自社株買いとは?目的、株価への影響、メリット・デメリット、注意点について詳しく解説

会計士 江森豊

EY新日本有限責任監査法人に入所、累計100 社超の幅広い業種への法定監査、IPO支援、内部統制構築支援等に従事。 EY在籍中に大手総合商社へ出向し、経理業務全般および国際会計基準の導入支援を行う。EYグループのコンサルティング会社では財務デュー・ディリジェンスを多数経験。その後、大手信託銀行及び中堅税理士法人を経て、よりM&Aサービスに注力するため株式会社M&A DXに参画し、現在に至る。法人・個人の会計税務顧問サービス、会計監査、IPO支援、事業承継支援、相続対策、財務デューディリジェンス、株価評価算定、PMI支援、決算早期化支援等に豊富な実績を有する。株式会社M&A DXに入社、現在に至る。

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2023年3月期の決算発表でKDDI、ソニーグループ、三菱商事などの大手企業が次々と自社株買いを発表し、5月には東京証券取引所に上場している企業が行った自社株買い決議の金額は2004年以降最高額の3.2兆円(東海東京調査センターの集計)を超えました。そこで、本稿では今注目されている「自社株買い」について、増加理由、目的、株価への影響、メリット・デメリット、注意点などについて詳しく解説します。

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自社株買いとは?

自社株買いとは?

「自社株」とは、企業が発行している自社の株式で「自己株式」ともいいます。未上場企業は、特定の投資家に対し株式を発行して調達した資金をもとに会社の運営を行いますが、上場企業の場合は、証券取引所が運営する株式市場を通じて不特定多数の投資家に対して自社株を販売し資金を調達します。「自社株買い」とは、既に第三者に発行している自社の株式を何らかの目的で買い戻すことです。自社株買いを行った企業は、自社株を①そのまま保有する(金庫株)、②第三者に売却する、③消却するなどが選択できますが、消却を行った場合には発行済株式の総数は減少します。

自社株買いがなぜ増加しているのか

自社株買いが増加した要因の1つに、東京証券取引所が株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回る上場企業に対し改善を求めたことがありますが、近年、日本株の30%以上を保有し日本の株式市場に影響を与えている外国人投資家の動向も大きな要因となっています。外国人投資が投資する際に重要視する指標にはPBRや自己資本利益率(ROE)などがあり、自社株買いを行うことでそれらの指標を改善し投資対象としての評価を高める狙いもあります。また、2024年からスタートする新NISAによって個人投資家の増加が見込めることから、発行済株式総数を減少させ配当利回りを向上させるなど株主に対し積極的に利益還元を行う姿勢を見せることで評価を高めたいという思惑も自社株買いを後押ししています。

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自社株買いの目的

上場企業が自社株買いを行えば、直接的には発行済株式の株式市場における流通量を減少させることになります。企業が自社株買いを実施し流通量を減少させる主な目的には次の4つが考えられます。

株主への還元

上場企業が自社株買いを行った後に当該株式を消却すれば、発行済株式総数が減少するので1株当たりの資産や利益が増加します。自社株買いによって株式の価値が向上し、企業を評価する指標が改善することによって株価が上昇する可能性が高まります。株主に対し利益を分配する配当金は直接的な利益還元策ですが、自社株買いは間接的な利益還元策といえます。

投資家へのアピール

自社株買いは、企業を評価するPER・PBR・ROEなどの指標改善につながるので、既存株主だけでなく自社の株式を保有していない投資家に対しても魅力的な投資先であることをアピールする効果があります。また、さまざまな投資や新たな事業資金が必要になる中で自社株買いを実施するということは、財務状況が健全であり経営陣が自社の将来の収益に対し自信を持っていることや、株主利益を重要視する企業の姿勢も同時にアピールすることができます。

株価の上昇

自社株買いを行うと株価上昇につながる直接的な理由には、発行済株式の株式市場における流通量減少が需給バランスを変化させ、株式の希少性が向上し株価を押し上げる効果が期待できるためです。そこで、株価が適正水準を下回っているような場合に企業が自社株買いを実施するケースも考えられます。間接的な理由としては、前項で説明した投資家(市場)へのアピールによって自社に対するポジティブな評価を高めるとともに、株式の価値が向上することも投資家の投資意欲を刺激し株価上昇の可能性が高まります。

敵対的買収の防止策

敵対的買収とは、対象企業の経営者の同意なく会社の経営権を得るために実施される買収のことで、一般的には議決権のある発行済株式総数の過半数以上の取得を目指します。これに対し、自社株買いを実施する主要な効果として次の2点が期待できます。①自社株買いによって株価が上昇し、経営権の獲得に必要な株式の取得コストを増大させる。②自社株買いを行うことで、株式市場に流通する株式数が減少し、敵対的買収者が大量の株式を取得しにくくさせる。

自社株買いの株価への影響

自社株買いの株価への影響

自社株買いが株価の上昇につながるのは、投資家が企業を評価する際に参考にする指標を改善することが大きな要因になります。ここでは、広く投資家に利用されている3つの主要指標が自社株買いによってどのように変化し、それが投資家にどのように判断されるのかを解説します。

株価純資産倍率(PBR)低下による影響

PBR(Price Book-value Ratio)とは、1株当たりの株価が企業の純資産の何倍かを表す指標で「株価純資産倍率」といい、次の計算式で求めることができます。

【 PBR = 株価 ÷ 1株あたりの純資産 】

自社株買いを行った後に当該株式を消却すると1株当たりの純資産が増加するのでPBRは低下しますが、PBRが1倍以下の場合には純資産に対し株価が割安と判断され、投資家の投資意欲を刺激し株価上昇の可能性を高めます。

株価収益率(PER)低下による影響

PER(Price Earning Ratio)とは、1株当たりの株価が純利益の何倍かを表す指標で「株価収益率」といい、次の計算式で求めることができます。

【 PER = 株価 ÷ 1株あたりの純利益 】

自社株買いを行った後に当該株式を消却 すると1株当たりの純利益が増加するのでPERは低下しますが、PERが低いほど企業の純利益に対し株価が割安と判断され、投資家の投資意欲を刺激し株価上昇の可能性を高めます。

自己資本利益率(ROE)上昇による影響

ROE(Return On Equity)とは、自己資本に対する純利益の割合を示す指標で「自己資本利益率」といい、次の計算式で求めることができます。

【 ROE(%)= 当期純利益 ÷ 自己資本(純資産)× 100 】

自社株買いを行うと純資産が減少するのでROEは上昇しますが、ROEが高いほど企業が自己資本を使い効率的に利益を得ていると判断され、投資家の投資意欲を刺激し株価上昇の可能性を高めます。

関連記事:「PBR、PERとは?計算方法、目安、使う際の注意点、その他の株価指標も紹介

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自社株買いのメリット

企業の経営者にとって自社株買いによってどのようなメリットが得られるのかを理解しておくことは重要です。大別すると、株主に対するメリットと会社自身が得られるメリットの2種類があります。

株主の資産が増加する

自社株買いによって株主が得られる直接的なメリットとして、株主が保有する株式の価値(資産)の向上があります。前述したように、企業が自社株買いを行った後に当該株式を消却すれば発行済株式総数が減少し1株当たりの純資産が増加するため割安感によって株価が上昇し、その結果、株主の資産が増加する可能性が高くなります。

流通する株式数が減少する

自社株買いによって流通する発行済株式総数が減少することは企業にもメリットがあります。その代表的なものに自社株買いの目的の項でも触れましたが、敵対的買収への防衛策になることです。敵対的買収者は、議決権のある発行済株式総数の過半数以上を取得して会社の経営権の獲得を目指しますが、市場に流通する株式数を減らすことで、敵対的買収者が市場から取得できる株式の数が減少し、大量の株式を取得されるリスクが低減されます。

配当金支出が減少する

自社株買いを行った後に当該株式を消却した場合には、当該株式に対する配当金の支払は必要ありませんが、金庫株として保有した場合でも自社株には配当金の支払いが発生しません。その結果、自社株買いを行った株式に対する配当金支出が減少するため、会社の資金面でのメリットがあります。

ストックオプションに利用できる

自社株買いによって取得した株式を金庫株として保有した場合、取締役や従業員に対するインセンティブとして付与したストックオプションの権利行使の際に使用することができます。また、M&Aにおける企業買収の際に、現金の代わりに自社株を対価として利用することも可能です。

自社株買いのデメリット

自社株買いには株主や企業自身にとって多くのメリットがありますが、同時に経営面において次のようなデメリットがあります。

自己資本比率が低下する

「自己資本」とは会社が保有する返済が必要ない資金のことで、自己資本比率は総資本に対する自己資本の割合をいい、次の計算式で求めることができます。

【 自己資本比率 = 自己資本 ÷ 総資本× 100 】

総資本は、純資産などの「自己資本」と借入金などの「他人資本」の総額で、自社株買いを自己資金で行った場合には自己資本が減少し、金融機関などからの借入れで行った場合には総資本が増加するため、結果として自己資本比率が低下します。自己資本比率が高ければ、返済が必要な他人資本が少ないため財務面での安全性が高いと評価されますが、逆に自己資本比率が低下すると投資家に財務状況が悪化した印象を与える可能性があります。

資金が減少する

会社の成長には設備投資や新たな製品・技術を開発するための投資が必要ですが、限られた自己資金の中から自社株買いに資金を回すと、事業に必要な自己資金が不足する可能性があります。もちろん、金融機関などからの借入れで投資することも可能ですが、財務の健全性を考えると慎重に判断しなければなりません。

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自社株買いの注意点

自社株買いを行う際には、前述のメリットやデメリットの他に、①法令で定められた限度額、②金庫株が持つ権利内容、③市場への影響、④事業投資とのバランスの4つの注意点をしっかり理解した上で実施する必要があります。

自社株買いには財源規制がある

自社株買いを行うと会社が保有している資金が流出するため、無制限に許可すると債権者への支払いができなくなる恐れがあります。そこで、会社法では自社株買いや配当金に支出できる資金の限度額を、「当該行為の効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない」と定めており、これを財源規制といいます。分配可能額は余剰金の額を基準に算出され、余剰金の額を大きく超えた自社株買いは禁止されているので注意が必要です。

自社株には議決権や配当請求権はない

株主が持つ権利には、剰余金配当請求権や残余財産分配請求権などの個人の利益に関する権利を主張できる「自益権」と、株主総会で議決権を行使する権利や株主総会の招集請求権など株主全体の利益に関する権利を主張できる「共益権」があります。しかし、自社株買いで取得した自社株の株主(自社)に対して議決権や配当請求権は付与されないため、株主総会において議決権を行使することはできず、配当を受け取ることもでき ません。

自社株買いの取得割合が高いと市場が混乱する

自社株買いが大量に行われると、株式市場における需要と供給のバランスが崩れて株価が急騰するなどの価格の歪みが生じ、投資家の判断を誤る可能性があります。また、投資家が企業の成長や運営に必要な十分な投資を行っていないと判断すると、企業の将来性に疑問を持ち投資意欲が低下する可能性があります。そのため、大量の自社株買いを行う場合には、投資家に対し自社の戦略や意図を正確に伝えた上で実施しなければなりません。

自社株買いの資金は事業投資とのバランスが重要

企業は持続的な成長のために事業に投資を行い、新製品や革新技術の開発、新規市場の開拓などを行うことが不可欠です。しかし、保有する資金を自社株買いに集中すると競争力の維持や持続的な成長に悪影響を与える恐れがあります。そのため、自社株買いを行う場合には事業計画に基づき、短期的な株主への利益還元と長期的な成長に対する投資の適正バランスを維持することが非常に重要になります。

自社株買いとは?目的、株価への影響、メリット・デメリット、注意点について詳しく解説まとめ

自社株買いは、企業評価に使用するPBRやPERなどの指標を改善し、株主への利益還元策として株式市場では好意的に受け止められ、自社株買いを行った後に株価が上昇する銘柄も少なくありません。企業自身としては敵対的買収の防止策、配当金の削減、ストックオプションへの使用、M&Aにおける買収代金として使用するなどさまざまなメリットがあります。しかし、自己資金の減少によって事業投資に必要な資金不足を招き経営が悪化する恐れもあるので、メリット・デメリット、財源規制、株式市場への影響などを総合的に判断する必要があります。

関連記事:「自己株式取得とは?自社保有の目的や手続き方法をわかりやすく解説

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