簿外債務とは何?
簿外債務とは、会計帳簿に記帳されていない帳簿外の債務であり、貸借対照表に計上されていない債務です。特に中小企業においては、一般に税務申告目的で決算書を作成することがあり、退職給付引当金など税務上、損金として認められないものは費用及び負債に計上しない傾向があることなどから、簿外債務が存在する場合があります。なお、本記事における簿外債務には、会計上、貸借対照表に計上されるべき負債に加え、訴訟の可能税や連帯保証人となっている場合など、将来一定の事実が生じた場合に支払い義務が生ずる可能性がある債務(これらを「偶発債務」といいます)も含まれることとしています。
簿外債務の例
代表的な簿外債務の項目は以下のとおりですが、それぞれの内容について、確認しましょう。
・退職給付引当金
・賞与引当金
・未払残業代
・未払社会保険料
・訴訟リスク
・債務保証
(退職給付引当金)
退職金制度を導入している企業は、退職金規程などに定められた要件を充足する場合、「従業員に将来支払う予定の退職金」という債務(退職給付引当金)が発生することになります。しかし、従業員への退職金の支給時に退職金として費用計上している場合には、各事業年度末時点における退職給付引当金が計上されていないことになり、簿外債務が発生しています。特に、多数の従業員を抱えている企業者や勤続年数が長い従業員が在籍している場合には、簿外債務が多額となる傾向があるため注意しましょう。
(賞与引当金)
賞与制度を導入している企業は、「従業員に将来支払う予定の賞与」という債務(賞与引当金)が発生することになります。例えば、3月決算の企業が、支給対象期間が前年12月から当年5月までの賞与を当年6月に支給するとします。従業員に対して当年6月の支給時に賞与として費用計上している場合には、前年12月から当年3月までの期間に相当する賞与について、3月決算時点における賞与引当金が計上されていないことになり、簿外債務が発生しています。
(未払残業代)
未払残業代は、M&Aのデューデリジェンスで判明することが多い項目の一つです。タイムカードを打刻していない場合など、特に適切に労務管理がされていないときはもちろん、早朝や休憩時間の取り扱いや〇分単位切り捨ての時間集計、管理監督者の取り扱いなど、企業自身がきちんと管理していると考えていても法令に照らすと残業代となることもあります。その結果、時間外労働の事実があるにもかかわらず時間外手当が支給されていない場合には、いわゆるサービス残業の状態となっており、未払残業代の簿外債務が発生しています。
(未払社会保険料)
社会保険は正社員だけでなく一定の要件を充足するパート社員も加入することになります。本来社会保険に加入すべきパート社員について未加入となっている場合には、未払社会保険料の簿外債務が発生しています。
(訴訟リスク)
自社で製造した製品について、訴訟を起こされ敗訴となった場合には、損害賠償義務を負う可能性があります。敗訴が濃厚で損害賠償義務が発生する可能性が高い場合で、金額を合理的に見積もることができるときなどは、会計上、引当金計上が必要となります。しかし、会計上、引当金計上が必要であるにもかかわらず引当金計上を行っていない場合があり、損害賠償に関する引当金の簿外債務が発生していることになります。
(債務保証)
売り手企業が他社の連帯保証を行っている場合、債務者である他社が債務を履行していれば問題ありませんが、債務者が債務不履行に陥ったときは、連帯保証をしている売り手企業に債務を履行する義務が生じます。 この場合、将来支払い義務が生ずる可能性がある債務となり、広い意味で簿外債務が発生しているととらえることができます。
簿外債務がある企業とのM&Aはなぜ危険?
上記の簿外債務は、M&Aにおいて、一般によく見られる事項です。しかし、売り手企業に簿外債務がある可能性が高く、かつ、簿外債務の存在を開示しない売り手企業とのM&Aは決して安全ではないでしょう。その理由について確認します。
信頼関係の構築が困難になる
簿外債務の中には、近い将来、実際に支払う義務が生ずる債務も含まれています。本来、M&Aの売り手企業が自発的にそれらの簿外債務に関する情報を買い手企業に開示することが望ましいでしょう。しかし、売り手企業が意図的に隠蔽し、後に買い手企業がその隠蔽したことを認識することとなった場合には、買い手企業は売り手企業に対して不信感を抱くでしょう。
M&Aは、買い手企業と売り手企業がお互いに信頼することよって成立する取引です。意図的に簿外債務を隠蔽する企業とは信頼関係の構築が困難であると判断され、M&Aの成立が難しくなるでしょう。
取得費用が割高になる
売り手企業が意図的に簿外債務を隠蔽し、買い手企業がその簿外債務を未認識であったとします。その場合、本来、売り手企業が負担すべき債務について、買い手企業はM&A時の株式取得価格から減額するなどの対応策を講ずることができますが、そのような対応ができない場合、買い手企業は売り手企業を割高な価格で取得することになってしまうでしょう。
簿外債務の内容によっては経営に重大な影響を及ぼす可能性がある
例えば売り手企業の規模が大きく、多額の退職給付引当金が計上漏れとなっている(退職金の積立不足が生じている)ときには、買い手企業におけるM&A後の経営に重大な影響を及ぼしてしまう可能性があります。
訴訟に発展することがある
例えば、退職した従業員から時間外労働の事実があったものとして、未払残業代の支給に関する訴訟を起こされることがあります。その場合、買い手企業が売り手企業を株式譲渡の手法により取得していたとき、買い手企業は売り手企業の訴訟案件も引き継ぐことになります。訴訟に発展すると多大な労力や費用を要することに加え、企業の評判も毀損することになりかねません。
M&A実施前のチェックポイント
買い手企業は事業規模の拡大やシナジー効果を目的としてM&Aを実施します。しかし、売り手企業が簿外債務を意図的に隠蔽し、その簿外債務の影響が重大である場合には、買い手企業はM&Aによって多額の損失を被ることになりかねません。そこで、多額の損失を被らないように、M&Aを実施する前に買い手企業がチェックするポイントを紹介します。
専門家によるデューデリジェンスを行う
M&Aを実施する際には、事前に売り手企業から簿外債務を報告してもらうことが望ましいです。しかし、上記で述べたように、特に中小企業においては、一般に税務申告目的で決算書を作成しているということもあり、売り手企業が意図しないまま簿外債務を発生させてしまっていることがあります。したがって、M&Aを実施するときは、買い手企業が専門家に財務や法務などの各種調査(デューデリジェンス)を依頼し、簿外債務について詳細な調査をすると安心でしょう。
表明保証による対応策を実施する
簿外債務の対応策としては、まずは専門家によるデューデリジェンスを徹底することですが、時間的な制約などから売り手企業の問題点を網羅的に調査することが難しいことがあります。そのため、株式譲渡契約において、例えば、売り手企業が買い手企業に対して、追加的な簿外債務が存在しないことなどを保証するという表明保証を明記するとよいでしょう。さらに、表明保証違反に基づく補償責任のてん補を目的とした表明保証保険に加入することも簿外債務への対策となります。
また、すでに買い手企業・売り手企業とも簿外債務の存在を認識しているが、発生可能性が不明で譲渡時に価格に反映しにくいような場合は、特別補償としてその債務が実現した場合に価格の修正を行う項目を入れるのも対応策の一つです。
M&A実行後に簿外債務が発覚した時の対応
M&A実行後に簿外債務が発覚した場合は、最終契約書の表明保証条項に記載されている内容を確認し対応します。
表明保証条項とはM&Aを実行する際に相手先から開示された情報が正しいことを約束するものであり、契約書に記載することで、実際と異なる虚偽が発覚した場合に対応できます。
損害賠償を請求したり、契約の解除を要請できるように定めておくことで、最終契約を破棄することができます。
まとめ
M&Aにおける簿外債務の論点は、買い手にとって経営に重大な影響を及ぼす可能性があります。そのため、M&Aの実施にあたっては、専門家による売り手企業に対するデューデリジェンスを実施することが、簿外債務への対応策となります。
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