のれんとは
のれんとは、企業会計で用いられる勘定科目のひとつです。企業(もしくは事業)を買収する際に支払われた金額と、企業(事業)の純資産価額の差額を「のれん」と呼びます。
M&Aとは切っても切り離せない関係にあり、通常のM&Aではほとんどのケースでのれんが発生するといってよいでしょう(差額がマイナスになる場合は「負ののれん」といいます。これについては後ほど解説します)。
普段のあまり意識することがない勘定科目である「のれん」ですが、M&Aの交渉を優位に進めるためにはのれんの深い理解が欠かせません。のれんへの理解を深め、M&Aの交渉や実務にお役立てください。
のれんとは企業の超過収益力の源泉
のれんとは、企業(もしくは事業)を買収する際に支払われた金額と、企業(事業)の純資産価額の差額というのは先ほど説明した通りです。
では、なぜ買収金額と純資産価額に差が生まれるのでしょうか?それは、企業にはブランド力や伝統、技術力、従業員などの人的資源、地理的優位性、顧客基盤などの帳簿には載らない価値があると考えられているからです。これらの資源は「企業の超過収益力」とも言われます。M&Aでは単純な純資産価額に超過収益力を上乗せした金額で取引が行われることが多く、ほとんどのケースでのれんを考慮しなければなりません。
なぜ「のれん」という名前なのか
「のれん」という名前は様々な勘定科目の中でも少し個性的ですが、なぜのれんと呼ぶようになったのでしょうか。そもそものれんの由来は、文字通りお店の「暖簾(のれん)」だと言われています。立派な暖簾がかかっていれば、お店に入りたいと思ったり、商品をぜひ購入したいと感じたりするものです。このように、暖簾そのものがお店のブランド力を表すものというところから「のれん」という勘定科目の名前になったと考えられています。
なお、会社法が施行される前にはのれんは「営業権」と呼ばれていました。営業権という言い方をされて困ることがないように、頭の片隅に入れておきましょう。
見えない資産がのれんとして貸借対照表に計上されるとき
前述の通り、のれんは貸借対照表に計上されます。基本的には譲渡企業の純資産(時価)と実際の買収価格の差額を「のれん」として計上することとなります。
なお、のれんには、企業のブランドや技術力など形には表せない非金銭的な資産(無形資産)が多く存在します。譲渡企業の受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産(独立して売買可能なもの等)が含まれる場合には、その分離して譲渡可能な無形資産を個別に認識・測定して無形資産を計上することもあります。このときには、買収価格から「譲渡企業の純資産(時価)及び個別に計上した無形資産」の合計額を控除した差額部分を「のれん」として計上することとなります。なお、差額部分が負の値となる場合には、「負ののれん」として当該「負ののれん」が生じた事業年度の利益として処理する。
のれんの仕訳具体例
のれんの概念について理解できたところで、ここからは具体的なのれんの扱い方を確認していきましょう。M&Aで多くみられる以下の3パターンについて仕訳例を紹介します。
● 株式を取得した場合
● 事業譲渡した場合
● 合併した場合
M&Aの方法によってのれんの税務上の取り扱いに差が出てきますが、それを理解するためには3パターンの会計処理の違いを理解することが欠かせません。会計の基礎知識があれば分かるように説明していますので、これを機にのれんの取り扱いの理解を深めましょう。
株式を取得した場合
まずは、一番多いと考えられる、株式を取得した場合について見ていきましょう。ここでは、売手の株式を取得して子会社化したと仮定します。
例:3億円で子会社の全株式を取得した。子会社の資本金は1億円、利益剰余金は1億円とする。
借方 | 貸方 | ||
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
子会社株式 | 300,000,000 | 当座預金 | 300,000,000 |
※子会社株式は投資その他の資産に属する資産勘定
買手側では上記のシンプルな仕訳のみです。意外かもしれませんが、買手側の貸借対照表にはのれんが乗ってくることはありません。
ただし、株式を取得したことで親会社・子会社の関係になり、今後は連結決算を行うことになります。連結会計では親会社・子会社の財務諸表を合算するので、資本の部に子会社株式と子会社の資本金を相殺する仕訳を行わなければなりません。その仕訳が以下です。
借方 | 貸方 | ||
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
資本金 | 100,000,000 | 子会社株式 | 300,000,000 |
利益剰余金 | 100,000,000 | ||
のれん | 100,000,000 |
子会社の資本金と利益剰余金は合計しても2億円にしかなりませんが、事例では3億円で株式を取得しています。差額の1億円はのれんになりますので、資産として借方に計上します。連結決算になって初めてのれんが登場することを意識しておいてください。
日本会計基準ではのれんは減価償却の対象で、20年以内の任意の期間で減価償却を行っていくことになります。
事業譲渡をした場合
事業譲渡は、売手企業が事業の一部や全部を買手企業に売却する手法です。株式のやり取りはありませんが、対象になる事業の資産より購入価格が高くケースが多いです。株式が絡まなくても、購入価格との差額は「のれん」として処理しなければなりません。
例:売り手企業から事業Aを2億円で取得した。事業Aの資産を3億円、負債を2億円とする。
借方 | 貸方 | ||
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
資産 | 300,000,000 | 負債 | 200,000,000 |
のれん | 100,000,000 | 当座預金 | 200,000,000 |
※事業Aの資産・負債はそれぞれ便宜的に「資産」「負債」を使用している
事業を譲り受けた場合も株式を取得した場合と基本的な考え方は同じです。事業Aの資産-負債は1億円ですが、実際にはそれを上回る2億円で事業を買収しているので差額の1億円はのれんとして取り扱います。この場合ののれんも減価償却の対象です。
合併した場合
合併とは、親会社・子会社の関係ではなく、売手企業のすべてを買い取って吸収し、売り手は消滅するという取引です。この場合の会計処理は、売手企業の資産・負債を時価評価して算出した価格で買い取ったという処理になります。
例:企業Bを7億円で買い取った。企業Bの資産は5億円、負債は3億円とする。
借方 | 貸方 | ||
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
資産 | 500,000,000 | 負債 | 300,000,000 |
のれん | 500,000,000 | 当座預金 | 700,000,000 |
※企業Bの資産・負債はそれぞれ便宜的に「資産」「負債」を使用している
企業Bの純資産は5億円-3億円=2億円ですが、それを上回る7億円で買収しました。この場合、差額の5億円はのれんとして計上し、20年以内で減価償却していくことになります。
負ののれんとは
負ののれんとは、買収した企業の純資産価額より買収価格が安かった場合に発生する差額です。
のれんは純資産価額より高く購入した場合に発生する差額でしたが、負ののれんはその逆です。純資産価額より低い価格で購入しているため、差額は利益として取り扱います。
「安く買えて得をした」と思う方もいるかもしれませんが、M&Aでは売手はなるべく高く売却したいと考えるのは当たり前です。純資産価額より低い価格でM&Aが成立したということは、売手企業に何らかのマイナスの要因があり売却価格を下げざるをえなかったと考えるのが自然でしょう。負ののれんが発生する頻度はM&A全体でもそれほど高くありません。
負ののれんが発生する背景には、次のような事情が想定されます。
● 業績が芳しくなく、譲渡後に赤字が発生する可能性がある
● 訴訟リスクを抱えている(損害賠償を請求される可能性がある)
● その他、決算書に出てこない潜在的リスクがある
● 売買価格が安くてもその企業に買ってもらいたいという売手側の希望がある
純資産価額に比べて売却価格が低い場合は、目に見えないリスクを抱えた企業の可能性大です。背景にある事情をしっかり検証してから売買交渉を進めるといいでしょう。
負ののれんの会計処理
負ののれんは、会計上は利益として処理されます。取得時に一括して特別利益として処理するため、減価償却も行われません。よって、取引後の貸借対照表を見ても負ののれんが発生するM&Aが行われたことは読み取れないことになります。
ここで、負ののれんの仕訳例を見てみましょう。
例:企業Cを1億円で買い取った。企業Cの資産は6億円、負債は4億円とする。
借方 | 貸方 | ||
勘定科目 | 金額 | 勘定科目 | 金額 |
資産 | 600,000,000 | 負債 | 400,000,000 |
当座預金 | 100,000,000 | ||
負ののれん | 100,000,000 |
※企業Cの資産・負債はそれぞれ便宜的に「資産」「負債」を使用している
資産6億円-負債4億円=純資産2億円ですが、これを1億円で買い取ったため会計上は1億円の利益が発生しました。よって、これを負ののれん(特別利益)として処理しています。
負ののれんは、貸方がホームポジションになるのと言葉のイメージが相まって負債と勘違いされやすい勘定科目です。実際は買収した会計年度の特別利益として計上することになりますので取り扱いにご注意ください。
会計基準によるのれんの扱いの違い
企業会計で採用できる会計基準には、従来的な「日本会計基準」と「国際会計基準(IFRS)」の2種類があります。多くの企業が日本会計基準を採用していますが、近年ではビジネスのグローバル化に伴って国際会計基準を採用する企業も増えてきました。日本で上場している企業は日本会計基準を採用するのが原則とされていますが、国際会計基準を採用することも認められています。
投資家にとっては、会計基準が異なる企業同士の財務や業績を比較するのは困難です。そのため、日本会計基準も基本的には国際会計基準を意識した作りにして互換性を持たせています。両者は大枠では同じ構成となっていますが、のれんに関しては日本会計基準と国際会計基準で取扱方法が大きく違うことに注意しなければなりません。それでは、ここからは会計基準によるのれんの取り扱いの違いを見ていきましょう。
日本会計基準を採用している場合
日本会計基準を採用している場合には、原則として毎年、規則的にのれんの減価償却を行います。のれんの償却時には減価償却費が発生しますので、償却額が大きな場合は利益を圧迫してしまう可能性があります。ただし、長期的な費用の見通しが立てやすいという点では比較的リスクの低い会計処理だといえるでしょう。
国際会計基準(IFRS)を採用している場合
国際会計基準では、規則的なのれんの償却を行いません。その代わりに毎年「減損テスト」を実施し、計上されている金額の価値がないと分かった時点で減損処理を行います。
減損処理のイメージがわかない方もいると思いますので例を挙げてみましょう。5億円ののれんを計上しているとして、決算の時点でのれんの再評価を行ったところ1億円の価値しかなったとします。この場合差額の4億円はその期で減損処理を行い、貸借対照表上ののれんを1億円まで減額します。4億円の減損処理をするということはその期に4億円の減損損失が計上されるということであり、決算への影響は甚大なものがあります。
日本会計基準での具体的な対応方法
ほとんどの企業が採用している日本会計基準では、のれんは規則的に減価償却するのがルールです。その背景には、のれんの減価償却に関する日本会計基準ならではの考え方があることはあまり知られていません。また、日本会計基準でものれんを減損処理する必要に迫られる場面もあります。ここからは、日本会計基準に特徴的なのれんの取り扱いやその考え方についてもっと掘り下げて見ていきましょう。
毎年のれんを償却する
日本会計基準では、貸借対照表に記載されているのれんに対して毎年減価償却を行っていきます。これは固定資産や長期前払費用を毎年償却させるイメージと近しいものがあります。
減価償却が必要ということは、のれんも年数を減ると価値が下がるものなのでしょうか?これについては、次のように考えると分かりやすいでしょう。
のれんの中身であるブランド力や技術力、顧客基盤というものは何もせずに放置すれば徐々に価値がなくなっていきます。活用の仕方次第ではもちろん買収時よりブランド価値が増すことはありますが(もちろんそれを狙って高いのれん代を払って買収しているはず)、日本会計基準では保守的に減価償却することが求められているということです。
日本会計基準では減価償却の期間が最長20年と定められています。償却期間の設定は企業に任されていますが、基本的には業界のビジネスサイクルに合わせた期間に設定するのが好ましいでしょう。業界の変動が少なく安定した業界(製造業やインフラなど)は20年に設定して問題ありませんが、もっとビジネスサイクルが速い業界なら5年などの短期にするのが適切です。
回収困難になると減損処理する
日本会計基準でものれんの価値が著しく毀損した場合には、減損損失を計上しなければなりません。減損処理(減損損失の計上)とは、投資金額の回収が望めなくなった場合に一定のルールに基づいて帳簿価格を一気に減額する処理のことをいいます。ただし、この後で説明する国際会計基準のように毎年減損テストを行う義務はなく、発覚したタイミングで減損処理することとなっています。
国際会計基準(IFRS)での具体的な対応方法
現段階で国際会計基準(IFRS)を採用している企業は少ないかもしれませんが、M&Aに関わるポジションにいるなら必ず理解しておいてほしいのが国際会計基準でののれんの取り扱いです。企業が採用する会計基準はそう簡単に変えられるものではありませんが、経営者の考え方次第では日本会計基準から国際会計基準に変更することも可能です。そうなった場合、会計基準の違いで決算にも大きな影響が出る可能性があるということを理解してください。
減価償却はしない
国際会計基準では、のれんの規則的な減価償却は行いません。その代わり、減損テストの結果でのれんの価値が毀損したと認められると減損処理を行うルールになっています。
なお、国際会計基準ののれんの取り扱いは今後変更の可能性があります。というのも、国際会計基準を制定する国際会計基準審議会がのれんの取り扱いの変更を議論していると報じられているからです。現在の規則的な減価償却を行わない方針を廃止して、減価償却を義務付ける方針で議論が進められているとのことで、国際会計基準を採用している企業には大きな影響がありそうです。この議論の結果は2021年度内に明らかになる見通しです。
毎年減損テストが必要
国際会計基準では、決算期ごとに「減損テスト」を実施してのれんの価値が毀損していないかチェックすることになっています。期待通りにのれんから利益が出ていれば減損しなくてよく、減損損失が決算を圧迫することもありません。ただし、のれん計上額の価値がなくなったと判断されれば差額を一気に費用計上することになります。国際会計基準の場合は減損処理の可能性と常に隣り合わせになるのがリスクでもあるでしょう。
近年では国内に限らずクロスボーダーでも大規模なM&Aが増加傾向にあり、のれんの計上額も大きくなってきています。将来の大きなリターンを期待して、多額ののれん代を支払って投資をするという経営方針です。こうした企業は日本会計基準を採用すると減価償却費が収益を圧迫してしまうので、減価償却費のカットのために国際会計基準を採用する事例も多いようです。
財務上と税務上ののれんの扱いは違う
ここまで説明してきたのは「財務上ののれん」の取り扱いで、「税務上ののれん」はまた違った取り扱いを受けます。税務上、のれんは「資産調整勘定」、負ののれんは「差額負債調整勘定」に相当するものとして取り扱われ、法人税法上にはのれんという名称は使用しません。税務と財務での違いの話はやや踏み込んだ内容になりますが、大枠はぜひ理解しておいてください。
税務上ではのれんは「資産調整勘定」
税務上ののれんは「資産調整勘定」と呼ばれます(負ののれんの場合は「差額負債調整勘定」)。名前は違えど、概念はのれんと基本的に同じです。
財務上と税務上でのれんの金額にズレが生じるのは、財務と税務で資産と負債の内容が違ったり、減価償却と損金算入の期間に違いがあったりするためです。
例えば、将来の役員退職金に備える「役員退職慰労引当金」という勘定科目があります。これは、財務上は引当時に費用処理して負債となるものですが、税務上は損金として算入されません。その結果、財務上と税務上の純資産額には差異が発生します。のれんは取得原価と純資産価額の差額から算出されますから、純資産額のズレがそのままのれんと資産調整勘定の差額に反映されるという仕組みです。
税務上も減価償却は行われる
のれんと資産調整勘定の差異が発生するもう一つの要因として、償却期間の違いがあります。
財務上のれんは20年以内で減価償却しますが、税務上ののれん(資産調整勘定・差額負債調整勘定)は5年で減価償却するように定められているので、財務上減価償却されるスピードと税務上損金に計上されるスピードが一致しません。
なお、税法上の償却期間は平成29年度の税制改正により月割計算に変更されました。従来は5年間で年単位の償却でしたが、現在では60ヶ月の月単位で償却することとなっています。事業年度の途中でM&Aを行い資産調整勘定や差額負債調整勘定が発生した場合は、該当月から償却がスタートするということです。
税務上ののれんは会計上のいわゆる連結のれんと違う
連結決算でのれんが発生しても、資産調整勘定は発生しないパターンがあります。それは、株式を取得し、売手企業を子会社化したという場合です。資産調整勘定が発生しないということはのれん償却額を損金算入できないので、節税効果はゼロということになります。
この仕組みを理解するためには、納税方法から考えるのが近道です。連結決算している法人でも、連結納税を採用している場合でなければ親会社・子会社が個別で納税を行っています。そのため、連結決算上にのみ計上されるのれんは親会社・子会社どちらの税申告にも影響しません。
株式を取得して子会社化した場合は、親会社単体の決算では子会社株式とその取得価額のみ計上されます(このことについては、のれんの会計処理の仕方を解説した際にも触れました)。それが連結決算になって初めて、取得価額と純資産価額の差額がのれんとして表面化するということです。
のれんが登場するのは連結決算での話なので、親会社単独での税申告には何ら影響がないということになります。
上記のように、現金で株式を取得し子会社化するような場合は資産調整勘定や差額負債調整勘定が発生しません。しかし、事業譲渡や合併では親会社が取得した資産や負債が貸借対照表に加わります。よって、親会社単独でも資産調整勘定や差額負債調整勘定が生まれることになり節税効果が期待できます。
税務上ののれんは会計上の連結のれんとは必ずしも一致しませんので、節税を意識してM&Aを行う場合は採用する手法にもぜひ注意いただけたらと思います。
M&Aにおけるのれんの考え方
M&Aにおけるのれんは、単純なブランド価値や伝統、企業に期待される将来価値と考える人もいれば、合併後のシナジー効果にもっとも重きを置く人もいます。のれん代の算出には様々な基準が存在し、正解となる明確な基準はありません。そのため、のれんとして採用される金額は買手の価値観や判断基準次第ともいえます。ここでは、のれんを算出するための基本的な考え方を紹介しますので、適正なのれんの金額を考える参考にしてください。
のれん算出に影響する要素
のれんの算出根拠として有力なのは、大きく次の2つの要素です。
1. 売手企業がすでに保有している事業の超過収益力
2. 買手企業と売手企業の純資産や事業が統合されることによるシナジー効果
上記の2要素は国際会計基準(IFRS)でも言及されているものであり、世界標準と考えて問題ありません。
1.についてはすでにある程度の形が見えているものなので、比較的理解がしやすいでしょう。2.については買収後に生まれるシナジー効果なので予想が難しい部分もあります。論拠の設定の仕方によってかなり見え方が変わってきますので、買収後にどのような変化が期待できるのか精緻なリサーチが求められます。
いずれにしても、のれんの金額は簡単な計算式で算出できるようなものではないことを理解しておきましょう。
のれんの算出方法
適正なのれんを算出するためには、まずは売手企業の価値を算出するところから始めます。株価の算定方法にはいくつかの手法(アプローチ)があり、代表的なものは以下の3つです。
● コストアプローチ
● インカムアプローチ
● マーケットアプローチ
この中でコストアプローチはのれん代を考慮しない算出方法なので、のれん代を算出するのに使える方法はインカムアプローチかマーケットアプローチのいずれかということになります。それでは、インカムアプローチとマーケットアプローチはそれぞれどのような手法なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
インカムアプローチとは
インカムアプローチはM&Aで用いられる企業価値評価手法のひとつで、将来生み出すと期待できるキャッシュフローを現在価値に割り戻し、現在の企業価値を算定する手法です。キャッシュフローとはお金の流れのことで、簡単に言えば生み出すお金から出ていくお金を引いたものだと考えてください。
インカムアプローチはキャッシュフローを活用した企業価値算定手法で、M&Aで用いられる手法の中ではもっともよく使われています。インカムアプローチに分類される中でも次の3つの手法があります。
● DCF法
● 収益還元法
● 配当還元法
それぞれの具体的な計算方法は省きますが、ここでは参考までにDCF法を使った企業価値算定方法の概要を解説したいと思います。DCF法はインカムアプローチの中でも代表的な方法で、その考え方もシンプルです。なお、DCFはDiscounted Cash Flowの略で日本語では「割引されたキャッシュフロー」となります。
DCF法の計算式は次の通りです。
企業価値=フリーキャッシュフロー÷割引率
フリーキャッシュフローとは、企業が稼いだお金のうち、減価償却費や納税資金などを除いて自由に使える金額のことをいいます。これを、加重平均資本コスト(WACC)と呼ばれる割引率で現在価値に割り戻したものがその企業価値と算定されます。
フリーキャッシュフローと割引率の計算式は専門的なのでここでは省きますが、興味のある人は調べて計算してみても面白いでしょう。
マーケットアプローチとは
マーケットアプローチは、インカムアプローチに比べて理解が容易です。マーケット(=市場)での同業他社や同規模の企業の取引事例を参考に、市場価値ベースで企業価値を算定する方法がマーケットアプローチと呼ばれるものです。対象企業が非上場企業の場合は、上場している同業他社の株価指標と比較して時価総額を算出します。
マーケットアプローチの中には主に次の3つの手法があります。
● 市場株価法
● 類似会社比較法
● 類似取引比較法
マーケットアプローチの注意点としては、類似企業でもコンセプトやビジネスモデル、市場環境や競合などの点でまったく同じ企業は存在しないということです。類似の上場企業や取引事例がない場合においては、比較対象の企業が必ずしも条件が近くないために実態と離れた調査結果となってしまう可能性があり、注意しなくてはなりません。
のれんをみた時に注意すべきこと
ここではのれんをみた時に注意しておくべきポイントについて説明します。
のれんはその性質上、目に見えない価値を数値化するものであるため、正確な価格を算出することが困難です。そのためM&Aにおけるのれんの評価額が正しいかどうかや存続可能性等についても考慮する必要があります。
少しでも高い金額で譲渡したい売手と少しでも安く買いたい買手とで、のれんなどの目に見えない資産については大抵の場合は数値に乖離が生じ、交渉が難航することが多いです。
また、貸借対照表をみた時に、資産に占めるのれんの割合があまりに大きい場合も注意が必要です。のれんに見合った売上が確保できているかどうかや営業キャッシュフローがプラスであるかどうかなど多角的な視点で評価しなくてはなりません。
売手がのれん代の評価を上げるには?
売手としては、少しでも自社の評価額を上げたいと考えるのが当然のことです。のれん代の評価を上げるための方法としては、超過収益力を高く評価してもらうのが有効でしょう。超過収益力が高いと評価されれば、売手側に有利にM&Aを進められます。
インカムアプローチ、マーケットアプローチに共通して言えるのは将来の収益や利益、キャッシュフローの予測を高く見積もれるような施策やプレゼンテーションが有効だということです。結局はどの価値算定手法を使っても将来的な収益力が主要なファクターになることは変わりないので、買手側が高い将来予測でも納得できるプレゼンテーションを行い、価格に説得力を持たせるのが結果として売手に良い結果をもたらします。
この他にも、日頃から経営を見直して定性的な評価を高めておくことが効果的です。例えば、財務や労務関係の書類はきちんと形式が整っているでしょうか?M&Aの交渉では経営管理や財務、労務関係の書類が揃っていることが前提条件になりますし、こうした書類が揃っていない企業はそもそも放漫に経営していると判断されても仕方がありません。
また、詳細不明の貸付金、仮払金などが放置されている企業もやはり印象がよくないものです。従業員あての貸付金や仮払金、未払いの残業代などがある場合はM&Aまでの間に処理を済ませておきましょう。M&Aが決定すれば人員整理で退職せざるをえない従業員も出てくる場合もあります。退職する従業員への再就職先の斡旋、退職金をどうするかなど、M&A決定後の内部的なケアも事前に考えておかなければなりません。ここまできちんと準備できれば、買手側の印象も良く安心してM&Aに踏み切ってもらえるのではないでしょうか。不要な値切り交渉を受けるリスクも低くなるでしょう。
最後に、経営者が現場を把握できていない企業は意外と多いものです。納得できる金額で企業を売却するためには経営者が主体的に交渉に関わることが欠かせません。経営者が現場の状況や自社の強みを把握していれば、交渉にも説得力が生まれて双方納得いく金額で妥結するのも難しくないでしょう。
まとめ
のれんはM&Aにおいて売買価格に直結してくるテーマです。売手・買手ともに有利に交渉を進めるためには、のれんが経営に与える影響や算出のロジックを理解しておくことが欠かせません。具体的なのれん代の算出は企業内の財務担当者やM&A仲介業者などが行うことになりますが、直接算出に関わらない関係者でも概要は分かっていることが前提になりますので、これを機にぜひのれんへの理解を深めていただきたいと思います。
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