2019年の会社法改正で生まれた株式交付制度とは
2018年に取りまとめが行われた会社法制の見直しが、2019年に国会を通過しました。「会社法の一部を改正する法律(会社法改正法)」として成立を見たのは2019年12月4日で、同12月11日に交付されています。
注目すべきはこの改正法に含まれる「株式交付」という新しい制度です。M&Aに新たな可能性をもたらすこととなる制度ですので、詳しく見ていきましょう。
株式交付制度とは
「株式交付」を簡単に説明すると「株式会社が他の株式会社を子会社化する際、自社株式を対価として交付する制度」です。買収の目的は新たな会社を子会社化することに限定されています。そのため、すでに子会社となっている会社の株式を追加で取得しようとする場合にはこの制度を利用できません。
株式交付制度を利用すれば、買収に必要な資金負担が大幅に軽減されます。そのため、大規模な買収や資金が潤沢でない企業による買収も可能となり、自己株式の処理方法としても有益となる可能性が高いです。
なお、これは日本の株式会社間で運用される制度であるため、外国会社の買収には使えません。中間試案の段階では外国企業に関しても適用される可能性が含まれていましたが、最終判断で除外されました。そのため、法改正前の情報には不正確なものもあるので注意しましょう。
株式交付制度が導入される経緯や目的
「子会社化」「自社株を対価」といったキーワードだけを見ると、「株式交換」や「現物出資」など、似たような制度がすでに存在していることにお気付きかもしれません。さらに、産業競争力強化法にも似通った手法があります。
どれも企業買収を促進するために作られた制度ですが、それぞれにウィークポイントがあります。詳しくは後ほど取り上げますが、そのウィークポイントを埋めるような形で法改正が行われました。「既存の制度には該当しなかったケースでも自社株対価による企業買収ができるように」と作られたのが今回の「株式交付」という制度なのです。
株式交付制度の効力
株式交付の効力発生日は株式を交付する親会社があらかじめ、その計画書の中で明示するきまりです。子会社の株式を無事に譲り受けられれば、効力発生日に株式交付は行われます。
しかし、譲り受けた株の総数が予定していた数(計画書に明示していた譲り受ける子会社株の下限)に満たなければ、効力は発生しません。譲り受けた株は返還されることとなります。
従来の制度との違いは?
先にも述べたように、すでにある「株式交換」や「現物出資」、産業競争力強化法(産競法)でも企業買収に株式対価を利用します。株式交付制度とどこが違うのでしょうか。ここではよく利用される「株式交換」、そして産競法における株式対価M&Aとの違いを比べてみましょう。
なお、「現物出資」は費用や手続き上の負担が大きく、実際には株式対価M&Aへは利用しにくい制度ですので、ここでは取り上げません。
株式交換との違い
「株式交換」においても企業を買収する際、株式の交付が認められています。この場合には、買収先を100%子会社化することが条件です。ここが一番大きな違いと言えます。
「株式交換」では、子会社化する企業の発行済株式すべてを親会社は取得しなければなりません。100%子会社となるので、株主の同意が必要です。「株式交換」を実現させるためには、親会社と子会社、双方が株主総会で承認を得なければなりません。
「株式交付」制度では、完全子会社化ではなく、部分的な買収においても株式対価を利用できます。実質的には親会社と子会社の株主(法人・個人)との株式譲渡という形をとります。そのため、親会社は株主総会での承認を必要としますが(一部例外あり)、子会社側は株主総会にかける必要がありません。
産競法株式対価M&Aとの違い
産競法株式対価M&Aは、新しい子会社だけでなく、すでに子会社となっている会社の株式を追加で取得しようとする場合にも利用できます。「株式交付」制度は、新たな会社を子会社化する場合にしか適用されません。また、産競法株式対価M&Aは外国企業の買収にも利用できます。「株式交付」は日本国内の株式会社同士でしか利用できない制度です。
最も大きな違いとしては、事業再編計画の認定というプロセスの有無が挙げられます。産競法株式対価M&Aを利用するには、各事業を所管する省庁による事業再編計画の認定が必要です。これにより現物出資規制をはじめ、さまざまな規制の適用除外を受けられます。「株式交付」制度の場合、このプロセスは不要です。
株式交付で必要となる親会社の手続き
さて、実際に株式交付制度を利用して企業買収を行う場合には、どのような手順を踏んでいけば良いのでしょうか。親会社が行うべきは自社の株主や債権者への対応と、子会社化を予定している会社の株主への対応です。
ここでは、自社の株主と債権者への対応としてどのような手続きがあるのかをご紹介します。ひとつひとつの手順をしっかりクリアしていかなければ、買収には至りません。
1.株式交付計画の策定を行う
まずは、株式交付計画を策定します。以下の10点をはっきり明示することが必要です。
1)株式交付子会社(新たに子会社化しようとする会社)の商号及び住所
2)子会社から譲り受ける株式数の下限(子会社が種類株式を発行しているのであれば、種類ごと)
3)株を譲り渡す子会社の株主に対価として交付する親会社の株式数(親会社が種類株式を発行しているのであれば、種類ごと)
4)株式対価の算定法、親会社の資本金・準備金等
5)子会社の株主へ交付する株式の割り当て
6)株を譲り渡す子会社の株主に金銭等(親会社の株式以外)を対価として支払う場合はその内容
7)子会社の株主へ支払う金銭等の割り当て
8)子会社の株主が株式と併せて新株予約権や新株予約権付社債を譲り渡す場合にはその数と内容、算定法
9)子会社の株主における株式譲り渡しの期限
10)株式交付の効力発生日
2.事前開示と事後開示を行う
親会社は自社の株主をはじめ関係者が閲覧できるよう、事前開示を行わなければなりません。事前開示期間は株式交付計画を策定してから効力発生日の6か月後までです。株式交付計画の内容や予定している子会社・親会社に関する情報、交付する親会社の株式や他の対価に関する情報などを書面または電子的な記録にし、本社に置いておきます。
また、株式交付がなされたら、効力発生の6か月後まで事後開示を行います。事後開示の内容は譲渡された子会社の株式数や親会社における手続きの経過などです。
3.株主総会の特別決議を実施する
株式交付は基本的に株主の同意のもと実施されます。そのため、親会社は株主総会を開かなければなりません。期限は効力発生日の前日までです。株式交付により親会社に差損が生じるという場合には、その旨を株主に説明しなければなりません。株主総会の特別決議において承認を得たら、株式交付が実現します。
なお、親会社が交付する対価が純資産の20%(定款による)以下である場合には、株主総会の承認は必要ありません。これを簡易株式交付と言います。
4.反対株主の株式買取請求を行う
中には反対する株主もいることでしょう。その場合、株主には株式の買取を請求する権利があります。この権利は株主を救済するために認められているものです。親会社はその請求に応じ、公正な価格で株式を買い取らなければなりません。
また、株式交付計画が法令定款に違反しており、不利益を受ける可能性があると判断する株主もいるかもしれません。その株主は差し止め請求を行えます。ただし、簡易株式交付に関しては、この権利を行使できません。
5.債権者異議手続きを行う
買収を含む会社の再編は、債権者にとっても大問題と言えます。買収により親会社が傾くと、債権者への支払いも危うくなるからです。会社改正法によると、支払われる対価が親会社の株式以外の金銭等を含む場合、債権者は株式交付の異議を申し立てることができます。
債権者が異議を申し立ててきたら、親会社は債権者異議手続きを行わなければなりません。その手順は組織再編に際して求められる手順に準じます。
株式交付で子会社の手続きは必要?
株式交付に際して、親会社と子会社間の契約は存在しません。そのため、子会社が親会社に対して行うべき手続きはないのです。また、株式の譲渡は子会社の株主が個人として行うものであるため、株主総会にかけて他の株主の同意を得る必要もありません。ただし、株式を譲渡したい株主が情報を求めた場合には提供することもあるでしょう。
子会社の株式が譲渡制限株式である場合もあります。これは、株式を無断で譲渡できないよう制限がかけられた株式です。中小企業や家族経営の会社によく見られます。譲渡制限株式を譲渡する場合には、譲渡承認請求がなされます。子会社が株主から請求を受けた場合には、必要な手続きを行わなければなりません。
株式交付における税制と会計処理
株式交付における税制
通常、株式会社の株主が保有している株式を他の者に譲渡する場合には、有価証券の譲渡として課税されることになります。そのため、株式交付制度が導入されたとしても実務において株式交付は用いられることはありません。
株式交付が活用されるためには課税の繰延措置などが必要と考えられていました。
令和3年の税制改正で課税の繰り延べ措置が一部解禁され、株式交付制度を活用して株式交付子会社の株式を譲渡し、株式交付親会社の株式の交付を受けた場合(対価のうち、株式交付親会社の80%以上となる場合)には、譲渡損益を繰り延べることができると改正されました。
上記を踏まえて株式交付が実務上活用される条件が揃ってきていると考えられていますが、あくまで株式交付親会社の価額が対価全体の価額の80%以上ということがポイントとなっています(令和3年度税制改正法案の措法37の13の3、66の2の20)。
株式交付における会計処理
株式交付制度が創設されましたが、本制度に関連する企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」などの改正はされていないことから、株式交付制度はこれらの現行の会計基準に基づき、処理されていくことになります。そのため株式交付は株式交換と同じ組織法上の行為として位置づけられており、現物出資ではなく、株式交換に準じて処理されます。
株式交付制度は先述した通り、新たに子会社化することを目的にしたものであるため、基本的に取得に該当し、上記の会計基準の考え方に基づき処理されていくことになるため、取得する株式は時価を基礎として算定することになります。ただし、一部取得に該当しない共通支配下で処理されるケースもあり、その場合においては直前の帳簿価額を基礎として算定されることになります。
株式交付における最新事例
株式交付における最新事例としてGMOインターネット株式会社による株式会社OMAKSEの子会社化をご紹介いたします。
株式交付親会社はGMOインターネット株式会社というインターネット関連でさまざまな事業を展開している東証一部に上場している会社となっています。連結売上高は2,000億円前後となっており、規模の大きな会社です。対して株式交付子会社は株式会社OMAKSEという飲食店予約管理サービスの開発・運営を行なっている会社となっています。資本金は5百万円、売上高は50百万円程度とGMOインターネットと比して小規模の会社となっています。
本件の目的はOMAKASEが運営している予約困難な人気飲食店に特化した事業の顧客基盤と、GMOインターネットグループが展開しているインターネットインフラ事業におけるEC支援事業及び決済事業とのシナジーが見込めること等で子会社化が進められたものとなります。
本件の手法はOMAKASEの普通株式1株に対して、GMOインターネットグループの普通株式3.677株及び371円が割り当てられるというスキームが用いられました。交付株式はGMOインターネットが保有する自己株式が充当され、新株は発行されない形で行われました。また、OMAKASEは新株予約権も発行しており、その新株予約権1個に対してGMOインターネットグループの普通株式331.208カブ及び33,395円が割り当て、交付されました。また、本件は株主総会の承認を必要としない簡易株式交付で行われました。
株式交付制度における注意点
関係省庁からの承認を必要とせず、部分的な子会社化にも利用できる株式交付制度は、間口の広い買収方法と言えます。とはいえ、注意点もあるので押さえておきましょう。
株式交付制度に限らず、企業買収においてはさまざまな法律や制度が複雑に絡み合っています。買収のケースによっては、株式交付が利用できないことや、利用する際に他の手順を踏まなければならない場合も考えられるのです。そのいくつかを見てみましょう。
公開買付規制に気を付ける
株式交付は親会社と子会社との契約ではなく、子会社の株主が親会社へ株式を譲り渡す有償譲渡という位置付けです。そのため、子会社が上場企業である場合には、金融商品取引法の公開買付(TOB)規制にかかることがあります。
公開買付規制とは、上場企業の株式を一定数以上購入する場合には公開買付を行わなければならないというきまりです。株式交付においては子会社化が目的なので、子会社の議決権における50%以上の株式を購入しなければなりません。子会社が上場企業であれば、公開買付となるでしょう。
金商法上の開示規制に気を付ける
金融商品取引法の開示規制にも気を付けなければなりません。開示規制は組織再編に関して適用される場合があります。合併や分割など、組織が再編される場合に発行される株式の取り扱いに関しては、有価証券の募集や売り出しと同じ扱いとされるものです。
株主個人との譲渡契約であったものが開示規制にかかってしまうと、意味をなさなくなってしまいます。この開示規制が及ばないかどうか、慎重に判断することが必要でしょう。
株式交付制度についてのご相談はM&A DXのM&Aサービスへ!
会社の生き残りはもちろん、より良い会社へとステップアップするためにはさまざまな制度をうまく利用することが欠かせません。株式交付制度もそのひとつです。
とはいえ、会社法をはじめ、さまざまな法律や制度が複雑に絡み合う中で、賢く会社を盛り立てていくのは簡単ではありません。M&Aや事業承継をお考えなら、ぜひM&A DXへご相談ください。実績とスキルに自信がある専門家集団が会社を元気にするお手伝いをします。
まとめ
日本にある株式会社を子会社化するのに使える制度が「株式交付制度」です。買収の対価として自社株を交付できるため、資金負担が大幅に減らせるメリットがあります。間口の広い買収方法ということで、今後もM&Aの拡大促進に期待ができるでしょう。
ただし、上手にこの制度を利用するにはプロのサポートが必要です。M&Aをお考えなら、是非M&A DXにお任せください。専門家と連携しながら、貴社のM&Aを成功に導きましょう。