年買法とは何か?
年買法は「ねんばいほう」と読み、年倍法と表記されることもあります。M&Aにおいて企業価値を計算する方法のひとつとして使用されています。
年買法の定義
年買法は、企業の時価純資産に営業権と呼ばれる年間利益額の複数倍(通常は1倍から5倍)の金額を足して算出します。この営業権はM&A後の企業の予想営業利益という言い方もでき、売手と買手の間で譲渡企業の利益が将来に渡って継続すると見込まれる年数を参考に倍数を合意します。将来性があると判断した場合には倍数が高くなり、現状のままでは将来性がさほど見込めないと判断した場合は倍数が低くなる傾向があります。
使用される理由
年買法はファイナンス理論に基づいた算定方法ではないため、大企業のM&Aで使われることはまれです。しかし直感的に理解しやすく、算出方法が簡単であることから、中小企業のM&Aで多用されてきました。
企業価値の算出にはさまざまな方法があります。企業価値を評価する際、有形の資産に加え、従業員や役員などの人材、ブランド力、技術力、企業独自のノウハウ・特許、取引先との関係性、顧客ネットワーク、立地など目に見えない資産があり、それらを数値化するのはとても複雑です。
M&Aにおいては、売手と買手が納得できる金額で合意できればよしとする側面があります。そこで、年買法は目に見えない資産を利益の複数年分として有形資産に加算し、企業価値を可視化します。複雑な計算を使わずに企業価値を評価できるため、中小企業のM&Aに使われる傾向があります。
企業価値評価方法3つと年買法の関係
ここでは大企業のM&Aで使われている企業価値の評価方法を3つ解説し、年買法との関係性を説明します。
①コストアプローチ
コストアプローチは貸借対照表の純資産を企業価値の評価額とする方法です。貸借対照表の資産及び負債を時価評価した後の純資産を企業価値とする時価純資産法と、簿価純資産額に重要な修正事項を考慮した後の純資産を企業価値とする修正簿価純資産法があります。
メリット
・純資産を評価するため、理解しやすい
・再調達原価を把握できる
・個別資産、負債の分析により、資産内容の検証と連関性が高い
デメリット
・事業の収益性や将来性が考慮されていない
②インカムアプローチ
インカムアプローチは将来得られる利益や配当などの期待収益と金利やリスクを考慮して、企業価値の評価額を算出する方法です。キャッシュフローを現在価値に割り引くDCF(ディスカウントキャッシュフロー)と将来の利益を考慮する収益還元法、将来の予想配当金を考慮する配当還元法などがあります。
メリット
・ファイナンス理論に基づくため、理論的
・将来性、成長性が考慮されている
・事業内容の検証と関連性が高い
デメリット
・将来性に基づいて計算されるので、恣意性が働きやすく、不確定要素が大きい
・本質的な価値検証を行うための詳細な分析が必要であり、手間も時間もかかる
③マーケットアプローチ
マーケットアプローチは同業他社M&A事例や類似業種の株価を参考にして企業価値の評価額を算出する方法です。類似取引の譲渡価格を参考にする類似取引比較法、類似会社の株価を参考にする類似会社比較法、譲渡対象企業の株式が市場で取引されている価格を採用する市場株価法などがあります。
メリット
・実際の事例に基づいて算出するため客観的
・算出方法が比較的容易
・市場の相場観を得られる
デメリット
・類似企業や類似取引の選定に恣意性が介入する余地がある
・上場会社でなければ対応していない算出方法もある
・評価対象企業の強みや弱みは反映されない
・市場の株価が本源的価値から乖離している場合がある
年買法は①コストアプローチと②インカムアプローチの複合型
上記の3つの方法はそれぞれメリットとデメリットがあるため、組み合わせて企業価値の評価額を算出するのが一般的です。過去からの営業活動の結果蓄積された資産を基準に評価するのが ①コストアプローチ、将来を予測し、将来の営業活動から生み出される利益により評価するのが②インカムアプローチ、現在の市場における価値で評価するのが③マーケットアプローチと考えることができます。
中小企業のM&Aで多く使われている年買法は過去の評価と将来予測の評価を足したものなので、①コストアプローチと②インカムアプローチを組み合わせた複合型と言えます。
メリット
・過去と将来、バランス良く企業価値を評価することができる
・複雑な計算必要とせず、理解しやすい
・投資総額と回収の関係がわかりやすい
デメリット
・ファイナンス理論に基づかない・複数の買い手がいる場合、年買法で算出された価格は合意されにくい
年買法の計算方法
年買法の計算方法をくわしく説明する前に、営業権とのれんについて、整理しておきましょう。
営業権とのれんは実務上同義
営業権とは無形資産(ノウハウやブランドイメージ、立地条件などなど、目には見えない資産)の価値であり、のれんとも言います。実務上は営業権とのれんは同じ意味ととらえても問題はありませんが、会計上はのれん、や税務上では類似する概念として資産調整勘定を使います。会計におけるのれんの定義はM&Aの買収金額から純資産を引いたものとなります。企業価値を評価する際、純資産に足し算する時には営業権という言葉が使われることが多く、企業価値から純資産を引き算する時にはのれんという言葉が多く使われます。営業権ものれんも表している金額は同じになるので、実務上は同義であり、営業権(のれん)と表記されるケースも見られます。
年買法の計算方法
年買法は、企業の純資産に年間利益の1倍から5倍かけたものを加えて算出します。利益額は、直近複数年実績利益の平均値とするのが一般的で、平均する期間に明確な決まりはありません。また利益も営業利益、経常利益、EBITDA(利息、税金、減価償却が引かれる前の利益)のどれを採用するのかによって、企業価値の評価額は大きく変わります。また利益の何倍を採用するのかも任意です。年買法は任意の要素が多いため、設定の仕方で企業価値の評価額が変動する傾向があります。
年買法を活用するタイミングと注意点
中小企業のM&Aで活用されることの多い年買法が、具体的に使われるタイミングを解説します。
売手側の希望価格決定時
年買法はまず売手が希望価格を決定する際に使われます。この希望価格の決定はM&Aの実務的な作業の第一歩です。算出の仕方によって、企業価値の評価額はかなり変わりますが、その分売手の希望を反映しやすいというメリットがあります。ただしM&Aは買手が合意することで成立するため、買手にとって納得のいく企業価値に落ち着きます。
売手買手間における企業価値に対する評価の違い
売手は可能な限り高く売却したく、逆に買手は可能な限り安く購入したいと考えます。年買法は算出の仕方がシンプルです。専門家でなくても理解しやすく、売手と買手の間での企業価値を評価する基準について共通認識を持つことが容易です。。年買法が中小企業のM&Aで多用されてきたのは交渉時に同じ評価基準を持てるメリットがあるからでしょう。
M&Aを成立させる上で重要なポイントとなるのは売手と買手双方の視点を持つことです。売手は買手の視点を理解すること、買手は売手の視点を理解することによって、譲渡価格の交渉ができ、合意に至る余地が生まれます。また売却後の運営についても考慮した上で、譲渡価格を設定することも大切です。
企業価値を高める方法とは?
企業は多くの人が関わり、社会活動を行っています。どんな意識やビジョンを持って経営にのぞむべきか、将来的なM&Aを見据えた上で、企業価値を高めていく方法を見ていきましょう。
資産価値を高める
年買法の算出方法は、純資産に利益の数倍を加えたものであることを説明しました。当たり前のことですが、純資産を増やすことによって、企業価値は確実に高くなります。ただし純資産は企業のこれまでの活動の蓄積によって形成されるものなので、一朝一夕で増やせるものではありません。健全な経営、無駄なコストの削減など日常的な努力の積み重ねが重要になります。
無形資産の価値を高める
営業権(のれん)、すなわち無形資産の価値を高めることによって、企業価値も高くなります。大切なのは企業が持っている無形資産をしっかり認識することです。人材、技術力、取引先との関係、ノウハウ、顧客ネットワークなど、強みを把握し、積極的に伸ばしていくことが企業価値を高めることにつながります。
基本は収益力を上げること
利益を上げることが企業価値を高めることに直結します。それも将来的なビジョン、戦略を持って経営していくことが望ましいです。M&Aにおいて、利益の複数年分を譲渡価格に含むのは企業価値の将来性を考慮するためです。売却後も営業活動は続くため、企業の将来収益は関係ないという考え方は売手にとって納得感に欠けます。
まとめ
ここまで年買法を中心に解説してきました。中小企業のM&Aにおいて直感的に理解しやすいなどのメリットがある一方、ファイナンスにおける理論的な根拠がない、採用する利益や倍数によって企業価値に大きな差が生じるなどのデメリットもあります。企業価値を知る上でのひとつの基準ではありますが、あくまでも基準のひとつです。
M&Aは高く売ること、安く買うことが目的ではなく、M&Aによって譲渡後の企業を活性化していくことが目的となる場合があります。。高すぎる譲渡価格によって譲渡後の営業活動が縮小してしまっては企業の活性化という目的を達成できません。。M&Aを円滑に進め、売手買手双方の合意へ至るために年買法の活用をお勧めします。
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