法人版事業承継税制とは
事業承継税制には法人版事業承継税制と個人版事業承継税制があります。法人版事業承継税制とは、後継者である受贈者や相続人が、非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合において、贈与税・相続税についてその納税を猶予する制度です。
後継者が亡くなった場合など、猶予中の贈与税・相続税の納付が免除される場合もあるのもポイントです。ただし、この制度を受けるには一定の要件が必要なので、これについては後ほど詳しく説明します。
法人版事業承継税制は従来からありましたが、平成30年度税制改正により一定期間限定で特別措置としての事業承継税制が新設されました。一方で、従来からの事業承継税制(以下、一般措置といいます。)も存続していることから、一般措置と新たに誕生した事業承継税制(以下、特別措置といいます。)のそれぞれの特徴を押さえておきましょう。両者は時限性以外にも対象となる株数や、納税猶予割合において違いがみられます。
前提に事業承継税制の一般措置がある
事業承継税制は、簡単にいうと「一定の手続きを経れば、事業承継時の相続税や贈与税の納付が猶予や免除される」ものです。後継者は決まっていて経営を継がせたいと思っているけど、株式を譲渡して税金面の負担もあまりかけたくないという人には大変気になる制度ではないでしょうか。
一般措置では、その対象となる株数は総株式数の最大3分の2までが対象となります。また、納税を猶予できる割合については、贈与の場合100%ですが、相続だと80%です。
さらに、納税猶予の申告後5年間は以下6点の要件を満たさなくてはなりません。
①後継者が会社の代表者であること
②後継者が同族内で筆頭株主であること
③承継時の雇⽤の8割以上を5年間平均で維持すること
④猶予対象となった株式を継続保有していること
⑤上場会社、⾵俗営業会社に該当しないこと
⑥資産保有型会社等に該当しないこと
万が一満たせなかった場合は猶予している税額の一部または税額を納付する必要があります。
10年間の特例として特例措置が誕生
以上、事業承継における課題を解決すべく誕生した事業承継税制でしたが、制度誕生後8年ほど経っても実際に適用された事例は決して多くはありませんでした。そこで、平成30年度税制改正により今までの既存の事業承継税制をより拡充した新たな事業承継税制が誕生したのです。
ただし、この新たな事業税制は平成30年1月から令和9年12月までの10年間限定とした特例措置です。また、一般措置は贈与や相続があった時点で納税猶予の申請をすることで適用を受けることができますが、特例措置では予め特例承継計画という書類を都道府県に提出する必要があります。この特例承継計画は平成30年4月1日から令和5年3月31日までの間に提出しなくてはなりません。これらの申請と期間をまとめると下記の表のようになります。
申請内容 | 期間 |
特例承継計画の申請 | 平成30年4月1日~令和5年3月31日 |
贈与の実行・相続の発生と納税猶予の申請 | 平成30年1月1日~令和9年12月31日 |
時限性があり、早めの計画提出も要するこの新制度ですが、その分今までの適用制限が緩和されています。例えば、対象となる株数は全株式になり、納税猶予割合も贈与や相続に違いはなく、一律で100%適用を受けることができます。
要件については、後に詳しく説明しますが、一般措置より弾力化されており、申告後5年間「雇用の8割以上を5年間平均で維持する」という要件が実質的に廃止されていることも大きなポイントです。なお、この記事では、事業承継税制の特例措置を中心に解説していきます。
個人事業主には個人版事業承継税制が適用される
この記事では、主に法人版事業承継税制の特例措置について解説していきますが、個人事業主向けのものとして令和元年度税制改正で誕生した個人版事業承継税制もあります。制度の主旨に違いはありませんが、要件が少し異なりますので、ここで簡単に説明しておきます。
青色申告が前提条件として必要
個人版事業承継税制は、正規の簿記の原則による青色申告を行っていた事業者の後継者が特定事業用資産を取得した場合に適用される制度です。後継者も青色申告事業の継続が要件になるため、青色申告が前提条件であることを覚えておきましょう。
法人版事業承継税制と同様に時限があり、平成31年1月1日から令和10年12月31日までに贈与または相続を受ける必要があります。また、平成31年4月1日から令和6年3月31日までに「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出して確認を受けなくてはなりません。
制度の適用を受けた場合、特定事業用資産に係る贈与税・相続税の全額の納税が猶予され、 後継者の死亡等の事由があれば猶予されている贈与税・相続税の納税が免除されます。なお、制度の対象となる「特定事業用資産」は以下のような資産をさします。なお、これらは貸借対照表に計上されているものに限られます。
① 宅地等(400㎡まで)
② 建物(床面積800㎡まで)
③ ②以外の減価償却資産で次のもの
・ 固定資産税の課税対象とされているもの
・ 自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの
・ その他一定のもの
なお、承継計画の提出のほか、中小企業円滑化法の認定、対象事業の判断、他の相続税の特例措置の関連等、注意すべき点が複数ありますので、実際の適用にあたっては税理士等の専門家に相談することをお勧めします。
事業承継税制のメリットとデメリット
平成30年度の税制改革により、活用しやすくなったと言われている事業承継税制の特別措置ですが、どこに魅力があるのでしょうか。それを確認するため、メリットとデメリットをそれぞれみていきます。
メリット 贈与税・相続税の猶予
最初に述べているように、事業承継税制の肝は贈与税や相続税の納税が猶予されることにあります。誤解を受けやすいのですが、申請した段階では免除ではなくあくまで猶予であることに留意しておきましょう。
その原則を踏まえた上で、納税猶予期間中に下記の事由が生じた場合には、猶予されている贈与税や相続税が免除されるというメリットがあります。なお、免除には「免除届出書」や「免除申請書」を提出しなくてはなりません。
①後継者(受贈者)が死亡
②経営承継期間内にやむを得ない理由で会社の代表権を有しなくなってから「免除対象贈与」を行う、もしくは期間経過後に「免除対象贈与」を行った場合
③承継期間経過後に破産手続き開始決定
④承継期間経過後に事業の継続が困難な事由が生じ、会社が譲渡や解散
⑤先代経営者が死亡(贈与の場合)
なお、よくある勘違いが、⑤の先代経営者が死亡した場合には猶予されていた贈与税は免除されますが、贈与税の猶予の対象となった株式が相続時において相続財産とみなされて、今度は相続税の対象となります。この相続税について納付するか、再び納税猶予の申請をするかという選択が発生します。
デメリット1.取り消しリスクが残る
注意点の項目で詳しく述べますが、一定の事由に該当した場合に猶予されている納税額を納めなくてはなりません。これを取り消しリスクと呼びます。
事業承継税制では、納税猶予期間到来後も「継続届出書」を提出することで引き続き猶予してもらえますが、提出を怠ると猶予税額全額と利子税を合わせて納付しなくてはなりません。また、継続した場合であっても、引き続き取り消しリスクは残るため、都度取消事由に該当しないように緊張感を持たなくてはいけないでしょう。
デメリット2.複雑な制度
省庁からパンフレットなども出されていますが、ここまでみてきてわかるように事業承継税制は大変複雑な制度です。実際に事業承継税制の条文ひとつをとっても大変長文なものとなっています。
また、先に述べた「継続届出書」をはじめ、提出する資料や書類も多いです。税制面でメリットがあると言えど、事務作業が増えるため、そのメリットとデメリットをしっかりおさえた上で適用すべきか検討した方が良いでしょう。
事業承継税制の申請の流れ
デメリットで述べたように、事業承継税制は複雑で手続きも面倒にみえます。。そこで、ひとつひとつの段階を分けて、申請に何が必要かを確認し、実際に自社でその適用を受けるかどうか検討しましょう。
中小企業庁や国税庁から書式や情報を入手
事業承継税制では、いくつかの書類を提出しなくてはなりません。書式については、下記中小企業庁HPにアクセスするとワード形式でダウンロードできますので、まずは参考にしてみてください。
参考:中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)の前提となる認定に関する申請手続関係書類」
また、詳しい解説やQ&Aについては、国税庁HPが参考になります。特例措置や一般措置を受けるにあたってのチェックシートも掲載されているので、1度目を通してみてください。
都道府県庁に対して「特例承継計画」を提出
特例措置を受けるためには、「特例承継計画」を策定しなくてはなりません。この計画書には、会社概要以外にも5年間にわたる経営計画なども記載する必要があります。
令和5年3月31日までに都道府県知事に提出する点や、税理士や商工会議所といった認定経営革新等支援機関の所見を記載する必要がある点もポイントです。
承継の実行
上記計画について、都道府県知事の確認を受けると、承継の実行が可能になります。贈与の場合は、贈与者から全部または一定数以上の非上場株式等の贈与を受け、相続の場合は相続時の遺産分割により非上場株式等の相続を受けられるようにします。
承継実行後、各要件を満たしていることについて、都道府県知事から「中小企業円滑化法の認定」を受けます。この申請は、贈与の場合は「贈与を受けた年の翌年の1月15日まで」、相続の場合は「相続開始後8ヶ月以内」に行う必要があります。
報告書や届出書の提出
相続税や贈与税の申告期限までに、「非上場株式等の(特例)贈与者が死亡した場合の相続税の納税猶予及び免除」の適用を受ける旨を記載した申告書や書類を税務署に提出します。さらに、猶予される税額及び利子税相当額の「担保の提供」もしなくてはいけません。
以上が、事業承継税制を適用するための一連の流れです。このほかにも引き続き制度適用を受けるために「継続届出書」の提出や、免除事由に相当した場合に「免除届出書」や「免除申請書」の提出も必要です。
事業承継税制の要件とは
事業承継税制の適用を受けるためには、いくつかの要件を満たさなくてはなりません。そこで、ここから先代経営者、後継者、認定対象会社に分けてそれぞれの要件を解説していきます。
先代経営者の要件
先代経営者の要件は以下のようになっています。
⑴ 会社の代表権を有していたこと
⑵ 贈与(相続)の直前において、贈与者(被相続人)及び贈与者(被相続人)と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で最も多くの議決権数を保有
していたこと
⑶ 特例措置及び一般措置の認定を受けた贈与を行っていないこと
⑷ 【贈与のみ】贈与時において、会社の代表権を有していないこと
⑸【特例措置のみ】特例承継計画に記載された先代経営者であること
後継者の要件
後継者の要件は以下のようになっています。
⑴ 【贈与のみ】贈与時に20歳以上かつ贈与の直前3年以上連続して役員であり、贈与時に代表権を有していること
⑵ 【相続のみ】相続の直前に役員であり、相続開始の翌月から5か月経過以後に代表権を有していること
⑶ 【特例措置のみ】特例承継計画に記載された特例後継者であること
⑷ 贈与時又は相続開始時に、後継者及び後継者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有することとなること
⑸ 後継者の有する議決権数が、次のイ又はロに該当すること
(特例措置)
イ 後継者が1人の場合
同族内で筆頭株主となること
ロ 後継者が複数の場合
各後継者が総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、各後継者がその同族関係者の中で最も多くの議決権数を保有することとなること
(一般措置)
同族内で筆頭株主となること
認定対象会社の要件
事業承継税制の適用を受ける場合、法人も適用の条件があります。
・中小企業者であること、ただし医療法人や士業法人に該当しないこと
・上場企業、風俗営業のいずれかに該当していない
・資産保有型会社・資産運用型会社でないこと
参考 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則16条2項
制度適用後の要件
制度適用後、5年間守る必要がある要件と5年経過以降においても満たすべき要件があります。
《5年間守る必要がある要件》
・後継者が会社の代表者かつ筆頭株主であること
・継続者が猶予対象株式を継続保有していること
・雇用の8割以上を5年間平均で維持していること
・資産保有型会社等、上場会社、風俗営業会社等に該当しないこと
・年次報告を都道府県知事へ毎年提出すること
・継続届出書を税務署へ毎年提出すること
《5年経過以降においても満たすべき要件》
・後継者が猶予対象株式を保有していること
・資産保有型会社等に該当しないこと
・継続届出書を税務署へ3年毎に提出すること
なお特例措置では、雇用を維持できない場合、認定支援機関の指導や助言を受けた上で、その意見が記載されている報告書を都道府県庁に提出すれば、納税猶予は継続されます。
事業承継税制の注意点
事業承継税制は複雑ゆえに見落としがちなポイントもあります。うっかりしていると、突如多額の納税が必要になる可能性もあるため、以下注意が必要です。
免除事由や取消事由を把握する
メリットの項目で述べたように、後継者の死亡や免税対象の贈与を行うと、免除事由に該当し、納税が免除されます。一方で、免除対象贈与以外の非上場株式を譲渡したり、後継者が代表権を失うなどの取消事由に該当したりすると納税猶予が取り消されます。
いずれにしても、キャッシュフローに多大な影響を及ぼすことになるので、事前にポイントをおさらいしておきましょう。
資産管理会社は適用対応外になる
要件にある通り、資産管理会社は本適用の対象を受けることができません。資産管理会社とは、自ら使用しない不動産、現預金などの保有割合が総資産総額の70%以上となる資産保有型会社やこれらの資産からの運用収入が総収入金額の75%以上を占める資産運用型会社のことをさします。
そのため、不動産賃貸業など一部業種や持ち株会社体制を導入している会社にとっては適用が難しい制度ともいえるでしょう。なお、令和元年度の税制改正により、資産管理会社の確認期間の緩和がなされました。
これにより、特定資産が70%以上になったその日から6ヶ月を経過する期間が除かれ、運用収入が総収入金額の75%以上を占めた年度開始日からその年度終了日の翌日6ヶ月を経過する日の属する事業年度終了日までの期間を除かれます。つまり、該当する期間があったからといって必ずしも適用外になるわけではないことを頭に入れておきましょう。
まとめ
以上、事業承継税制の概要やそのメリット・デメリットを解説しました。ポイントを押さえても、いざ自分で手続きをするとなるとハードルが高く感じてしまうかもしれません。
そのことが事業承継税制の適用を受ける人が少ない要因のひとつでもあるはずです。しかし、事業承継税制には納税猶予、免税といった大きなメリットもあります。
そこで、今回この制度に興味を持った方はまず、税理士や公認会計士などのプロフェッショナルな方に相談してみてはいかがでしょうか。