ベンチャー企業についておさらい
ベンチャー企業とは、新技術・新事業を開発し、事業として発足させた中小企業のことです。和製英語のひとつで、ventureの「冒険的な企て」の意味から派生しています。
近年、似たような意味を持つ言葉として「スタートアップ」も浸透してきました。ベンチャー企業の特徴やスタートアップとの違いを確認しておきましょう。
ベンチャーとスタートアップの違い
スタートアップ(企業)とは、「起こす」や「行動を開始する」を意味する英語、startupをカタカナで表した語です。日本のビジネスシーンでは、まだ誰も取り組んだことがない新しいビジネスを一から開始し急成長している事業や企業を指す際に用いられます。
ベンチャー企業もスタートアップも新興企業であるという点が共通です。ただし、ベンチャー企業が中長期的視野を持つのに対し、スタートアップは比較的短期間での成功を目指す点が異なります。
なお、日本ではベンチャー企業とスタートアップを区別せずに使用するケースも多いです。
ベンチャー企業の現状
日本のベンチャー企業の課題として、起業にチャレンジする人材の少なさや行政機関や大企業とベンチャー企業の連携が少ない点などが取り上げられます。
また、2020年の新興企業に対する投資(VC投資)金額、件数において、米国が16兆7000億円、1.23万件なのに対して、日本は1500億円、1200件と投資額・件数ともに小さいことに加え、米国は、コロナ禍の中でも、前年と比べて増加しているのに対し、日本は減少しています。日本政府も状況を深刻にとらえ、米国にならってベンチャーエコシステムの整備などの取り組みを進めています。
なお、ベンチャーエコシステムとは、「起業家」「既存企業」「大学」「研究機関」「金融機関」「公的機関等」の構成主体が共存共栄し、企業の「創出」「成長」「成熟」「再生」の過程が循環する仕組みづくりです。積極的にベンチャー企業に資金、人材、場の提供、さらに情報発信による仕掛けを行い、協業実績を作ります。そして、それをアナウンスすることによりベンチャー企業の企業価値が飛躍的に向上し、資金調達やアライアンスが円滑になり、売り上げが伸びることで急成長することが出来るのです。
ベンチャー企業のイグジットとは
創業者は、ベンチャーを起業したのちにイグジット(EXIT)をひとつの目標に掲げます。イグジットとは、創業者やファンドがIPOやM&Aによって株式を売却(M&A)し、利益を手にすることです。
なお、創業者がイグジット戦略を取らず、安定した長期経営を続けることを望むケースもあります。ベンチャー企業の戦略として一般的ではなく、急成長も見込めなくなりますが、敵対的買収を仕掛けられる可能性が減る点や株主を気にせず自由度の高い経営を続けられる点がメリットです。
ベンチャーにおけるエグジット戦略の具体例
イグジット戦略の具体例として、株式公開(IPO)やM&Aといった方法が考えられます。日本ではIPOを目指す企業が多い傾向がありましたが、2014年から2017年の間にベンチャー投資先に占めるM&A割合は24%から35%まで上昇しました。
ただし、同年の米国で占めるM&A割合が93%であることを考慮すると、まだ日本では低いのが現状です。ベンチャー企業によるIPOとM&Aの特徴を解説します。
出典:株式会社三菱総合研究所「平成30年度産業経済研究委託事業報告書」
株式を証券取引所に上場
IPOとは、Initial Public Offeringの略で株式公開の意味です。ベンチャー企業が株式を証券取引所に上場することにより、創業者など限られた株主が所有していた状態から不特定多数の株主が所有する状態に変わります。
IPOによって、以前よりも資金調達が多様化したり、社会的信用を得ることができるようになったりする点がメリットです。ただし、上場時には要件を満たさなければならないため、より一層管理体制や監査制度を整えることが求められます。
M&Aによる第三者への売却(M&A)
M&Aを活用し大手企業などの第三者に売却(M&A)する際は、株式の全部又は過半数を譲渡することで経営権を渡すことが一般的です。一連の流れをバイアウトと表現することもあります。
買い手が大手企業であれば、豊富なリソースを活用できる点がメリットです。また、IPOには数年の期間をかけなければいけないのに対し、M&Aでは買い手が見つかり次第着手できます。
ベンチャーを売却(M&A)するメリット
買収側の企業はベンチャー企業を買収することで、特定分野の技術や人材を素早く獲得できます。さらに、自社以外の組織を巻き込んで自前主義からの脱却を図るオープンイノベーションを進めることも可能です。
一方、創業者側にも、売却(M&A)によって大きなグループの力を利用し成長力を上げたり、売却益を確保できたりするメリットがあります。ベンチャーを売却(M&A)するメリットをみていきましょう。
企業の資金力や成長力を上げる
M&Aにより、買収側とベンチャー企業側が協力することで、シナジー効果を実現できる点がメリットです。買収側がベンチャー企業の人材やノウハウを手に入れるだけでなく、ベンチャー企業も買収側の資金力やリソースを活用して成長力を上げられます。
創業者は売却益を確保できる
M&Aでベンチャー企業の売買が成立すれば、主要株主である創業者に自社株の売却益が入ります。売却益を元手として、新たに事業を立ち上げ続けるシリアル・アントレプレナー(連続起業家)になったり、今度は自分が出資側に回りエンジェル投資家となったりできる点がメリットです。
なお、ベンチャー企業の売却(M&A)後は、創業者が企業に残るケースと離れるケース両方が考えられます。
ベンチャー企業M&Aのバリュエーションと買収条件の調整
ベンチャー企業は、足元では利益が出ていない会社も多く、成長性や収益性といった指標に重きがおかれるため、現状、帳簿に計上されている資産よりも人材、独自の技術およびノウハウなどの無形の資産が評価対象となります。
そのため、ベンチャー企業のバリュエーションを行う際、帳簿上の資産を基準とする時価純資産法などを用いるのは適切ではなく、インカムアプローチのDCF法やマーケットアプローチの類似会社比較法(マルチプル法)などが適しています。
将来的な収益力や買収後のシナジー効果を勘案した上で、合理的かつ具体的な根拠に基づいて協議をすすめ、最終的には売手のスタンドアローンの価値を下限、全てのシナジーを見込んだ価値を上限として価格の交渉を行います。
ベンチャーの売却(M&A)事例3選
ベンチャー企業の売却(M&A)は、海外だけでなく日本国内でも事例が豊富です。ノウハウや評判によっては、ベンチャー企業であっても高額で売却(M&A)されるケースもあります。
高額で売却(M&A)され、売却後さらに成長したのがInstagramやYouTubeなどの事例です。国内事例も交えつつ、ベンチャー企業売却の概要を紹介します。
シストロム氏らはInstagramをFacebookに売却(M&A)
Instagramのアプリ提供開始からわずか2年後の2012年、共同創業者であるケビン・シストロム氏らはInstagramをFacebookに約10億ドルで売却(M&A)します。買収時点でのInstagramの売上高はほぼゼロでした。
それにもかかわらず、Facebook側が高額での買収を決めたのは、サービス開始から約1年半で3000万人超という利用者数の伸びに注目したからではないでしょうか。売却後もシストロム氏らはInstagramに在籍していましたが、2018年に同社を退職しています。
出典:日本経済新聞「「社員13人、売上高ゼロ」でも買収額810億円、フェイスブックM&Aの真相 2012年4月12日7:00」、日刊工業新聞「【電子版】米フェイスブック、インスタ創業者らが退職へ ザッカーバーグ氏との関係悪化 2018年9月25日 14:00」
ハーレー氏らはYouTubeをGoogleに売却(M&A)
2005年4月にチャド・ハーレー氏、スティーブ・チェン氏、ジョード・カリム氏の3名がYouTubeを設立しました。設立から約1年半後の2006年11月、YouTubeはGoogleに買収されます。
短期間でイグジット戦略を成し遂げ、高額での売却(M&A)につなげたことから、ベンチャー企業の成功事例といえるでしょう。売却(M&A)にあたり、ハーレー氏らはそれぞれ当時数億ドル相当のGoogle株式を受け取っています。
出典:AFP「ユーチューブ創業者、グーグルへの売却(M&A)で数百億円を取得 米国 2007年2月9日 21:09」
gumiはクラシルをyahooに売却(M&A)
2018年7月、ヤフー株式会社がdely株式会社を子会社化することを発表しました。delyは日本最大級の料理動画レシピサービス「kurashiru(クラシル)」を提供する企業です。
子会社化のため、ヤフーはベンチャー企業の投資などをおこなう「gumi ventures2号投資事業有限責任組合」や「Pegasus Wings Group Limited」から株式を取得しています。delyの合計株式取得価額は93億円です。
出典:ヤフー株式会社「dely株式会社への資本参加および戦略的パートナーシップの構築について」
ベンチャー企業を売却(M&A)する際の注意点
ベンチャー企業を売却(M&A)することで創業者は売却益を確保でき、企業もさらなる成長が見込める一方、失敗に至るケースも存在します。売却後に後悔しないためにも、「PMIの検証をすること」「算出方法を理解すること」「タイミングや相手先を考慮すること」などがポイントです。
それぞれどのような点に気をつけるかを確認しておきましょう。
売却後のPMIを検証しておく
Post Merger Integrationを略したPMIは、M&A後の事業や事業経営統合、統合プロセス全体を指す用語です。買い手がPMIの検討を怠ると、既存従業員のモチベーションや生産性低下につながりかねません。
従業員の不安を解消するためにも、ベンチャー企業を売却(M&A)する際には、買い手がPMIをどのように考えているのか見極めてください。
売却額の算出方法を理解する
M&Aの価格を算出する際には、将来的なキャッシュ獲得能力により算出した「DCF法」や類似企業との比較で算出する「マルチプル法」、時価の純資産を基準とする「時価純資産法」などさまざまな方法が存在し、それぞれ特徴が異なります。
より高い価格で売却(M&A)するためにも、自社の適正価格を把握しておいてください。
売却先やタイミングを十分に検討する
買い手側と組織風土が大きく異なる場合、既存顧客や従業員から反発を受ける恐れがあります。高額であればどこでも良いというわけではなく、自社に合った企業であるかを検討してください。
また、売却(M&A)のタイミングが売却価格を左右します。自社の業績が上昇している時など、優位に立ちやすいタイミングで交渉を開始してください。
まとめ
ベンチャー企業を売却(M&A)することで、企業の成長力を向上させることができます。また、創業者が高額の売却益を確保できることもメリットで、国内外での成功事例も豊富です。
しかし、ベンチャー企業売却での失敗例も存在します。M&Aには、専門用語や複雑な手続きがあるため、まずは知識や経験が豊富な専門家に相談してください。