公正証書遺言とは
公正証書とは、公証人がその権限に基づいて作成する文書のことで、公正証書の形式で作成する遺言が公正証書遺言です。
公正証書遺言は、基本的に遺言者(遺言を残す人)が公証役場に行って作成し、遺言者が公証人に遺言内容を伝えて公証人が遺言書を作成します。ただし、病気などで本人が公証役場に行けない場合は、公証人が自宅や病院、老人ホームなどに出向いて作成することも可能です。
公正証書遺言と自筆証書遺言の違い
公証人に作成してもらう公正証書遺言に対して、自分で手書きして作成する遺言が自筆証書遺言です。公正証書遺言と自筆証書遺言では次のような違いがあります。
公正証書遺言 | 自筆証書遺言 | |
作成方法 | 公証人が作成する | 自分で書いて作成する |
保管方法 | 原本は公証役場で保管される | 自宅等で保管する (法務局での保管も可能) |
証人 | 2人以上必要 | 不要 |
検認(家庭裁判所による確認) | 不要 | 必要 (法務局で保管した場合は不要) |
紛失・改ざんの危険性 | なし | あり (法務局で保管した場合はなし) |
自筆証書遺言を作成して自宅等で保管した場合、本当に本人が作成したものなのか、有効無効を巡って相続人同士で揉める場合があります。また、書式が法定の要件を満たしていないために無効となる場合もあります。
一方、公正証書遺言の場合は、証人が立ち会うため遺言者本人の意志で作成したことは確認済であり、公証人が作成するため形式不備で無効になる心配もありません。
さらに自筆証書遺言を自宅で保管すると、紛失や改ざんのリスクがあり、相続開始後には検認の手続きが必要になるため手間がかかります。
公正証書遺言であれば、遺言書の原本が公証役場で保管されるので紛失・改ざんのリスクがなく、相続開始後の検認が不要で遺産相続の手続きをスムーズに進められます。
なお、令和2年7月から、自筆証書遺言を法務局で保管する制度がスタートしています。この制度を利用した場合は、自筆証書遺言のデメリットがある程度は解消されます。しかし、費用の点以外は、総じて公正証書遺言のほうが自筆証書遺言よりもメリットが多いので、一般的には、遺言書を作成するのであれば公正証書遺言で作成するほうがよいでしょう。
公正証書遺言の作成手順
公正証書遺言は次のような流れで作成します。
↓
2.証人になってもらう人を決める
↓
3.必要書類を準備する
↓
4.公証人と事前の打ち合わせを行う
↓
5.公証役場で遺言書を作成する
1.遺言の内容を考える
誰にどの財産をいくら渡すのか、遺言の内容を考える必要があるので、まずは財産の洗い出しと相続人になる人の確認を行います。
遺言の内容は基本的に遺言者が自由に決められますが、一定の相続人に法律で認められた権利である遺留分には注意が必要です。遺留分を下回る財産しか渡さない内容で遺言を残すと、相続開始後にトラブルになる場合があります。
遺言書の作成では専門的な知識が必要になるので、遺言が相続トラブルの原因にならないように、遺言の内容を考える段階から弁護士などの専門家に相談するほうがベターです。
2.証人になってもらう人を決める
公正証書遺言を作成するときには、証人が2人以上必要になります。証人になるために何か資格等が必要になるわけではありません。弁護士などの有資格者以外でも証人になれますが、以下の人は証人になることはできません。
・推定相続人および受遺者、並びにこれらの配偶者および直系血族
・公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
推定相続人とは、相続が発生すれば相続人になると考えられる人です。通常、配偶者や子は推定相続人になるので、証人にはなれません。
自分で証人を見つけられない場合は公証役場に証人を紹介してもらうこともできますが、その場合には費用がかかります。
3.必要書類を準備する
公正証書遺言の作成では主に以下の書類が必要になります。
・遺言者と相続人との関係がわかる戸籍謄本
・相続人以外の人に財産を遺贈する場合は受遺者の住民票(受遺者が法人の場合は資格証明書)
・財産に関する書類
・証人の確認資料(名前、住所、生年月日、職業がわかるメモなど)
財産に関する書類は、財産額を確認して手数料を計算する際に必要になります。例えば、遺言者の財産に不動産が含まれる場合、固定資産税評価額がわかる書類として固定資産評価証明書または固定資産税納付通知書が必要です。一般的に登記事項証明書も必要になります。
また預貯金や株式など金融資産については、通帳や取引状況報告書またはその写しなどを用意します。
4.公証人と事前の打ち合わせを行う
公正証書遺言は、公証役場に行けばすぐに作成できるものではありません。公証人と事前に打ち合わせを行って、遺言書の文案を作成してもらう必要があるので、まずは公証役場に連絡して打ち合わせを行う日を予約します。
公証人との打ち合わせの回数はケースによって異なりますが、一般的には1~2回程度です。公証人から提示された文案を遺言者が確認し、必要であれば修正を依頼して最終的な遺言書を仕上げていきます。弁護士に依頼している場合は、公証人との事前打ち合わせをすべて任せることも可能です。
5.公証役場で遺言書を作成する
遺言書の文案が公証人と合意できたら、実際に公正証書遺言を作成する日程を予約し、公証役場に出向いて公正証書遺言を作成します。
証人2人の立ち会いのもと、公証人が作成した遺言書の内容に間違いないことを遺言者が確認したら、遺言者と証人がそれぞれ署名押印して、最後に公証人も署名押印を行います。
公正証書遺言は、「原本」「正本」「謄本」が作成されます。このうち「原本」が、公証役場で保管されます。「正本」と「謄本」は遺言者が受け取るか、遺言執行者いれば、遺言者と遺言執行者とでそれぞれを受け取ることが一般的です。
費用を支払えば、一連の公正証書遺言の作成手続きは終了となります。
公正証書遺言の作成でかかる費用
公正証書遺言の作成では、主に以下の費用がかかります。
・遺言書生謄本の交付手数料
・必要書類の取得費用
・証人に払う日当
・専門家に払う報酬(弁護士などに依頼する場合)
公証人手数料は、公証人手数料令という政令で定めらており、遺言の目的となる財産額に応じて決まります。ただし財産額が1億円以下のときは表記載の金額に1万1千円を加算した金額です。
また、病院・自宅・老人ホームなどに公証人が出向いて作成する場合は表記載の金額の1.5倍になり、公証人の日当や現地までの交通費等もかかります。
▼公証人手数料
目的の価額 | 手数料 |
100万円以下 | 5000円 |
100万円を超え200万円以下 | 7000円 |
200万円を超え500万円以下 | 11000円 |
500万円を超え1000万円以下 | 17000円 |
1000万円を超え3000万円以下 | 23000円 |
3000万円を超え5000万円以下 | 29000円 |
5000万円を超え1億円以下 | 43000円 |
1億円を超え3億円以下 | 4万3000円に超過額5000万円までごとに1万3000円を加算した額 |
3億円を超え10億円以下 | 9万5000円に超過額5000万円までごとに1万1000円を加算した額 |
10億円を超える場合 | 24万9000円に超過額5000万円までごとに8000円を加算した額 |
公正証書遺言作成後のトラブルや疑問を解決
公正証書遺言は一度作成すればその後に何もしなくてよいわけではありません。遺言者の状況が変化すれば、遺言書の作り直しが必要になる場合があります。
遺言を書き換えたり、取り消したりしたくなったらどうすればいい?
公正証書遺言を作成した後になってから、誰にどの財産を渡すのか考え方が変わった場合、単に「私は公正証書遺言の内容を撤回します」と口頭で意思表示をしただけでは遺言の内容を取り消したことにはなりません。作成済の遺言を撤回するには、撤回する旨を記載した遺言を作成する必要があります。
すでに作成した遺言の内容をすべて撤回する場合は、「遺言者は、〇〇法務局所属公証人〇〇作成の令和〇年〇月〇日第〇〇公正証書遺言を全部撤回する。」などと記載します。手数料は1万1千円で、証人2人の立ち会いが必要になります。
遺言の一部を撤回して内容を書き換えたい場合は、撤回する箇所がわかるように記載した上で、変更後の遺言内容を記載すれば撤回が可能です。ただし、実務上はすべて撤回した上で遺言書を作り直すことが一般的です。
元の遺言の一部を有効にして、撤回部分だけ新たに遺言書を作り直すと、遺言書が複数となり、相続開始後の遺言内容の確認や遺言執行の手続きが煩雑になるためです。
この場合には、公正証書遺言の作成費用が再度必要です。
遺言作成時と財産の状況が変わったら、どうなる?
公正証書遺言に記載された財産を、遺言者が生前に売却・処分等したため、遺言書に記載された財産がなくなった場合、遺言の内容のうちその財産に関する部分は撤回したものとみなされます。遺言そのものが無効になるわけではないので、遺言の他の部分は有効です。
なお、相続対象の財産が変わった場合、遺言内容によっては、遺留分の計算に影響して遺留分を侵害する場合があります。その点は慎重に判断して、もし遺留分を侵害してしまい相続トラブルになる可能性がある場合には、遺言書を作り直したほうがいいでしょう。
遺言者よりも先に推定相続人が亡くなった時はどうする?
遺言者よりも先に推定相続人が亡くなってしまった場合は、その推定相続人に渡す財産などの記載部分については、効力が生じません。遺言の他の部分は有効であり、遺言そのものが無効になるわけではありませんが、少なくともその財産に関する箇所は効力が生じないことになります。
遺言は代襲相続されない
遺言者よりも先に亡くなった推定相続人に子などの代襲相続人となる者がいる場合でも、遺言で指定された財産は代襲相続の対象となりません。その財産は、遺産分割協議の対象になります。もし、亡くなった推定相続人に相続させるつもりだった財産を、代襲相続人となる者に相続させたい場合、遺言書を改めて作り直す必要があります。
「予備的遺言」を作成しておく方法もある
当初の遺言書を作成した時点で、「予備的遺言」を記載している場合には、遺言書の作り直しは必要ありません。予備的遺言とは、例えば、遺言者が妻に財産を相続させる遺言をする際、万が一、妻が遺言者よりも先に死亡した場合に、妻に相続させようとした財産を誰に相続させるのかも決めて記載しておく遺言のことです。
公正証書遺言と、自筆証書遺言が両方あった場合、どちらが優先される?
相続発生後に、公正証書遺言と自筆証書遺言の両方が発見された場合には、どちらが優先されるのでしょうか?
「公正証書遺言のほうが正式な感じがするから、自筆証書遺言より優先されるのでは?」と思う人もいるかもしれませんが、そのようなことはありません。公正証書遺言でも自筆証書遺言でも、遺言としての効力は基本的に同じです。では、両方が発見された場合にはどうなるのかといえば、次の通りです。
②内容が重複する部分については、日付が新しい方が有効
公正証書遺言を2通作ることはできる?
公正証書遺言を1度しか作れないというルールはなく、何度でも作ることができます。作り直す度に費用がかかってしまいますが、財産や家族の状況、相続に対する考え方などが変わった場合には、そのときの状況や考え方に沿った内容に遺言を変更することが可能です。
なお、遺言を2通作った場合、上の項目で説明したとおり、内容が重複する箇所については後日付の遺言の内容が優先され、重複しない箇所については各遺言の内容がいずれも有効となります。
まとめ
自筆証書遺言を自宅で作成・保管すると、遺言自体が無効になるリスクや紛失・改ざんのリスクがありますが、公正証書遺言であれば、このようなリスクはありません。
公正証書遺言を作るためには公証役場に行く手間がかかり、財産額に応じて費用もかかりますが、後々に問題が起きる可能性を少しでも減らすためにも、遺言書は公正証書で作成することをおすすめします。