誰に事業承継するかによって税金が異なる
事業承継を行うときは、誰を後継者とするかによって税金の種類が異なります。例えば、子どもや孫などの法定相続人や遺言で指定した親族に事業承継をする場合、死亡後に事業承継を行う「相続」という方法があります。この場合は相続税が課せられることがあります。
一方、生きている間に事業承継を行う場合は、有償で株式をわたす「株式譲渡」の方法と、無償で株式をわたす「株式贈与」の方法があります。前者であれば譲渡をする経営者に所得税が、後者であれば贈与を受ける後継者に贈与税が課せられることがあります。
相続の対象ではない従業員に事業承継を行う場合もあるでしょう。この場合、後継者は譲渡を受ける際の対価か贈与税を払うことになりますが、贈与税に関しては子どもや孫に対する贈与税よりも税額が高くなることもあります。
事業承継は、後継者を決めて株式贈与などで引き継げば終わりというものではありません。税金や譲渡を受ける際の対価が高すぎて後継者が支払えない場合は、事業承継そのものができなくなる恐れもあります。スムーズに事業承継を進めるためにも、経営者は後継者の税金などを考慮し、少しでも負担が少なくなるように工夫しましょう。
親族に事業承継をする場合の税金
親族に事業承継する方法として、主に次の3つが挙げられます。
●株式譲渡によって事業承継する場合
●株式贈与によって事業承継する場合
●相続によって事業承継する場合
どの方法を選ぶかによって、発生する税金の種類や計算方法が異なります。それぞれの場合について詳しく見ていきましょう。
株式譲渡によって事業承継する場合
親族に株式を有償で譲り、事業承継をする場合には、後継者である親族に税金は発生しません。しかし、経営者は後継者から譲渡に対する対価として譲渡所得を得たことになるため、課税対象額に対して20.315%の「申告分離課税」が生じます。
なお、課税対象額は譲渡によって得られた収入から、取得・譲渡にかかった費用を差し引いて求めてください。
また、親族に課せられる税金はありませんが、譲渡対価を用意する必要があるため、負担がないわけではありません。
事業が好調で優良企業であるほど譲渡対価も大きくなるので、後継者の負担が大きくなる恐れがあります。
株式贈与によって事業承継する場合
親族に株式を無償で譲り、事業承継をする場合には、経営者には税金は発生しません。しかし、後継者は株式を得たため、株式の評価額に対して「贈与税」が生じます。
贈与税には「暦年課税」と「相続時精算課税」の二つの課税方式があります。このうち「暦年課税」を選択した場合、1年間に得た贈与額から110万円の基礎控除額を差し引いた金額が贈与税の課税対象額となります。
税率は、この課税対象額によって異なります。また後継者が経営者の子どもあるいは孫で、なおかつ贈与を受けた年の1月1日時点において20歳以上かどうかによっても異なります。この条件に当てはまる場合の贈与税率は「特例税率」、当てはまらない場合の贈与税率は「一般税率」となります。
例えば親族が経営者の子どもで、なおかつ20歳以上だとしましょう。株式の評価額が2,000万円で、その年はこの株式以外の贈与を受けていないならば、贈与税対象額は2,000万円-110万円=1,890万円となります。
1,890万円に対する特例税率は45%で控除額は265万円なので、贈与税額は以下の計算式から585.5万円と算出できるでしょう。
●1,890万円×45%-265万円=585.5万円
一方、後継者である親族が特例税率適用の条件に該当しない場合は、一般税率によって贈与税額が計算されます。1,890万円に対する一般税率は50%で控除額は250万円なので、贈与税額は以下の計算式から695万円と算出できるでしょう。
●1,890万円×50%-250万円=695万円
このように、贈与税は、財産の受け渡しをする関係によってその税率が異なります。
相続によって事業承継する場合
相続によって株式を取得した場合は、相続税が発生する可能性があります。ただし、この場合は引き継ぐ会社の株式だけでなく、他の相続財産も合算して相続税の計算を行うため、一概にどの程度の税金が発生するかを算出することはできません。
また、相続財産の金額が同じ場合でも、法定相続人の人数によって相続税の基礎控除額も異なるため、法定相続人が多い場合には課税対象額が減って相続税額が低くなることもあります。
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従業員に事業承継する場合の税金
後継者にふさわしい優秀な従業員や役員がいる場合は、従業員・役員へ事業承継をすることもあります。この場合はすでに仕事を熟知しているだけでなく、企業内はもとより取引先にも顔が知られているため、事業承継がスムーズに進むと考えられるでしょう。
従業員や役員へ事業承継をする場合もいくつかの方法が考えられますが、株式譲渡か株式贈与を用いることが一般的です。それぞれについて見ていきましょう。
株式譲渡によって事業承継する場合
後継者が株式を経営者から買い取ることで事業承継をする場合は、後継者には課税はされません。しかし、経営者は譲渡による対価を受け取った際に収入を得たことになるので、譲渡所得として20.315%の申告分離課税が発生します。
株式の評価額が高い場合、 後継者にとっては譲渡の対価を支払うことが困難になるというデメリットがあり、経営者にとっては譲渡所得による申告分離課税額が高くなるというデメリットがあるでしょう。
株式を時価よりも低く計算して譲渡価格を下げれば、後継者にとっても経営者にとっても経済的な負担が軽減されるというメリットがあります。しかし、 意図的に極端に低い金額に価格操作をしたときは、本来支払うべき時価で計算した株式の評価額と株式譲渡の際に動いた対価の差額に対して「贈与税」が課税されることもあるので注意しましょう。
なお、 差額に対して贈与税が生じたときは、後継者が税金を支払うことになります。後継者の負担をさらに増やすことになるので、適正な価格で株式譲渡を行うようにしましょう。
株式贈与によって事業承継する場合
経営者が後継者に無償で株式をわたす株式贈与の場合は、経営者には課税はされません。しかし、後継者は株式の評価額に従って贈与税を支払うことになるでしょう。
後継者は贈与税率において「特例税率」は適用されないため、高い「一般税率」が適用されます。贈与税率は最大55%と高い税率です。
一般税率の場合には、課税対象額(1年間に得た贈与額から110万円を差し引いた金額)が3,000万円を超えるときには55%が適用されるため、控除額を差し引いても贈与として得た価値の半分以上を納税することになるでしょう。
後継者が支払える範囲の税額なのか考慮してから、株式贈与を行うようにしてください。
M&Aによって事業承継する場合の税金
業績が良く、株式の評価額も高い企業が、株式譲渡によって事業承継をする場合、 後継者は高額な対価を支払うことになり、株式贈与を選択した場合も後継者は高額な贈与税を支払うことになります。 いずれの事業承継方法を選択しても後継者は資金繰りに不安を抱え、予定通りに事業承継が進まないケースもあるでしょう。
経済的な問題から親族や従業員への事業承継が難しい場合には、M&Aも選択肢の一つとなるでしょう。 また、適切な後継者がいない場合も、M&Aによって外部の経営者に企業を買い取ってもらうことを検討できるでしょう。
M&Aによって事業承継する場合には、「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つの方法を考えることができます。それぞれどのような税金が発生するのか見ていきましょう。
株式譲渡によって事業承継する場合
株式譲渡によってM&Aの買収先に企業売却を行う場合には、株主は譲渡による収入を得ることになります。譲渡や株式取得にかかった費用を差し引いて「譲渡所得」を求め、譲渡所得の20.315%を「申告分離課税」として納税しましょう。
なお、株式取得にかかった費用が分からない場合には、株式を売却した金額の5%を概算取得費として譲渡による収入から差し引くことができます。
事業譲渡によって事業承継する場合
株式ではなく事業に関わる資産をM&Aの買収先に譲渡することで事業承継をするという手法もあります。会社自体は残るので会社を親族に承継したり、事業譲渡しない事業の運営に専念したりすることができるでしょう。
事業譲渡によって事業承継をする場合には、売却によって得られた利益に対して「法人税」が発生します。法人税率は資本金や課税対象額によっても異なりますが、資本金1億円以下の中小法人の場合は、課税対象額が年800万円までの部分に対して15%か19%、年800万円を超える部分に対して23.2%です。資本金が1億円を超える普通法人の場合は、一律23.2%の税率が適用されます。
また、土地などの消費税がかからない資産以外の資産を売却した金額に対しては、消費税が発生することも忘れてはいけません。ただし、消費税を支払うのは実際は買収側の企業なので、売却側は買収側が支払った消費税を預かり、納税します。
事業承継時の税金対策!節税方法を紹介
事業承継時は多額の税金が発生し、場合によっては企業の経済状況を脅かすことにもなるでしょう。税負担を軽減する方法を3つ紹介しますので、ぜひ参考にして節税につなげていきましょう。
●株価を下げて会社の評価額を下げる
●特例事業承継税制を利用する
●相続時精算課税制度を活用する
株価を下げて会社の評価額を下げる
株式譲渡や株式贈与を用いて事業承継する場合は、企業の株価が高いと譲渡価格も高くなり、 譲渡の場合であれば経営者が支払う所得税などが、贈与の場合であれば後継者が支払う贈与税が高額になってしまいます。また、相続のときの相続税も高額になります。
株価を下げることができれば会社の評価額も下がるので、事業承継における税額も引き下げられるでしょう。株価を引き下げるには、 特別配当などを実施して純資産を減らすという方法があります。また、減価償却できる資産を経費で購入したり法人保険に加入したりすることで企業の利益を減らし、時価総額を下げることもできます。
特例事業承継税制を利用する
「特例事業承継税制」が適用されると、企業の株式の評価額に対する相続税・贈与税が猶予されることがあります。 特例事業承継税制は適用時は税猶予ですが、最終的には税免除となる大きな節税効果がある税制度です。 期限内に事業承継を考えている経営者は、ぜひ検討してみましょう。
特例事業承継税制の適用条件
この税制を利用するためには、事業承継を行う企業は中小企業であり、なおかつ上場企業・風俗営業会社・資産管理会社(一部例外あり)に該当しないこと、1名以上の従業員がいることが求められます。また、後継者は会社の代表者かつ同族関係者の中で筆頭株主であり、事業を譲る経営者も贈与・相続までの間は会社の代表者かつ同族関係者の中で筆頭株主でなくてはいけません。
なお、税猶予の対象となる税額や利子税額に見合う担保の提供も条件となります。
特例事業承継税制の適用が取り消される場合
2027年12月31日までに相続あるいは贈与によって事業承継を行わない場合は、適用が取り消されます。期限を過ぎることがないよう、事業承継を計画的に進めていきましょう。
特例事業承継税制のデメリット
税制適用が取り消されると、猶予されていた税額と猶予期間中に発生した利子税を納付しなくてはいけません。猶予されていた期間が長いと利子税も高額になるので注意しましょう。
相続時精算課税制度を活用する
贈与により事業承継をする場合は、「相続時精算課税制度」も選択できるでしょう。 制度を利用すると2,500万円までは贈与税がかからず、2,500万円を超えた部分に対しては20%の贈与税が発生します。
贈与者の死亡時には贈与財産に対して相続税が発生しますが、贈与時に支払った贈与税額は相続税対象額から控除されます。
事業承継時に起こり得るトラブル
事業承継時に起こるトラブルは税金関係だけではありません。後継者が見つからずに事業承継が危うくなることや、反対に後継候補者が多すぎて親族間で不和が生じることもあるでしょう。
また、スムーズに後継者が見つかったとしても、後継者に資力がなく株式獲得に必要な額を払えないことや税金を支払えないことなどもあるかもしれません。
今まで経営に関わっていなかった人物が後継者となり、事業が一気に傾くという恐れもあるでしょう。後継者の経営手腕に不安を感じ、従業員や取引先が離れていく可能性もあります。
事業承継の専門家に相談してみよう
事業承継の悩み事は、事業承継の専門家に相談して対応しましょう。事業承継時に発生する費用を抑えたい場合、あるいは手続きが複雑な特例事業承継税制や相続時精算課税制度などの税制度を利用したい場合にも相談できます。
また、後継者が見つからないという悩みも相談できるでしょう。優秀な経営者が率いる企業によるM&Aが実現するならば、会社のさらなる成長も期待できます。
M&Aによる事業承継を選択すれば売却による利益を得られるため、老後資金や新たに事業を興す資金としても活用できることがあるでしょう。資金面で不安がある方も、ぜひ事業承継の専門家へ相談してみてください。
まとめ
事業承継には主に贈与と譲渡、相続の3つの方法があります。どの方法を選ぶか、また誰を後継者とするかによって発生する税金の種類や金額が異なるので注意しておきましょう。
事業承継時にかかる税金は、特例事業承継税制や相続時精算課税制度などを利用することで節税することもできます。株価を下げて会社の評価額を下げる方法も、節税には効果的でしょう。
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