物流の2024年問題とは
長らくの間、日本の職場においては長時間労働、有給休暇の取得率低迷、サービス残業の横行といった問題があり、これらを解決して ワークライフバランスを実現する ために2019年4月施行されたのが働き方改革関連法案です。
働き方改革関連法案は一つの法律に留まらず、労働基準法、労働安全衛生法、労働契約法、労働者派遣法といった複数の法律に改正が及びます。特に 「時間外労働の上限規制」、「年次有給休暇の確実な取得」、「労働時間状況の客観的な把握」、「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」が重要な改正点になります。
この法律が施行されて以降、様々な分野で働き方改革が進み、残業時間の削減や有給休暇取得の奨励などが行われました。一方で、特に長時間労働が常態化していた物流業界では、時間外労働の上限規制の適用が5年間猶予され2024年からとなっており、2024年までには法律に準拠した対応が必要なことから「物流の2024年問題」と呼ばれています。
下表の通り、物流業界以外にも建設業界、医療業界などが猶予対象となっており、物流業界と同様に2024年までに法律への対応が必要です。慢性的な人手不足に悩まされる物流業界にとっては特に時間外労働上限規制の影響が大きいとされています。
決して長くはない猶予期間に関わらず 長時間労働の解消、待遇改善、ドライバーの確保 といった課題が山積しており、これが物流の2024年問題の深刻さを物語っています。ここからは、働き方改革関連法案が物流業界にどのような影響を及ぼすのか、物流業界が解決していくべき課題について解説します。
物流業界への影響は?
ここでは、働き方改革関連法案が物流業界にどのような影響を与えるのかについて解説します。
時間外労働の上限規制
ドライバーの長時間労働に依存する物流業界にとって、なかでも影響が大きいのが時間外労働の上限規制です。
近年はインターネット販売が普及し注文した次の日には商品が届くことも多いですが、便利さの陰には厳しい納期による物流業界の長時間労働があります。また、業界の特性として荷主の立場が強くなる傾向にあり、不利な条件で仕事を受けざるを得ない物流業者が多いことも業界の長時間労働に繋がる一因と言われています。
2024年4月以降は時間外労働が年間960時間までに制限されるため、ドライバー個人の頑張りだけでは物流そのものが成り立たなる恐れもあります。また、時間外労働が制約されるようになると少数のドライバーしか所属していない中小事業者は追加で人材を採用する必要が出てきます。時間外労働の上限規制は、中小事業者にとっては特に負担を強いることになります。
割増賃金
働き方改革関連法案の施行によって中小物流事業者の人件費にも影響が及びますされます。
2019年の施行当時は時間外労働に対する賃金割増率は大企業では50%とされましたが、中小企業への適用は2023年4月まで猶予されていました。
猶予はされたものの2023年4月以降は従来の賃金割増率である25%から50%への引き上げが求められますので、中小物流事業者の人件費負担を大きく引き上げることになります。
同一労働同一賃金
非正規のドライバーが多い物流業界では、同一労働同一賃金が適用されることも物流事業者の経営に大きな影響を及ぼしますです。同一労働同一賃金とは同じ業務につく従業員に対して、正社員と派遣社員といった立場に応じた待遇差をなくす考え方です。
これは2021年4月から中小企業に対しても適用されています。例えば、物流業界では無事故手当、皆勤手当といった様々な手当てが支給されますが、これらの手当の支給を正社員に限るなどの待遇差を設けることは同一労働同一賃金の考え方に反することになるのです。
勤務間インターバル制度
就業時間が不規則になりがちな物流業界では、勤務間インターバル制度の変更も事業者に対して大きく影響を及ぼします。勤務間インターバル制度とは、勤務終了と次の勤務開始までの間に一定の休息時間を設けるものです。
人手不足かつ厳しい納期に追われる物流業界では、夜勤明けにわずかな仮眠を経て再度出勤するというケースが珍しくありません。勤務間インターバル制度においては、このような勤務体系を避けるため余裕のある人員配置が必要になっていきます。
物流業界が解決すべき課題
ここでは、物流業界が2024年問題を迎えるにあたり解決すべき課題について解説します。
人手不足
物流業界ではインターネット販売の増加に伴いニーズが増える一方で、厳しい納期や過酷な労働環境による人材確保の難しさから慢性的な人手不足に悩まされています。
実際にインターネット販売の増加に伴う宅配便取扱実績は年々増加傾向にあり、特に近年は著しく伸びています。一方で、長年続く少子高齢化によって生産年齢人口は減少傾向にあり、物流業界を志望する人材不足及びドライバーの高齢化が顕著になりつつあります。働き方改革関連法案の猶予期間が終わる2024年を迎えるにあたり、人手不足の解消は避けられない課題となっています。
宅配便取扱個数の推移
出典:「令和2年度宅配便(トラック)取扱個数(国土交通省調べ)」
長時間労働の常態化
物流業界における人手不足と表裏一体の関係にあるのが長時間労働です。基本的に物流業界では長距離であっても決められた時間内に荷物を運ぶ必要があるため、ドライバーの拘束時間は長くなりがちです。
また、物流業界においては慣例的に物流業者よりも荷主の立場が強い傾向にあり、納期や運賃について物流業者側の事情が加味されにくい状況となっています。昨今は国土交通省から「標準的な運賃」が公表されるなど、是正に向けた動きが進んでいますが、荷主から負荷の高い条件を課され長時間労働につながっている物流業者も存在します。
輸送効率の向上
大手の物流業者では潤沢な設備投資、高度化されたシステムにより輸送が効率化されている一方で、多数を占める中小の物流業者では非効率な仕組みが残っている傾向にあります。
輸送効率を向上させるためには、後述の通り設備投資によるIT化、M&Aや合併による規模の拡大が必要ですが中小事業者にはこれらを実施するための資金、ノウハウが不足しているのが実態です。輸送効率を向上させることは、売上拡大に加え、長時間労働や人手不足の解消にもつながります。
政府も物流業界の効率化を目指し、「物流総合効率化法」を定め、効率化に取り組む企業に対して税制優遇措置を実施しています。輸送効率の向上は2024年問題を迎えるにあたり、官民挙げて解決に取り組んでいますになります。
課題解決に向けて行うべき施策
物流の2024年問題を解決するにあたり、物流業界ではどのような取り組みが必要なのでしょうか。ここでは、物流業界として取り組むべき施策についていくつか解説します。
ITを使った効率化
大手の物流事業者を除き、中小の物流事業者では大規模なIT化は難しいため、人手に頼った業務が残っているのが現状です。例えば、配送伝票の管理や配送スケジュールの作成が紙ベースで行われている場合、ドライバーのみならずバックオフィスにも負荷がかかります。また、非効率な事務フローが残っていると配送以外の業務にも時間を要するため、ただでさえ納期に追われているドライバーにかかる負荷がさらに大きくなるのです。
従来、業務をシステム化する場合は自前でシステムを開発し運用する必要がありましたが、近年は様々なクラウドサービスがリリースされており、中小事業者に導入可能な価格帯で利用できるものも出てきています。中小事業者においては身の丈に合ったレベルで業務のIT化を進める必要があります。
勤怠管理の厳格化
2024年の働き方改革関連法案の施行においては、時間外労働の上限規制が適用されるため、中小事業者においても厳格な勤怠管理が求められます。しかし、先述の通り多くの中小事業者では業務のIT化が遅れており、一方、紙ベース出勤管理表などアナログな勤怠管理に頼っているケースがあります。
しかし、アナログな勤怠管理は非効率であるだけではなく、正確な労働時間の把握も妨げます。時間外労働の削減に至るまでには前提条件として勤怠管理を正確に行う仕組みが必須といえます。
労働環境・条件の見直し
物流2024年問題を乗り越えるにあたって人手不足の解消は避けられません。物流業界における人手不足の原因となっているのは過酷な労働環境とそれに見合わぬ待遇です。特に物流業界は長時間労働を強いられるにも関わらず、他業界に比べて給与水準が低い傾向にあります。
ドライバーの待遇改善のためには、国土交通省から発表された標準運賃を元に価格交渉を行うなど、荷主に対する働きかけが必要です。
物流業界と全産業の平均賃金
出典:国土交通省「最近の物流政策について」
M&Aによる規模拡大
M&Aによる企業規模の拡大も2024年問題の解決に向けた有効な施策です。物流業界は市場規模としては拡大傾向にあり、M&Aの事例も近年増えつつあります。M&Aによって企業としての規模が大きくなれば、設備投資による業務効率化、荷主への交渉力向上につながり結果として人手不足の解消につながります。
物流業界におけるM&A件数
出典:レコフM&Aデータベース
物流2024年問題の課題解決に向けた取り組み事例
ここでは、物流の2024年問題に関する課題の解決に向けた施策について事例を交えて解説します。
運賃の見直し
物流の2024年問題の解決に向けて、運賃見直しによるドライバーの待遇改善が必須です。基本給アップを通じてドライバーの待遇改善を実現した日神運輸の事例を紹介します。以前よりドライバーの人手不足に悩まされていた同社では正確な勤怠管理に加え、ドライバーの基本給アップという思い切った施策を実施しました。
しかし、基本給アップによって増加したコストは運賃に転嫁せざるを得なくなり、取引先に納得してもらう必要があります。日神運輸は客観的なデータを用いて、取引先と粘り強い交渉を行うことで理解を得るよう努めました。荷主の立場が強いとされている物流業界では運賃の交渉は難しいことです。
しかし、近年は国土交通省から発表された標準運賃等の客観的な交渉材料が出てきていますので、運賃の見直しが受け入れされやすい土壌が整いつつあります。
サードパーティー・ロジスティクス(3PL)
物流事業のノウハウを持った第三者が荷主として物流改革を担うことを3PLと呼びます。呼ばれてます。荷主と物流事業者は利益相反の関係にあり、どちらか片方の取り組みだけでは業界全体の改革につながりません。
ここで解決策となりうるのが3PLであり、既にノウハウを持つ大手物流事業者が3PLの担い手となるケースがあります。日本通運の3PLについて紹介します。
日本通運では3PLの一環として物流拠点の集約と調達から販売までの一括管理を行っています。本来は荷主と各物流事業者が担う部分を受託することで全体のリードタイム短縮、管理業務の削減を実現することができました。
輸送効率の向上
先述の通り輸送効率の向上には業務のIT化が必要不可欠です。
近年はすべての業界においてDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が叫ばれており、物流業界においても様々な取り組みが見られます。例えば、大手企業ではAIによる最適な配送スケジュールの作成、IoTを用いた車両とドライバーのリアルタイム管理などがトレンドです。
一方で、中小事業者においても比較的導入が容易なSaaS型の勤怠管理サービスの利用が広がりつつあります。SaaS型のクラウドサービスはインターネットに接続できる環境と端末があれば利用できるため、初期投資を最小限に抑えられることがメリットです。クラウドサービスであれば、一部の業務に試験的に導入し効果を見極めながら全社展開することもできます。
まとめ
物流の2024年問題では人手不足の解消や業務効率化への取り組みが求められるため、物流事業者にとっては大きな試練となります。しかし、ポジティブに捉えれば長年悩まされてきた問題を一気に解消するチャンスでもあります。2024年問題を乗り越えるためには、DXの推進、M&Aの検討など手段は数多くあります。まずは自社で抱える課題を明確にした上で、身の丈にあった施策を着実に進めていく必要があります。