競業避止義務とは?
企業には、長年かけて培ってきたノウハウやスキルがあります。さらに多くの顧客を抱えているため、膨大な個人情報も管理しているでしょう。企業に入った従業員は、そのような情報を元に日々の業務をおこないますが、それには相応のリスクを伴います。それが情報の漏洩です。情報漏えいによって企業側が不利益を被らないよう、従業員との間に結ぶ契約のひとつが今回ご紹介する「競業避止義務」。本章では競業避止義務の概要や目的を解説していきます。
競合関係の企業への転職を制限する義務
競業避止義務とは、競合する企業の設立や競合会社への転職を制限するために結ばれる契約のことです。競業避止義務を結んだ場合、労働者は所属している企業(業種)と競合関係にある企業への転職や会社の設立ができなくなります。そしてこれは、退職したあとにも適用される場合もあります。
企業によって対象者は異なりますが、場合によっては正社員だけでなく、契約社員やパートタイマー・アルバイトとして雇用されている者にも及ぶ可能性があります。情報漏えいの一環として定めている企業も多く、競業避止義務に違反した場合は以下のような処置がなされる場合があります。
● 損害賠償の請求
● 退職金の支給制限
● 競合行為の差止め請求
競業避止義務違反と見なされ、上記のような対応がなされることは企業も従業員も避けたいことでしょう。情報は企業にとって欠かせないものであり、それを渡される従業員は相応の配慮をしなければなりません。
競業避止義務の目的は?
競業避止義務を結ぶ目的は、企業の利益を不当な侵害から守ることにあります。終身雇用という言葉がなくなりつつある現在において雇用の流動化が進んでいることは、周知の事実です。企業の機密情報にまつわるリスクヘッジは、企業にとって避けられない課題です。
従業員が内部情報を持ち出してしまったり、他の従業員の引き抜き行為をしてしまったりすることは、企業にとって長年かけて培ってきたスキルやノウハウを失うかもしれない事態です。このような事態を避けることはもちろん、内部情報のなかには「顧客の個人情報」なども含まれているため、プライバシー保護の点からも競業避止義務を結んでおくとよいでしょう。
在職中の競合行為とは?
競合行為を禁止するために義務付けられているのが「競業避止義務」です。ではそもそも「競合行為」とは、どのような行為のことを指すのでしょうか。従業員の退職前と退職後では「競合行為」についての定義が変わります。ここではまず「退職前」の競業行為について、解説します。在職中の競業行為について、「労働契約法」の第3条の4項には、以下のように記載されています。
信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない
在職中に、競業避止義務の違反が確認された場合は、企業は従業員に対して、懲戒解雇や懲戒処分、損害賠償の請求などをおこなうことができます。そのようなトラブルを引き起こさないよう、情報の管理はしっかりとおこなっておきましょう。
退職後の競合行為とは?
退職後の競業避止義務についての範囲は、日本国憲法の第22条1項に定められた「職業選択の自由」と照らし合わせて判断されます。
在職中に競業避止義務の違反が判明した場合は、誓約書等を結んでいない場合でも前述したような対応を取ることが可能となります。それに対して退職後であれば誓約書等を結んでいない場合、競業避止義務違反と認められるのは難しいでしょう。これは、日本国憲法によって「職業選択の自由」が認められているためです。
しかし退職後であっても「不正競争防止法」に定められた「営業秘密」を犯す場合には、制限することができるので、よく確認しておきましょう。
競業避止義務における注意点
従業員などとの間で競業避止義務を結ぶ際には、いくつかの注意点があります。その注意点は「M&Aにおける競業避止義務」と「取締役や従業員に対する競業避止義務」とに分かれています。
M&Aにおいては、譲渡企業に対する一定の期間(範囲)の競業避止義務を規定する場合があります。期間や事業範囲については、買取る側と売る側とで合意のもと決定します。ここで注意したい点は、法律では規定されていませんが両者が合意した時点でその期間・範囲は確定と見なされることです。
次に、取締役や従業員に対する競業避止義務の注意点を解説します。取締役等が競業避止義務に違反した取引をおこなったとしても、その取引を無効とすることはできません。この場合、取引を無効にするのではなく競合によって得た利益を「損害額」として本人へ請求できます。
競業避止義務の事例
ここでは実際に「競業避止義務」において、裁判所で「違反」と認められた判例を紹介します。
・判例1:大阪高裁の判例
国際会議等の企画・運営をおこなっていた取締役支店長らが、同種の事業を営む新会社を設立し、従業員の引き抜き行為をおこなった。この行為が「不法行為」に当たるとして、損害賠償を請求した。大阪高裁は、400万円の損害賠償を認め、その後、最高裁もこの判決を認める。
・判例2:東京地裁
進学塾に勤務していた2名の講師が、新たに進学塾を開設した。その後、元同僚であった他講師を勧誘し、5名を退職させた。さらに職務上で入手した生徒の個人情報を利用し、新たな進学塾へ勧誘した。東京地裁は、この2名の講師に対し、至近距離での競業会社設立について、3,000万円の賠償金の請求を命じた。
どちらの場合でも「引き抜き行為」がされており、裁判所はこれらの行為を競業避止義務違反とみなしました。
競業避止義務の判断基準6つ
競業避止義務に違反している疑いのある従業員に何らかの処分を下す場合、やはり争点となるのは「本当に違反しているのか」という点です。この点を明確にするためには、まず企業側が要求している「競業避止義務」は、範囲や期間ともに適切な範疇であったのか検証されます。
本章では、競業避止義務の違反と判断される際の「適切な範囲」の基準を6つ紹介します。後から、誓約内容そのものが無効であると判断されてしまっては、契約を結んだ意味がなくなってしまいます。そのような事態を避けるために、以下6つの点はしっかりと押さえておきましょう。
1.従業員の地位
競業避止義務に違反しているか否かを判断する際、対象の従業員の「地位」が基準となります。つまり、競業避止義務を守らなければならない立場であるのか否かということです。
ここで言われる「地位」というのは、形式的な役職などではありません。企業の利益につながる情報に接していたか否かということです。
役職上は高い地位にいたとしても、保護しなければならない情報に触れていなければ、有効性は認められません。逆に、社内での地位が高くない従業員であっても、顧客情報を管理していたものなどは、競業避止義務が課されるのだと覚えておきましょう。
2.存続期間
存続期間も競業避止義務を違反しているか否かの判断材料となります。この期間というのも、形式上の「◯年間」などではありません。企業が不当な損害を受けないための期間として、合理的か否かということが争点となるでしょう。とはいっても、2年以上など存続期間が長期に及ぶ場合は、職業選択の自由を脅かす恐れがあるため、認められないケースが多いとされています。
3.代償措置の有無
競業避止義務を守るにあたって「代償措置」が定められているか否かも、ポイントでしょう。代償措置とは、競業避止義務を課す代わりに、労働者へする配慮のことです。たとえば、退職後の独立支援や厚遇措置(高額な給与や手当)などが、代償措置に該当します。
このような代償措置を定めずに、一方的な契約を結ばせた場合は、違反行為であることが認められません。競業避止義務を課すときには、その為に労働者が不利益を被ることのないようにしましょう。
4.競業行為の範囲
どこまでを「競業行為」と見なすのか、その範囲も違反行為であるか否かを左右します。どのような契約であっても、禁止とする範囲を闇雲に広げてしまっては有効性が認められないのは当然といえます。
「同業種へ転償職してはならない」などでは、競業行為の範囲が曖昧であるため認められないケースがあるので注意してください。「在職中におこなっていた、業務内容や顧客への競業行為」と範囲を明確にすることで認められる可能性が高まるでしょう。
5.地域
競業行為か否かを判断するためには、地域的な問題にも注目しましょう。この地域というのは、業務の内容によっても限定される範囲が変わります。あまりにも制限される地域が広範囲に及ぶ場合は労働者の不利益となるため、競業避止義務違反とは認められないケースがあります。
しかし全国的に展開している企業の場合は例外となる可能性もあります。つまり「過度に広範囲であるとは断言できない」と見なされるということです。事業の内容や展開している地域などを踏まえ、慎重に判断されます。
6.守るべき利益の有無
そもそもの話ではありますが、企業の主張する利益が「守るべきもの」であるのか否かも判断材料と成り得ます。守るべきものというのはすなわち、営業秘密や顧客の個人情報、独自のノウハウのことです。
当然その企業があるノウハウを用いて営業活動などをおこなっていたとしても、他企業にも共通するノウハウである場合は「独自の」とは言い切れず、認められない可能性もあるということです。また情報の漏洩によって、企業がどの程度不利益を被るのかという点も基準となります。何度も説明するように、日本国憲法で定められている「職業選択の自由」を侵してはならないため、慎重に判断しなければなりません。
従業員と競業避止義務を結ぶ手順
従業員との間で競業避止義務を結ぶ際、誓約書に署名などを求めることになります。しかし、正しい手順を踏まずに誓約書にサインをさせることがあれば、逆に企業側が不利益を被る結果となってしまいます。本章では、従業員との間で競業避止義務を結ぶうえで、おこなわなければならない周知などといった「手順」を2つの段階に分けて解説します。裁判所が下した判例にも配慮しながら誓約書を作成し、従業員にきちんと説明したうえで、合意を求めるようにしましょう。
手順1.裁判例をもとに誓約書を作る
まずは誓約書を作成します。誓約書の内容は「技術上の情報」「営業上の情報」に分かれるでしょう。細かな書き方等は後ほど例文とともに解説します。
誓約書を作成するときに注意したいのは、実際の「裁判例」に則った内容で従業員への合意を求めることです。判例に基づいた誓約書でなければ、そもそもの無効と見なされてしまう可能性があるため、しっかりと確認してください。
競業避止義務に関する誓約書を作る際は、秘密保持義務と一体になっていなければなりません。これは退職者が、在職機関中に得たノウハウを自身だけのノウハウと錯覚しやすいためです。競業避止義務の誓約書は、秘密保持の内容も一体となったものを作成するようにしてください。
手順2.従業員へ周知し誓約を結ぶ
誓約書を作成したら、従業員に周知します。周知する方法としては、雇用契約書や就業規則などに規定することで、より効果的になるでしょう。周知が済み次第、従業員に合意してもらい契約を交わします。できる限りスムーズに合意が得られるよう、丁寧に説明しておくことがポイントです。
誓約書を結ぶタイミングは、入社時と退職時であるのが一般的です。基本的に競業避止義務違反が発生するのは退職時であることが多いですが、円満退職でない場合も想定して入社時から契約を結んでおきましょう。
そして退職時の誓約者は、念のための確認と位置づけておくと良いでしょう。しかし誓約書への合意が法律で義務付けられているわけではないため、拒否されてしまうケースもあることは、留意してください。
取締役に競業避止義務を結ばせる
多くの場合、誓約書への合意をもらうのは、一般の従業員からでしょう。しかし、企業の規模が大きく、多くの役員を抱える場合は、各取締役員にも競業避止義務を課しておかなければなりません。取締役との間で結ぶ「競業避止義務」は、一般の従業員に対して合意を得る誓約書の内容とは一部異なります。本章では「利益相反取引」と「企業間での取引」の2点について、解説していきます。
利益相反取引への規制
一般の従業員と取締役とで異なるケースとして、まず挙げられるのは「利益相反への規制」です。利益相反とは、一方にのみ利益になるが、片方にとっては不利益となってしまう取引のことを指します。これらについては、会社法第356条と365条に記載されているので確認してください。
また従業員との間に結ぶ競業避止義務の違いは、法律ではなく就業規則や労働契約書によって定義されることに対し、取締役の場合は上記のとおり法律で定義されている点です。違反が見つかった後の処罰などが変わる可能性があるため、合わせて確認しておきましょう。
企業間での競業避止義務
ひと言で「競業避止義務」といっても、企業と従業員が結ぶものと、企業間で結ぶものでは異なります。企業間で結ぶ競業避止義務では以下2つのケースが考えられるでしょう。
● M&Aの場合
● フランチャイズの場合
M&Aの場合で結ぶ競業避止義務は、成約後に譲渡企業に対して課される義務のことを指します。このときの競業避止義務には、譲受企業にとっての不利益となってしまうことを避ける目的があります。
次に、フランチャイズの場合に結ばれる競業避止義務について解説します。フランチャイズとは、フランチャイザー(本部)が加盟店に対して、商標の使用権や情報などを提供する仕組みのことです。
競業避止義務をしっかり結んでおかなければ、フランチャイザーがもつ情報等がいたずらに流出してしまうリスクを高める結果となります。
秘密保持義務を負わせるときの注意
前提として、企業と従業員の関係性においては、企業側の有利に運びやすいでしょう。これは競業避止義務とともに結ぶ、秘密保持義務においても同様です。
企業にとって有利となる交渉を進めやすく、一方的に署名を求めたり、署名しなければ退職金を支給しなかったりといった事例もたびたび見られます。このような場合は、労働基準法に反すると見なされ、秘密保持義務そのものが無効と判断される可能性があるので注意してください。企業として従業員へ秘密保持等への合意を求める場合は、交渉態度に配慮しなければなりません。
誓約書の作成方法
競業避止義務を従業員へ課すためには、両者合意のうえで誓約書を結びます。この誓約書の内容が適切でなければ、後ほど競業避止義務違反の疑いがあるときに、誓約内容自体が無効となってしまう可能性があります。それでは、せっかく結んだ誓約も意味をもたなくなってしまうでしょう。そのような事態を回避するために、本章では誓約書の書き方を、例文とともに解説します。
誓約書の記載例
従業員との間に、競業避止義務を含めた誓約を交わす場合は、しっかりと誓約書を作成し、署名してもらわなければなりません。このとき内容に漏れがあると、違反が見つかっても処罰できないことがあります。誓約書に、以下の内容の記載漏れがないように注意してください。
● 秘密保持の誓約について
● 秘密保持が帰属するもの
● 競業避止義務について
● 誹謗中傷行為の禁止
● 設備使用の禁止
● 引き抜き行為の禁止
● 損害賠償
● 資料などの返還義務について
● 署名と押印をする欄
秘密保持などの違反が疑われても、証明することが難しいケースがあります。そのようなトラブルに備え、誓約書は綿密に作成しておきましょう。
記載書類別の例
競業避止義務に関する取り決めは、雇用契約書と就業規則、どちらに記載するケースもあります。いずれの場合でも以下のような例文は記載しておきましょう。
従業員は在職中及び退職後〇〇間(期間)、会社と競合する他社に就職及び競業する事業を営むことを禁ずる。
ただし、会社が従業員と個別に竸業避止義務について契約を締結した場合には、当該契約によるものとする。
上記の文言をいれた後、雇用契約書と就業規則に記載する場合は、その下に「個別合意」についての記載をいれます。以下が個別合意の例文ですので、参考にしてください。
①貴社で従事した〇〇に係る職務を通じて得た、経験や知見が貴社にとって重要な企業秘密ないしノウハウであることに鑑み、当該開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社(競業する新会社を設立した場合にはこれを含む。以下、同じ)において行いません。
②貴社で従事した〇〇に係る開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社から契約の形態を問わず、受注ないし請け負うことはいたしません。
まとめ
競業避止義務について解説しました。企業がもつノウハウや人材、顧客情報などは、いずれも外部への流出を避けたい情報です。セキュリティ管理が不十分で情報が漏えいしてしまうのはもってのほかですが、従業員からの漏えいにも十分な対策をしなければなりません。裁判所の判例をもとに、確実に効力のある誓約書を作成し、従業員から合意を得るようにしてください。
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