旅行業界の動向
ここでは、そもそも旅行業界とは何かといった基本的な部分を始め、業界の現状、M&Aの動向について解説します。
旅行業界とは
まず今回のテーマである旅行業について解説します。一般的に旅行業は法的に旅行会社と旅行代理店に分類されます。旅行会社は以下の図にある通り、企画できる旅行の種類によって第1種~第3種、地域限定等の区分に分類されます。一方で、旅行代理店は旅行会社と代理店契約を結び、パックツアーなどの旅行商品を代理で販売する業者です。また、近年はインターネット上での旅行商品販売に特化したOTA(OnlineTravelAgent)という分類も登場しています。
旅行業界の分類
旅行会社 | 第1種 | 国内外の旅行を企画 |
第2種 | 国内旅行のみ企画 | |
第3種 | 一定の条件下で国内旅行を企画 | |
地域限定 | 特定区域のみの国内旅行を企画 | |
旅行代理店 | 旅行会社と代理店契約を結んで旅行商品を販売 | |
OTA | オンラインに特化した旅行代理店 |
旅行業界の現状
コロナ禍前はインバウンド観光の需要を取り込んだことで、業界全体では成長軌道にありました。しかし、2020年から始まったコロナ禍により壊滅的な打撃を受けたことは周知のとおりです。実際、旅行業界における2021年度の売上はコロナ禍前である2019年から2兆464億4,000万円の減少と実に70%以上も減少しています。(出典:東京商工リサーチ)長引く移動制限や外出自粛の広がりをに加え、インバウンド観光客も消え、売り上げ減少から赤字経営に直面する旅行業者が増えました。
アフターコロナを見据えた旅行業界の今後
コロナ禍が旅行業界に多大な影響を及ぼしましたが、アフターコロナを見据えた動きも出ています。コロナ禍が始まって以来、長らく続けられていた入国制限も今後緩和されていく見通しであり、インバウンド観光の活性化が期待されます。このような動きを見据え、各地で富裕層向けのホテル建設が進むなど旅行業界にとって希望が持てる材料が増えつつあるのです。一方で、感染者の急増はいつ発生してもおかしくなく、場合によっては再度行動制限が設けられるなど予断を許さない情勢でもあるでしょう。
旅行業界のM&A動向
旅行業界においてはコロナ禍前からOTAを中心としたM&Aが活発化しています。従来型の大手旅行会社や旅行代理店はインターネットを介した予約サイトなどのノウハウを有しておらず、新興のOTA企業との資本提携や買収を通してノウハウを獲得するケースが多いです。2015年にはJTBが日本最大のレジャー予約サイトを運営するアソビューとの資本提携を発表し、エイチ・アイ・エスも2016年にアクティビティ予約サイトを運営するアクティビティジャパンを買収しました。コロナ禍によって非対面型のビジネスが拡大傾向にあることから、同様の事例は増加していくでしょう。
旅行業界でM&Aを行うメリット
旅行業界でM&Aを行うメリットについて、買手と売手の双方の視点から解説します。
買手のメリット
事業拡大のスピードアップ
旅行業界におけるM&Aには事業拡大のスピードを上げられるというメリットがあります。ここでは、店舗で旅行商品を販売する従来型の旅行会社がオンラインでの販売事業を展開するケースを考えてみましょう。この企業で一からオンラインでの販売事業を立ち上げる場合、予約サイトを作るためのシステム開発やオンライン予約のノウハウがないため長い時間と試行錯誤が必要になります。しかし、オンライン販売のノウハウを持つOTA企業をM&Aによって買収すれば、買収資金は必要になるものの、ゼロからの立ち上げよりも短い時間で必要なノウハウを獲得することができるのです。この場合、M&Aによってビジネスを迅速に拡大させるための時間を買っているという見方ができるでしょう。
異業種参入によるシナジー効果創出
旅行業界においては、IT企業などの異業種からM&Aによって参入するケースがあります。例えば、既に施設の利用予約サイトの開発・運営においてノウハウが蓄積された企業がOTAの企業をM&Aによって買収した場合、本来持つ強みを旅行業界においても生かすことができます。このように、自社が本来持つ強みと買収した企業が持つ強みの相乗効果を生み出すことをシナジー効果と呼びます。これは旅行業界に限らず、M&Aによって得られる主要なメリットの一つです。
売手のメリット
後継者の確保
一般社団法人全国旅行業協会の2021年の調査によると、旅行業界では社員が5名以下の企業が80%近くを占めており(出典:小規模旅行業者の特徴と将来一般社団法人全国旅行業協会)、中には経営者が高齢であるケースも少なくありません。そのような企業では、後継者難によって廃業を選ばざるを得ないこともあります。後継者難に悩む企業にとって、M&Aによる売却は事業の継続性を高めるとともに、従業員の雇用確保においてもメリットがあります。
経営の安定化
旅行業の多数を占める小規模企業は、大企業に比べて経営基盤や資金力が弱いことが多く、コロナ禍のような経営危機において倒産のリスクが高くなります。実際に2021年の旅行業界における倒産件数は31件と7年ぶりに30件を超える高水準となっているのです。(出典:東京商工リサーチ)小規模な企業単独ではコロナ禍のような経営危機を乗り越えることは難しいですが、M&Aによる売却を通して経営基盤の強固な企業の傘下に入ることで、資金面での懸念が少なくなり経営の安定化が図れます。
旅行業界でM&Aを行うメリット
買手 | 事業拡大のスピードアップ |
異業種参入によるシナジー効果創出 | |
売手 | 後継者の確保 |
経営の安定化 |
旅行業界でM&Aを行う際の注意点
ここでは、旅行業界でM&Aを行う注意点について、買手の視点で解説します。
シナジーが発揮できる要素があるか精査する
先述の通り、M&Aを実施することで買手・売手ともにシナジー効果が生まれることが期待できます。しかし、実際にどのようなシナジー効果をどれだけ生み出せるかを正確に把握することは容易ではありません。M&Aの実施にあたっては、買収対象の企業が持つ強み、強みを持つ旅行商品、高いシェアを持つ地域などを綿密に調査し、期待するシナジー効果が得られるのかを精査する必要があります。旅行業界においては、パックツアーの対面販売を得意とする会社、参加型レクリエーションの予約に強みがある会社、オンラインでの販売を専業とするOTAなど各企業が持つ強みは多種多様です。買収を目指す企業に、自社が足りない部分を補う要素、あるいは強みを伸ばす要素があるのかをM&A実施前に十分に調査しましょう。
事業の将来性を精査する
M&Aにおいては、買収対象の企業が展開するビジネスに将来性があるかどうかを見極めることが大切です。例えば、既に競争が激しくなりレッドオーシャンと化している地域で、競争に巻き込まれて疲弊している企業を買収したとしても、自社にとって重荷になるだけで将来性のあるビジネスを生み出しません。それどころか、買収した企業が既に多額の負債を抱えている場合には、M&Aが経営上のリスクをもたらすでしょう。M&Aを行う際には、買収しようとしている企業が持つビジネスの将来性や企業の財務状況などを踏まえて、自社にとって有益な選択になるかどうかを精査することが重要です。
旅行業界におけるM&A事例
ここでは、旅行業界におけるM&A事例について解説します。
旅行代理店によるIT企業のM&A
FindTravelは旅行に関する情報を手軽に探せるサイトを目的に2014年に設立された企業です。設立からわずか半年後に、ゲームや球団運営を手掛けるDeNAによって買収されました。DeNAは一般的にはIT企業に分類されますが、FindTravelを買収したことでエンタメ分野におけるシナジー効果を狙ったと考えられます。
海外におけるM&A事例
海外を舞台にしたM&A事例もあります。2014年に設立されグローバルに旅行商品を展開するFunGroupは、2022年にタイのビッグカントリーエクスペリエンス(BigCountryExperience)を買収しました。これまで進出できていなかった東南アジアのマーケットを狙うとともに、アフターコロナを見据えたM&Aといえるでしょう。コロナ禍で大打撃を受けた旅行業界ですが、経済活動の正常化を見据えてM&Aという形で攻勢に出る企業もあるのです。
まとめ
旅行業界は世界の情勢によって浮き沈みが激しい業界であり、実際にコロナ禍でも大きな影響を受けました。また、小規模な企業が多数を占めるため後継者難に悩まされるケースも見られます。様々な課題が存在する旅行業界にとって、後継者の確保や経営の安定化につながるのがM&Aです。M&Aによって売手・買手ともにシナジー効果の創出や事業拡大のスピードアップなど様々メリットが期待できます。一方で、綿密な事前調査を通してM&Aの妥当性を見極めることも必要です。今回の記事を通して、旅行業界のM&Aについて知っていただき、実際にM&Aを検討する際に役立てていただければと思います。