節税対策を考えなくても良い場合もある
相続税は、個人が被相続人(亡くなられた人)から相続などによって財産を取得した場合に、取得した財産に課される税金です。相続税を申告する際は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月目の日までに被相続人の住所地を所轄する税務署に相続税の申告書を提出しなければなりません。
納付税額が算出される場合の納税も申告と同様の期日です。期限に遅れて申告や納税をした際には加算税及び延滞税がかかります。
相続税が課される財産は以下の通りです。
● 被相続人が亡くなった時点において所有していた、金銭に見積もることができる全ての財産(土地や建物、有価証券や現預金など)
● 生命保険金や退職金などのみなし相続財産
● 被相続人から取得した相続時精算課税適用財産
● 被相続人から相続開始前3年以内に取得した暦年課税適用財産
相続時精算課税や暦年課税については後ほど詳しく解説します。また、以下については相続財産から控除することが可能です。
● 控除できる債務
● 控除できる葬式費用
相続税対象の財産があったとしても、必ず相続税が課されるわけではありません。相続税が課税されないケースは以下の通りです。
基礎控除以下の場合
相続税には、基礎控除額が設定されています。計算式は以下の通りです。
基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
式からもわかるように、民法で定められた法定相続人の数が多ければ多いほど基礎控除額も大きくなります。相続税が課される財産から被相続人の債務や葬式費用を控除した金額が上記基礎控除額より小さい場合、相続税は課されず、申告も不要です。
なお、国税庁の以下サイトでは、相続財産の金額を入力することで申告の要否を判定することができます。相続を予定している方や、自分が亡くなった際に相続人に相続税が課されるのか不安に感じている方は一度チェックしてみてください。
特例を適用できる場合
相続財産が基礎控除額を上回っていたとしても、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を利用することで相続税が課されなかったり軽減できたりすることがあります。ただし、基礎控除額内に納まる場合と異なり、相続税が課されなくても申告はしなければならない点を理解しておいてください。
それぞれの特徴は以下の通りです。
配偶者の税額軽減
配偶者の税額の軽減は、被相続人の配偶者が遺産分割や遺贈により実際に取得した正味の遺産額が、以下のどちらか多い金額までは配偶者に相続税はかからない制度です。
● 1億6千万円
● 配偶者の法定相続分相当額
制度の適用を受けるためには、税額軽減の明細を記載した相続税の申告書又は更正の請求書に戸籍謄本等のほか遺言書の写しや遺産分割協議書の写しなど、配偶者の取得した財産が分かる書類を添えて提出しなければなりません。提出先は被相続人の住所を管轄する税務署です。
小規模宅地等の特例
小規模宅地等の特例は、被相続人等の居住の用に供されていた宅地のように、要件を満たす土地を相続する際に評価額を最大80%減額することができる制度です。評価額が下がれば、自ずと納税額も低くなります。
配偶者の税額軽減と同様に、特例を受けるためには相続税申告書に特例を受ける旨を記載し、小規模宅地等に係る計算の明細書や遺産分割協議書の写しなど一定の書類を添付しなければなりません。提出先は被相続人の住所を管轄する税務署です。
出典:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」
今回紹介した特例以外にも、未成年者控除や障害者控除のように一部対象者が利用できる控除制度があります。続いて、具体的な節税方法を詳しくみていきましょう。
節税方法1 不動産を活用する
節税方法のひとつが不動産を活用することです。なぜ不動産活用か有効かを理解するため、不動産と現金との評価方法の違いなどを説明します。
不動産は現金よりも評価額が下がりやすい
現預金の場合、相続開始日時点での残高などがそのまま評価額とされます。そのため、金融機関に残高証明書の発行を依頼することなどで正確な金額を把握可能です。
一方、土地や家屋などの不動産では決められた計算式に則って計算します。土地の評価方法は路線価方式と倍率方式です。
路線価が定められている地域では、路線価方式を採用します。以下の計算式のように、路線価を各種補正率で補正し、土地の面積を乗じることで算出可能です。
土地の評価額=(正面路線価)×(奥行価格補正率)×(面積)
路線価がない地域では、倍率方式で計算します。倍率方式を用いる場合、各土地の固定資産税評価額に、定められた倍率を乗じることで算出可能です。
相続する土地の路線価や評価倍率がどのように設定されているか知りたい方は、以下のサイトで確認してみてください。
家屋は固定資産税評価額と同等の評価額です。固定資産税評価額は各市町村もしくは東京都が定めています。
もし該当する不動産の納税通知書があるならば、付属する課税明細書で固定資産税評価額を確認可能です。
相続資産の種類によって評価方法が異なることを説明してきました。ポイントは不動産が実際よりも低い評価額で計算されやすいという点です。
土地の場合、相続税路線価は市場価格となる地価公示価格よりも約20%低く設定されます。建物の場合も、市場価格よりも3〜4割程度低く評価されることが多いです。
例えば、相続財産が1億円あるケースを想定してみましょう。現金で1億円遺せば1億円に対する相続税が課されてしまいますが、生前に土地を購入しておくことで8,000万円相当に対しての相続税で済む場合があります。
賃貸にすることでも節税が期待できる
現金を不動産に変えると相続財産の評価額が下がる可能性が高いですが、取得した不動産を賃貸物件にすれば更なる節税効果が期待できます。賃貸住宅の土地や建物の評価算出式は以下の通りです。
土地の評価額 = 更地の評価額 ×(1-借地権割合×借家権割合×賃貸割合)
建物の評価額 = 建物の固定資産税評価額 × (1-借家権割合×賃貸割合)
借地権割合は地域によって異なりますが、6割〜7割程度のケースが多いです。賃貸割合は通常3割で設定されます。
計算式からわかるように、賃貸にするだけで土地も建物も評価減につながるということです。さらに、小規模宅地の特例でも、居住だけでなく事業用敷地についても減額の特例が定められています。
リスクもある点を理解しておく
ただし、現金を不動産に変えることはメリットだけではありません。
現金であれば、相続人間での分割もはっきりとした数字があるのでわかりやすく分割できますが、不動産だと単純に分割するのでは不便なことも多いです。また、現金化するにもすぐに売却できるとは限らない上に、売却価格が取得価格を大幅に下回る可能性もあります。また、相続人の中にひとりでも売却に反対する人がいれば売却することが困難になります。
賃貸の場合は事業を営むことになるので、さらにリスクが存在します。何もせずに収益を上げることができるわけではなく、空室率が高くならないように工夫しなければなりません。また、メンテナンスを始め、固定費が発生する点もデメリットです。
節税方法2 生命保険の非課税枠に注目
相続税対策として、生命保険の加入も検討してみてください。
生命保険と税金の関係
生命保険の被保険者が死亡した際に発生する税金は、契約者や受取人が誰になっているかによっても異なります。3種類の税金と保険の関係を示したのが以下の図です。今回は、Aの財産に対する節税対策を前提としています。
パターン | 契約者 | 被保険者 | 受取人 | 税金 |
1 | A | A | Aの妻や子 | 相続税 |
2 | Aの配偶者 | A | Aの配偶者 | 所得税・住民税 |
3 | Aの配偶者 | A | Aの子 | 贈与税 |
相続税が該当するパターン1は契約者と被保険者が同じ人、受取人は相続人の場合です。パターン2は「契約者と被保険者が異なり、契約者と受取人が同じ人」でパターン3は「契約者と被保険者が異なり、契約者ではない別の人が受取人」のケースを指しています。
非課税枠とは
生命保険金や損害保険金には非課税枠が設けられています。非課税枠の計算式は以下の通りです。
非課税限度額 = 500万円 × 法定相続人の数
非課税限度額内であれば、基礎控除額を超える相続財産があっても相続税が発生しません。つまり、生前に家族を受取人にした生命保険に加入しておくことは、相続税対策として有効といえるでしょう。
また、遺留分の計算に含まれないため、自分が遺したい相手に多く資産を渡せるというメリットもあります。遺留分とは「相続人のために法律上確保された一定割合の相続財産」のことです。
ただし、相続人以外の人が取得した死亡保険金には非課税の適用はありません。
保険は納税資金の確保にも役立つ
死亡を知った日の翌日から10カ月以内に相続税の申告と納付をしなければなりません。しかし、遺産分割協議がうまくまとまらない場合や相続財産がほとんど不動産である場合には、期日までに納税資金を確保できない可能性があります。特に、被相続人が中小企業経営者だった場合は相続財産に自社の株式や事業用資産を含んでいることも多く、高額の納税資金を払わなければならないケースもあります。
生命保険金の受け取りは、他の相続人から同意を得ずに受け取ることができるので、分割協議で揉めても納税資金を確保することが可能です。
節税方法3 生前贈与を考える
続いて、生前贈与による節税を検討していきます。
暦年課税には基礎控除がある
贈与税率の方が相続税率より高いため、相続よりも贈与の方が税金が高くなるおそれがあります。それにもかかわらず生前贈与が相続時の節税対策につながる理由は、暦年課税において基礎控除が認められるためです。
暦年課税は、1月1日から12月31日までの1年間に贈与によりもらった財産を合計した価額に応じて課税される方式です。贈与の合計金額から基礎控除額110万円を控除した後、税率を乗じた金額が贈与税額です。
出典:国税庁「No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)」
つまり、暦年課税制度では毎年110万円までは贈与を受けても非課税となり、申告も必要ありません。本来相続税がかかるだけの財産があったとしても、生前に少しずつ贈与することで相続税がかかる前に贈与税もかからず相手に財産を渡すことが可能です。
ただし、被相続人が亡くなる前3年以内の生前贈与には相続税が課されます(相続税の持ち戻し)。また、贈与者との間で毎年定期的に贈与することを約束している場合には、定期金給付契約に基づく定期金に関する権利の贈与を受けたものとして贈与税がかかります。
タイミングを調整できる点もメリット
相続は被相続人が亡くなってからでなければ財産が移転しませんが、贈与であれば自分の希望するタイミングで渡すことができる点もメリットです。特に、経済環境などから所有不動産が将来的に値上がりすることが予想されるのであれば、評価額が低いうちに生前贈与することができます。
相続時精算課税制度の利用も検討する
生前贈与は暦年課税制度だけでなく、相続時精算課税制度を利用することもできます。相続時精算課税制度は「60歳以上の父母又は祖父母から、20歳以上の子又は孫に対し、生前贈与を行った場合に、贈与ではなく相続の前倒しとして扱う制度」です。
相続時精算課税制度を一度でも利用すると、暦年課税制度の基礎控除を受けることができなくなってしまいます。しかし、まとめて高額の資産を渡すことが可能なので、値上がりしそうな財産を一度に渡しても税率は変わらない点がメリットです。
なお、制度を利用するにはいくつか要件があります。原則60歳以上の父母又は祖父母から、20歳以上の子又は孫に対して財産を贈与する場合に選択でき、贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日の間に一定の書類を添付した贈与税の申告書を提出しなければなりません。
節税方法4 孫に渡すことも対策のひとつ
孫に生前贈与することでも、節税につながります。
子や孫への贈与は税率が低くなる
祖父母や父母が20歳以上の子や孫へ贈与した際の贈与税率(特例税率)は、一般的な贈与における税率(一般税率)よりも低く設定されています。一般税率と特例税率の違いを比較したのが以下の表です。
<一般税率>
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
200万円以下 | 10% | - |
300万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円以下 | 20% | 25万円 |
600万円以下 | 30% | 65万円 |
1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
1,500万円以下 | 45% | 175万円 |
3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
3,000万円超 | 55% | 400万円 |
<特例税率>
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
200万円以下 | 10% | - |
400万円以下 | 15% | 10万円 |
600万円以下 | 20% | 30万円 |
1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超 | 55% | 640万円 |
出典:国税庁「No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)」
教育資金の贈与は非課税
2013年4月1日から2023年3月31日までに父母や祖父母から教育資金を受け取ると、1,500万円まで非課税となる制度があります。一度に大量の現金を渡しても非課税な上に、亡くなる3年以内の贈与であっても相続税が課されない点がメリットです。
出典:国税庁「No.4510 直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の非課税」
適用されるためには要件がある
ただし、制度を利用するためには様々な要件があります。まず、贈与者は受贈者の直系尊属でなければなりません。
また、受贈者は教育資金管理契約を締結する日において30歳未満かつ前年分の所得税の合計所得金額が1,000万円以下であることが要件です。受贈者が30歳になるまでに贈与者が亡くなった場合や使いきれなかった資金は相続財産になります。
さらに、教育資金管理契約を締結や教育資金非課税申告書を金融機関を経由して税務署へ提出するなどの手続きもしなければなりません。
出典:国税庁「No.4512 直系尊属から教育資金及び結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の非課税制度の主な相違点」
そのほかにもこんな節税対策がある
ここまで紹介してきた対策以外にも、相続には節税の方法が存在します。
結婚・子育て資金の一括贈与
2015年4月1日から2023年3月31日までの間に、20歳以上50歳未満の方が金融機関等との一定の契約に基づき、父母や祖父母など受贈者の直系尊属から結婚・子育て資金に充てるために贈与を受けた場合も1,000万円まで非課税になります。ただし、教育資金の制度と同様にいくつかの要件を満たし、手続きを踏まなければなりません。
なお、結婚資金については300万円が限度です。
出典:国税庁「No.4511 直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の非課税」
死亡退職金や弔慰金を活用
生命保険金と同様に、死亡退職金も500万円×法定相続人の数が非課税とされています。また、弔慰金も月額給与×36ヶ月までが非課税です。
死亡退職金や弔慰金を支払うと、負債に計上されるため、純資産額を圧縮でき、自社株の評価額を低下させることができます。事業承継しやすくする手段になるので、事業に携わっている方は死亡退職金の活用を検討しておいてください。
まとめ
相続税の節税を考えているのであれば、不動産の活用や生前贈与が有効です。しかし、各節税対策にはデメリットが存在するため慎重に判断した上で対策を取るようにしてください。
中小企業の経営者や個人事業主であれば、事業承継も踏まえて相続対策を取らなければなりません。そこで、まずは税理士などの専門家に相談するようにしてください。
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