相続税の計算は、大きく4ステップで進む
前編では、速算表による課税総額の計算について、その考え方を説明しました。ここでは、納税額の計算までの全ステップを解説します。
ステップ1 「課税遺産総額」を計算する
まず「課税遺産総額」を計算します。課税遺産総額は下記の算式で求められます。
課税遺産総額=課税価格の合計額-相続税の基礎控除額
「相続税の基礎控除額」は、前編でお伝えをしたとおりです。
一方、「課税価格の合計額」とは、遺産に、遺産ではないけれども相続税が課税される財産(みなし相続財産)を加え、また遺産ではあるけれども非課税のものを差し引いた合計額です。
①:相続または遺贈により取得した財産(土地や建物、預貯金など)の価額
②:みなし相続等により取得した財産(生命保険金や死亡退職金など)の価額
③:非課税財産(生命保険等の非課税枠や仏壇など)の価額
④:相続税精算課税に係る贈与財産の価額
⑤:債務および葬式費用の額
⑥:相続開始前3年以内の贈与財産の価額
①+②-③+④-⑤+⑥=課税価格の合計額
また、要件を満たすことで土地が最大8割減で評価することができる小規模宅地等の特例は、このステップで適用します。
ステップ2 「相続税の総額」を計算する
次は「相続税の総額」を計算します。
まず、ステップ1で計算をした課税遺産総額を、各法定相続人が民法に定める法定相続分にしたがって取得したものとして、それぞれの取得金額を計算します。
ここでは、実際に誰がいくら財産をもらったのかということは一切関係なく、あくまでも法定相続分で取得したと「仮定」して計算をすることに注意してください。
それぞれの法定相続分による取得金額が計算できたら、これをそれぞれ前編でお伝えした相続税の速算表にあてはめて、相続税額を計算します。そして、それぞれの法定相続人について相続税額の計算ができたら、これを合計して、相続税の総額を算定します。
ステップ3 各自の相続税額を計算する
ステップ2で求めた相続税の総額を、相続で実際に財産を取得した人が、取得した財産の価額にしたがって按分します。相続財産の2分の1を取得した人は、相続税も2分の1負担する、相続財産の10分の1を取得人は、相続税も10分の1負担する、という具合です。
これが、相続人各自の相続税額となります。
ステップ4 各自が納付すべき税額を計算する
相続税額から一定額を控除できる特例制度がありますので、それを適用できる場合は適用して、最後に、実際に各自が納付すべき相続税額を算定します。
たとえば、配偶者が取得した財産のうち1億6,000万円または配偶者の法定相続分のいずれか多い価額に相当する分までは相続税が課税されない「配偶者の税額軽減」はこの段階で適用をします。ほかにも、財産を受け取った人が未成年者や障害者である場合に適用を受けることができる未成年者控除や障害者控除を適用するのも、このステップです。
なお、税額控除などの適用ができない人は、ステップ3で算定した税額がそのまま納付税額となります。
相続税の計算の事例
相続税の計算を数値例にあてはめて見ていきましょう。次の前提で計算をします。
・課税価格の合計額:1億6,000万円
・法定相続人:妻、長男、二男
・実際に財産を受け取った額:妻が1億円、長男が5,000万円、二男が1,000万円
ステップ1
はじめに、課税遺産総額を計算します。このケースでの課税遺産総額の計算は、次のとおりです。
1億6,000万円(課税価格の合計額)-4,800万円(法定相続人3名の場合の相続税の基礎控除額)=1億1,200万円
ステップ2
次に、相続税の総額を計算します。まず、法定相続分に応じた各法定相続人の取得金額を算定します。
妻:1億1,200万円×2分の1=5,600万円
長男:1億1,200万円×4分の1=2,800万円
二男:1億1,200万円×4分の1=2,800万円
これを相続税の速算表にあてはめて、相続税額を計算します。
妻:5,600万円×30%-700万円=980万円
長男:2,800万円×15%-50万円=370万円
二男:2,800万円×15%-50万円=370万円
これらを合計して、相続税の総額を求めます。
980万円+370万円+370万円=1,720万円
ステップ3
相続税の総額を、実際に財産を受け取った人に配分します。
妻:1,720万円×(1億円/1億6,000万円)=1,075万円
長男:1,720万円×(5,000万円/1億6,000万円)=537.5万円
二男:1,720万円×(1,000万円/1億6,000万円)=107.5万円
これはステップ2で得られた相続税の総額を按分しているだけなので、当然ながら、どのような遺産分割をしても、合計額は1,720万円となります。
ステップ4
最後に、税額軽減の特例の適用などを考慮して最終的な納付税額を計算します。この例では、配偶者が配偶者の税額軽減の適用を受けられ、長男には控除がないものとして計算します。
最終的な納付税額は、次のとおりです。
妻:1,075万円-1,075万円(※)=0円
長男:537.5万円
二男:107.5万円
※配偶者の税額軽減:配偶者の受け取った財産1億円は1億6,000万円以下であるため、全額が控除されます。
一目でわかる!相続税の目安
細かな計算をせずとも相続税の概算を知りたい場合には、下記のシミュレーション表(早見表)をご参照ください。法定相続分で分割したものと仮定した場合の、相続税額の目安がわかります。
なお、配偶者の税額軽減は考慮していますが、それ以外の特例は考慮していません。
●図表7 相続税シミュレーション表(配偶者がいる場合)
遺産総額 | 相続税額 | |||
配偶者+子1人 | 配偶者+子2人 | 配偶者+子3人 | 配偶者+子4人 | |
4,000万円 | 0 | 0 | 0 | 0 |
5,000万円 | 40万円 | 10万円 | 0 | 0 |
6,000万円 | 90万円 | 60万円 | 30万円 | 0 |
7,000万円 | 160万円 | 113万円 | 80万円 | 50万円 |
8,000万円 | 235万円 | 175万円 | 138万円 | 100万円 |
9,000万円 | 310万円 | 240万円 | 200万円 | 163万円 |
1億円 | 385万円 | 315万円 | 263万円 | 225万円 |
2億円 | 1,670万円 | 1,350万円 | 1,218万円 | 1,125万円 |
3億円 | 3,460万円 | 2,860万円 | 2,540万円 | 2,350万円 |
4億円 | 5,460万円 | 4,610万円 | 4,155万円 | 3,850万円 |
5億円 | 7,605万円 | 6,555万円 | 5,963万円 | 5,500万円 |
10億円 | 1億9,750万円 | 1億7,810万円 | 1億6,635万円 | 1億5,650万円 |
●図表8 相続税シミュレーション表(配偶者がいない場合)
遺産総額 | 相続税額 | |||
子1人 | 子2人 | 子3人 | 子4人 | |
4,000万円 | 40万円 | 0 | 0 | 0 |
5,000万円 | 160万円 | 80万円 | 20万円 | 0 |
6,000万円 | 310万円 | 180万円 | 120万円 | 60万円 |
7,000万円 | 480万円 | 320万円 | 220万円 | 160万円 |
8,000万円 | 680万円 | 470万円 | 330万円 | 260万円 |
9,000万円 | 920万円 | 620万円 | 480万円 | 360万円 |
1億円 | 1,220万円 | 770万円 | 630万円 | 490万円 |
2億円 | 4,860万円 | 3,340万円 | 2,460万円 | 2,120万円 |
3億円 | 9,180万円 | 6,920万円 | 5,460万円 | 4,580万円 |
4億円 | 1億4,000万円 | 1億920万円 | 8,980万円 | 7,580万円 |
5億円 | 1億9,000万円 | 1億5,210万円 | 1億2,980万円 | 1億1,040万円 |
10億円 | 4億5,820万円 | 3億9,500万円 | 3億5,000万円 | 3億1,770万円 |
相続税を大きく減らす特例の適用を忘れずに!
ステップ1で見た「課税価格の合計額」が、相続税の基礎控除額以下であれば、相続税額はゼロであり、原則として相続税の申告をする必要もありません。しかし、相続税の減額ができる特例の中には相続税の申告をしないことには適用を受けられないものもありますので、注意が必要です。
●図表9 相続税の特例と適用のための申告の要否
適用箇所 | 特例の概要 | 申告要件 | |
小規模宅地等の特例 | ステップ1 | 土地を最大8割減で評価できる | あり |
墓などの非課税 | ステップ1 | 墓や仏壇などに対して相続税が課税されない | なし |
生命保険金や死亡退職金の非課税 | ステップ1 | 【500万円×法定相続人の数】までの生命保険金や死亡退職金がそれぞれ非課税となる | なし |
配偶者の税額軽減 | ステップ4 | 配偶者が取得した財産のうち1億6,000万円か配偶者の法定相続分までのどちらか多い方までは相続税がかからない | あり |
未成年者控除 | ステップ4 | 未成年者が支払うべき相続税の軽減 | なし |
障害者控除 | ステップ4 | 障害者が支払うべき相続税の軽減 | なし |
なかでも税額が大きく減額できる場合が多い「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」は、いずれも申告が要件となっているので忘れないようにしましょう。
一方で、みなし相続財産である生命保険金などの一定額(500万円×法定相続人の数)が非課税となる制度などは申告が要件とはなっていません。そのため、これらを適用したあとの金額で申告の要否を判断することが可能です。
相続税申告は自分でできる?
相続税の申告は、申告に必要な資料集めやそれぞれの財産の評価をすることができれば、自分で行うことも不可能ではありません。しかし、自分で申告をする際には、次のリスクを踏まえて行うようにしましょう。
税務調査のリスクが高くなる
税務調査とは、申告の内容に漏れや誤りがないか税務署が確認に訪れることです。
どのようなケースに優先的に調査に入るのかが税務署側から公表されているわけないため経験則からの話ではありますが、一般的に、自分で申告をした場合には調査に入られる可能性は高いと考えられます。なぜなら、税務署は税務申告のプロではない方が作成をした申告書には、意図せずとも財産の漏れや評価のミスがある可能性が高いと考えているためです。
もともと相続税は調査が入る確率が高く、税理士が申告書を作成しても、必ずしも調査が来ないわけではありませんが、自分で申告をすることで調査のリスクがより高まる可能性がある点は知っておくべきでしょう。
税金を払いすぎてしまうリスクがある
相続税を正しく申告するためには、対象となる財産を正確に洗い出すほか、それぞれの財産について適切な評価をしなければなりません。
なかでも、相続財産の多くを占める土地の評価を正確にするのは難しい面があります。たとえば土地の形がギザギザであるなど不整形であったり道路に面した間口の狭いいわゆる「旗竿地」であったりすると、路線価が補正されるためです。ほかにも、墓地の近くや「がけ」のある土地、広すぎる土地など、さまざまな理由による減額補正があります。
自分で申告をする場合にはこうした補正までを調べて適用することは容易ではないでしょう。そのため、税理士に依頼をした場合と比較して財産を高く評価してしまい、税金を払いすぎてしまう可能性があります。
しかも、税務署は、税金を少なく支払っていれば100%指摘してきますが、多く支払っている場合は、通常指摘をしてくれません。そこで、自分で申告をしていると、多すぎる税金を支払っていることに気づかず、結果的に損をしてしまう可能性があります。
納付税額があれば税理士に依頼をしよう
少なくとも納付すべき税額がある場合には、無理に自分で申告をせず、税理士に相談するのが安全でしょう。
気になる税理士報酬ですが、事務所によっても異なりますが、目安としては、遺産総額が1億円程度の場合には60万円前後、遺産総額が1億5,000万円程度の場合には80万円から100万円程度のことが多いようです。ただし、不動産や株式などの特別な評価財産の有無や、遺産分割協議の内容などによって異なる場合もありますので、実際に依頼を検討する際にはまず見積もりを取るとよいでしょう。
まとめ
相続税が関係する人は増えています。漠然と、「うちには関係がない」と思っていても、いざ計算をしてみると相続税の対象となってしまうかもしれません。いざとなってから慌ててしまわないためにも、相続税の仕組みや計算方法の基本を理解しておくと良いでしょう。
しかし、実際に自分で相続税を申告することは容易ではありません。申告には期限もありますので、早めに税理士に相談されることをおすすめします。