定耐用年数の一部を経過している場合】
(法定耐用年数-経過年数)+経過年数×20%
【法定耐用年数のすべてを経過している場合】
法定耐用年数×20%
※1年未満の端数は切り捨て、計算結果が2年未満の場合は2年。
事業譲渡での「のれん」について
事業譲渡に関するニュースなどで「のれん」という単語を聞いたことがある方もいるでしょう。貸借対照表の勘定科目のひとつでもある「のれん」は、事業譲渡を語る上で欠かせないもののひとつですが、正しく理解できている方は少ないかもしれません。ここでは事業譲渡における「のれん」とは何か、その扱いや注意点を解説します。
「のれん」とは
事業譲渡の取引では、譲受側が譲渡側に支払う買収価額が、譲渡対象となる事業の資産と負債の差額を上回ることがあります。この上回った部分がが「のれん」です。
事業の売却額が、その事業の時価純資産価額をなぜ超えるのか、疑問に思うかもしれません。これは譲渡する事業の買収金額には譲渡側の会社の信用やブランド、ノウハウ、技術力、将来性など、目には見えない無形固定資産が含まれるからです。
店先にかかる暖簾にも、その店の信頼や価値など、目には見えないものが込められていることを考えると、事業譲渡における「のれん」との共通点が見えてくるでしょう。
のれんの償却期間とは
のれんは減価償却の対象ですが、会計と税務では扱い方が異なるため注意が必要です。会計上では、償却方法や耐用年数は譲り受けをした会社が決められますが、原則として最大20年以内に定額法で償却することになります。償却期間はのれんの効果が及ぶと考えられる耐用年数を試算しましょう。
一方、税務上での償却期間は定額法で5年と定められています。「のれん」となる差額がプラスの場合は資産調整勘定、マイナスの場合は負債調整勘定として処理しましょう。会計上の「のれん」の金額と、税務上のこれらの金額は一致するとは限りません。
「負ののれん」に注意
譲受側にとって「のれん」は負債になるケースもあります。譲渡側の資産と負債の差額よりも低い価額で購入した場合がこれに相当し、マイナスののれん代が「負ののれん」と呼ばれるのです。
「負ののれん」を会計上で扱うときは、事業譲渡が行われた事業年度に特別利益として一括で処理します。プラスの「のれん」とは異なり、償却期間を自由に決めることはできません。
事業譲渡のメリットデメリット
事業譲渡にはさまざまなメリットやデメリットがありますが、両者に共通することもあれば、一方にとってはメリットでも、もう一方にとってはデメリットであることもあります。ここではそれぞれの立場から見てみましょう。
自社の立場からだけでなく、相手の立場でも考えることができれば、交渉がよりスムーズに進められるかもしれません。
事業譲渡の譲渡側のメリット
・一部の事業を整理し、集中すべき事業に注力できる
・譲渡した事業の人員を他の事業に回せる
・必要な資産だけでなく法人格も残せる
・譲渡対価で資金を調達できる
自社では採算の見込みがない事業を手放し、当座の資金を確保できることが大きなメリットでしょう。会社を存続させながら必要な事業を残せるので、その事業に集中できる環境が整うのも魅力です。
従業員の所属は譲受側との話し合い次第ですが、優秀な人材を残せれば人手が足りない事業の人材を確保するだけでなく、さらなる成長が期待できます。
事業譲渡の譲受側のメリット
・必要な事業だけを取り込める
・必要に応じて人員も確保できる
・取引先やノウハウを吸収できる
・低コストで新規事業に挑戦できる
・債務を引き継がない
・節税ができる
事業や人材など、必要とするものを取捨選択して受け取ることができるのは譲受側にとってもメリットとなります。取引先やノウハウを引き継げば、自社が一から始めるよりも容易に新規事業への参入が叶うでしょう。株式譲渡と異なり、事業譲渡では取得した固定資産やのれん代は償却費として損金が計上できるため、節税効果も期待できます。
事業譲渡の譲渡側のデメリット
・手続きが複雑
・取引先や従業員への説明責任
・債務や負債だけが残る可能性がある
・譲渡した事業と同類の事業はできない
事業譲渡をするには原則として株主総会の特別決議を行わなければいけません。その他にも譲受側との交渉など多くの手続きが必要ですから、時間や手間がかかるのはデメリットといえるでしょう。
しかし、一定の事業譲渡については、株主総会の特別決議を行う必要がありません。知らなければかかる時間や手間も、さまざまな知識を得ることで簡略化することができるのです。
そのようなときに頼りになるのは、プロのサポートでしょう。専門知識をもつプロの手助けを得ることが、結果として全体的なコストダウンにつながることがあります。
長い付き合いのある取引先や従業員への説明は、精神的な負担になるかもしれません。それでも、会社としての成長や待遇などを、明確に誠意をもって説明すれば理解を得やすくなるでしょう。
負債を引き継がないことが譲受側のメリットであるということは、譲渡側にとっては債務が残る可能性があるということです。債務についてできるだけ有利や条件を引き出したければ、交渉に長けた専門家にサポートを依頼するのがおすすめです。
また、会社法により譲渡した事業については、事業譲渡から20年間、同一の市町村の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内で、譲渡をした事業と同一の事業を行うことができません。将来的に再び行う可能性がある事業については譲渡を決定する前によく検討する必要があります。
事業譲渡の譲受側のデメリット
・事業を買い取れるだけの資金が必要
・引き継ぐ事業の許認可が必要
・統合マネジメントの難しさ
・手続きや税務の煩雑さは事業の大きさに比例する
事業の譲り受けには多額の資金が必要です。それに見合うだけの将来性や回収見込みのある事業なのか、綿密な検討が必要でしょう。
譲渡側のデメリットとして取引先や従業員への対応をあげましたが、これは譲受側にもいえることです。個別に契約をし直す手間やコストがかかり、既存の従業員などとの亀裂を生むかもしれません。取引先や社内でのコミュニケーションが円滑にいくよう、きちんとマネジメントする必要があります。
まとめ
事業譲渡は一部の事業を売買し、効果的に会社を成長させる方法のひとつです。それは譲渡側にとっても、譲受側にとっても変わりません。
売買にあたっては、高額な対価の授受が行われますが、税金も無視できないコストです。税金の種類は譲渡内容によっても異なるため、税務処理には注意が必要です。税額の算出に当たっては判断に迷うこともあるでしょう。
税務処理や交渉など、事業譲渡での不安や疑問は株式会社M&A DXには、大手監査法人系M&Aファーム出身の公認会計士や税理士等が多数在籍しています。税務処理や交渉など、事業譲渡での不安や疑問も、ぜひご相談ください。