相続放棄とは
「相続放棄」とは、被相続人(亡くなった人)の遺産を相続する権利を持つ相続人が、相続権を放棄することです。
まず、人(被相続人)が亡くなると、民法で定められた一定範囲の家族が相続人になります。被相続人に配偶者がいれば必ず相続人になり、子、直系尊属(親や祖父母)、兄弟姉妹が、その優先順位で相続人になります。
しかし、場合によっては、家族が「相続人になりたくない」と考えるケースもあります。例えば、下でくわしく説明しますが、預金などのプラスの遺産よりも、借金などマイナスの遺産のほうが多い場合です。また、プラスの財産が多かったとしても、被相続人との関係が悪く、「あの人の遺産などほしくない」と相続人が考える場合もあります。
そこで、相続人であっても裁判所で手続きをすれば相続放棄をできることになっています。
相続放棄をすると、最初から相続人ではなかった扱いになるので遺産は一切相続しません。相続放棄をする際に他の相続人の同意は不要で、裁判所で手続きをすれば単独で相続放棄が可能です。
相続放棄の検討が必要になる3つのケース
相続放棄の検討が必要になるケースには主に3つあります。
(1)プラスの遺産よりマイナスの遺産が多い場合
相続人は、被相続人が保有していた財産に関する権利・義務の一切を承継します。権利は、預金や不動産などの「プラスの財産」、義務は借金や未払金などの「マイナスの財産」です。
被相続人に借金などがあってプラスの遺産よりマイナスの遺産が多い場合、相続人が遺産を相続すると負債を背負うことになって返済しなければいけません。
相続放棄をすれば相続人ではなくなるので、借金を返済する義務を承継することがなくなります。
(2)使い途がなく、不要な不動産が遺産に含まれる場合
土地などの不動産を相続した後に使い道がない場合、固定資産税や維持管理費など費用だけがかかる、いわゆる“負動産”になって困る場合があります。
相続後に不動産の所有権を放棄することは基本的にできないので、相続して困りそうであればそもそも相続しない相続放棄の検討が必要です。
なお、2023年4月から、相続土地国庫帰属制度が始まります。この制度により、不要な土地を相続した後に国に渡すことができますが、この制度で土地を国に渡せるのは一定の条件に該当する場合に限られます。
(3)家族の関係性が悪い場合
相続人(例えば子)と、亡くなった被相続人(例えば親)との関係が悪く、相続人が「あの人の遺産など受け取りたくない」と考えることがあります。
また、相続人同士の関係が悪いと、遺産の分け方を巡って相続人間で争いとなり、場合よっては訴訟などになることもあります。
そんな場合には、相続放棄をすれば、遺産分割は関係なくなります。
相続放棄の手続き期限
相続放棄について最初に知っておきたいのは、相続放棄の手続きができる期間には制限があることです。これは「自己のための相続の開始を知った日から3か月以内」です。相続の開始を知った日は、被相続人が亡くなったことを知った日で、多くの場合は死亡日になるでしょう。また、例えば、相続人が海外旅行中に被相続人が死亡し、その事実を知ったのが死亡の数日後の場合などは、その知った日になります。
この期間を「熟慮期間」とも呼びます。「相続放棄をしたほうがいいか、しないほうがいいかを、よく考える期間」という意味です。
3か月の手続き期限をすぎると、原則として相続放棄ができなくなり、遺産に借金が含まれる場合でも相続してしまうことになるので、注意が必要です。
なお、相続をする場合は、特に手続きをする必要はありません。熟慮期間中に相続放棄の手続きをしなければ、自動的に相続することを認めたことになります。これを「単純承認」といいます。
期間伸長の申立てをすれば期限を延長できる場合がある
熟慮期間は原則として3か月ですが、やむを得ない事情がある場合は、3か月以内に、家庭裁判所に申立てをして、認められれば期限を延長できます。やむを得ない事情とは、相続財産が多かったり、故人と同居していて遺産を把握している相続人が財産の状況を教えてくれなったりして、調査に時間がかかるといったことです。
手続き期限後に、新たに財産や借金が見つかった場合
単純承認をした後に、借金などのマイナスの財産が発見されることもあります。その場合、熟慮期間中に十分な調査をしており、借金がないと信じる相当の理由があったと裁判所に認められれば、後から相続放棄が可能となる場合もあります。
逆に、相続放棄が決定した後に、預金などのプラスの財産が見つかった場合は、残念ながら相続放棄を取り消すことはできません。
相続放棄するときの手続きの流れ
相続放棄の手続きの流れは以下の通りです。
(1)相続財産を調査する
まず、相続財産を正確に調べなければなりません。その上で、マイナスの財産のほうが大きければ、通常は、相続放棄を検討します。先に述べたように、熟慮期間内に相続放棄をするかどうかを決めなければなりませんが、3か月という期間は意外と短いので、早期に着手すべきでしょう。
(2)必要書類を準備する
戸籍謄本などの必要書類を準備します。用意しなければならない書類は「誰が相続放棄をするのか」によって異なります。
▼準備する書類
相続放棄をする人 | 必要書類 |
被相続人の配偶者 | ・被相続人の住民票除票又は戸籍附票 ・申述人の戸籍謄本 ・被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の子、その代襲者 | ・被相続人の住民票除票又は戸籍附票 ・申述人の戸籍謄本 ・被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 ・申述人が代襲相続人(孫、ひ孫等)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の父母・祖父母等 | ・被相続人の住民票除票又は戸籍附票 ・申述人の戸籍謄本 ・被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 ・被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 ・被相続人の直系尊属に死亡している人(相続人より下の代の直系尊属に限る)がいる場合、その直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の兄弟姉妹、その代襲者 | ・被相続人の住民票除票又は戸籍附票 ・申述人の戸籍謄本 ・被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 ・被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 ・被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 ・申述人が代襲相続人(甥、姪)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
(3)相続放棄申述書を作成する
相続放棄をするには相続放棄申述書を作成して裁判所に提出する必要があります。相続放棄申述書の用紙は、家庭裁判所の窓口でも入手できますし、裁判所のホーム-ページからダウンロードもできます。
裁判所|相続の放棄の申述書
出典:裁判所
なお、相続放棄の手続きは「被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」でおこないます。相続人の居住地の管轄裁判所ではないので、間違えないように注意してください。
(4)管轄の家庭裁判所に書類を提出する
相続放棄申述書と必要書類が揃ったら管轄の家庭裁判所に提出します。申請の方法は窓口申請と郵送申請の2つです。
書類を提出する際、連絡用の切手も渡すことになりますが、金額は家庭裁判所によって異なる場合があります。必要な切手の金額や枚数は管轄の家庭裁判所に問い合わせて確認してください。
(5)裁判所から届く照会書に記入して、返送する
書類提出後に不備等がなければ1週間ほどで裁判所から「照会書」が届きます。照会書とは、相続放棄という重要な手続きを本当に本人の意思でおこなっているのか、裁判所が確認するための書類です。届いたら必要事項を記入して返送します。
(6)相続放棄申述受理通知書が届けば、手続き完了
相続放棄が裁判所で受理されると相続放棄申述受理通知書が届きます。相続放棄申述受理通知書は文字通り相続放棄が無事に受理されたことを知らせる通知書であり、この通知書が届けば相続放棄の手続きは完了です。なお、通知書を紛失すると再発行はできないので、大切に保管してください。
相続放棄にかかる費用
相続放棄では、相続放棄申述書に貼付する印紙代800円、戸籍謄本などの必要書類の取得費用や郵便切手代などがかかります。必要書類の種類はケースによって異なるため取得費用は一概にいくらとはいえませんが、数千円程度かかると考えておけばよいでしょう。
また相続放棄の手続きを弁護士や司法書士に依頼する場合は報酬の支払いが必要です。弁護士事務所・司法書士事務所によって報酬額は異なりますが、弁護士に依頼する場合の相場は5万円~10万円程度、司法書士に依頼する場合の相場は3万円~5万円程度です。
「相続放棄申述受理通知書」と「相続放棄申述受理証明書」の違い
相続放棄の手続きが完了した後に裁判所から届く「相続放棄申述受理通知書」と名称がよく似た書類に「相続放棄申述受理証明書」があります。この2つは名前が似ているため混同されがちですが、以下のようにまったく異なる書類なので注意してください。
相続放棄申述受理通知書 | 相続放棄申述受理証明書 | |
取得できる人 | 相続放棄の申立てをした人のみ | 他の相続人や利害関係者も取得可能 |
発行手続き | 不要(相続放棄の手続きが完了すると裁判所から届く) | 必要(発行手続きをすると申請者に届く) |
再発行 | 不可 | 可 |
費用 | かからない | 150円 |
相続放棄申述受理通知書は相続放棄が受理されると相続放棄をした人に届きますが、相続放棄申述受理証明書は他の相続人や利害関係者でも取得が可能です。
例えば、被相続人にお金を貸していた債権者が裁判所で手続きをして相続放棄申述受理証明書を取得する場合があります。これは、被相続人がした借金の返済を債権者が相続人に対して請求する際、相続放棄をしている人には返済を請求できないので、まずは相続放棄申述受理証明書を取得して誰が相続放棄をしているのか確認する必要があるためです。
一方で相続放棄をした人からすると、被相続人にお金を貸していた債権者から相続放棄申述受理証明書の提示を求められることがあるので、その場合には裁判所で発行手続きをおこなって債権者に提示します。その他にも相続放棄をした人以外の人が金融機関で手続きをする際や不動産の登記をする際に相続放棄申述受理証明書が必要になる場合があります。
相続放棄に関する注意点
相続放棄では注意すべき点がいくつかあるので紹介します。
相続放棄をすると原則として撤回ができない
相続放棄は相続の法的権利関係に影響を与える重要な手続きなので、手続きが受理されると原則として撤回ができません。後になってから「相続放棄をしないほうがよかった」と思っても撤回できないので、相続放棄をするかどうか決める際には慎重な検討が必要です。
例外的に撤回が認められるケースとしては、詐欺や強迫によって相続放棄をした場合が考えられますが、このようなケースは多いとはいえません。そのため相続放棄後の撤回は基本的にできないと考えたほうが良いでしょう。
遺産の処分などをしてしまうと、相続放棄ができなくなる場合がある
熟慮期間中に遺産を売却したり、処分(廃棄)したりすると、遺産を自分の財産として扱うことを認めたとして、単純承認したものとされ、相続放棄ができなくなる場合があります。
特に注意が必要なのは、
・被相続人が入所していた介護施設などへの未払金を、被相続人の財産から支払った。
・被相続人の借金を請求されたので、自分の財産から支払った。
といった行為をしてしまうと、単純承認したと見なされてしまうことです。十分に注意してください。
相続放棄をした人の子は代襲相続人にならない
代襲相続とは、本来の相続人に代わって別の人が遺産を受け継ぐ相続のことです。例えば、相続開始時点で本来の相続人が既に亡くなっている場合、本来の相続人に子がいればその子が代わりに相続人(代襲相続人)になって遺産を相続します。
しかし、相続人が相続放棄をした場合、その人は最初から相続人ではなかったということになるため、子がいたとしても、代襲相続は発生しません。
生命保険金や遺族年金は相続放棄をしても受け取れる
相続放棄をすると遺産を一切相続できなくなりますが、生命保険金や遺族年金は相続放棄をしても受け取れます。生命保険金や遺族年金は、被相続人が所有していた財産ではなく、相続人固有の財産です。相続放棄によって相続できなくなる遺産にはあたらないのです。
相続時精算課税により生前贈与を受けていた場合
相続時精算課税制度を使って財産を生前贈与されていた場合でも、相続放棄はできます。しかし、相続放棄をしても、生前贈与された財産が、相続税の課税対象になることには変わりません。
贈与された財産額によっては、相続放棄をしても相続税がかかることがあります。
相続放棄をしても、財産の管理義務が生じる場合がある
自分が相続放棄をした後に相続人になる人がいない場合、相続放棄をした後も財産の管理義務が生じます。例えば遺産に含まれる家を放置して、空き家のままにして火災や害虫被害が発生した場合、近隣住民から損害賠償を請求される可能性があるということです。
相続財産の管理義務を負わないようにするためには、裁判所で手続きをして相続財産管理人を選任する必要があります。
相続放棄ではなく限定承認を選択すべきケースとは
「限定承認」とは、プラスの遺産の範囲内でマイナスの遺産も相続することです。例えば、1億円の自宅不動産と、2億円の借金があった場合、限定承認をすれば、自宅不動産と1億円分だけの借金を相続するということになります。
例えば、借金を相続しないために相続放棄をしてしまうと、土地や家を手放すことになって遺族が住む場所に困る場合でも、限定承認であれば土地や家を残せる点がメリットです。
また、もしかしたら借金が多額にあるかもしれないという場合でも、限定承認をしておけば、プラスの財産以上の借金を相続することはありません。
ただし、限定承認には、すべての相続人の同意が必要なので1人でも反対すると限定承認は選択できません。また裁判所での手続きに手間や時間がかかる点もデメリットです。
相続放棄の手続きを弁護士・司法書士に依頼するメリット
例えば、被相続人が事業家だった場合などは、遺産に含まれるプラスの財産も、マイナスの財産も両方とも多く、内容も複雑なことがあります。
そんなケースでは、熟慮期間のあいだに、遺産に含まれる財産の内容を正確に把握して、プラスの遺産とマイナスの遺産のどちらが多いのか、遺産を相続すべきか相続放棄すべきか、適切、迅速に判断することは、一般の方には難しいでしょう。
そういうケースでは、弁護士や司法書士に相談することをおすすめします。
専門家に依頼すれば、相続人調査や相続財産調査、相続放棄をするかどうかの判断や裁判所での手続きまでスムーズに終えられる点がメリットです。弁護士であれば相続放棄申述書の作成・提出を代行でき、司法書士であれば作成を代行できます。
まとめ
相続放棄という手続きやその期限を知らなければ、多額の借金や不要な不動産を背負わされることになってしまうこともあります。
相続放棄の申請期限は3か月と決まっているので、相続開始後、なるべく早くから相続財産調査などおこない、相続放棄をすべきか確認するようにしたほうがいいでしょう。
財産調査や相続放棄の手続きに不安がある人は、多少の費用はかかっても、弁護士や司法書士に手続きをすべて任せることも選択肢のひとつです。