会社分割において、従業員は労働契約承継法により保護される
会社分割はM&Aや事業再編の際に実施されるスキームの一つです。事業を行う会社が変わる会社分割において、従業員を保護するのが「労働契約承継法」です。
労働契約承継法は「会社分割が行われる場合における労働契約の承継等に関し会社法の特例等を定めることにより、労働者の保護を図ることを目的とする。」と厚生労働省が開示している労働契約承継法第一条にも記載されています。
対象は労働契約を締結している全ての従業員が対象で、パートや嘱託職員も含みます。
平成12年に商法等改正で会社分割制度が導入され、特例が制定されました。特例とは、分割会社と承継会社が分割契約等で定めた内容に従って、事業を承継する際には労働契約も承継するという決まりです。労働契約承継法が適用されるのは、株式会社または合同会社が会社法に則り、会社分割をする場合に限ります。
(参考: 『会社分割に伴う労働契約の承継等に関する 法律(労働契約承継法)の概要|厚生労働省』)
会社分割における従業員の保護手続き(労働者の異議申出手続)
会社分割の際は、従業員に対し通知や従業員の異議申出に対応します。ここでは、会社分割における従業員の保護手続きについて解説します。
会社分割の通知
会社分割により、従業員は勤める会社が変わるため、企業には従業員や労働組合に対して事前に通知をする義務があります。
通知の対象労働者(通知を受ける従業員)は以下の通りです。
・分割会社が雇用する労働者(承継事業主要従事労働者を除く)であって、吸収分割契約にその者が当該会社との間で締結している労働契約を承継会社が承継する旨の定めがあるもの(指定承継労働者)
承継事業主要従事労働者とは、分割契約を締結する日に承継される事業に従事している従業員です。承継する事業以外にも関わっている従業員は、承継事業に従事している時間や役割から総合的に判断します。また、人事や総務といった間接部門に従事していても、承継される事業を主業務としているなら主従事労働者です。
通知する内容
分割会社は、通知期限日までに通知の対象労働者に下記に掲げる事項を書面により通知しなければなりません。
通知の対象労働者(通知を受ける従業員)への通知事項
②異議申出期限日
③通知の相手方たる労働者が労働契約承継法2条1項角帽のいずれに該当するかの別
④承継会社に承継される事業の概要
⑤効力発生日以後における分割会社及び承継会社の称号、住所、事業内容及び雇用することを予定している労働者の数
⑥効力発生日
⑦効力発生日以後における分割会社又は承継会社において当該労働者について予定されている従事する業務の内容、就業場所そのほかの就業形態
⑧効力発生日以後における分割会社及び承継会社の債務の履行の見込みに関する事項
⑨労働契約の承継に異議がある場合は、その申出を行うことができる旨及び異議の届け出を行う際の当該申出を受理する部門の名称及び住所、または担当者の氏名、職名及び勤務場所
また、労働組合との間で労働協約を締結している場合は、通知期限日までに、下記に掲げる事項を書面により通知しなければなりません。
労働協約を締結した労働組合への通知事項
②承継会社に承継される事業の概要
③効力発生日以後における分割会社及び承継会社の称号、住所、事業内容及び雇用することを予定している労働者の数
④効力発生日
⑤効力発生日以後における分割会社及び承継会社の債務の履行の見込みに関する事項
⑥分割会社との間で締結している労働契約が承継会社に承継される労働者の範囲及び当該範囲の明示によっては当該労働組合にとって当該労働者の氏名が明らかとならない場合には当該労働者の氏名
⑦承継会社が承継する労働協約の内容(労働契約承継法2条2項の規定に基づき、分割会社が、当該労働協約を承継外車が小計する旨の当該分割契約中の定めがある旨を通知する場合に限る)
通知する期限
通知期限日は労働承継法二条3項で定められた期限です。会社形態や意思決定の手順により、期日が異なります。通知日と通知期限日は以下の通りです。
パターン | 株主総会が「必要」な場合 | 株主総会が「必要ない」場合または合同会社 |
---|---|---|
通知期限 | 分割契約などの内容を承認する株主総会から2週間前の前日 | 分割契約などを締結、または、作成した日から2週間を経過する日 |
会社分割のみを理由にした解雇はできない
労働契約法第16条の規定と判例法理が確立しているため、会社分割のみを理由とした解雇はできません。債務履行の見込みがない事業に引き続き雇用する場合や債務履行の見込みがない事業と共に承継する場合も同様です。
特定の従業員を解雇する目的の会社分割は認められておらず、不当な解雇は法人格否認の法理や公序良俗違反の法理等に抵触する恐れがあります。労働組合員に対して不利益取り扱いをした場合、不当労働行為として救済されることに留意しましょう。
(参考:『会社分割に伴う労働契約の承継等に関する 法律(労働契約承継法)の概要|厚生労働省』)
従業員の異議申出
承継される従業員は、業務や条件といった労働契約に異議があれば申し出ることができます。以下に異議申し立てが可能な条件と期限をまとめました。
異議申し立てが可能な条件
異議申し立てが可能な期限
※異議申出期限日を定めるときは、通知がされた日と異議申出期限日との間に少なくとも十三日間を置かなければなりません
従業員の転籍や出向
会社分割を理由に従業員の解雇はできませんが、転籍や出向は可能です。原則、承継事業主要従事労働者は、個別の同意なく労働契約が承継されます。しかし、労働契約を会社分割の対象とせずに労働者から個別の同意を得る「転籍合意」と呼ばれる手法で承継会社への転籍が可能です。また、分割会社は、法に基づく通知や商法等改正法附則第5条の労働者との協議等の手続を省略することはできません
承継事業主要従事労働者を会社分割の対象とせず、労働契約を維持したまま承継会社と新たな労働契約を締結して出向させる場合も、転籍合意の場合と同様に通知や商法等改 正法附則第5条の労働者との協議等の手続を省略することはできません。
退職金など労働契約の承継
会社分割においては、労働契約全てを承継します。退職金制度や年次有給休暇の日数、退職金の算定に関わる勤続年数承継します。
ただし、既存の会社に事業を承継する「吸収分割」の場合、分割会社の労働契約と既存の承継会社の労働条件が2つ存在しうるため、統一することをおすすめします。
労働条件を変更するには、労働者と使用者との合意が必要です。会社の一方的な都合では変更できず、従業員に不利な契約は避けなければなりません。
また、合意による変更の場合でも、就業規則に定める労働条件よりも下回ることはできません。
使用者が一方的に就業規則を変更しても、労働者の不利益に労働条件を変更することはできません。なお、就業規則によって労働条件を変更する場合には、「内容が合理的であることと」、「労働者に周知させること」が必要です。
承継が認められないケース
会社分割を行う際に、企業は従業員に通知する義務があります。従業員や労働組合に対して通知しなくてはならない事項や期限を守り、異議申出に対応しなければなりません。手続きに不備があると、従業員の承継が認められない場合があります。専門家にサポートしてもらいながら、慎重に進めるとよいでしょう。
会社分割それぞれの特徴
M&Aの手法のひとつである会社分割には、「吸収分割」と「新設分割」の2つがあります。それぞれの違いや特徴を理解すれば、自社に合った会社分割ができるでしょう。ここでは、2つの手法の特徴を紹介します。
既存法人が承継する「吸収分割」
企業の一部の事業、または全ての事業を既存の会社に承継するのが「吸収分割」です。吸収分割には「分社型吸収分割」と「分割型吸収分割」があり、誰が対価を受け取るかによって呼び方が異なります。
分社型吸収分割は、承継の対価を売り手である分割会社が受け取る手法です。企業の親子関係を形成する際に使われる手法で、買い手である承継会社の株式を分割会社が受け取った場合、分割会社が承継会社の株主となります。
分割型吸収分割は、承継の対価を分割会社の株主が受け取る手法です。企業の兄弟関係を築く際によく使われる手法で、株主は分割会社と承継会社の株式を保有します。
新設法人が承継する「新設分割」
会社の一部の事業、または全ての事業を新たに設立した会社に承継する手法が「新設分割」です。新設分割には「分社型新設分割」「分割型新設分割」「共同新設分割」があり、吸収分割の場合と同様に、誰が対価を受け取るかによって呼び方が異なります。
分社型新設分割は、対価を分割会社が受け取る手法です。持ち株会社化するのに適していて、分割会社が新設会社の親会社となります。分割型新設分割は、分割会社の株主が対価を受け取る手法です。グループ企業の再編に向いた手法で、株主は分割会社と新設企業の株式を保有します。
共同新設分割は、2社以上の分割会社の事業を新設会社にまとめる手法です。例えば、グループ会社において親会社と子会社の事業を一部切り離して、新設会社に引き継ぐ場合が該当します。
詳細は「会社分割の手続きはどのような流れで行われるか?手続きの流れからメリット・デメリットまで解説」を御覧ください。
吸収分割と新設分割で異なる従業員問題
会社分割を実施する際には、承継する範囲を策定し、今後問題が起こらないような公平な承継をしなければなりません。さらに、会社分割の手法によって問題の内容は異なります。ここでは、吸収分割と新設分割における従業員問題について見てみましょう。
従業員を引き継ぐ手続きの難易度
吸収分割の場合、既存の企業に従業員を承継します。すでに企業としての体制が確立しているため、比較的簡単に手続きできるでしょう。一方、新設分割の場合、新しい会社を設立して従業員を承継します。企業を新設する手続きやルールの策定する手間がかかります
従業員の流出リスク
会社分割では、事業の一部を承継会社に承継します。事業規模が小さくなり、所属欲求への不安からモチベーションが低下する可能性があります。大企業と中小企業ではステータスや社会的信用も異なるため、承継される従業員に対するケアをおすすめします。
会社分割に関わる裁判例
手続きの不備や従業員との関係維持が難しい場合、裁判に発展する恐れがあります。ここでは、日本アイ・ビー・エム事件と阪神バス事件という2つの裁判例について見てみましょう。
日本アイ・ビー・エム事件
2002年に日本アイ・ビー・エムの不採算部門であるハードディスク事業を日立製作所に売却する際に、日立製作所は受け皿となる新会社(日立グローバルストレージテクノロジーズ)を設立しました。
日本アイ・ビー・エム事件とは、転籍させられた従業員が「従業員の保護が不十分である」として転籍を無効にするよう訴えた事件です。
最高裁まで争いましたが、最終的には「本件の新会社は従業員らに十分な説明や協議を行った」として転籍無効の訴えを棄却しました。
このケースでは、日本アイ・ビー・エムが説明責任をしっかりと果たしていたため棄却されました。従業員への説明が不十分なまま会社分割を進めると、転籍が無効になるケースがあるので注意しましょう。
阪神バス事件
阪急阪神東宝グループの「阪神バス株式会社」は、主にバスによる一般乗合旅客自動車運送事業を行っています。障害を持つバス運転士が阪神バスに対して、前身である阪神電鉄の頃に勤務配慮制度に基づき、協議によって合意した内容以外の勤務シフトについて義務がないことの確認を求めました。勤務配慮の打ち切りが公序良俗ないし信義則に反するとして申立てを認容する決定を下しました。
大阪高裁が「労働契約承継法が、承継事業に主として従事する労働者の労働契約は、当該労働者が希望する限り、会社分割によって承継会社等に承継されるものとしている趣旨にかんがみると、転籍同意方式による契約は、労働契約承継法の趣旨を潜脱する契約であるといわざるを得ず、これによって従前の労働契約とは異なる別個独立の労働契約が締結されたものとみることはできない」と判断し、和解が成立しています。
本件のポイントは、バス運転士への勤務配慮は温情ではなく障害者権利条約の合理的配慮によるものであるという点です。一方的に勤務配慮を打ち切る行為は、公序良俗違反や信義則違反に抵触する可能性があります。
従業員と友好的な事業承継するなら「M&A DX」
分割後も企業の支えている従業員がいなければ企業の価値維持は難しい可能性があります。
従業員と友好的な関係を継続しながら、会社分割を進めるには専門家の意見を取り入れることがおすすめです。M&A DXは、M&Aにおいて、会社分割に多くの実績と豊富な知識を誇る専門家が複数在籍しています。
まとめ
会社分割によって事業を承継する際は、従業員も承継します。従業員や労働組合へ十分な説明をしましょう。また、企業側の一方的な都合による労働契約の変更は、裁判につながる恐れがあります。
M&A DXは「友好的承継で、すべての人を幸せに」を経営理念とし、会社分割に経験豊富な専門家によるサポートを提供しています。会社分割でお悩みの方は、電話、メールまたはチャットなどからお気軽にご相談ください。
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