遺産分割協議書とは
相続発生後、被相続人(亡くなった人)が遺言書を残していれば、原則的に遺言に書かれているとおり、「A不動産は長男が相続して、B銀行の預金は長女が相続して…」といった具合に、遺産は分割・承継されます。
一方、遺言書が残されていない場合、遺産は原則としていったん相続人全員での共有状態となります。その後、相続人全員で話し合って、誰がどの遺産を承継するのかを決める必要があります。この遺産分けの話し合いを「遺産分割協議」といいます。
遺産分割協議で定められた合意内容を書き起こしたものが「遺産分割協議書」です。
遺産分割協議書は何のために作成する?
まず、遺産分割協議書が、一般的に何のために作成されるものなのかという、目的を説明します。これは、1人が全財産を相続する場合だけに限らない、一般的な話です。
遺産分割協議で合意した証拠を残してトラブルを防止するため
遺産分割協議の話し合いが成立したとしても、口約束だけであれば、後から「言った、言わない」のトラブルになってしまうかもしれません。例えば、協議では「長男が遺産をすべて相続する」と合意ができたにもかかわらず、後から「そんなことは言っていない。自分の相続分を分けてほしい」と主張されるといった具合です。遺産分割協議書を作成して実印での押印をしてもらっておけば、合意内容の証拠となり、このようなトラブルのリスクを減らせます。
遺産の名義変更や解約手続きに利用するため
亡くなった人(「被相続人」といいます)が所有していた不動産の名義を変更したり、被相続人の預金口座を解約したりする際には、原則として遺産分割協議書の提示が求められます。
なお、法定相続分での遺産分割であれば、不動産の名義変更に遺産分割協議書の提示は必要ありませんが、不動産が共有状態となるなどのデメリットがあるので、通常は、遺産分割協議を経て取得者を決めるほうが、後のトラブル防止につながるでしょう。
また、預金口座については、金融機関が独自の相続手続き書類を用意して、遺産分割協議書がなくても、被相続人の預金を解約できる場合もあります。
相続税の申告書に添付するため
遺産が一定以上あって相続税の課税対象となる場合には、被相続人の死亡の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告をしなければなりません。相続税の申告以前に遺産分割協議がまとまっている場合には、相続税の申告書に遺産分割協議書を添付する必要があります。
遺産分割協議がまとまっていないと、配偶者の税額軽減の特例や小規模宅地等の特例の適用を受けることができません(「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出すれば、後日、遺産分割協議がまとまってから、遡及適用が可能です)。
1人がすべての遺産を相続する場合の遺産分割協議書の書式
次に、相続人の1人がすべての遺産を相続する場合の、遺産分割協議書の作成について説明します。ここでは「簡易的な遺産分割協議書の書式」と「遺産の詳細を記載する場合の書式」の2つの具体的な文例を紹介します。
なお、各遺産の名義変更をする際には、その遺産について遺産分割協議書に明記するよう手続き先から求められることがあります。また、遺産について具体的に記していない場合には、後日他の相続人から「遺産の内容を聞かされていないまま署名押印をされてしまった」などと主張され、トラブルになるリスクもゼロではありません。
そのため、簡易版も紹介しますが、「遺産の詳細を記載する場合の書式」が基本だと考えておきましょう。
簡易的な遺産分割協議書の書式
1人の相続人がすべての遺産を相続する場合における簡易的な遺産分割協議書の書式例は、次のとおりです。
被相続人
氏名 相続太郎
最期の本籍 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番地
最後の住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
生年月日 昭和〇年〇月〇日
死亡年月日 令和〇年〇月〇日
上記被相続人の遺産につき、相続人 相続花子、相続人 相続一郎、相続人 相続二郎 が分割協議をおこなった結果、次のとおり分割し、取得することを合意した。
第1条 被相続人の有する一切の財産は、相続人 相続花子 が取得する。
以上の遺産分割協議の合意を証するため、各相続人が署名押印する。
令和〇年〇月〇日
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
相続人(配偶者) 相続花子 印
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
相続人(長男) 相続一郎 印
住所 東京都〇〇区〇〇1丁目〇番〇号 東京マンション101号室
相続人(二男) 相続二郎 印
遺産の詳細を記載する場合の書式
1人の相続人がすべての遺産を相続する場合における、各遺産を明記した遺産分割協議書の書式例は次のとおりです。
被相続人
氏名 相続太郎
最期の本籍 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番地
最後の住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
生年月日 昭和〇年〇月〇日
死亡年月日 令和〇年〇月〇日
上記被相続人の遺産につき、相続人 相続花子、相続人 相続一郎、相続人 相続二郎 が分割協議をおこなった結果、次のとおり分割し、取得することを合意した。
第1条 被相続人の有する次の財産を含む一切の財産は、相続人 相続花子 が取得する。
1、土地
所 在 〇〇市〇〇町〇丁目
地 番 〇番
地 目 宅地
地 積 200.00㎡
2、建物
所 在 〇〇市〇〇町〇丁目〇番地
家屋番号 〇番
種 類 居宅
構 造 木造瓦葺平家建
床 面 積 100.00㎡
3、預貯金 〇〇銀行 〇〇支店 普通預金 口座番号1234567
第2条 被相続人の債務はすべて相続人 相続花子 が承継する。
第3条 前条までに記載のない財産及び後日判明した財産は、すべて相続人 相続花子 が相続する。
以上の遺産分割協議の合意を証するため、各相続人が署名押印する。
令和〇年〇月〇日
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
相続人(配偶者) 相続花子 印
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
相続人(長男) 相続一郎 印
住所 東京都〇〇区〇〇1丁目〇番〇号 東京マンション101号室
相続人(二男) 相続二郎 印
全財産を1人が相続する場合の遺産分割協議書書式のポイント
全財産を1人が相続する場合の遺産分割協議書(遺産の詳細を記載する場合の書式)を作成する際、留意すべき主なポイントは、以下のとおりです。
遺産分割協議書と明記する
最初のタイトル部分に「遺産分割協議書」と明記しましょう。これがなければ、何の書類かわかりません。
被相続人の情報を明記する
始めに、被相続人の情報を正しく記載して、誰の遺産についての遺産分割協議書であるのかを明らかにします。
被相続人の情報は、氏名と最後の住所、最後の本籍、生年月日を記載することが一般的です。併せて、死亡年月日も記載するとよいでしょう。
遺産分割協議が成立したことを明記する
前文として、遺産分割協議が正しく成立したことを記載します。相続人との全員が協議に参加したことが分かるよう、相続人全員の氏名を記載するとよいでしょう。
誰がどの遺産を取得するのかを正確に記載する
遺産分割協議書には、誰がどの遺産を取得することになったのか明確に特定できるように、不動産なら地番、預金口座なら口座番号などを記載しましょう。財産に関する表記が曖昧で特定できない場合には、名義変更に使えない可能性があります。
特に不動産についてはあらかじめ法務局から「全部事項証明書(登記簿謄本)」を取り寄せ、その表題部に記載されているとおりに記載すると確実です。全部事項証明書は全国の法務局で誰でも取得できます。手数料は1通600円です。
▼不動産の全部事項証明書(登記簿謄本)のサンプル
引用「法務省:不動産登記のABC」
債務について記載することを検討する
被相続人に債務がある可能性がある場合には、これについて遺産分割協議書に記載することを検討しましょう。債務には借金などのほか、亡くなる直前の入院費や福祉施設の利用料の未払金なども含まれます。
なお、債務について遺産分割協議書で記載をしたのみでは、お金を借りている相手(「債権者」といいます)に対抗(主張)することとはできません。(仮に債権者にも対抗できるとすれば、ほとんど財産のない相続人が債務だけを相続して、その後その人が自己破産をして相続人全員が債務の負担を免れるなどということができてしまうためです)。
債務の承継者(例えばAさん)を決めても、それはあくまでも相続人間での内々の取り決めであり、仮にその人以外の相続人(例えばBさん)に対して、債権者が返済を求めた場合、Bさんは応じる義務があることを理解しておきましょう。ただし、Bさんが、遺産分割協議書で債務を承継するとした相続人(Aさん)に求償(「あなたの代わりに私が債務を弁済したので、その分のお金を私に支払ってください」という請求)をすることは可能です。
「その他の財産」について記載することを検討する
遺産分割協議書には「その他の財産」について記載するかどうかを検討しましょう。文例の第3条の部分です。
このような一文を入れておけば、遺産分割協議の成立後に新たに遺産が見つかった場合であっても、原則として改めて遺産分割協議をすることなく、その遺産の帰属先が決まります。
一方でこのような記載をしない場合には、新たに判明した遺産について改めて遺産分割協議をして遺産分割協議書を作成しなければなりません。
「その他の財産」についての記載をするかどうかは新たな遺産が判明する可能性の程度や相続人同士の関係性などによって異なりますので、状況に応じて慎重に検討しましょう。
日付を記載する
遺産分割協議書には、遺産分割協議が成立した日付を記載します。この日付は実際に協議が成立した日であり、相続開始以後であればいつであっても構いません。
実際には、一堂に会して協議が成立した場合にはその日を記載するか、あるいは、遺産分割協議書に最後の押印した人が押印した日を記載することが多いでしょう。
相続が起きる前の日付を記載することはできません。例えば、被相続人の生前に家族会議で「父さんの遺産は母さんが全部もらえばいいと思うよ」などという話し合いがあり、協議が事実上まとまっていたとしても、協議の成立日は相続発生後の日付としなければなりません。
相続人全員が署名押印する
遺産分割協議書には、相続人全員の実印での捺印と署名が必要です。
また、この印が実印であることを証するため、相続人全員の印鑑証明書も必要となります。印鑑証明書を代わりに取得しようとすれば印鑑登録証やマイナンバーカードを預かる必要が生じるため、印鑑証明書は原則として各相続人にて取得してもらいましょう。
その上で、遺産分割協議書への押印時に印鑑証明書を預かることができるとスムーズです。
遺産分割協議書や書式に関するよくある疑問
最後に、遺産分割協議書や書式に関するよくある疑問に3つ回答します。
遺産分割協議書は絶対に作成しなければならないか?
遺産分割協議書は、すべての相続で必要となるのでしょうか。
被相続人の遺産を分けるためには原則として遺産分割協議書が必要となるものの、次の場合には、例外的に遺産分割協議書は必要ありません。
相続人が1人しかいない場合
相続人が1人しかいない場合には、遺産分割協議をおこなうまでもなく、その1人がすべての遺産を相続するため、遺産分割協議書は必要ありません。
また、もともとは相続人が複数いたにもかかわらず、他の相続人が相続放棄をした結果、相続人が1人となった場合にも、遺産分割協議書は不要となります。相続放棄とは、家庭裁判所に申述することにより、はじめから相続人ではなかったこととなる手続きです。
ただし、ある順位の相続人が全員相続放棄をすると、次の順位の相続人へ権利が移ることに注意しなければなりません。例えば、もともと配偶者と長男の2名が相続人であったところ、長男が相続放棄をしたからといって、配偶者のみが相続人になるわけではないということです。この場合には次順位の相続人へと権利が移り、配偶者とともに被相続人の両親(他界している場合には、兄弟姉妹など)が相続人となります。
遺言書がある場合
被相続人が有効な遺言書を残しており、その遺言書ですべての遺産について渡す相手が決まっている場合には、別途遺産分割協議書を作成する必要はありません。不動産の名義変更なども、その遺言書を使っておこなうことができます。
法定相続分どおりに遺産分割をする場合
法定相続分とは、民法で規定された相続分です。例えば、被相続人の配偶者と長男、二男が相続人である場合の法定相続分は「配偶者2分の1、長男と二男がそれぞれ4分の1」となります。この法定相続分のとおりに遺産分割をする場合には遺産分割協議書は必要ありません。
ただし、この場合であっても実務上は、手続き先から遺産分割協議書が求められることが多く、また後のトラブル防止という観点からも、できれば、遺産分割協議書を作成しておいたほうがよいでしょう。
調停や審判で遺産を分割した場合
相続人同士での話し合いが難航してまとまらない場合には、家庭裁判所の「調停」や「審判」に移行することがあります。
「調停」とは、調停委員の立ち会いのもと、家庭裁判所でおこなう話し合いです。
「審判」とは、調停をしてもまとまらない場合に、裁判所に遺産分割を決めてもらう手続きを指します。
この調停や審判で遺産分割をした場合には「調停調書」や「審判書」などが発行されます。名義変更の手続きなどはこの調停調書や審判書などでおこなうため、別途遺産分割協議書を作成する必要はありません。
相続人に認知症の人や行方不明の人がいる時はどうすればいい?
相続人の中に重い認知症を患っている人や、行方不明の人がいる場合などには、これらの人を遺産分割協議に参加させることはできません。しかし、認知症の人や行方不明の人であっても、相続人である以上、その人たちを無視して遺産分割協議を成立させることはできません。
そこで、このような場合には遺産分割協議に先立って、これらの人の代わりに協議に参加する人を家庭裁判所に選んでもらう手続きが必要となります。
代わりに協議に参加する人とは、例えば重い認知症の人であれば「成年後見人」など、行方不明の人であれば「不在者財産管理人」です。
なお、成年後見人や不在者財産管理人は本人の権利を守るべき役割を担っています。そのため、その本人(認知症の人や行方不明の人)が何も相続しないような内容で遺産分割協議を成立させることは、原則として認められません。
遺産分割協議書は手続き先の数だけ作成すべきか?
例えば、被相続人が複数の金融機関の預金口座を持つ場合など、複数の手続き先に遺産分割協議の提出を求められる場合もあるでしょう。その場合でも、手続き先の数だけ遺産分割協議書を作成する必要はありません。
通常、手続き時に原本を提示すれば、先方がコピーを取り、原本は返却してくれるためです。遺産分割協議書の作成数に明確な決まりはありませんが、相続人数分を作成することが一般的です。なお、これはコピーではなく、同じ書類を人数分作成します。
まとめ
この記事では、全財産を1人の相続人が相続する場合における遺産分割協議書の書式について解説しました。
遺産分割協議書は協議がいったん成立した遺産分割協議を後から蒸し返される事態を防ぐ効果があるほか、各遺産の名義変更手続きなどで使用します。誰がどの遺産を取得することになったのかが分かるよう、明確かつ正確に記載しましょう。
自分で遺産分割協議書を作成することに不安がある場合には、弁護士や行政書士などの専門家に作成してもらうことも検討するとよいでしょう。