多角化戦略とは
多角化戦略は企業の成長戦略の1つで、新たな製品・サービスを新たな市場に投入し展開する戦略のことです。経営学者のイゴール・アンゾフは、企業の成長戦略を「製品」と「市場」の組合せによって次の4つに分類しましたが、その中の1つとして多角化戦略を位置付けています。
<アンゾフの成長マトリクス>
既存製品 | 新規製品 | |
既存市場 | 市場浸透戦略 既存市場における既存製品のシェア拡大を目指す | 新・製品開発戦略 既存市場に新製品を投入し売上高拡大を目指す |
新規市場 | 新・市場開拓戦略 新市場に既存製品を投入し市場拡大を目指す | 多角化戦略 新市場に新製品を投入し事業の多角化を目指す |
新たな市場に参入するには、市場規模や将来性の他にさまざまな視点で調査・分析が必要であり、新たな製品・サービスを開発し販売するためには技術力・ノウハウ・資金などの他に、生産・物流・マーケティングなど事業に必要な要素は全て求められます。そのため、多角化戦略は4つの成長戦略の中で最も難易度の高い戦略であり、自社だけで行う場合には大きなリスクを伴います。
多角化戦略の4つの類型
多角化戦略は、既存の事業や経営資源などとの関係によって次の4つの戦略に分類することができます。
水平型多角化戦略
水平型多角化戦略とは、企業が保有する技術や生産ラインなどの経営資源を活用して開発した新製品を、既存事業と類似する市場で展開する戦略です。例えば、電機メーカーがゲーム機を製造・販売するケースや、パッケージソフトウェアのメーカーがクラウドサービス事業を始めるケースなども広い意味で該当します。
水平型多角化戦略は、既存事業の技術や販売ルートなどを利用し新規事業を展開するので既存事業とのシナジー効果が期待でき、多角化戦略の中では実現までのスピードが速くリスクが比較的少ないのが特徴です。
垂直型多角化戦略
垂直型多角化戦略とは、既存事業を取り巻く川上または川下の事業を展開する戦略で、食品メーカーが川上の食材を生産する農園や川下のレストランなどの事業を行うケースが該当します。
同じ業界における多角化なので、既存事業で蓄積してきた知識やノウハウなどが活用できると共にシナジー効果が期待できるメリットがある反面、業界自体の成長が鈍化すると既存事業と新規事業がともに業績が悪化するリスクがあります。
集中型多角化戦略
集中型多角化戦略とは、自社の強みとなる特定の技術やノウハウなどを活用した製品・サービスを新たな市場に投入し事業の多角化を図る戦略です。例えば、酒造メーカーが権利をもつ酵母を利用した化粧品の製造・販売を行うケースや、レンズメーカーが自社で開発した光学技術を使い医療機器を製造・販売するケースなどが該当します。
いずれも、独自の経営資源を利用しているので新規市場でも競合他社との差別化ができ、成功すれば既存事業を超える売上高も期待できますが、商品・サービスの企画力・開発力によって事業の成否が左右されるリスクがあります。
集成型多角化戦略
集成型多角化戦略(コングロマリット型多角化戦略)とは、既存の製品・市場とはほとんど関連がない新しい分野で事業展開する戦略で、新たな創業とも言えます。例えば、出版会社がファッション製品の製造・販売を行う、あるいはオーディオ機器メーカーがコンビニエンスストア事業を始めるなどが該当します。
既存事業の業績が悪化しても影響を受けにくく、成功すれば売上高の拡大が期待できる反面、会社が保有する経営資源を活用しにくいので新たな人材や資金の投入が必要になり、失敗するリスクも高くなります。
多角化戦略を実現する方法
多角化戦略の実現のためには、資金、技術、人材、市場動向などによって自社に適した実現方法を選択しなければなりませんが、大別すると以下の3つに分類することができます。
多角化を自社だけで実現する
新規事業を始めるための十分な資金があり、市場に対してある程度の知識や経験がある場合には、自社内で新規事業を立ち上げる方法が考えられます。第三者の関与がないので自社で全てコントロールでき、準備組織の編成も容易にできるところがメリットです。
自社だけで新規事業を立ち上げる場合、前項で紹介した4つの戦略の中では既存事業の知識や経験が活かせる「水平型多角化戦略」が最も適していますが、他の方法に比べて実現するまでに時間がかかることや、新技術や斬新な発想の製品・サービスが生まれにくい点がデメリットとなります。
多角化を他社との業務提携によって実現する
新規事業の立ち上げに必要な、資金・技術・生産力・販売力などのいずれかを有する企業と業務提携し、費用・開発業務・失敗した場合のリスクなどを分担する方法です。自社だけで事業開発を行うよりも提携先の技術やノウハウなどを活用できるのでスピーディに進めることができます。
この方法は、4つの戦略全てに適用することは可能ですが、特に「垂直型多角化戦略」や「集中型多角化戦略」に適した方法です。ただし、不要なトラブルを避けるために、秘密保持義務、開発過程で生じた成果の帰属、実現が見込めないときの中途解約、事業化した際の利益分配などを業務提携契約書で明確に定めておく必要があります。
多角化をM&Aによって実現する
自社の多角化に必要な事業を行う企業をM&Aによって自社内に取り込む方法です。M&Aの対象となる企業には既に事業の実態があるので、事業化までの期間が短く、事業見通しが立てやすいメリットがあります。
この方法も、4つの戦略全てに適用することは可能ですが、特に既存の市場や製品・サービスと関連性のない「集成型多角化戦略」には非常に有効な方法です。ただし、M&Aには相応の資金が必要になるので事前の十分な調査・分析が重要となります。
M&Aによる多角化戦略の4つの類型
M&Aによる多角化戦略は、前述した多角化の形態による分類ではなく、目的とする事業戦略によって4つの類型に分類することができます。
プラットフォーム戦略
プラットフォームとは、複数のユーザーが情報や商品などをやり取りできる「共通の場」
のことで、巨大IT企業のGoogle、Apple、Facebook(現Meta)、Amazonなどは、それぞれの市場で世界最大のプラットフォームを構築し飛躍的な成長を遂げた企業です。
M&Aにおけるプラットフォーム戦略とは、M&Aによってプラットフォームの多様性や機能を強化し市場での優位性を強固なものにすることによって、顧客の囲い込みや新規顧客の取り込みを促進する多角化戦略です。
事業ポートフォリオ転換戦略
M&Aにおいて「事業ポートフォリオ」とは、企業において利益を生み出している主力事業を一覧にしたものです。M&Aにおける事業ポートフォリオ転換戦略とは、市場環境や社会情勢の変化などに対応するために、M&Aによって主力事業の入替を行い事業ポートフォリオを再編成する多角化戦略です。
創業時の主力事業にこだわらず、時代の変化に柔軟に対応し生き残りを図る経営戦略の1つが事業ポートフォリオ転換戦略とも言えます。
コングロマリット戦略
コングロマリットとは、業種の異なる多数の企業から構成される巨大な複合企業のことです。M&Aによるコングロマリット戦略とは、M&Aによって水平型多角化、垂直型多角化、集成型多角化などを推進し、スピーディにコングロマリットを形成する経営戦略で、規模の経済性・シナジー効果・経営資源の強化・経営リスクの分散など、多くのメリットが期待できます。
この戦略は、グループ内に業種の異なる多くの企業を取り込むため、企業間の連携やコーポレートガバナンス(企業統治)がまずいと本来のメリットが得られず、経営効率が低下するリスクがあります。
マルチアライアンス戦略
マルチアライアンスとは、複数の企業が互いの利益のために提携する経営戦略のことです。M&Aにおけるマルチアライアンス戦略は、複数の企業と支配権の移動を伴わない資本・業務提携や合弁会社設立などを実施し、市場優位性を獲得する多角化戦略です。
支配権の移動を伴う企業買収や合併などと比べて、契約までのスピードが速く、投資額も少なく、各企業の独立性を維持できるため実行に際してのハードルが低いところがメリットですが、マルチアライアンスを解消する際には自社の技術やノウハウが参加企業に流出するリスクが伴います。
M&Aによる多角化戦略のメリット
M&Aを利用した事業の多角化は、M&Aのメリットが事業の多角化に対し非常に有効に働くので多くの分野で実施されています。その中でも、以下の4つの大きなメリットをあげることができます。
スピーディに多角化が実現できる
M&Aにおける買い手の最大のメリットは「お金で時間を短縮する」ことですが、事業の多角化においても既に事業実態がある企業や事業を買収する場合、他の方法に比べてスピーディに多角化を実現することができます。特に、技術革新のスピードが速いIT分野ではシェア拡大は時間との競争ですから、M&Aによる多角化戦略は欠かせないものとなっています。
シナジー効果の予測がしやすい
多角化の大きなメリットの1つは「シナジー効果」ですが、事業の実態がある企業をM&Aで自社内に取り込む場合、技術基盤や事業の運営体制が既にあるので、ゼロから事業を構築する場合に比べて、シナジー効果の予測は容易になります。資材調達・商品開発・物流・マーケティング・生産・マネジメントなど、多面的なシナジー効果の分析・予測は事業の多角化という経営判断を行う際には非常に重要です。
失敗リスクを軽減できる
自社だけ、あるいは業務提携によって他社と協力して事業の多角化を行う場合には、事業をゼロから構築するところからスタートしなければならず、ある程度進捗した後でなければその事業の将来性やリスクを評価することは困難です。しかし、実態のある企業(事業)をM&Aによって買収する場合には、事前にその企業や事業の強み・弱み、課題、将来性などを評価・分析できるので、M&Aによる多角化は他の方法と比べて失敗するリスクを軽減することが可能になります。
他社の経営資源を利用できる
事業活動を機能(付加価値の創造)の連鎖で表したものを「バリューチェーン」と言い、一般的には、「原材料の購買」⇨「製造」⇨「出荷物流」⇨「販売・マーケティング」⇨「アフターサービス」という流れで表すことができます。M&Aによって他社の経営資源を利用すれば既存事業のバリューチェーンの中で弱い部分を補うことができ、多額の研究開発費と時間が必要となる新技術・ノウハウについても短期間かつ低コストで取得することができます。
M&Aによる多角化戦略のデメリット
M&Aによる多角化のデメリットは、M&Aの買い手のデメリットと重なる部分も多く、メリットと合わせてしっかりと理解する必要があります。
多額の資金が必要となる
M&Aのスキームにもよりますが、一般には仲介会社やアドバイザリー会社への報酬、デューデリジェンス(買収監査)の費用、株式などの購入資金、税金、のれん代なども考えておく必要があります。多くの資金を投入して多角化が実現できても、投資以上の利益や既存事業とのシナジー効果が得られなければ成功とは言えません。
本業に影響が出る可能性がある
多角化戦略は、既存事業と異なる新たな製品・サービスを新たな市場に投入し展開する戦略ですから、既存事業で培ってきた経営資源を活用できない場合も考えられます。また、業種や業界が異なれば、事業以外の人事・総務・経理などの管理体制も異なります。通常のM&Aであればバックオフィスは統合した方が効率的ですが、多角化戦略を目的としたM&Aの場合には統合が難しいケースもあるため、会社全体の経営効率が低下する恐れがあります。
経営統合プロセス作業がまずいと失敗のリスクがある
M&Aが完了した後には、既存の組織と新たに加わる業種や業界が異なる組織との経営統合プロセス(PMI)が必要になります。具体的な内容は、経営理念、経営ビジョン、組織体制、各種制度、財務管理、業務システムなど多岐に渡ります。経営統合プロセスがまずいと、業務の混乱、従業員のモチベーション低下、優秀な人材の流出、取引先との関係悪化などさまざまな問題が生じ、M&Aによる多角化のメリットを発揮できない可能性があります。
M&Aによる多角化戦略を成功させるポイント
M&Aによる多角化戦略にはメリットも多いのですが失敗リスクも伴うため、特に資金が少ない中小企業が行う場合には、リスクを最小限に抑えなければなりません。そのため、M&Aによる多角化を成功させるには、次の4つのポイントをクリアする必要があります。
自社の規模に見合った投資をする
事業の多角化は、新たな創業とも言える重要な経営判断ですから、たとえM&Aによって多角化を実現する場合でも会社にとっては大きな負担となります。特に、大きな投資を伴うM&Aの場合には、一度失敗するとそれまで費やしてきた資金を失い経営が悪化する恐れがあるので、中小企業がM&Aを行う場合にはバリュエーション(企業価値評価)によって自社の規模や資金力に見合った投資対象を選択しましょう。
自社の事業と関連性の高い相手を選ぶ
同じ多角化でも、既存事業と何らかの関連性がある事業の方が経営資源の活用やシナジー効果が期待できますが、逆に、集成型多角化のように既存事業と全く関連性のない事業を選択すると、経営統合プロセスの難易度も高くなり会社全体の負担が大きくなります。M&Aによる多角化を行う際のリスクを軽減し成功確率を高めるためには、既存事業と関連性のある企業の選択が有効です。
自社の事業とのシナジー効果が期待できる相手を選ぶ
前項でも触れましたが、M&Aによる多角化を行う場合にはシナジー効果が期待できる企業を選択することは非常に重要です。異なる2つの組織が持つさまざまな機能によって相乗効果を生み出すことができれば、既存企業と新規事業のどちらにとってもプラスになるので、事前に企業の「シナジー効果の予測」がしやすいM&Aのメリットを最大限に活かして対象企業を選択しましょう。
M&A後の経営統合プロセスを推進できる人材を確保する
M&A完了後の経営統合プロセスが不十分だと、M&Aによる多角化戦略は本来の効果を発揮できません。いくら社長が1人で頑張っても経営統合プロセスをスムーズに進めることはできないため、役員や現場に影響力をもつ幹部達と一緒に推進することがポイントとなります。これらの人材は既存の組織だけではなく新たに加わる組織の中からも選抜し、全社チームで推進することが重要です。
M&Aによる多角化戦略の事例
M&Aによる多角化の事例は多々ありますが、その中でソニーとGoogleという全く経営戦略の異なる多角化を実施してきた日・米企業の事例を紹介します。
ソニー
ソニーは、1946年に「東京通信工業株式会社」として設立され、日本初のテープレコーダーやトランジスタラジオなどを発売し、1958年に現在の「ソニー株式会社」に社名変更。その後、トリニトロンカラーテレビ、携帯型ステレオカセットプレーヤー「ウォークマン」、世界初のポータブルCDプレーヤーなど、常に業界をリードする画期的な製品を発売し成長してきました。
一方、米国では当時のソニーの中核事業であった音響・映像(AV)機器事業に必要な音楽や映画などのコンテンツをM&Aよって獲得し垂直型多角化戦略を推進しましたが、中でも大きな話題となったのは次の2つのM&Aです。
1988年:米国の3大放送ネットワークの1つであるColumbia Broadcasting System Inc.(CBS)からレコード部門「CBSレコーズ」を買収。3年後に「ソニー・ミュージック・エンタテインメント」へ社名変更し、東証二部へ上場。
1989年:米国の名門映画会社「コロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメント」の株式99%をTOBにより取得し、1991年に「ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント」へ社名変更。
このM &Aによって米国を代表する「音楽」と「映像」を配給する2つの大企業を買収しソニーグループの傘下に入れ、AV機器に不可欠の良質かつ大量のコンテンツを手に入れたのです。
同社はその後、2014年にVAIO事業を売却、テレビ事業を分社化、2015年には音響・映像機器事業を子会社化。2021年には、社名を「ソニーグループ株式会社」に変更し、グループ本社としてエンタテイメント分野を中心に、家電事業、半導体事業、金融事業を加えた世界的なコングロマリットへと変貌しつつあります。
技術革新のスピードが早いIT分野で世界最大の広告会社として君臨し続けるGoogleの成功にも、時代の変化をいち早く捉えた2つのM&Aが大きく関わっています。
Googleのビジネスモデルはインターネットの画面を表示するために不可欠な「ブラウザ」を利用した広告ビジネスで、その背景には圧倒的なシェアの大きさがあります。Statcounterのデータでは、2022年7月の世界シェアはデスクトップ・モバイル・タブレットすべての合計で65.12%、2位のSafariは18.86%です。
しかし、2007年に米国で発売された初代iPhoneから始まったスマートフォン時代の初期には、ブラウザのトップシェアはiOSにプレインストールされているSafariで、Google Chromeのシェアはほとんど無いに等しい状況でした。
2005年にAndroid社を買収したGoogleは、3年かけてモバイル端末用のOS「Android」を開発し2008年にリリース。オープンソースのAndroidをApple以外のメーカーに無償で提供するという戦略が成功し、スマートフォンのOSでは現在8割を超えるシェアを獲得し、プレインストールされているGoogle Chromeも世界シェアトップを獲得したのです。
GoogleがAndroid社を買収した2005年の11月に、スタートアップYouTube社を16.5億ドル(当時:約2000億円)もの大金で買収したことは大きな話題になりました。2000年以降動画配信市場が急拡大し、当時、テキストベースの媒体で広告収入を得ていたGoogleは、新たな広告媒体としてトップシェアを持つ動画プラットフォーマーのYouTubeを手に入れた結果、現在ではAlphabet(Google)グループ全体の10%以上をYouTubeの広告売上が稼ぎだすまでになりました。
Googleは、Android社のM&Aによる垂直型多角化によって、スマートフォン分野でもトップシェアを手に入れ、YouTube社のM&Aによる水平型多角化によって「動画」という新たな広告媒体を手に入れ、プラットフォームをさらに強固なものにすることができたのです。
まとめ
成長戦略の1つ「多角化戦略」は自社で新規事業を開拓する方法もありますが、市場環境の変化スピードが速いIT分野などではM&Aによって短期間に多角化を実現する事例が多く見られます。ソニーのようにAV機器メーカーからエンタテイメントを主軸とするコングロマリットに生まれ変わり業績を伸ばしている企業もあれば、Googleのように時代の変化を見通しプラットフォーマーとしての地位を強固なものにする企業もあります。
しかし、M&Aによる多角化戦略は短期間で実現できる反面、資金力が弱い中小企業が失敗した場合には、多額の損失によって経営が悪化し最悪の場合には倒産する可能性もあります。そのため、多角化戦略のメリット・デメリット、成功させるポイントなどを理解し、実際に検討する際には、自社に見合った投資額、事業の将来性、既存事業とのシナジー効果、失敗した場合のリスクなど、事前に専門家のアドバイスを受けることをおすすめします。
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