選択と集中とは何か
選択と集中とは、企業内で取り組んでいる複数の事業の中から特定の事業を選択し、その事業に人材や資金などの経営資源を集中的に投下する経営手法のことです。
なお、集中する事業を選択する基準は特に決まっていません。業績が良い事業を選択して集中的に取り組むこともできますし、今後の成長が期待できる事業を選択することもできるでしょう。いずれの場合でも複数の事業に対して、同程度に経営資源を投下するのではなく、特定のコア事業に経営資源を集中して投下する経営手法が選択と集中です。
対義語は多角化経営
選択と集中の反対の意味の言葉として「多角化経営」を挙げることができるでしょう。多角化経営は取り組む事業の種類を増やし、各事業に対して同程度に経営資源を投下する経営手法です。人材や資金などの経営資源を複数の事業に分配するため、ひとつの事業にかけられる経営資源は限定的となりますが、特定の事業が失敗しても別の事業の収益で経営全体の業績を補うことができるという利点があります。
GEの成功例
選択と集中の成功例として、しばしば取り上げられるのがアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社の事例です。GE社は1980年代までは多角化経営に取り組む企業でしたが、CEOに就任したジャック・ウェルチ氏が大胆な改革を行い、「世界で1位か2位になれる事業だけに注力する」という経営方針を掲げました。その結果、取捨選択されて残った家電等の電気機器事業に集中し、GE社は大きな飛躍を遂げました。
東芝の失敗例
2000年代前半、半導体事業と原子力発電事業の2つの事業に選択と集中を行うことを決めた東芝は、2006年、米国大手企業ウェスチングハウス社を買収し、世界最大の原子力発電企業になりました。
しかし、2008年のリーマンショックで半導体事業の需要が急落、また2011年の福島第一原発事故で原子力発電事業も暗転します。選択と集中を行った分野の事業が壊滅的な状況を迎えたことで、企業全体の危機を招くことになりました。
選択と集中のメリットとデメリット
紹介してきましたように、選択と集中をすれば必ず経営効率が向上し、業績拡大につながるというわけではありません。選択と集中のメリットとデメリットを把握し、状況に応じて実施していくようにしましょう。
メリット
選択と集中を実施することで、業績が悪い事業を切り捨てて業績が良い事業だけを残した場合、当然コストダウンを実現でき、会社全体の利益率は上がります。経営の健全化が進み、会社全体の事業価値が高まり経営が安定する「でしょう。
また、すでに業績が良い事業だけに特化すれば、業界内でのシェアが拡大し、企業のブランディング効果を高めることができる可能性があります。企業の知名度が高まると、優秀な人材が集まる効果も期待できるでしょう。
デメリット
選択しなかった事業においては、事業縮小あるいは廃止を実施することになるかもしれません。縮小・廃止する事業の人材は能力にかかわらず流出してしまうことになるでしょう。
また、選択と集中を実施した時点では業績が悪かった事業が、後に大きな成長を遂げる可能性がないとは言い切れません。早く見切ってしまうことで多大なチャンスを逃すことにもなりかねないため、切り捨ててしまうことで必ずしも良い結果に結びつくわけではないのです。
さらに、集中している分野全体が不調に陥ってしまうと企業そのものの存続が危うくなるという点も、選択と集中のデメリットと言えるでしょう。
選択と集中が向いているケースとは
GE社のように選択と集中を実施することで大きく企業が成長を遂げることがあるでしょう。一方で、東芝のようにリーマンショックや東日本大震災等の不運が続いたとはいえ、選択と集中を実施したことが企業根幹を危うくしてしまう東芝のようなケースもあります。
多角化の道を進むのか、選択と集中の道を進むのか迷ったときは、企業が置かれた状況がどちらに向いているのかを吟味しましょう。次の3つのポイントに注目し、企業を取り巻く状況を分析しましょう。
関連性のない事業が複数ある企業
関連性の高い事業を複数運営している企業は、選択と集中にはあまり向かないかもしれません。例えば食品メーカーが物流やECサイト、実店舗などを多角的に運営しているなら、製造した食品を物流部門がECサイトで購入したカスタマーや実店舗に直接運ぶことができ、お互いがプラスに作用してコストダウンとスピードアップを実現することができるでしょう。
しかし、まったく関連性のない事業を複数運営している企業の場合は、業績が良い事業だけに集中したり、業績が良くない事業を縮小・廃止したりすることも検討できるかもしれません。業績が悪い事業を思い切って手放すことで、経営資源の集中し会社全体の利益率向上につながることもあるでしょう。
人員削減が可能な場合
選択と集中の実施には、人員削減を伴うことが一般的です。例えば縮小・廃止する事業の社員を子会社や関連会社に配置できる状態であれば、選択と集中も進めやすいでしょう。
しかし、大幅なリストラを断行することが難しい状況なら、選択と集中は得策とは言えません。例えば株主から人員削減についての賛同を得ることが難しい場合や、早期退職者への退職一時金の支払いが難しい場合も、選択と集中の実施を安易に決めてしまうことは避けるほうが良いでしょう。
利益を上げていても実績が上がらない分野
コンスタントに利益を上げてはいるものの、利益の増加や業界内のシェア拡大が見られない分野は、市場が成熟しきっている可能性があります。思い切って事業を廃止または売却し、業績が伸びて業界内のシェアも着実に増やしている事業に人材や資金などの経営資源を投入すると良いでしょう。
反対に、利益は上げていなくても業界内シェアが伸びている事業や、市場が拡大している成長事業に関しては、現状だけを見て廃止してしまうのは経営判断を見誤ることになるかもしれません。各事業の成長性も加味して選択し、存続できると判断した分野に集中するようにしましょう。
選択と集中で失敗を避けるための注意点
選択と集中を実施することで企業全体の利益率を上昇させ、企業のブランド化、優秀な人材確保を実現することは可能でしょう。しかし、選択と集中が不適切に実施された場合には、特化した事業が衰退するだけでなく、企業存続が危うくなることもあるかもしれません。失敗を回避するために覚えておきたい注意点を紹介しますので、ぜひご覧になり慎重に選択と集中を進めていきましょう。
対義語が「多角化」というのは誤訳?
選択と集中の対義語として「多角化経営」を挙げられると紹介しましたが、これは選択と集中という概念を日本語訳する際に生じた誤解が元になっているという説もあります。
例えば、選択と集中の良い例として頻繁に名前があがるGE社ですが、確かにGE社は電気機器に集中することで業績を拡大したものの、電気機器と関連のない事業すべてを切り捨てたわけではありません。また、電気機器分野に集中している間も数多くの新業種に参画し、事業分野を広げていました。
つまり、ウェルチ氏が言いたかった「選択と集中」とは「企業内で得意とする分野を選択し注力すること」であって、その他の分野をどうするかについては言及していないと解釈することもできます。したがって、対義語も、「多角化」ではなく「焦点が定まらないこと」や「得意分野を作らないこと」のほうが近いと考えられるでしょう。
多角化や企業買収と選択と集中は両立可能
GE社の発展は、「選択と集中」と「多角化」を両立することで成立しました。特定の事業に人材や資金などの経営資源を集中させたとしても、余力がある場合には、企業買収をしたり、多角化経営を進めたりすることはできるでしょう。
リストラを伴う必要はない
選択と集中は、必ずリストラを伴うというわけではありません。ただし、特定の事業を選んで集中することで人員配分のバランスは変更しますので、従業員に転属や転勤の辞令を出すことになるでしょう。
異業種が良い影響を与えることもある
選択と集中を実施する際、焦点を当てる事業に関連性が低い事業に関しては、縮小や廃止の方向で進めていくことが少なくありません。しかし、まったく関連がないと思われていた2つの事業が思いもよらないことから相互に影響し、高い相乗効果をもたらす可能性もないとは言えないのです。
事業を切り捨てる前に、今後集中していく事業に良い影響を及ぼす可能性がないか多角的に再評価してみましょう。
リスクを取って事業拡大することも大切
「経営規模が縮小してもリスクを減らしたい」という方針の企業には、選択と集中は良い選択肢になり得ます。すでに実績が高い事業だけを残し、その他は縮小・廃止するわけですから、利益率も上がり、企業としての信用度も高くなるでしょう。
しかし、現状を守るだけの経営手法では、企業としての規模の拡大を見込むことは容易ではありません。場合によってはリスクを取り、事業の拡大や多角化を行わなければならないこともあるでしょう。
本業にこだわらない
「うちの本業は自動車だから」と、本業にこだわることはあまり良い選択肢と言えません。例えば自動車製造業が母体であった企業でも、自動車製造業で利益が出ていない場合、「本業だから」という理由で残すことは賢明と言えるでしょうか。
本業をひとつに定めず、事業環境の変化に合わせて得意とする分野で生き残る企業を目指しましょう。「先代の遺志を継いで…」「今までの経営者に顔向けできない」などと言い訳して赤字分野の「本業」を残している企業は少なくありませんが、本業を残すために先細りしていく企業よりは、自社の強みを生かして、本業とは無関係な分野で飛躍していく企業のほうが、引退した経営陣にとっても誇らしいのではないでしょうか。
選択と集中の実例
近年、後継者不足の問題を解決する手段としてのM&Aが注目されることが多いですが、M&Aは事業の選択と集中の観点でも有効な手段です。
シダックス株式会社は、郊外型の大型店舗を主体とするカラオケ店を全国展開していましたが、飲酒運転の厳罰化や格安店の台頭により客足が遠のき業績が低迷、2018年にカラオケ館を運営する株式会社B&Vに株式を売却し、カラオケ事業から撤退しました。
同社は社員食堂の受託運営で成長した企業であり、カラオケ事業からの撤退によって捻出した資金を、市場拡大が見込まれる病院・保育園の給食事業の拡大のために充当する方針を取っています。これは、M&Aを活用した選択と集中の事例の一つといえるでしょう。
2023年には、株式会社セブン&アイ・ホールディングスがそごう・西武の株式をフォートレス・インベストメント・グループに売却しました。 セブン&アイ・ホールディングスは「CVS 事業への経営資源の集中的な配分及び株主還元の充実化を図るとともに、「食」の強みを軸とし国内外 CVS 事業の成長戦略にフォーカスすることにより、「食」を中心とした世界トップクラスのリテールグループへの成長戦略を一層推し進めてまいります。」と発表しています。こちらもM&Aを活用した選択と集中の事例です。
参考:当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動の完了に関するお知らせ
VUCA時代とコングロマリット化
VUCA時代
予測を立てづらい現代社会をVUCA(ブーカ)時代と呼ぶことがあります。Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)の頭文字からなる造語です。現代社会を取り巻く環境は複雑性を増しており、イノベーションの誕生サイクルが高速化しているため、未来の予測が困難であり、「これまでの当たり前」が通用しづらい状況を指しています。カーシェアやサブスク、配車アプリなど新たなサービス概念等が生まれることで、これまで意識していなかった事業者も競合とみなす必要性もでてきているのではないでしょうか。
コングロマリット化
コングロマリットとは「複合企業」を指しています。1つの親会社と複数の子会社によって形成され、それぞれの企業が異なる事業を行っている企業体をいうことが多いです。予測を立てづらいVUCA時代において、展開している事業・業種が異なっていれば、経営のリスク分散を図ることができるでしょう。また、親和性の見込める事業があるようであれば相乗効果(シナジー効果)による更なる事業成長も図れるでしょう。現在、コングロマリット化は企業が成長するにあたって必須の戦略とも認識されています。変化の早いVUCA時代において、コングロマリット化による「経営のリスク分散」、「事業成長」を実現するために、M&Aを活用することは有効であるといえるでしょう。
まとめ
選択と集中は、適切に実施した場合には、優れた経営手法となりますが、常に良い効果を生むとは限りません。企業の状況を多角的に分析し、現状に合った経営手法を採択するようにしていきましょう。
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