事業譲渡にかかる税金の種類と税率
事業単体で売買する形式の事業譲渡では、事業を売ることで得た利益や事業を買うことで得た資産に対して税金がかかります。そのため税金は、譲渡側・譲受側の双方に課税されます。
譲渡側には売却益に対する「法人税」が、譲受側には取得された資産に対して「消費税」が課税されます。課税対象の価値が上がれば、それだけ税金も上がります。この項目では、事業譲渡で発生する税金の種類と税率について解説します。
事業を譲渡した側は法人税などがかかる
事業を売却した場合、譲渡側で売却益に対する課税が発生します。譲渡側の株主個人には、課税されません。なお、個人が株式を譲渡した場合、株式譲渡で売却益が出た場合には所得税がかかります。株式譲渡で発生する所得税率は、約20%です。
法人税の税率は、実効税率と呼ばれます。実効税率とは、法人の所得金額に対してかかる「地方法人税」「法人住民税」「事業税」のそれぞれの税率を合計した額の割合(合計税率)のことです。
この法人税の実効税率は、概算で約31%です。ただし、これよりも税金の割合が低くなることも高くなることもあります。例として、譲渡側の企業に繰越欠損金があり事業譲渡による売却益が圧縮されたりするなどの場合です。
昨今では法人税率を引き下げる動きが進んでいることもあり、今後、税率が変わる可能性も考えられます。
事業を譲り受けた側は消費税がかかる
事業譲渡で事業を取得した場合、譲受側が支払う税金は消費税です。事業譲渡の際、売却された事業の中の課税資産に対し、消費税が発生します。事業の課税資産には、主に以下があります。
・有形固定資産…建物や機械など、形があり目に見える資産のこと
・無形固定資産…営業権、商標権、特許権など、形がなく目に見えない資産のこと
・棚卸資産…販売目的で企業が保有している商品や製品のこと
これらの資産にかかる消費税は、買取り金額に課税されます。なお、株式譲渡を実施した場合、株式に対して消費税は課税されません。
【関連記事】事業譲渡にかかる消費税とは?課税・非課税資産の分類や計算方法
実際に売却する日まで税金の額を確定することができない
事業譲渡を行う際「どれくらいの税金がかかるのか」は、譲渡側・譲受側ともに正確な額を取引当日まで確定することは難しいケースが多いです。譲渡側が保有する棚卸資産の数量・価値は一定ではなく、在庫状況などにより変動しています。譲渡側企業の資産価値も日々変動するため、互いに具体的な金額が不明なまま事業譲渡の日を迎える可能性が高くなります。
事業譲渡の当日に棚卸資産がどれだけ残っているか前もってわかっていれば、支払う消費税の額も判明しますが、不確定要素が多いため事前の計算はしにくいといえます。事業譲渡の際の買取り金額が高くなれば同時に発生する税金の額も増えるため「想定していたよりも高い」という結果になることがあるかもしれません。
事業譲渡と株式譲渡の比較
M&Aを検討するとき、事業譲渡と株式譲渡のどちらがよいのか迷う方もいると思います。事業譲渡と株式譲渡では売買する内容もメリットも異なりますので、M&Aを行う目的や得たい内容によって譲渡方法は変わります。ここでは、事業譲渡と株式譲渡の違いとそれぞれの特徴について解説します。
事業譲渡と株式譲渡はどう違うか
事業譲渡と株式譲渡は、どちらも経営権の譲渡ですが大きな違いがあります。事業譲渡は企業そのものではなく、企業が運営する「事業」を売買するという方法です。
一方、株式譲渡は経営者が保有する「株式」を売却し、企業全体の「経営権」を移します。株式のみではなく経営権を売買するため、新たな経営者になることで企業の社風が変わることもあります。
税金面は、事業譲渡の場合は譲渡側では法人税が、譲受側では消費税がかかります。株式譲渡の場合は譲渡側個人では所得税・住民税が、譲渡側法人では法人税が課税されます。また、事業譲渡では取引した事業に必要な商品や固定資産、従業員、取引先などの資産・負債を譲渡します。株式譲渡は、企業が所有する全ての資産・負債と運営するすべての事業の経営権などを譲渡します。
譲渡の流れも少し異なります。事業譲渡の場合は重要性の高いものは株主総会の決議、株式譲渡の場合は取締役会の承認(取締役会がない場合は株主総会)が必要です。その後、代金の授受のほか、事業譲渡では対象とした資産の譲渡・譲受、株式譲渡では株主の名義書き換えなどが行われます。
事業譲渡と株式譲渡のメリット・デメリット比較表
事業譲渡 | 株式譲渡 | |
---|---|---|
譲渡範囲 | 企業の事業 | 企業の株式 |
税金 | 法人税、消費税 | 所得税、住民税、法人税 |
契約 | 事業譲渡契約 | 株式譲渡契約 |
売買対象 | 事業(棚卸資産、従業員、取引先など) | 株式(企業の経営権など) |
譲渡側 | 法人、個人 | 株主 |
譲受側 | 法人、個人 | 法人、個人 |
譲渡側のメリット | 会社全てではなく、ノンコア事業のみを譲渡することも可能。譲渡後も法人格を残すことができる。 | 個人として現金化できる。所得税率約20%のみの課税で、売却益を多く受け取ることが可能。 |
譲受側のメリット | 範囲を決め、必要な事業(資産)のみを手に入れることができる。薄外債務を引き継ぐリスクが少ない。 | スタンドアローン問題が生じづらい。許認可がそのまま引き継がれる。 |
譲渡側のデメリット | 負債を引き継いでもらえない、譲渡出来ない可能性がある。法人税の支払いが発生する。手続きが煩雑。 | 所得税(法人税)の支払いが発生する。譲渡後は法人が残らない。 |
譲受側のデメリット | 多くの許認可は再取得する必要がある。消費税の支払いが発生する、手続きが煩雑。 | 必要な経営資源だけでなく、薄外債務も一緒に引き継いでしまうリスクがある。 |
事業譲渡がよいケース
事業譲渡がふさわしいケースとそうでないケースがあります。次のような場合は、事業譲渡をおすすめします。
譲渡側…事業を譲渡した後も、既存の会社の枠組みを残したい。後継者に本業は任せ、残した事業に注力したい。全ての事業ではなく、ノンコア事業や不採算事業のみを切り離したい。売却対価で、残った事業や新規事業に投資したい。譲渡後も、法人格を使い続けたい。
譲受側…必要な事業だけを個別に選んで譲受したい。譲渡側が抱えている有利子負債や未払い給与、薄外債務を引き継いでしまうリスクを避けたい。
株式譲渡がよいケース
事業譲渡よりも株式譲渡のほうが取引規模は大きくなりますが、以下の場合は株式譲渡の方が適しているといえます。
譲渡側…後継者はいないが、廃業は避けたい。従業員全員の雇用を維持したい。創業者利潤を多く獲得し、老後資金などに使いたい。できるだけ速やかに手続きしたい。
譲受側…会社全体の経営権を得たい。事業譲渡と違い、スタンドアローン問題が生じづらい。対象会社が保有する許認可を譲受後も継続して利用したい。資金が十分にある。あまり手間をかけずに会社を手に入れたい。
事業譲渡と株式譲渡、節税効果はどちらが高いか
事業譲渡の場合は「約31%の法人税」、株式譲渡の場合は「約20%の所得税」が、それぞれの売却益に対して課税されます。この数字だけを見ると、税率が低い株式譲渡の方が、節税効果があるように見えます。
また、事業譲渡の譲渡益にかかる法人税を抑えることはできない一方で、株式譲渡の場合は株主が受け取る退職金の額を調整することで、税金を減らすことができます。
ただし、どちらの方法があなたのニーズに沿っているか、自分たちだけで正確に判断することは難しいでしょう。譲渡する企業の事業規模や株価(時価)、今後の資金用途など様々な要因があります。そのため、実績が豊富なM&A仲介会社に依頼するなど、プロによる企業分析やスキーム比較を行ったうえで検討することをおすすめします。
事業譲渡に際して気を付けるべきこと
事業譲渡は互いに必要な事業のみを残したり受け継いだりできる一方で、必要な手続きや起こり得るトラブルも存在します。具体的には、事業譲渡によって発生する契約の再締結や従業員の雇用まき直しなどです。事前に理解しておき、いざというときに慌てないようにしましょう。この項目では、事業譲渡を実施する際に注意すべき点について解説します。
契約関係の見直しと再締結が必要
事業譲渡を行うと、その事業を運営する企業自体が変わることになります。そのため、譲受側は新たに各種契約を結びなおす必要が出てきます。オフィスの家賃の支払いや電話代、備品の発注など、各種支払いに関する名義変更も、漏れなく行わなければいけません。
事業譲渡の際はこれまでの契約関係を見直し、契約の再締結や名義変更の手続きを忘れずに行いましょう。また、譲受側にとって不要な契約がある場合には、早期に解約することやそもそも契約を再締結しないことも必要です。
既存の従業員との関係性
事業譲渡を実施した場合、譲受側は従業員も引き継ぐため雇用契約を再度結び直すことになります。従業員が事業譲渡や譲受後の処遇に関して納得していなかった場合は、雇用契約の再締結をせず退職してしまう可能性があります。退職者が多数発生してしまうと、人が足りないことが原因で事業価値が毀損してしまったり、最悪の場合事業の継続が難しくなってしまうでしょう。
雇用契約の覚書を交わしておく、事業譲渡に対する相手の意志を確認しておくなどの対策が必要です。
無料で事業譲渡した場合税金はどうなるか
事業譲渡を実施する際、基本的には有償で金銭が発生します。しかし場合によっては無償で行うこともあります。無償で事業譲渡をしても、税金は発生します。ただし相手が個人なのか法人なのかなどによっても変わるため、無償で事業譲渡を検討している場合は注意が必要です。ここでは、無償で事業譲渡を実施した際にかかる税金について解説します。
事業を譲り受けた側にかかる税金
無償で資産超過の事業譲渡を実施した際、買い取った譲受側には「法人税」「所得税」「贈与税」がかかります。
・法人税:譲受側は、事業の譲渡により時価で譲渡側の資産・負債を取得したことになるため、貸方には受贈益という利益が計上されます。
・所得税: 譲渡側と譲受側の雇用関係の有無によって変わります。譲渡側が法人で譲受側が個人の場合には給与所得になり、それ以外は一時所得です。
・贈与税:個人同士が事業譲渡を行った場合、譲受側は譲渡側の資産時価と負債時価との差額に贈与税が発生します。累進課税のため、当該差額が大きくなれば、その分税率もアップします。
贈与税には、一般税率と特例税率の二種類があります。無償で事業譲渡を行い要件を充たしている場合、特例税率の適用で、税金の額を抑えることが可能です。
事業を譲渡した側にかかる税金
事業を無償で手放す譲渡側には「法人税」「所得税」「消費税」が課税されることになります。
・法人税:有償でなく無償で法人が事業譲渡を実施した場合でも、税務上その時価に対する法人税は課税されます。譲受側の個人が譲渡側の役員・従業員である場合は賞与、雇用していない場合は寄附金という処理になり、役員である場合は役員賞与として否認されるケースが多く、寄付金は限度額を超える部分が損金ではなくなります。
・所得税:譲渡側が個人で譲受側が法人の場合は、税務上はみなし譲渡所得課税が課税されます。無償で事業譲渡を行う場合の対価は発生しませんが、税務上は時価で売却して売却益を得たことになるため、所得税が課税されます。 譲受側が個人の場合は、所得税の課税はありません。
・消費税:無償の事業譲渡の場合にはそもそも対価が発生していないため、消費税はかかりません。
事業譲渡の流れ
事業譲渡を実行するには、事業譲渡先を決めたり選定企業を分析したり情報収集が必要です。また取締役会での決議や契約の締結、届け出など必要な手続きが複数あります。
事業を運営しながら自社だけで事業譲渡の準備を行うのは大変なため、信頼できるM&A仲介会社と連携して進めることをおすすめします。この項目では、事業を譲渡する一連の流れについて解説します。
事業譲渡先の選定と企業分析
数ある企業の中から、事業譲渡に適した企業を選定します。その後は選定企業に対し、主に以下の項目を分析します。
・選定企業の強み(技術や販路、自己資本比率など)、弱み(ネットワークの少なさ、従業員の高齢化など)
・経営の方向性
・事業の課題
・仕入から売上までの主な流れ
・事業譲渡を実施することによるシナジー効果
・損益計算書、貸借対照表分析
これらの項目を自社で情報収集し、正しく分析することは難しいため、M&A仲介業者などの専門企業に任せることが多くなります。
譲渡先との合意と契約書の取り交わし
双方の話し合いの結果、譲受側が交渉を進めていきたいということになった場合、「意向表明書」という書面が交付されます。
意向表明書は、譲受側が譲渡側へ意向を伝える目的を持ち、譲受側が基本的な条件を提案する内容になっており、以下のような内容が記載されています。
・買収の目的や希望金額
・希望するスケジュール
・デューデリジェンスの範囲
・従業員や役員に関すること
譲渡側と譲受側の間で合意が得られたら、基本合意書の締結を行います。基本合意書には、以下のような内容が記載されています。
・取引条件や価格
・事業譲渡のスケジュール
・デューデリジェンスの範囲
・法的拘束力の範囲
・従業員の雇用に関すること
・競業避止義務に関すること
・商号続用時の免責登記に関すること
この契約に独占的交渉権が含まれていた場合、契約締結後の他社との売買交渉は不可となります。
譲渡先からの買収監査(デューデリジェンス)
基本合意契約の締結後は、譲受側は譲渡側の事業内容の調査(デューデリジェンス)を実施します。デューデリジェンスでは財務・税務や法務の調査などが行われ、税理士や公認会計士、弁護士などの専門家が担当します。
具体的には、譲渡事業の収益性や簿外債務の有無、事業価値などを調べたり、訴訟や紛争を抱えていないか、譲渡企業の法令が順守されているかなどを調べたりします。
デューデリジェンスの結果は、譲受側がM&Aを行うかどうかや、買い取り価格を決定する材料となります。
【関連記事】デューデリジェンスとは?意味や目的、実行のポイント
事業譲渡への取締役会の決議
事業譲渡を行う場合は取締役会を開き、決議を行います。譲渡側・譲受側ともに、取締役会を置いている企業では、取締役会の決議は必ず行わなければいけません。理由は、事業譲渡は互いに重要な財産を譲ったり、譲られたりする性質を持っているためです。
取締役会の中では、具体的な事業の売却または取得について、事業譲渡価額、各種諸条件など、事業譲渡における基本的事項を決めます。取締役会の決議後、事業譲渡に関する覚書や契約書を締結します。
譲渡先からの届出
有価証券報告書の提出義務がある会社は、一定以上の規模の事業譲渡契約を締結した後、譲渡側・譲受側ともに、内閣総理大臣に対し「臨時報告書」を提出します。
また、一定以上の規模の事業を譲受する際は、譲受側は事前に「事業等の譲受けに関する計画届出書」を公正取引委員会へ提出、受理される必要があります。
事業譲渡の告知と株主への広告
株式会社の場合、事業譲渡の効力が発生する20日前までに株主全員に通知する義務があります。
事業譲渡で株主総会を開く際には、電子公告や官報公告で告知したり、株主に郵便を送ったりするなどして事業譲渡契約の締結を知らせ、株主総会を招集します。
株主総会での承認
譲渡側の企業では、議決権の過半数を持つ株主が株主総会に出席し、かつ、株主のうちの3分の2以上が賛成することが、株主総会の議決の要件です。ただし、譲渡側の資産の帳簿価額がその会社の総資産の5分の1以下の場合は、特別決議を行う必要はありません。
譲受側も株主総会の特別決議が必要ですが、事業の一部を譲受する場合と、全ての事業を譲受する際の取得対価の財産の帳簿価額がその会社の純資産額の5分の1以下の場合、特別決議は不要です。
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事業譲渡に反対する株主からの株式買い取り請求
事業譲渡に反対する株主から株式の買い取り請求があった場合、企業側は株主総会を開き、特別決議の承認を得なければいけません。事業譲渡に反対する株主は株式買取請求権の行使ができます。
株式を適正価格で買い取ることで、事業譲渡に反対する株主を経済的に保護する目的があります。株主からの買い取り請求に対する手続きの期限は、事業譲渡の効力発生日から60日以内です。
ただし、事業譲渡だけでなく解散の決議が実施された場合、株主は保有している株式を買い取ってもらう権利が認められなくなります。
名義変更と認可手続き
双方であらかじめ設定していた譲渡日がくれば、事業譲渡は完了となります。対象の業種では、事業譲渡後に国や都道府県からの許認可を再度受けることになります。理由は、事業を実施する会社が事業譲渡で変更になったことにより、許認可の効力が失われるためです。
譲渡側の名前で登録されている名義を、譲受側の名前へ変更する手続きをします。時間がかかるため、事業譲渡が行われる前までに済ませておくことをおすすめします。
まとめ
事業譲渡で発生する税金には、譲渡する側と譲受する側で異なります。有償無償に関わらず、移動総資産額に関連して課税されるためとても複雑です。さらに、やらなければならない手続きや期限もあります。
税金は、経営収益に影響が出るため事業譲渡を実施した後で「こうすれば節税できたのに」という事態は避けたいものです。
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