事業譲渡における債権者保護手続き
会社分割や合併といった会社の再編が行われる際、その会社の債権者が再編に対して異議を述べることができる期間を設けることを債権者保護手続きといいます。事業譲渡においても、債権を引きつぐ場合は債権者保護手続きが必要です。
債権者が異議を述べることができる期間は通常1か月間で、回答をしない場合は会社の再編に合意したとみなされます。
債権者保護手続きの概要
債権者保護手続きは、会社分割や合併といった手法により会社が再編される場合に行います。会社法で定められている手続きです。
再編する会社(会社法では「消滅株式会社等」とされています)は、債権者に対して「吸収合併等をする旨」や「再編される会社の情報」のほか、異議を述べる期間が設けられることを、事前に官報で公告(政府など公共団体が広く一般に知らせること)します。また、個別の催告も行わなければなりません。
この一連の手続きを「債権者保護手続き」と呼びます。詳しくは後述しますが、官報は国による機関紙であり、法律の改正など国民に知らせるべき内容について記載しているものです。公告するには、官報に申し込む必要があります。
債権者保護手続きは事業譲渡の際に不要
事業譲渡では、債権者保護手続きは基本的に不要です。必要になるのは、事業譲渡を受けた会社(譲受側)が債権も引きつぐ場合です。
M&Aによる会社分割や合併の場合、再編によって生まれた新しい会社は原則として古い会社のすべてを引きつぐことになります(包括承継)。これに対し事業譲渡の場合は、すべてを引きつぐわけではありません。「何を引きつぐか」は、あくまで譲渡側・譲受側の個別の判断に委ねられます。
譲受側が債権を引きつがない場合は、債権はそのまま譲渡側のものになります。そのため、事業譲渡にともなって債権者保護手続きを行う必要はありません。しかし、事業譲渡の際に譲受側が債権を引きつぐ場合には、手続きが必要になります。
債権者保護手続きに要する期間
官報での公告のあと、債権者は一定期間、その吸収合併などに対して異議を述べることができます。この一定期間は会社法の第449条2項により「期間は、一箇月を下ることができない」と定められています。通常は、最低期間である1か月が適用されます。
別の言い方をしますと、債権者は異議を述べたければ、公告から1か月以内に行わなければなりません。1か月以内になんら異議を述べなかった場合は、自動的に承認したことになります。つまり、会社の組織再編について債権者も合意したとみなされることになるわけです。
官報は申し込み後、すぐに掲載されるわけではありません。2週間ほどの期間が必要になることに注意しておきましょう。
事業譲渡の際に知っておきたい債権者保護手続きの過程
債権者保護手続きは、事業譲渡などで会社の再編に対して債権者の同意を得るための手続きです。
会社の規模にもよりますが、再編は大きな資産が動く出来事です。多くの国民生活に影響をおよぼすおそれもあります。官報への公告が義務づけられているのは、そうした背景もあります。
債権者の同意
債権者の側からすると、債権のある会社が事業譲渡により有望な事業を譲渡してしまった場合、その会社の価値が下がることによって債権を回収できなくなるおそれが出てきます。こうした事態から債権者を守るため、会社を再編する際には債権者が異議を述べられる期間を設ける、債権者保護という手続きが法律により定められています。
民法424条により、債権者は「詐害行為取消権」を行使して事業譲渡をとり消す権利も有しています。上であげた有望な事業を譲渡するケースですと、あまりに安価で譲渡したような場合は「債権が侵害された」とみなされる場合もあります。債権者の同意は、事業譲渡を成功させる上で重要なポイントといえるでしょう。
官報公告へ通知
官報とは内閣府が発行する機関紙で、行政機関の休日をのぞく毎日、午前8時半に発行しています。全国の官報販売所に指定されている書店で購入できるほか、インターネット上でも閲覧可能です。
インターネット版のホームページでは、官報は「国民と政府とつなぐ官報」とうたっています。新しい法律や条例といった国(政府)の行うことを国民に知らせるための広報紙ととらえてほぼ間違いありません。
いわば「日本の中で起こっている、国民が知るべき重要なこと」を記録・網羅しているものです。会社の再編も、国民に周知すべきこととして扱われているといってよいでしょう。
債権者保護手続きが必要なケース
事業譲渡や会社分割といった会社の再編により債権が承継された場合や、再編による資産の変動により債権者への影響が想定される場合は、債権者保護手続きが必要です。
以下、会社分割・株式交換と株式移転・合併という会社再編や会社が新設されるケースについて、それぞれ債権者保護が必要となる場合をみていきましょう。
吸収分割
会社分割は吸収分割と新設分割の2種類に分かれます。事業を、もとからあるほかの会社に承継する場合を、「吸収分割」と呼びます。
形としては事業譲渡と似ていますが、事業分割があくまで事業を売買する行為であるのに対し、会社分割は会社法で定められた組織再編行為です。そのため、会社分割では事業を包括的に承継することになります。
つまり債権も承継先の会社に引きつがれることになります。これにより、債権がある場合は会社分割の際に債権者保護手続きが必要になるのです。「分割」という性質上、会社分割は比較的規模の大きな会社で使われる手法です。
新設分割
会社分割のうち、新しく会社を設立してそこに事業を承継させるのが「新設分割」です。この場合も事業譲渡とはことなり事業が包括的に承継されるため、債権を承継することとなり債権者保護手続きをしなければなりません。
ただし会社分割であっても、債権者保護手続きを省くことができる場合があります。包括的承継ですので債権がある場合は引きつぎますが、分割する側の会社(元の債務者)が事業を譲受した側とならんで債務を引き受ける(「重畳的債務引受、併存的債務引受」といいます)か、もしくは債権を連帯保証する場合です。
つまり、債権に対する責任を譲受側だけでなく譲渡側も負う場合は手続きを省けるのです。これは会社法810条1項2号で定められています。
株式交換・株式移転
株式交換と株式移転はいずれも会社法で定められている制度です。親会社に子会社の株式を移し、完全親会社にします。親会社がすでにある会社の場合は株式交換、親会社を新しく設立する場合は株式移転と呼ばれます。
事業譲渡や会社分割とちがい、事業が承継されるわけではありません。基本的には債権者保護手続きは不要です。ただし親会社の創設にともない、債権者への影響が考えられる場合には債権者保護手続きが必要になります。
具体的には、完全親会社が子会社の株主に対し、株式以外の資産を交付した場合があげられます。この場合も債務が移動するわけではありませんが、親会社の資産が減少するため債権者に影響が出るとして手続きが必要になる場合があります。
ほかにも、子会社の社債のうち子会社の株式に転換可能な社債(新株予約権付社債)を完全親会社が承継する場合も、完全親会社の債務が増えるため手続きが必要になります。
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合併
会社の合併も会社分割と同じように、新設合併と吸収合併があります。新設合併は合併前の会社を解散し新しい会社としてスタートするものです。吸収合併はひとつの会社が存続し、消滅する会社の権利義務をすべて引きつぐものを指します。合併には2種類ありますが、実際に行われている合併のうちほとんどが吸収合併です。
新設合併でも吸収合併でも会社が合併した場合は、存続した会社は消滅もしくは解散した会社の権利義務をすべて引きつぎます。債権も引きつぐことになるため、債権者を保護する必要があります。
たとえば財務状態の悪いA社とさほど悪くないB社が合併した場合、B社の債権者にとっては、A社との合併により債権回収が難しくなるおそれが出てくることになります。
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事業譲渡で債権者保護手続きを行う際のポイント
事業譲渡や合併・分割といった会社の再編では、債権者保護手続きが必要なケースが少なくありません。
手続きをふむだけではなく、債権者保護手続きは時間もかかります。最終的には、債権者の合意を得なければなりません。ここからは事業譲渡にともなって債権者保護手続きを行う際のポイントについてみていきます。
債権者に対して説明を行う
会社の再編に対して異議を述べる機会をもうけるために徹底した周知をはかることが、法律により債権者保護手続きではで義務づけられています。
合併や新設による会社の債権承継や資産変動は、そのまま債権回収のリスク増大にもつながりかねません。会社の再編は、債権者からすれば債務をあたえた後から起こることです。債権者の合意を得るためには、なぜ会社を再編するのか、再編によりどのような見通しがあるのか、しっかり説明することが非常に重要です。
スケジュール管理を徹底する
官報は、申し込んでから掲載までに最低でも1週間ほどはかかります。さらに債権者保護手続きでは、要約貸借対照表の官報への掲載も必要です。要約貸借対照表は官報の号外に掲載されますが、号外はさらに時間がかかり申し込んでから掲載までに2週間ほど必要です。
事業譲渡で必要となる手続きは、債権者保護だけではありません。スムーズに進めるためにも、スケジュール管理を適切にして進めるようにしましょう。
事業譲渡のメリットを理解する
事業譲渡により事業を売却することで、譲渡側にはまとまった資金が入ることになります。譲渡により調達した資金を元手に別の事業を始めたり、ほかの負債の返済にあてたりできます。
また会社そのものの売却や廃業とはことなり、事業譲渡では会社自体は存続できますし、従業員も社内に残せます。会社を存続させつつ発展や立て直しをはかることができるのは、事業譲渡の大きなメリットといえるでしょう。
会社法をはじめとした各種法律を理解する
ここまで事業譲渡や債権者保護手続きについてご説明する中でも、会社法や民法についてふれてきました。債権者保護手続きや会社分割、株式交換、株式移転については、会社法により定められています。詐害行為取消権は民法によるものです。
官報への公告が必要な点からも分かるように、事業譲渡や合併といった会社の再編は、その会社に直接関わる人だけでなく社会に大きな影響をおよぼしかねない案件です。実行する際には関連する法案を熟知し、法令遵守につとめなければなりません。
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事業譲渡に関するノウハウをもつ会社の力を借りる
事業譲渡には、債権者保護手続きだけでなくさまざまな手続き、作業をともないます。事業を買収する相手を探さなければなりませんし、どの事業をいくらで売却するのかも慎重に決める必要があります。
事業譲渡や会社再編の際に強い味方となるのが、M&A仲介サービスです。M&A・相続・事業承継のプロ集団「株式会社M&A DX」では、売却価格の設定から買収相手とのマッチング・交渉まで、事業譲渡をトータルにサポートします。事業譲渡の手続きや実践方法でお悩みでしたら、ノウハウをもつ株式会社M&A DXにぜひご相談ください。
まとめ
会社の再編は社会に大きな影響をおよぼしかねない案件です。債権者に対してだけではなく、社会的な責任を自覚して実行していきましょう。必要な手続きも多いため、M&A仲介サービスのような専門家を活用したほうがスムーズに進むといえます。
株式会社M&A DXでは、会社の価値をはかる無料簡易診断も行っています。事業譲渡を検討している場合は、お気軽にお問い合わせください。
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