M&Aで使用されるタームシートとは
タームシート(Term Sheet)は、一般には当事者間で基本合意した契約の概要や骨子などを箇条書きにした文書を言います。
M&Aで使用されるタームシートは、基本合意契約書の作成のために売り手と買い手の間で合意した合意事項を箇条書にした文書のことになります。 M&Aの交渉においてタームシートを作成する義務はありませんが、毎回、当事者が合意した内容を書面に残すことは交渉を効率的に進めるためには非常に有効な方法です。 ただし、この合意は暫定的な合意なので後日変更することも可能です。
タームシートと同様の使い方をする書類に、国際取引でよく使用されるLOI (Letter of Intent) 及びMOU (Memorandum of Understanding) がありますが、この2つはタームシートと同じ意味で使用されることもあり明確な区分はありません。また、M&Aにおいて、LOIは一方の当事者が相手方に対する「意向表明書」、MOUは「基本合意契約書」の意味で使用されることがあります。
LOIやMOUも決まった様式はなく、タームシートと同様に箇条書きや時には契約書と同等の様式のものもあります。タームシートはメモの意味合いが強いのでサインするケースはそれほど多くありませんが、LOIやMOUは双方がサインするのが一般的でビジネスの世界ではタームシートよりもやや契約書に近いイメージがあります。
M&Aにおけるタームシートの役割
M&Aの契約をまとめるには、数ヶ月から場合によっては1年を超える期間に渡り売り手と買い手の間でさまざまな交渉をしなければなりません。そこで、重要項目から順に話し合い合意できた内容をタームシートとして残すことで、次の交渉の際にはその合意事項を基盤として、次の検討事項の協議をスタートすることができます。
M&Aにおけるタームシートの主たる役割は、基本合意契約書の内容を効率的にまとめることですが、具体的には次の4つの役割があります。
・M&Aに関し、当事者間で合意できていない事項を明確にする
・M&Aに関し、各当事者が社内承認を得るための添付書類とする
・秘密保持義務や独占交渉権など、法的拘束力がある事項を明確にする
M&Aでタームシートを作成するタイミング
M&Aのプロセスの中ではさまざまな契約の締結が必要になりますが、通常必要となる契約書等は次の5種類になります。
・アドバイザリー契約書
・意向表明書
・基本合意契約書
・最終契約書
タームシートは、売り手と買い手の交渉で合意した基本事項をまとめ基本合意契約書を作成するためのベースとするので、作成するタイミングは「④基本合意契約書」の前になります。また、基本合意契約書を作成せず、タームシートからダイレクトに最終契約書の作成に移行するケースもありますが、その場合にはタームシートは「⑤最終契約書」の前に作成し基本合意契約書の代わりを果たすことになります。
関連記事「M&Aにおける秘密保持契約とは?締結時期から記載内容まで解説」
関連記事「M&Aをする場合に必要な契約書の種類と役割、書式と注意点を解説」
M&Aにおけるタームシートの内容
M&Aにおけるタームシートは基本合意契約書を作成するための売り手と買い手の合意メモなので、基本合意契約書に準じた項目を記載します。
M&Aに関する基本事項
M&Aにおけるタームシートに記載する基本事項としては次の項目が考えられます。
・M&Aの対象案件(企業・事業)
・M&Aのスキーム(株式譲渡・事業譲渡等)
売買価格
タームシートに売買価格を記載する場合には、 法的拘束力のないおよその合意金額になります。 この場合、デューデリジェンスの結果によって、金額の変更すが可能である旨を付記します。
スケジュール
タームシートに記載する場合は、基本合意契約書の締結 ⇨ デューデリジェンスの実施 ⇨ 最終契約書の締結 ⇨ クロージングまでの流れに関し、大まかなスケジュールを記載します。
デューデリジェンスへの協力義務
売買金額は、 M&Aの対象となる企業や事業のデューデリジェンス(買収監査)を実施した後に正式に算定します。 その際に、売り手の協力がなければデューデリジェンスをスムーズに実施できないため、タームシートには売り手の協力義務を明記します。
独占交渉権
独占交渉権とは、特定の買い手だけが独占的に売り手と交渉できる権利で、買い手に有利な権利になります。仮に、売り手が独占交渉権を持っている買い手以外の第三者と同時期に交渉を行うと、独占交渉権を持っている買い手にとっては違約金や損害賠償の請求対象となります。
秘密保持義務
M&Aの交渉を進める際には、さまざまな秘密情報の開示が必要となるので、当該情報が第三者に開示されないように秘密保持義務や情報が漏洩した場合の損害賠償などを定めておくことが重要となります。
有効期限
タームシートに記載する独占交渉権や秘密保持義務などに法的拘束力を持たせる場合には、同時に有効期限を定めておかなければいつまでも権利や義務が継続することになりますから注意しましょう。
上記の他に、M&A後の経営方針、役員や従業員の処遇、費用負担、管轄裁判所、準拠法、損害賠償などの基本合意契約書と同等の項目を記載する場合もあります。
M&Aで作成したタームシートに法的拘束力は必要か
M&Aの交渉の中で作成したタームシートは、何度でも修正できるように法的拘束力を持たせないのが一般的ですが、項目によっては法的拘束力を持たせた方が良い場合があります。特に、以下の3点についてはそのままでも法的拘束力があるという解釈もできますが、明記していなければ紛争の可能性があるので法的拘束力を持たせる旨の記載が必要です。
・買い手の独占交渉権
・各当事者の秘密保持義務
重要な秘密情報の開示を伴う場合には、タームシートで簡単な守秘義務を定めるよりも、秘密情報の定義、秘密情報に含まれる媒体、開示可能な範囲、解約時の秘密情報の処分、損害賠償などに関し定めた秘密保持契約書を作成し締結することをおすすめします。
上記とは逆に、デューデリジェンスの結果によって変わる可能性があるM&Aのスキームや売買価格などの条件に関する部分は、法的拘束力を持たせない方が良い項目になります。
M&Aにおけるタームシート作成のポイント
M&Aにおけるタームシートを作成する場合には、売り手と買い手の間で合意できた項目だけを記載するのではなく、合意が必要な項目を全て記載しておくことが重要となります。その上で、合意できた項目とできていない項目を明確にし、合意できていない項目にはその理由や課題などを明記することも必要です。
秘密保持義務に関しては、上場企業には金融商品取引所規則による適時開示義務や、金融商品取引法による法定開示義務があるので、秘密保持義務だけではなく内容によっては公表できる旨を定めなければなりません。
また、タームシートは正式な契約書とは性質が異なるため交渉担当者間だけで交わすケースもありますが、法的拘束力に関わる部分や上場企業の各種開示義務に関する部分もあるので、失敗しないためには法務部門のチェックを受けながら進めることがポイントになります。
まとめ
M&Aに関する契約の交渉は何度も行う必要があるので、面倒でも毎回タームシートを作成し記録として残しましょう。売り手と買い手の間で、合意できた事項と次回のテーマや論点をタームシートとして共有することは、契約の交渉をスムーズに進める上で非常に重要となります。
また、デューデリジェンスに対する協力義務、独占交渉権、秘密保持義務などに法的拘束力を持たせる場合や、上場企業の各種開示義務に関わる項目については内容も含めて法務部門のチェックを受けながら進めましょう。