不動産業界の現状
現在の不動産業界は後継者の不在や少子高齢化の進展で空き家問題が深刻化になるなど不動産市場の規模は縮小傾向にあります。中小の不動産会社の中には経営難に陥ったり、倒産したりするケースも増えている現状です。
そうした危機的な状況の解決策として注目されるようになったのが、不動産M&Aです。経営者の高齢化や後継者不足で廃業を考える経営者も少なくない現状で、不動産M&Aを活用すれば不動産だけでなく、企業譲渡も円滑に進められる可能性があります。
少子高齢化や競争激化を乗り越えるために、業界の再編も進んでいます。代表的事例が、2013年に戸建て住宅6社が統合した「飯田グループホールディングス」です。
不動産M&Aとは
一般的なM&Aとは、企業や事業の一部や全部を承継する手法の総称です。株式譲渡や事業譲渡のように経営権の譲渡をともなう手法もあれば、資本業務提携のように支配関係ではなく協力関係を築く手法もあります。
不動産M&Aは、企業を買収し株式を取引することで、譲渡企業の不動産の権利ごと譲受企業に移転します。譲渡企業は不動産M&Aで企業を引き継いでもらえれば廃業の手間を省けるだけでなく、通常の不動産売買より税負担も軽減できます。不動産を取得することになった譲受企業も節税が可能なため、双方にメリットがある手法です。
M&Aでは事業や会社の取得を目的として株式売買が行われることが一般的ですが、不動産M&Aでは、対象の法人が所有する不動産の取得を主目的にしています。
不動産M&Aの目的
買手は対象会社(売手)の不動産取得を目的に不動産M&Aを実施します。不動産M&Aであれば、直接不動産を取得するわけではないため、本来不動産取得時にかかる登録免許税や不動産取得税も発生しません。
自社を残したままで利益を得ることができるのにもかかわらず、売手があえて不動産M&Aを選択するのは、税負担を軽減できる可能性があるからです。
不動産M&Aでの税金
不動産M&Aに課せられる税負担は、譲渡する方法[スキーム]によって変わってきます。
本章では、不動産M&Aのスキームにおいてよく使われる株式譲渡と会社分割(新設分割)に課せられる税負担を解説していきます。不動産譲渡にかかる税負担と併せて参考にしてください。
不動産譲渡の場合の税金
<売り手企業>
売り手企業には、法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税などの税金がかかります。
合計すると、売却で生じた利益に対しておおよそ30~34%ほどになります。
<買い手企業>
買い手企業には、消費税・登録免許税・登録免許税・司法書士への委託費用などがかかります。
土地のみの取引では消費税が非課税ですが、建物が含まれる場合には建物に対して消費税が課せられます。
また、不動産を取得したことによる不動産取得税や不動産の所有権移転登記時に登録免許税がかかります。
不動産譲渡後に会社を清算した場合の税金(譲渡側)
<売り手企業>
会社経営が立ち行かなくなった際には、不動産などの資産を清算し廃業するという選択肢があります。
清算では不動産などの資産を換金して債務を弁済し、残った財産がある場合に株主へ分配します。
不動産譲渡による利益を含めた清算時の損益がプラスの場合は、各種法人税の課税対象となります。(合計30~34%)ただし、繰越欠損金がある場合には利益と相殺することが可能です。
<売り手企業の株主>
残余財産は資本の払戻部分と利益の配当部分に分類されます。資本の払戻部分には税金がかかりませんが、
配当部分は配当所得として総合課税の対象となります。
不動産M&A(株式譲渡)の場合の税金
不動産M&Aにおける代表的な一つ目の手法、株式譲渡にかかる税金を見ていきます。
<売り手企業>
売り手企業自身が譲渡の対象となるため、売り手企業において税金は発生しません。
<売り手企業の株主>
「株式譲渡の対価-取得費・必要経費の合計」で算出される譲渡所得に対して、申告分離課税の方式で所得税、復興特別所得税及び住民税が課税されます。税率は合計で一律20.315%です。
なお、不動産M&Aでは不動産譲渡の時と違い、消費税や印紙税などはかかりません。
<買い手企業>
株式譲渡の時点では、買い手企業に課税は生じません。
ただ、後に不動産を譲渡する際に法人税などが課せられるため、あらかじめ理解しておく必要があります。
不動産M&Aの場合の税金(新設分割後に株式譲渡)
続いて、不動産M&Aの二つ目の手法として、新設分割後に株式譲渡をするケースを見ていきます。
<売り手企業及びその株主>
不動産を分割資産として新設分割を行い、その会社株式を譲渡する際には、原則下記4つの税金がかかります。
(1) 資産・負債の譲渡損益に対する法人税(売り手企業)
(2) 配当所得に対する所得税(売り手企業の株主)
(3)不動産保有会社を譲渡する際の譲渡所得税(売り手企業の株主)
(4) 会社分割による不動産の承継に対する不動産取得税(売り手企業)
ただし、不動産以外の資産を分割資産として新設分割し、既存の不動産を保有する会社を売却する場合など組織再編税制の適格要件などを満たした場合、(1)の法人税と(2)の所得税は繰り延べられます。
また、移転する事業が下記の条件を満たすと、(3)の不動産取得税は非課税となります。
条件1:会社分割の対価として、新設分割された法人の株式以外の資産が交付されない
条件1-2:(分割型分割のみ)上記の株式が分割元の法人の株式の割合に応じて交付される
条件2:分割事業の主要資産が新設会社へ移転する
条件3:新設会社で事業継続が見込まれる
条件4:分割事業に従事した従業員の約80%以上が新設会社の業務に従事する
<買い手企業>
買い手企業においての税金は「不動産M&Aの場合の税金(株式譲渡)」と変わりません。
不動産M&Aにおけるメリット
不動産M&Aを実施することで、売手(譲渡側)も買手(譲受側)も金銭面を中心に不動産売買では得られないメリットを受けることが可能です。不動産M&Aが実施される目的からわかるように、譲渡側は「節税効果」、譲受側は「コスト削減」といった効果が期待できます。
詳しい内容について、それぞれのメリットを確認していきましょう。
譲渡側は節税効果が期待できる
株式を売買した際と不動産を売買した際の税金を比較するとわかるように、不動産M&Aでは20.315%の申告分離課税で済むため、通常の不動産売買よりも節税効果が期待できます。
一方、会社そのものを売却せずに不動産売却後に会社を清算するのであれば、不動産売却に伴う法人税等が発生し、さらに残余財産を分配する際に各株主に対してさらに所得税が課されてしまいます。
また、近い将来会社をたたむことを考えているのであれば、不動産M&Aにより節税効果だけでなく廃業コストも削減できる点が譲渡側のメリットです。
譲受側はコスト削減が可能
譲受側は、不動産取得時にかかる登録免許税や不動産取得税が発生しない点や、登記関連費用を抑えることができる点がメリットです。
また、譲渡側は後継者不足や従業員の雇用維持から会社を売却することを前提に考えているケースも多いため、狙いの不動産を比較的安い価格で手に入れることができるかもしれません。
さらに、譲渡側が元々売買目的以外で所有している不動産も手に入れることができる時があり、市場に出回りにくい物件が手に入ることもあるでしょう。
不動産M&Aにおけるデメリット
ただし、メリットだけでなく不動産M&Aならではのデメリットも存在します。譲渡側は「手間や時間」、譲受側は「簿外債務のリスク」です。
譲渡側は、不動産M&Aを選ぶことで不動産だけでなく企業譲渡の手続きも進めなければなりません。一般的に半年以内には手続きが完了する不動産売買に対し、不動産M&Aであれば買い手を探すことや細かな交渉に時間がかかるため、1年経ってしまう可能性もあります。
譲受側は、簿外債務を引き受ける可能性がリスクです。買収後に簿外債務に気付き、後々トラブルにつながることを防ぐため、専門家にあらかじめ調査を依頼しておくと安心です。
不動産M&Aのスキーム
株式譲渡での不動産M&A
株式譲渡単独で不動産M&Aを実施するには、まず譲渡企業の全株式を譲受企業が取得しなければなりません。全株取得時に、譲受企業は元々譲渡企業が所有していた不動産を所有することになります。
人材や技術など譲渡企業継続にメリットがあるのであれば、引き続き子会社として残すことも可能です。
会社分割での不動産M&A
会社分割も組み合わせて不動産M&Aを実施する際に用いるのが、新設分割の手法です。まず、譲渡企業が対象の不動産を所有することのみを目的とした完全子会社を設立します。
続いて、譲渡企業が所有する株式を譲受企業側に売却します。株式が譲渡された段階で、譲受企業は子会社を通じて対象不動産を間接的に所有することが可能です。
なお、新設分割により事業のみを切り離し、対象不動産は分割元法人に残す手法も考えられます。会社分割を伴う不動産M&Aは、スキーム検討や税制優遇の要件を充足するかの検討等は非常に専門的な領域であるため、組織再編に強い専門家に必ず相談するようしましょう。
不動産M&Aで気をつけておきたい点
節税効果を期待して、不動産M&Aで自社売却を検討するケースも多いでしょう。しかし、「短期所有土地の譲渡に類似する株式等の譲渡」に該当する場合、節税効果は期待できません。
租税特別措置法第32条には、一定の株式等の譲渡に該当する場合には、短期譲渡所得(分離短期譲渡一般分)として所得税30%、住民税9%が課税されることが記されています。具体的には、その法人の資産の70%以上が土地等で、かつ、その土地等又は譲渡する株式の所有期間が譲渡する年の1月1日時点で5年以下の場合において、一定の要件に該当するときに対象となります。
想定していた以上の税金が課される可能性があるため、譲渡側は自社の資産配分や土地の所有期間に気を付けておかなければなりません。
出典:国税庁「No.1529 短期所有土地の譲渡に類似する株式等の譲渡」
不動産M&Aと不動産業界のM&A事例
国内の不動産業界は大手不動産企業の力が強くなり中小企業は厳しい状況におかれているため、業界再編の動きが活発化しています。そこで今回は、不動産M&Aと不動産業界でM&Aが実施されたケースを参考までに紹介します。
取り上げるのは、「トーセイによる不動産M&A」「総合不動産サービスを担うAPAMANグループによる孫会社化」「大手不動産企業である長谷工コーポレーションによるデベロッパーの買収」「おうちのトータルメンテナンス事業を担う日本リビング保証による子会社化」の事例です。
トーセイによる不動産M&A
トーセイ株式会社は、2018年3月に神奈川県川崎市に所在する不動産保有会社をM&Aにより子会社化し、4物件の不動産を取得しました。
取得した物件は、主に川崎市に所在する収益ビルと区分マンションであり、今後それぞれの物件が持つ個性に合わせ、改修工事やリーシングなどのハード、ソフト両面のバリューアッププランを実行し、物件の魅力を高め、収益最大化を図ることを期待しています。
出典:~不動産M&A専門部署設置後、第2弾~ 川崎市駅前の収益ビル等、不動産M&Aにて取得 | 2018年 | トーセイ株式会社 (toseicorp.co.jp)
APAMANのプレストサービス子会社化
総合不動産サービスを営むAPAMAN株式会社の子会社であるApaman Property株式会社は、2018年5月に株式会社プレストサービスの株式を取得して子会社化(親会社APAMANにとっての孫会社化)しました。プレストサービスは賃貸管理業や建物管理業を営む企業です。
APAMAN側は、プレストサービスとのM&Aで、サブリースや賃貸管理業、民泊事業を拡大させることを期待しています。
出典:APAMAN株式会社「当社連結子会社による株式会社プレストサービスの株式の取得(孫会社化)に関するお知らせ」
長谷工コーポレーションによる買収
三大都市圏を主な商圏にマンション事業を展開する株式会社長谷工コーポレーションは、2015年4月に総合地所株式会社の全株式を取得し、子会社化することを発表しました。総合地所は、首都圏・近畿圏でのマンション分譲事業やアセットマネジメント事業を展開する企業です。
両社ノウハウの融合により発展的なサービスを提供できる点や、管理受託戸数が増えることで共同発注において規模のメリットを享受できると考えたことなどから、子会社化の決議にいたっています。
出典:株式会社長谷工コーポレーション「当社及び当社子会社による株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
日本リビング保証の横浜ハウス子会社化
住宅事業者を中心に、経営効率化・新商流形成の支援を行う日本リビング保証株式会社は、2020年5月に横浜ハウス株式会社の株式を取得して子会社化することを発表しました。横浜ハウスは、横浜市を拠点に戸建て住宅やマンションの住宅建設・リフォーム工事を担う企業です。
子会社化をきっかけとして、日本リビング保証は事業基盤をさらに充実させることを期待しています。
出典:日本リビング保証株式会社「横浜ハウス株式会社の株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
まとめ
不動産M&Aは譲渡側が所有する不動産に注目した手法で、譲渡側は節税効果が期待できます。一方、譲受側も不動産取得に伴うコストを削減できる点がメリットです。
一方で、時間がかかる、マイナス要素も引き受けなくてはならないなどのデメリットもあるため、自社のケースが不動産M&Aに向いているのかを判断する必要があります。
また、M&Aとなると不動産売買以上に細かな手続きやリスクがあります。そこで、知識や経験を備えた専門家に相談することが大切です。
M&A DXでは、大手会計系M&Aファーム出身の公認会計士や金融機関等出身の専門家が、豊富なサービスラインに基づき、最適な事業承継をサポートしております。事業承継でお悩みの方は、まずはお気軽にM&A DXの無料相談をご活用下さい。