遺産分割のトラブルは、遺産額に関係なく発生する!
相続に関するトラブルと聞くと、まず相続税が高いことや納税資金のことなどが思い浮かぶかもしれません。しかし実際のところは、家庭裁判所が公表しているデータによると、相続争いで家裁に申し立てをしている人のうち、遺産総額が1,000万円以下の事案が3割以上を占めており、5,000万円以下まで広げてみると、実に約8割にも上ります。つまり、相続税の基礎控除額以下で、相続税が課税されない相続でも、家庭裁判所に申し立てるような相続トラブルは頻発しているということなのです。
遺産分割のトラブルは、相続金額に関係なく発生するので、どんな人にも関係してくる可能性があるということをしっかり認識した上で、正しい遺産分割の仕方を知りましょう。
遺産は「遺言で分ける」か「遺産分割協議で分ける」かしかない
そもそも、遺産を分けるにはどのような方法があるのでしょうか。実は、遺産の分け方は、主に次の2つです。
・遺言書に従って分ける
・遺産分割協議で分ける
遺言書で受取人の指定がある財産は、原則としてその遺言書に記載の受取人が取得します。
一方で、亡くなった方(「被相続人」といいます)が遺言書をのこしていなかった場合や、遺言書があっても受取人の指定がされていない財産がある場合には、遺言書に書かれていなかった財産について遺産分割協議が必要です。
遺産分割協議は、いつまでに、どのように進めるのか
遺産分割協議とは、被相続人が亡くなった時点で保有していた財産それぞれについて、相続人のうち誰が受け取るのかを確定するための話し合いです。
遺産分割協議自体には期限はありませんが、いわゆる「四十九日」の法要などが終わったあたりから話し合いをはじめ、相続税の申告期限である相続開始(被相続人の死亡)後10か月以内までを目安に成立することが多いです。
なお、遺産分割協議は必ずしも相続人が一堂に会しておこなうなどのルールはなく、話し合いがまとまるのであれば、電話や郵送などでやり取りをしても構いませんし、最近なら、Zoomなどのオンライン会議でおこなってもいいのです。
ただし、現実的には一堂に会しておこなったほうがスムーズに話し合いがまとまる場合もあるため、話し合いの方法は状況に応じて検討するとよいでしょう。
遺産分割協議がまとまるまでできないこと
遺産分割協議がまとまるまでの間、遺産は原則として、一時的に相続人全員の共有となっています。見方を変えると、この共有状態を解消するための手続きが、遺産分割協議だといえます。
そのため、遺産分割協議をおこなう前には、遺産の利活用に制限がかかります。たとえば、次のとおりです。
・不動産:不動産全体を売却したり抵当権をつけたりするには相続人全員の同意が必要
・預貯金:1人で解約や引き出しは原則不可
・有価証券:1人で売却による換金は原則不可
なお、2018年の民法相続法の改正により、遺産分割協議の成立前であっても一定額まで預貯金の仮払いを受けることができる制度がスタートしています。これは、葬儀費用など相続が起きた直後の資金需要に対応するためのものです。ただし、仮払いを受けたからといって相続での取り分が増えるわけではありません。仮払いを受けた金額はのちの遺産分割協議のなかで調整されます。
また、遺産総額が相続税の基礎控除額を超える場合や、超えなくても相続税の特例を受ける場合などには、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に相続税の申告と納税が必要です。
原則的には、相続税を正しく申告するためには遺産分割協議がまとまっていることが必要です。なぜなら、分割方法によって課税額が変わる可能性があるためです。もし申告期限までに遺産分割協議がまとまらなかった場合は、いったん期限内に仮の申告と納税をおこない、その後遺産分割協議がまとまった時点で申告をしなおすこととなります。
仮の申告の段階では、相続税を大きく減らせる可能性が高い「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」などの特例を適用することができません。その後、本来の申告期限から3年以内に遺産分割協議がまとまり所定の手続きを受けることで、特例の適用を受けて相続税の還付を受けることが可能です。しかし、申告期限から3年を経過すると、もはやこれらの特例を受けることができなくなってしまいます。
そのため、相続税の申告がある場合、とくに各種特例の適用を受けたい場合は、できるだけ申告期限内に遺産分割協議をまとめたほうがよいでしょう。
遺産分割協議のステップ
遺産分割協議をおこない遺産分割協議書を作成するまでには、次の4つのステップで進みます。
①相続人の確定
遺産分割協議には相続人全員が参加する必要があり、相続人が1人でも漏れた遺産分割協議は無効です。そのため、はじめに相続人を確定する必要があります。
法律で定められた相続人(「法定相続人」といいます)は、次のとおりです。
・第一順位の相続人:被相続人の子。子のうちに死亡などで相続権を失った人がいる場合には、その相続権を失った子の子である孫やひ孫
・第二順位の相続人:被相続人の父母。父母がともに死亡している場合は祖父母
・第三順位の相続人:被相続人の兄弟姉妹。兄弟姉妹のうちに死亡などで相続権を失った人がいる場合には、その相続権を失った兄弟姉妹の子である甥や姪
・配偶者相続人:被相続人の配偶者
相続人には第一順位から第三順位の相続人と配偶者相続人が定められており、配偶者がいる場合には、配偶者と一緒に第一順位から第三順位の人が相続人になります。
被相続人の法定相続人を確認するためには、主に次の書類が必要です。
・被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本、除籍謄本、原戸籍謄本
・相続人全員の戸籍謄本
また、第三順位の人が相続人となる場合には、これらに加えて「被相続人の父母それぞれの出生から死亡までの連続した戸籍謄本、除籍謄本、原戸籍謄本」も必要となるなど、状況により追加で必要となる書類も存在します。
戸籍謄本や除籍謄本、原戸籍謄本は、当時本籍地のあった市区町村役場から取り寄せなければなりません。かなり遠方から取り寄せる必要が生じる場合もあるでしょう。その場合には、郵送で請求することも可能です。
相続人の確定は、慣れていないと書類の取り寄せに手間取ってしまう場合もあるほか、古い戸籍は手書きであるなど読みづらいことも少なくありません。とくに相続関係が複雑である場合など自分で確認することが難しい場合には、弁護士や司法書士などの専門家に相談されることをおすすめします。
なお、法定相続人の基本や法定相続人の確認方法は★【記事1】★で解説していますので、あわせて参照してください。
②相続財産の洗い出し
遺産分割協議は1つ1つの財産を別個に分けていくというよりも、「不動産は長男が相続し、その代わり長女は預貯金を多く相続する」というように財産の全体像を見ながらバランスをとっていくことが一般的です。
そのため、遺産分割協議に先立って、可能な限りすべての遺産を洗い出しておく必要があります。できれば一覧表などにまとめておくと、協議の参考にしやすいでしょう。
しかし、被相続人が一人暮らしで、いわゆる「エンディングノート」などで遺産の情報をまとめていない場合には、すべての遺産を洗い出すことが容易ではない場合もあります。その場合は、1つ1つ手探りで探していかなければなりません。
主な財産について参考となる資料や確認方法は、それぞれ次のとおりです。
・不動産:市区町村役場から毎年送付される固定資産税明細書、過去の売買契約書などの資料。最終的には全部事項証明書(登記簿謄本)を取り寄せて詳細を確認する。
・預貯金:通帳やキャッシュカード、金融機関名の入ったカレンダーなどの備品や名刺など。最終的には、口座がありそうな金融機関に直接確認する。
・有価証券:証券会社から送られてくる取引明細書、口座開設書類の控え、証券会社名の入った備品や名刺など。最終的には、口座がありそうな証券会社などに直接確認する。
その他、毎年の確定申告書や通帳の入出金履歴などを参考に、財産を洗い出します。
最近ではインターネット上の銀行やインターネット上の証券会社で口座を開設している方も多く、こうした財産は通帳などがないため、見落とさないよう注意しましょう。口座があると確信できるほどの資料がない場合であっても、口座がありそうな金融機関にまずは問い合わせをしてみることも1つです。
このように、相続人が被相続人の財産を確認することはかなりの手間がかかり、漏れも生じやすいものです。そのため、できれば被相続人に生前の財産を一覧にしておいてもらうことが望ましいといえます。
なお、自宅の天井裏や床下などに多額の現金を保有しているケースもゼロではありません。こうした財産は見つけることができなければその後も引き続き眠ったままとなってしまう可能性が高いため、相続を機にくまなく探してみてもよいでしょう。
③財産の分け方を決める
財産の洗い出しができたら、相続人全員で話し合い、財産の分け方を決めます。この話し合いのことを、「遺産分割協議」といいます。
財産の分け方は、「法定相続分」が基準となります。ただし、必ずしも法定相続分で分けなければならないわけではありません。また、法定相続分には「寄与分」や「特別受益」など修正規定も存在します。これら遺産の分け方については、後編で解説します。
遺産分割協議には相続人全員が参加する必要があり、相続人が1人でも漏れた遺産分割協議は無効です。
たとえば、重い認知症となっている人や寝たきりでほぼ意思疎通ができない人、行方不明となっている人であっても、これらの人を除外して遺産分割協議を成立させることはできません。この場合には遺産分割協議に先立って家庭裁判所で成年後見人や不在者財産管理人などを選任してもらい、これらの人が本人の代わりに遺産分割協議に参加することとなります。
④遺産分割協議書の作成
遺産分割協議がまとまったら、話し合いの結果をまとめた遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議書の作成目的は、主に次の2点です。
・話し合いがまとまった証拠を残すため
・遺産の名義変更や解約手続きに使うため
遺産分割協議書に記載すべき事項について、法律で具体的に定められているわけではありません。しかし、解約手続きなどをスムーズにおこなうため、一般的に次の事項を記載します。
・被相続人を特定するための氏名、最後の住所、生年月日、死亡年月日などの情報
・相続人全員での話し合いで合意をした旨
・誰がどの財産を取得したのか(明確に)
・遺産分割協議の日付
・各相続人の氏名、住所、被相続人との続柄
・各相続人の実印での押印
一般的な遺産分割協議書のサンプル、および注意点は、次のとおりです。
遺産分割協議書
(被相続人)
被相続人 相続太郎
最後の本籍 名古屋市熱田区〇〇1番地
(注:本籍と住所は違うこともあるので、戸籍謄本を確認しながら正確に記載します。)
最後の住所 名古屋市熱田区〇〇1番1号
生年月日 昭和10年1月1日 死亡年月日 令和3年5月1日
上記の者の遺産について、相続人 相続花子、相続人 相続一郎、相続人 遺産洋子は分割協議をおこなった結果、次のとおり分割し、取得することに合意した。
1、次に記載する財産は、相続人 相続花子 が取得する。
(注:誰が何を取得することとなったのか、明確に記載します。)
(1)土地
所在 名古屋市熱田区〇〇 地番 1番
地目 宅地 地積 100.00平方メートル
(注:不動産は、全部事項証明書どおりに情報を記載します。)
(2)建物
所在 名古屋市熱田区〇〇1番地
家屋番号 1番 種類 居宅
構造 木造瓦葺平家建 床面積 60.00平方メートル
2、次に記載する財産は、相続人 相続一郎 が取得する。
(1)預貯金
金融機関 ABC銀行 名古屋支店
種 類 普通預金 口座番号 1234567
(注:預貯金は、「金融機関名」「支店名」「預金の種類」「口座番号」で特定します。)
3、次に記載する財産は、相続人 遺産洋子 が取得する。
(1) 土地
所在 名古屋市中区〇〇 地番 10番
地目 宅地 地積 50.00平方メートル
4、前条までに記載のない財産は、すべて相続人 相続花子 が取得する。
(注:この一文を入れておくことで、家財道具など細かなもの1つ1つを記載する必要がなくなります。)
以上の遺産分割協議の合意を証するため、各相続人が署名押印する。
令和3年9月1日
(注:遺産分割協議が成立した日を記載します。必ず、相続発生よりも後の日付になります。)
住所 名古屋市熱田区〇〇1番1号
相続人(配偶者) 相続花子 ㊞
住所 名古屋市熱田区〇〇1番1号
相続人(長男) 相続一郎 ㊞
住所 名古屋市中区〇〇11番 〇〇マンション301号
(注:印鑑証明書どおりに正確に記載します。)
相続人(長女) 遺産洋子 ㊞
(注:各相続人が署名と、実印での捺印をします。)
前編まとめ
前編では、遺産分割の基本や遺産分割協議書作成までの流れ、遺産分割協議書の書き方などについて解説しました。
後半では、遺産の分け方などについて解説します。