NPV(正味現在価値)とは
NPVは、英語の「Net Present Value」の頭文字をとった語で、日本語では一般的に「正味現在価値」と訳されます。
事業投資、M&A投資などの「投資案件」の価値を評価するために用いられる指標の一種であり、次のように定義できます。
投資案件から将来得られると予想される収益の現在価値の合計額から、投資金額を差し引いた差額
もう少しかみ砕くと、次のようなプロセスにより求められる数値です。
①投資案件から将来得られると予測される収益を求める。
②予測収益の現在価値(Present Value)の合計額を求める。
③現在価値の合計額から、投資金額を差し引いて、正味(Net)の損益額を求める。
たとえば、4億円の投資案件があり、その案件から得られると予測される収益の現在価値の合計額が5億円だとします。するとNPVは、5億円-4億円=1億円になるということです。
★NPVとは
PV(現在価値)とは?同じ金額でも、将来の価値と、現在の価値は異なる
上の説明で、「『現在価値』ってなんだ?」と疑問に思われた方も多いでしょう。
PV(Present Value:現在価値・割引現在価値)とは、時期が異なるお金を比べるために、投資機会を現時点で評価した値のことで「将来受け取ることができるお金を現在の価値に換算するといくらになるか?」というものです。
まず、投資とは「将来に得られるであろう収益」を求めて、「いま」お金を投じる行為です。「いまのお金で、将来のお金を買う」と言い換えてもいいでしょう。
お金を投じるのは現時点、収益が得られるのは将来、ということで、そこには時間差があります。この時間差が重要なポイントになるため、将来の価値と区別するために、あえて「現在」を付けて「現在価値」としているのです。
(参考)NPVは、広くいえば「ファイナンス理論」の一部です。ファイナンス理論においては、「時間価値」が重要な要素になります。時間によって得られる利子を考慮に入れると、同じ額面金額のお金でも、現在の価値と将来の価値は異なるというのが、ファイナンス理論の基本的な枠組みなのです。
PV(現在価値)の計算式
PV(現在価値)=将来受け取る金額÷(1+利率・割引率)^n年後
^nは、n乗という意味で3年後なら^3となります。
たとえば、銀行預金の金利が5%だとした場合、1年後に手にする100万円のPV(現在価値)は、100万円÷(1+ 0.05)^1= 952,381円となります。今、952,381円を年利5%で銀行に預けると1年後に100万円になるため、1年後の100万円は現在の952,381円と等しいという捉え方ができます。同じ条件で2年後の100万円を現在価値で計算すると、100万円÷(1+0.05)^2=907,029円となります。
つまり現時点の907,029円が2年後の100万円と等価であることを示しています。このように将来の価値を現在価値に割引くことで時間軸を揃えて価値の比較をすることができます。
受け取る金額が同じでも、想定している未来が遠い程、現在価値は低くなります。また、想定している時点が遠いということは、その間に予期せぬ出来事が生じる可能性が高いということです。
関連記事「現在価値とは?計算方法を解説」
現在のお金は金利によって将来増える
簡単な例で見ていきましょう。
ファイナンス理論では、いまもらえるお金と、1年後にもらえるお金とでは、同じ額面金額でも価値が異なると考えます。なぜなら、今もらったお金を銀行に預金しておけば、1年後には利子分が増えているためです。
仮に、世の中に預金金利が1種類しかなく、利率は年1%だとします。いま、1万円をもらってすぐに預金すれば、1年後には利子が100円ついて、元利あわせて1万100円になります。
つまり、利回り1%の世界では、今の1万円は、1年後の1万100円と等しい価値なのです。このとき、今の1万円を「現在価値」、1年後の1万円を「将来価値」と呼びます。
さらに、2年間預金をした場合も考えましょう。利息に利息がつく「複利」を前提とすれば、1万円は1万201円に増えます。いまもらえる1万円と2年後にもらえる1万201円が等しいということです。
★いまもらえる1万円の将来価値
以上を数式で書くと、以下のように表せます。
現在価値:金額(1万円)
1年後の将来価値=金額×(1+利率)
2年後の将来価値=金額×(1+利率)^2
3年後の将来価値=金額×(1+利率)^3
将来価値の一般的な求め方
n年後の将来価値=金額×(1+利率)^n
将来の金額を利率で割り引いて現在価値を求める
今度は、逆に将来の金額から考えてみましょう。1年後にもらえる1万円、あるいは2年後にもらえる1万円と等しい、現在の金額はいくらになるのでしょうか?
上記において、現在の金額から将来価値を求めるときには、金額に(1+利率)を掛けました。将来の金額から逆算して、現在価値を求めるには、それを逆にして、将来の金額を(1+利率)で割ればいいのです。
ただし、この場合、割り引くという意味を明確にするため、「利率」ではなく「割引率」という言葉を使うことが一般的です。
たとえば、割引率1%のとき、1年後に得られる1万円が、いまいくらの価値なのかは、10,000÷(1+0.01)で求めることができ、約9,901円になります。(以下、小数点2位以下は四捨五入して概数で表記します)。
この9,901円は1年後の1万円と等しくなる現在の価値です。このように、将来の金額と等しくなる現在の価値を、「割引現在価値」、あるいは単に「現在価値」と呼びます。
1年後の金額の現在価値=金額÷(1+割引率)
2年後の金額の現在価値=金額÷(1+割引率)^2
3年後の金額の現在価値=金額÷(1+割引率)^3
現在価値の一般的な求め方
n年後の金額の現在価値=将来の金額÷(1+割引率)^n
★将来の1万円の現在価値
関連記事「現在価値とは?計算方法を解説」
予測収益額の合計が等しい投資案件の選択問題
上記の説明、および数式からわかることは、nが大きくなる、つまり遠い将来になればなるほど、金額に掛ける、または割り戻す数値が大きくなり、現在価値と将来価値との差が開くということです。
言い換えると、「現在の価値>1年後の価値>2年後の価値……」となります。
これが、投資案件を評価するとき非常に重要な視点となります。
たとえば、次のような将来の収益推移が予想される3つの投資案件があり、1つを選ばなければならないとします。
★現在価値による投資案件の評価
他の条件はすべて同じだと仮定して、この期間の収益推移だけで判断する場合、どの案件に投資をすべきでしょうか? ここまでの説明を読んでいただいた方はもうおわかりだと思いますが、これはC案件が最も投資すべき案件と判断することになります。なぜなら、時間価値を考慮して、各年度の収益を現在価値に割り引いた合計額は、C案件がもっとも大きくなるためです。
このように、将来に得られるであろう収益を評価する投資判断において、時間価値を組み込んだ「現在価値」の考え方は、欠かせないものなのです。
NPV算出の前提(1)フリー・キャッシュ・フロー(FCF)
Present Value(現在価値)については、以上でご理解いただけたことと思います。残るは、これに「Net」(正味)がついている意味ですが、これは簡単です。将来得られるであろう「予測収益」の現在価値(金額)の合計額を求め、その合計額から投資金額を引いた「差額」であるということを示すのが「Net」の意味です。
次に、その具体的な計算過程を説明しますが、その前にいくつかの解決しなければならない問題が残っています。それを順次見ていきましょう。
関連記事「フリーキャッシュフローとは?キャッシュフローの基本から解説」
NPVでの予測収益は、フリー・キャッシュ・フロー(FCF)を用いる
NPVの計算では、将来の収益額を求めなければなりませんが、「収益」を測る基準をなににするのかという問題があります。
通常、企業の「収益」といえば、損益計算書の営業利益や当期純利益が想起されます。しかし、これらの数値は、減価償却費など、財務会計上のテクニカルな要素が含まれており、必ずしもキャッシュの増減を正確に表していません。
先にも述べたとおり、投資とは「いまのお金(キャッシュ)で、将来のお金(キャッシュ)を買う」行為だといえます。したがって、投資家が重視するのは、投資によって、最終的に「手残り」となるキャッシュがいくら増えるのかという点です。損益計算書上の指標では、それがわからないのです。
そこで、NPVの計算では、営業利益をベースに要素を加減して、「手残り」の収益として投資家にもたらされるキャッシュを表す「フリー・キャッシュ・フロー(Free Cash Flow:FCF)」という概念が用いられます。一般的に、FCFは下記のように定義されます。
FCF=税引後営業利益+減価償却費-設備投資-正味運転資本増加額
(税引後営業利益=営業利益×(1-法人税率))
(正味運転資本=売掛債権+棚卸資産-買掛債務)
FCF算出式の意味
この式には以下のような意味があります。
まず、営業利益をベースに考えますが、税金は投資家の手元に残らないので、税引後の金額にします。
減価償却費は、営業利益の算出過程では控除されていますが、実際はキャッシュの支出を伴わず、手元に残るお金なので、足し戻します。
設備投資や運転資本増加額は、損益計算書上の費用にはなりません(営業利益では控除されていません)が、キャッシュは減らす支出なので、これも差し引きます。
これらの要素を加減して、本当に投資家の手元に残り、名前のとおり自由に使えるキャッシュが、FCFです。事業投資は、このFCFを増やすために行うものだというのが、ファイナンス理論の基本的な考え方です。
予想FCFを見積もる期間は、通常5年程度
次に問題になるのは、どれくらいの期間までの将来の予測収益を求めるか、ということです。これはケース・バイ・ケースですが、3〜5年間分を求め、その後は定率で成長するというモデルで考えるのが一般的です。長ければ長いほどいいというものでもなく、あまり長期の予想を立てても、事業環境の変化を反映できないため、意味が薄くなります。
NPV算出の前提(2)割引率の設定
最後に問題になるのが、利率(割引率)をどう設定するのかという点です。本記事冒頭では、利率は1%と仮定しましたが、実際の世界では、資金の調達利率はさまざまです。投資案件は規模が大きいため、割引率が1%でも違えば、現在価値の金額は大きく異なってくるため、その設定は重要な問題になります。
企業価値算定の割引率の基準となる、WACC(加重平均資本コスト)
実際には、ケース・バイ・ケースなのですが、M&Aなどにおいて企業価値を算定する場合には、一般的に「WACC」という指標が基準になります。
WACCは、Weighted Average Cost of Capitalの略で、日本語では「加重平均資本コスト」です。
これは、企業の負債コスト(支払い利率)と、株主資本コストを、負債と株主資本の割合に応じて加重平均したものです。債権者と株主の視点で見れば、期待する収益率の加重平均であり、会社の視点で見れば、事業資金の調達コストです。
(株主資本コストの算定には、CAPMなどのファイナンス理論のモデルが用いられますが、複雑であるためここでは割愛します)。
「ハードルレート」という考え方
事業の収益率がWACCと等しければ、最低限、債権者と株主は期待する利益が得られます。資金の出し手である投資家が最低限求める収益レベルとしてクリアすべきハードルという意味で、このような利率を「ハードルレート」と呼ぶこともあります。
ただし、WACCはあくまで理論上考えられるひとつの基準に過ぎず、WACC以上の割引率=ハードルレートが設定されることもあります。
実際のNPVの算出例
NPVで求める現在価値は、将来の一定期間における各年の予測FCFを、年ごとに現在価値に割り戻してから、それを合計して求めます。注意するのは、年によって割り引く数値が異なるため、予想FCFを合計してから割り戻すことはできないことです。
各年の現在価値の合計額から、投資金額を差し引けば、NPVが求められます。
★NPVの算出
求められたNPVは、投資判断の可否や、複数の投資案件の比較に用いられます。
まず、NPVがマイナスであれば、損失になることを意味するので「投資はしない」という判断になります。
また、複数の案件を比較して1つの案件に投資する際は、投資予算などの他の制約がないと仮定するなら、単純にNPVが大きい案件を選ぶべきだということになります。
NPVから投資案件の収益性を評価するIRR(内部収益率)
NPVと同様に、投資案件の収益性を評価するための指標にIRR(Internal Rate of Return:内部収益率)があります。NPVとIRRは別の指標ですが、密接な関係があります。
なぜなら、IRRとは、NPVがゼロとなるような水準の利率(割引率)のことだからです。
NPVは、予想FCFの現在価値の合計額と投資金額との差額なので、
予想FCFの現在価値の合計額-投資金額=0
となるような利率(割引率)がIRRだということです。
ここで、本記事の最初の数値例と算式を再び確認してください。
そこでは、利率(割引率)があらかじめ決まっている(1%)と仮定して、現在価値を求めました。IRRを求めるには、逆に「現在価値=投資金額」と決まっていると仮定して、そこから利率(割引率)を求めます。なにが求めるべき変数になるのかが変わる、ということです。
たとえば、1年後に、FCF1万円が得られる投資案件があるとします。その案件に、9,901円を投資するとします。IRRは、NPVがゼロになる(予想FCFの現在価値の合計額-投資金額=0)利率(割引率)であるということは、
10,000÷(1+r)-9,901=0
が成立するrを求めればいいということです。
この解は、0.01なので、IRRは1%ということになります。
同様に、たとえば1年後にFCF1万円が得られる投資案件に、9,000円を投資する場合は、
10,000÷(1+r)-9,000=0
r≒11.1%がIRRとなります。
複数年の期間のIRRを求める一般式は下記のとおりですが、計算が複雑なので普通の電卓で求めることは難しいでしょう。表計算ソフトには、IRRを求める関数が実装されているのでそれを用いて計算します。
(1年目のFCF÷(1+r))+(2年目のFCF÷(1+r)^2)+(3年目のFCF÷(1+r)^3)……(n年目のFCF÷(1+r)^n)-投資金額=0
(上記の式が成り立つr=IRR)
予測FCFの現在価値の合計が同じである場合、投資金額が少ないほど、IRRは高くなります。得られる収益金額が同じなら、投資金額が少ないほど有利になるという当たり前といえば当たり前のことを示しています。
NPVとIRRの使い分け
NPVもIRRも、ともに投資案件の収益性を評価するための指標です。そして、NPVは金額ベースで、IRRは率で収益性が表されます。では、両者はどのように使い分けられているのでしょうか? 通常、まず、NPVの金額を見て最大の収益が得られる投資を考え、次に、投資件数、投資資金、ハードルレートなどの制約がある場合は、それに応じてIRRも用いる、というのがセオリーです。
たとえば、以下のような3つの案件があるとします。
名称 | NPV | IRR | 投資額 |
A案 | 100億円 | 17% | 140億円 |
B案 | 80億円 | 20% | 110億円 |
C案 | 70億円 | 23% | 80億円 |
NPVで見ればA案>B案>C案ですが、IRRで見ればC案>B案>A案です。
もし投資案件を1件に絞るのなら、NPVが最大になるA案が選ばれます。
一方、「予算が250億円、案件数は問わない。かつ、各投資案件は部分投資も可能」という条件だったらどうなるでしょうか・
この場合、IRRの高いC案、B案から投資をして(計190億円)、残りの60億円分でA案に投資をするのが、もっとも予測収益が大きくなります。
NPVの注意点
NPVは、投資案件の価値が簡単にわかる、とても便利な指標です。しかし、正しく利用するためには注意点もあります。
割引率の設定が難しい
NPVの最大の欠点は、客観的に妥当だと思われる割引率を設定するのが難しいことです。理論上はWACCという基準が一応ありますが、WACCを使わなければならないという決まりがあるわけではなく、また、使えないケースも多々あります。
資金調達上の理由やその他の事情により、割引率が高く(低く)設定される調整が行われることは普通にあり、その場合、その調整の恣意性が問題になります。極端な場合、投資をしたいために、あえて割引率を低めに設定するといったことが行われれば、本末転倒です。
ある程度の確度で収益予測が前提になる
NPVは将来のFCFが計算の根拠になるため、それがある程度の確度で予測できる投資案件にしか利用できません。毎年の収益のブレが激しく収益が予測しにくい案件には使いにくいのです。また、テック系のスタートアップなどでは、数年間は赤字が続くような事業も普通にあります。するとNPVがマイナスになるため、NPVだけで投資判断をすると、投資ができないことになります。しかし、長期的に見ればそういった事業が大きな収益をもたらす場合もあり、収益機会を逃しかねません。
NPVはどんな投資案件にも使える万能ツールではないということです。
まとめ
NPVは、投資案件を評価する際のもっとも基本的な指標として広く用いられています。その根底にある「時間価値」の考え方を理解しておくことは、投資に関するさまざまな意志決定の場面で必ず役に立ちます。
関連記事はこちら「現在価値とは?計算方法を解説」
関連記事はこちら「M&Aの企業価値評価とは?算定方法と企業価値を向上させる方法を解説!」
関連記事はこちら「IRR(内部収益率)とは?」
関連記事はこちら「現在価値とは?計算方法を解説」