株式譲渡の前に株式の取り扱いを理解しよう!
株式譲渡とは、株主が保有株式を対価と引き換えに法人もしくは個人に譲渡する手続きのことです。株式譲渡は基本的に自由に行えるものの、株式の取り扱いによっては原則的自由が適用されないケースも存在します。ここでは、そのような株式の取り扱いについて見ていきましょう。
株式譲渡は基本的に「自由」
株式譲渡は基本的に「自由」で、誰にでも譲渡することが可能です。会社法第127条で「株主は、その有する株式を譲渡することができる(株式の譲渡)」と「株式譲渡自由の原則」が定められています。
これは、会社の解散や剰余金分配といった場合を除いて、株主は基本的に株式譲渡以外に投下資本を回収する手段がないためです。株式譲渡自由の原則は、株主が投下資本を回収する手段を確保するためのものと言えます。
(参考: 『会社法|株式の譲渡』)
株式譲渡には制限が設けられている
株式譲渡自由の原則を定めているものの、自衛として株式譲渡には制限がかけられます。株式会社の形態によっては、完全に自由な株式譲渡が経営をおびやかすおそれがあるためです。
特に、株主が少なく株主や近親者が経営を行う「同族会社」が多い中小企業では、株主との関係性や持株比率が経営に直結します。ライバル関係にある者や無関係の第三者が株主になると、混乱が生じたり持株比率の変動から株主の会社支配力が変わったりして、経営が困難な状況に陥ることも考えられるでしょう。
そこで会社法では、「譲渡による株式の取得について株式会社の承認を要すること(会社法第107条1項1号、第108条1号4項)」と定めています。「株式譲渡には当該株式会社の承認が必要である」と定めた株式を「譲渡制限株式」(会社法2条17号)と言い、中小企業は自衛のために株式に譲渡制限をかけるケースがほとんどです。
自社の社員への株式譲渡も可能
株式譲渡は自社社員にも行えます。特に、社外への株式譲渡を制限する中小企業では、自社社員へ株式譲渡を行うケースも多いようです。ここでは、自社の社員への株式譲渡を行う目的や期待できるメリットについて解説します。
目的1|事業承継のため
信頼できる社員を後継者として事業承継するために株式譲渡が行われることがあります。現経営者の親族に後継者としてふさわしい者がいなかったり事業承継を拒んでいたりして、親族内承継が難しい場合、候補となるのが「従業員承継」です。
長年にわたって一緒に働いてきた社員に事業承継できれば、社内外でも受け入れられやすく、経営方針の整合性も取りやすいでしょう。経営者にとっても将来のビジョンが描きやすく、事業承継に対する不安やストレスが少ない方法と言えます。
目的2|会社を成長させるため
最近は、会社の成長を期待して社員に株式譲渡する中小企業が増えています。「自社の株式から得られる配当金を増やそう」という動機から、会社の成長を社員に意識させるためです。
他の株主と同じように、自社株を保有する社員は毎年一定の配当を得ることが出来ます。会社の利益が増えるほど配当額を高くすることが出来るので、会社の利益を増やすにはどうすれば良いかと経営参画意識が芽生えるきっかけとなるでしょう。
目的3|モチベーションを高めるため
株式譲渡は、社員のモチベーション向上の手段として用いられる場合もあります。自社株の価値を高めることや配当金を増やしたいという思いから、仕事に熱心に取り組む意識の高い社員の登場が望めるためです。
また、社員の給与やボーナスを上げにくい事情があったとしても、配当金が増えれば社員の満足度も高まります。こうした自社株の価値や配当金とモチベーションとの関係から、株式譲渡を福利厚生の一環として扱うケースもあるようです。
事業承継が目的の場合の注意点
将来有望な社員に事業承継して、リタイアしたいと考えている経営者の方もいるでしょう。しかし、事業承継を目的とした株式譲渡では、いくつかの注意点が存在します。ここでは、「後継者に適した人材がいない」「連帯保証が引き継げない」「資金不足」といった課題から見える注意点について見ていきましょう。
後継者に向いている人がいない可能性がある
社員への事業承継の注意点として、後継者に向いている人材がいない場合があることが考えられるでしょう。社員として優秀な人材でも、経営者に適しているとは限りません。経営者には、対人関係能力・経営スキル・意思決定能力といったさまざまなスキルや能力が必要です。
また、安心して事業承継ができる人材がいたとしても、経営者になりたがらないケースも考えられます。
連帯保証が引き継げない可能性がある
中小企業が金融機関から借り入れるときには、ほとんどの場合、経営者が連帯保証をします。事業承継では連帯保証も引き継ぐのが一般的ですが、後継者となる社員の個人信用や所有資産・会社の資産を加味した結果、必ずしも連帯保証を引き継げるとは限りません。
連帯保証を引き継げなければ元々の経営者にはリスクだけが残ります。同様に、後継者が連帯保証というリスクを事業と一緒に引き継ぐことを嫌がり、事業承継がうまくいかないケースが数多く存在するようです。
資金力不足な可能性がある
事業承継を目的とする株式譲渡の注意点として、資金力不足が挙げられます。「株主がその保有する株式を対価と引き換えに法人あるいは個人に引き渡す」という手続きが生じるのは、事業承継を目的とした社員への株式譲渡でも同様です。しかし、後継者候補の社員が自社株を買い取れるほどの資金力があることは珍しいでしょう。
そのため、社員の資金力に合わせて譲渡対価を減額するのが一般的です。ただし、譲渡対価を減額すれば、本来100得られるはずの創業者利潤が10しか獲得できないといったことが考えられます。資金力不足を解決しようとすると、経営者には大きな負担がかかるでしょう。
会社成長が目的の場合の注意点
社員の意識向上や会社の成長を期待して、社員に株式譲渡を行う場合があります。しかし、株式譲渡をしたものの、目指す会社の成長ビジョンに合っていなかったという事態も考えられるでしょう。ここでは、会社成長を目的とした株式譲渡の注意点をご紹介します。
創業者の決定権が弱くなる
株式会社における最高意思決定機関が株主総会です。全ての株主によって構成される株主総会では「株式1株につき1票の議決権」とし、経営に関する重要事項を決議します。
株主総会の中でも特に重要な事項を決める特別決議の際には、出席議決権の3分の2以上の賛成が必要です。つまり、3分の2以上の株式を譲渡すると、重要な決議の際に創業者の決定権が弱くなってしまいます。
シナジー効果が期待できない
他社に株式譲渡を行うM&Aは、シナジー効果による事業の拡大や成長が期待できるのが強みです。しかし、自社社員への株式譲渡では、シナジー効果による事業の成長は期待できません。会社の成長を目的とした株式譲渡だとしても、あくまでも社員のモチベーション向上に留まります。
株主総会への影響
株主の構成が変わる株式譲渡は、株主総会への影響も考えられます。経営上の大きな決定を行う株主総会だからこそ、社員に議決権を与えたくないと考える経営者もいるでしょう。また、社員も責任が伴う株主総会の議決権を持ちたくないかもしれません。
このような双方の思いを考慮した上で株式譲渡をするなら、種類株式のひとつである「議決権制限株式」を活用しましょう。議決権制限株式とは、議決権を制限する株式です。配当金の受け取りに議決権の有無は関係ないので、社員の意識向上による会社の成長を目的とした株式譲渡で議決権制限株式を使用しても問題ありません。
譲渡の決まり
中小企業では不都合な株主を回避するために、譲渡制限株式を用いているところがほとんどです。このように、全ての株式を譲渡制限株式にしている株式会社は「非公開会社」と呼ばれます。非公開会社の場合、社員が勝手に自社株を譲渡する心配はないでしょう。
一方、上場企業では社員が勝手に自社株を譲渡するというケースが十分起こり得ます。そのようなリスクを回避するためにも、持株会の設立時には「定款で株式譲渡制限を規定する」と決めておきましょう。
退職時の決まり
社員に株式譲渡をする場合、退社時の自社株の取り扱いについて考えなければなりません。例えば、元社員が死亡すると株式は資産という扱いなので、相続トラブルの原因になる場合もあるでしょう。
退職時に配慮した種類株式には、「取得条項付株式」があります。取得条項付株式とは、定款で定めた一定の事由が発生した際に、会社が株主の意思に関係なく株式を買い取ることができる種類株式のことです。一定の事由に「株主が死亡したとき」「株主である社員が退社したとき」と定めれば、自社株保有によるさまざまなトラブルが防げます。
社員に自社株を譲渡する主な手段
自社社員への株式譲渡を検討している方の中には、どのような手段で譲渡すればいいのか分からない方もいるのではないでしょうか。企業が自社社員に自社株を譲渡する手段として挙げられるのは、一般的な現金を対価とした株式譲渡以外に「株式報酬制度の採用」と「従業員持株会の設置」の2つがあります。一般的な株式譲渡で事業承継することは前述の連帯保証や資金調達の問題からハードルが高いことから、ここでは少数の株式を譲渡する方法として、それぞれ2つの手段の特徴について解説します。
株式報酬制度を採用する
株式報酬制度とは、社員に自社株を報酬として渡す方法です。中でも、採用する企業が多い代表的な制度として「ストックオプション」が挙げられます。
ストックオプションとは、会社が社員に対して自社の株式を事前に定めた価格(権利行使価格)で将来取得する権利を与える制度のことです。事前に定めた価格よりも時価が高くなれば高くなるほど利益が増える性質上、社員のモチベーション向上につなげられます。
従業員持株会を設置する
従業員持株会とは、従業員が毎月一定額を持株会へと拠出すると対価として自社株が取得できる制度のことです。従業員持株会が従業員の給与・賞与から天引きした対価費用をまとめた上で、従業員の窓口として自社株を購入します。
中長期的に拠出額に応じた配当金や奨励金(社員の拠出に対して会社が払う金銭)を得られることから、資産形成を支える福利厚生の一環と位置付ける企業も多いようです。また、従業員持株会は企業の安定株主として機能するという側面があります。
株式報酬制度を利用する方法
中小企業が株式報酬制度を利用する場合、主な流れとして「株価算定をする」「株式譲渡を行う」の2ステップがあります。株価算定は中小企業だからこそ入念に行う必要があり、株式報酬制度における重要ポイントと言えるでしょう。ここでは、株式報酬制度を利用する方法についてご紹介します。
株価算定をする
株式を報酬として社員に譲渡する場合、自社株の価値を決める「株価算定」が欠かせません。株式を公開している上場企業は市場価格が明らかですが、非上場企業は株価算定をしなければ株式の評価ができないためです。
非上場株式の株価算定では、「原則的評価方式」あるいは「配当還元方式」を使用します。株式の評価額が高めに算出される原則的評価方式に対し、配当還元方式による評価額は比較的低めになるのが特徴です。一般的に、株式報酬制度を採用したときのように譲渡する自社株が少ない場合は、配当還元方式が採用されます。
株式譲渡をする
自社株の株価算定が終われば、社員に株式譲渡をします。報酬として株式譲渡を行うことで、社員の経営参画意識が芽生え、モチベーションも向上するでしょう。会社の業績や利益が上がった結果、株式価値が増すことや配当金が増えるという好循環が形成され、会社の成長が期待できます。
従業員持株会を利用する方法
従業員持株会は福利厚生の一環としてアピールできるだけでなく、社員のモチベーションの向上にも有用です。従業員持株会を設置する際には、「株式譲渡を行う範囲を決める」「規約を作る」「説明会を開く」「株式譲渡を行う」というプロセスを踏みます。ここでは、従業員持株会を利用する方法について見ていきましょう。
株式譲渡を行う範囲を決める
まずは、従業員持株会の参加資格について明確な規定を設けます。どの社員まで株式譲渡を行うのかという範囲をあらかじめ決めておけば、将来起こり得るトラブルの回避に役立つでしょう。例えば、参加資格は正社員と子会社の社員のみに限定し、パートやアルバイトのような非正規社員を含まないというように具体的に決めます。
規約を作る
規約を作り、従業員持株会を設立します。例えば、以下のような項目を規約に明記することで条件を定めることが可能です。
・入会、退会について
・会員の範囲
・種類株式の発行
・取得対象株式
・拠出金額の上限
・奨励金の支給の有無
・奨励金付与比率
・退会時の買い取り方法や金額
・規約変更について
しかし、規約は従業員持株会の体制や運営に直結する要素です。できる限り細かく漏れのないように作成した方がよいでしょう。
説明会を開く
従業員持株会の規約の作成後には、社内関係者に対して説明会を実施します。また、労働組合や主要株主の代表者には、設立後のトラブル回避のために別途説明会を実施しましょう。従業員持株会の対象となる社員にも説明会を行い、最終的には従業員持株会への参加へとつなげます。
株式譲渡を行う
従業員持株会の体制や運営方式を万全に整え説明会を開催したら、従業員持株会を利用した株式譲渡を行います。従業員持株会による株式譲渡は、一定額を社員の給与や賞与から拠出し、その対価費用で自社株を買い付ける方法です。社員の拠出金額に応じて自社株が分配されるだけでなく、規約で定めた配当金や奨励金も獲得できます。
株式譲渡は専門家に相談しよう!
社員への株式譲渡は、目的の達成やメリットが期待できるものの、専門な知識を要することから導入をためらっている経営者の方が多いのではないでしょうか。社員への株式譲渡を検討しているなら、株式会社M&A DXへご相談ください。
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まとめ
事業承継や社員のモチベーション向上のために、社員に株式譲渡を行うケースがあります。しかし、社員への株式譲渡にはメリットだけでなくデメリットも存在し、株価算定のような専門的な知識が必要なことから自力で行うには難しいと言えるでしょう。
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