開業時に必要となる事業資金の種類
会社員の給与なら入ってくるお金は、ほぼ決まっているでしょう。決算賞与で急に多額のお金がもらえる、あるいは会社が倒産して失業してしまうといった事態もなくはないですが、例外的です。
しかし事業経営では、入ってくるお金も、出ていくお金も予測がつきません。ある程度の事業計画は立てるにしても、計画通りにいかないこともあります。起業してから「こんなに出費があるのか」と気がついたり、「予想通りに入金がない」とあわてたりすることが、あるものです。
そこで、開業時、開業後に必要となる事業資金にはどのような種類があるのか、どのようにしてそれらの資金を準備すればよいのかを知っておくことで、スムーズな事業継続が可能になります。
開業資金とは
開業のために必要となる事業資金がが、開業資金です。
開業資金は、その性質により「設備資金」と「諸費用」とに別けられます。設備資金とは事業に必要な機械や備品の導入のための資金です。それに対し諸費用とは開業に必要な事務手続きや法人登記関連費用、事務所を借りる際の保証金などが該当します。
開業当初は売上や費用など収支が予想しにくく、想定外の出費もあります。そのために、いきなり多額の設備投資をおこなうことはリスクが高く、事業の動向を見ながら徐々に投資を拡大することでリスクをコントロールすることが必要です。
それに対し、法人登記関連の法定費用などは決まっていますし、事務所の保証金などの諸費用はだいたいの金額が予測できます。
法人の設立登記にかかる費用
法人の設立登記にかかる法定費用は、下記の通りです。
株式会社 | 合同会社 | |
収入印紙代 | 40,000円(電子定款の場合は不要) | 40,000円(電子定款の場合は不要) |
定款認証手数料 | ・資本金100万円未満:30,000円 ・資本金100万円以上300万円未満:40,000円 ・資本金300万円以上:50,000円 | 不要 |
定款謄本手数料 | 2,000円程度(ページ数による) | 不要 |
登録免許税 | 150,000円 または 資本金額×0.7% のどちらか高いほう | 60,000円 または 資本金額×0.7% のどちらか高いほう |
上記に加えて、登記を司法書士などの専門家に依頼する場合は、報酬(5~10万円程度)も必要になります。
運転資金とは
運転資金とは、開業後に事業を継続していくために必要な資金です。
事業とは、なんらかの費用(販売用商品の仕入や製造の費用、事務所家賃、人件費、など)を使って、売上を上げる活動です。そして、一定の間で稼いだ売上と、支払った費用との差が、利益になります。もし、売上よりも多ければ、赤字であり、その差額をなんらかの方法で埋めなければなりません。そしてそれが、埋められなければ、事業を続けることが難しくなります。
ここでポイントとなるのが、原則的に、「売上よりも費用が先にある」という点です。 たとえば、卸売業なら原則的に、仕入(費用)が販売(売上)よりも先になります。
また、BtoBの業務では「掛け売り」での取引が普通です。商品やサービスを販売した場合に、販売時点で現金が入るのではなく、たとえば、月末に請求書を出して、1か月後の翌月末に販売先から入金されるというような形を「掛け売り」といいます。
そのため、販売をしても現金が入るまでは時間がかかるのです。販売よりも費用のほうが先に発生すること、また、掛け売りをすることなどから、事業活動においては、出て行く資金が先で、入ってくるお金は後になるというのが一般的です。
ところが、家賃、光熱費、人件費などの費用は、売上(入金)があってもなくても、必ず定期的に支払わなければなりません。
そのため、仕入や費用の支払いのために、常に一定の資金的な余裕を持っていなければ、事業の継続は難しくなります。
この事業継続のために必要な資金のことを「運転資金」と呼びます。
どんどん仕入れを増やしたり、雇う人を増やしたりして、仕入代金や費用が増えれば、それだけ必要となる運転資金も増えていくことになります。
運転資金
事業資金の調達方法
事業資金の調達方法を大きくわけると、(1)自己資金、(2)融資(企業間信用を含む)、(3)出資、になります。
(1)を内部金融、(2)と(3)を外部金融として区別することもあります。
企業の資金調達の方法
(1)自己資金
自己資金は、法人開業前であれば、その経営者の貯金などで事業に使うお金です。また、開業後であれば、それまでの事業活動により企業内に蓄えられたお金のことです。企業内に蓄えられた過去の利益の蓄積を「内部留保」と呼ぶこともあります。
自己資金のメリット・デメリット
自己資金のメリットは、返済の必要がなく、金利や配当を支払う必要もないことです。
また、何にどう使うかは自由に自分だけで決めることができ、他人に資金使途を説明する必要もありません。利用上の制約が少ないこともメリットです。
一方、デメリットは、多額の自己資金を用意するには長い時間がかかることです。たとえば、もし1億円の事業資金が必要で、それを自己資金だけで用意しようと思えば、かなり長い年月がかかるでしょう。
(2)融資
融資とは、銀行などの金融機関からの借入のことです。一般的には、自己資金の次に利用しやすい事業資金調達方法です。
借入には契約書を作って借り入れる一般的な「証書借入」の他に、手形を切る「手形借入」などの方法もありますが、手形はある程度社歴があり、信用力の高い企業以外は利用できないので、ここでは説明を省きます。
契約日から返済日までの期間が1年以内の融資を短期融資、1年を超える融資を長期融資といいます。運転資金の場合は短期、設備資金の場合は10年程度の返済期間になることもあります。
また1年の短期融資を受けて、1年でいったん返済して、また同額を借りるということを繰り返していくケースもあります。
融資のメリット・デメリット
融資は、他の資金調達方法と比べ比較的利用しやすい方法です。法人が融資を申し込めば、金融機関は、相談に乗ってくれます。審査に通れば、自己資金で用意しようとすると時間がかかるまとまった資金を、一度に得られることがメリットです。
また、現在の日本は低金利が続いているため、事業資金の融資は、比較的低金利で借りることができることも、メリットだといえるでしょう。
一方、さほど高い金利ではないとはいえ、金利を支払わなければならないことはデメリットです。審査には通らなければ融資は受けられないこともデメリットでしょう。審査には時間や書類準備の労力がかかります。融資を受けやすくするためには、日頃からその銀行に預金をして、良好な関係を築いておくことが必要となります。
(3)出資
出資とは、資本金を拠出してもらうことです。出資をしてくれた人には、その対価として株式を渡し、株主になってもらいます(株式会社の場合)。
株主は株主総会での議決権などの権利を持ちますので、出資者は経営に対しての一定の影響力を持つことになります。
一般的には、株式会社を設立する際に、経営者本人が自己資金で出資する以外に、家族や友人、あるいはビジネス上で関係の深い人などに出資をしてもらい、株主になってもらうことはよくあります。
また、将来に株式公開を目指しているようなスタートアップ企業、ベンチャー企業などの場合は、エンジェル投資家と呼ばれる個人や、ベンチャーキャピタル(VC)と呼ばれる投資会社などが、出資をしてくれる場合もあります。
さらに、取引上の関係がある大会社が出資をしてその会社を子会社(グループ会社)にする場合もあります。
最近では、「出資型(株式型)クラウドファンディング」という仕組みも登場しています。これは、不特定の第三者に、投資目的での出資を求めることができる仕組みです。
出資のメリット・デメリット
融資と異なり、出資金には返済義務はありません。また、出資に対する配当金も、支払う義務はありません。これが出資金のメリットです。
「出所」の違いから、(1)自己資金と(3)出資をわけて説明していますが、実は出資を受けた資金は、会社の自己資金となるのです。自己資金ですから原則的に自由に使えます。また返済義務がないので、長期間にわたる投資にも活用できます。
ただし、出資者は株主となるため、経営に対して影響力を持ちます。たとえば、会社が出資者に配当金を出す義務はありませんが、「儲かったらその一部を配当して欲しい」などと、出資者が株主総会で経営者に対して要求をすることはできます。あるいは、「この事業はやめて、別のこの事業をしたらどうか」などといってくることもあるもしれませんし、「いまの代表取締役は無能だから、クビにして別の人間に経営をやらせるべきだ」と要求するかもしれません。取締役の選定は、株主総会の決議事項だからです。
つまり、「金も出すけど、株主として口も出す」というのが、出資者の基本的なスタンスです。誰にも口を挟まれずに、自分の好きなように経営したいと考えるのであれば、これは大きなデメリットになります。
さらに、もし将来株式を売却した場合、自分が100%の株主であれば、売却による経済的な利益はすべて自分のものになりますが、他の出資者がいれば、その人たちに、利益が案分されることになります。
(4)公的な補助金・助成金
国や自治体は、産業を活性化させたり、基盤がぜい弱な中小企業を支えたりするために、様々な補助金や助成金を実施しています。たとえば最近(2022年4月現在)では、国から最大8,000万円の資金を提供してもらえる「事業再構築補助金」は、大きな話題になりました。
また、直接の補助や助成とは少し性格が異なりますが、一定の審査に通ることで、金融機関から融資を受ける際の利息の一部を自治体が補助してくれる「制度融資」という制度もあります。
公的な補助金・助成金のメリット・デメリット
補助金や助成金は、基本的に給付(返済の必要がない)なので、得ることができれば、非常に有利な事業資金になります。
ただし、補助金や助成金は、使途や応募条件が細かく定められており、審査のある場合もあります。そのため、条件に合致して、審査に通らなければ使えないのがデメリットです。
金融機関から融資を受ける際の注意点
融資は、身近な事業資金調達方法ですが、申し込めばだれでも受けられるわけではありません。事業資金を金融機関から調達するには、借入金額、資金使途、借入期間、金利、返済方法などを金融機関と協議し合意した上で、審査に通らなければなりません。ここでは、融資を受けるにあたって注意すべきポイントについて取り上げます。
検討すべき融資条件
融資で、重要なポイントとなるのが、借入金額です。どうせなら、できる限り多くの金額を借りたいと考える経営者が多いですが、多額の融資を受ければ、毎月の返済額と支払い金利も多くなります。そのため、事業内容、事業計画が曖昧な状態では、返済能力に疑問符が付くため、金融機関も前向きに検討できません。
また、金融機関は資金使途を重視します。金融機関の貸し手責任としてコンプライアンスの遵守が求められており、反社会的勢力への関与や、公序良俗に反するような使われ方をするのを防止する責任があるためです。それは極端にしても、たとえば、本業とは直接関係が薄い、経営者個人の趣味的な活動に資金が使われたりする懸念があれば、融資を受けることは難しくなります。
資金使途は大きく分類すると、「設備資金」と「運転資金」に分かれますが、それだけではなく、たとえば機械設備投資資金なら、なんのために、どんな機械を買うのか、それによって、どれだけ経営が良くなり売上が増えたり、製造コストが下がったりするのか、といったことについて、詳細な説明を求められます。
その説明内容を反映して、金利や返済期間、すえ置き期間の有無など様々な融資条件が決まり、審査されます。
その根拠を示す、「事業計画書」、「資金繰り表」などの経営資料の出来不出来で金融機関の印象が大きく変わります。
そのため、多額の融資を受けることを検討するなら、支援機関の専門家への相談や、セミナーに参加するなどして、融資申し込みに必要な書類の作成方法を学んでおいて損はありません。
事業資金の必要性や規模を見直したほうがいいこともある
経営者が、起業したからには、大きな成功を納めたいと考えるのは当然です。しかし、その気持ちが無理を引き起こし、不幸な結果に終わることもあります。時には冷静になって事業計画や事業資金の必要性を見直す勇気も必要です。
事業計画書が否定されたとき
自信を持って金融機関に提出した事業計画が否定されることもあります。金融機関は、常に多くの企業から融資案件の相談を受け、審査をおこなっています。いわば、審査のプロです。そのプロから、事業計画をチェックされて問題があると判断されたのであれば、経営者も、やはり冷静に計画を見直すのも一考の余地があるでしょう。
大切なのは、事業計画のどこがどう問題なのか、どのように改善すれば審査をクリアできるのかなどを、謙虚に教えてもらうことです。
それにより、自分自身も気付いていなかった事業計画の問題点を指摘されたのであれば、それはむしろ喜ばしいことでしょう。金融機関の担当者と問題点を共有し、改善策を練れば、事業の成功確率も高まります。
議決権割合で妥協せざるを得ないとき
融資と異なり、出資による資金調達をおこなうと、出資者が株式を保有することになります。出資者は議決権を持ち、経営に関与することになります。経営に制約が生じる可能性があることを認識しておく必要があります。
もし過半数の議決権割合となるような出資条件を求められ、自身の株主総会議決権が半数未満になる場合には、特に慎重な判断が必要です。議決権の過半数を保有していなければ、経営の最終的な意志決定権を持てず、いわゆる「雇われ社長」と似たような立場になってしまいます。
なかには、「株は持つけど、経営はあなたにまかせますよ」などという出資者もいるかもしれませんが、口約束は反故にされる可能性も認識しておく必要があります。
出資を受ける場合でも、自身の議決権割合は最低でも過半数、できれば、3分の2以上(特別決議の可決要件)を保つようにするのがセオリーです。
事業資金借入成功のポイント
資金調達の手段はそれぞれに長所と短所があります。すべてのニーズを満たす方法はありません。複数の資金調達方法を組み合わせることも有効です。
いずれにしても、事業資金調達のためには、事業計画書や資金繰り表などの経営資料は欠かせません。抽象的なビジネスのイメージだけでは経営は成り立ちませんし、事業資金調達もうまくいかないでしょう。経営の詳細と、事業資金の必要性を「見える化」するためにも、事業計画書と資金繰り表を作成し、できれば、認定支援機関などの専門家に目を通してもらってアドバイスを受けるとよいでしょう。