受託開発とは
ここでは、受託開発というキーワードに馴染みがない方に向けて、受託開発の意味について、自社開発やSESといった用語との違いも含めて解説します。
受託開発の概要と基本的な流れ
受託開発とは、クライアントが求めるシステムやアプリケーションの要件や仕様を
まとめた上で、開発を外部に依頼する開発方式です。 受託開発においてはクライアントから直接仕事を受ける「元請け」、元請けから仕事を受ける「下請け」の二つが重要な関係者です。受託開発はクライアントが望んでいるシステムの要件を元請けに伝えて開発を依頼することから始まります。クライアントから開発案件を受注した元請け企業は、システムの要件や仕様を元にして外注に適した開発会社を選定します。外注先の開発会社を選定した後は、その会社とシステムの要件や仕様についてすり合わせて開発を進めるのです。受託開発では成果物の完成に責任を持つ請負契約に基づいて業務が進められることが大きな特徴です。下請け企業にとって、受託開発はクライアントに指定された納期に追われるといったデメリットがある一方で、成果物を納品すれば確実に対価が支払われるため、費用回収の点では安定することがメリットといえるでしょう。
▼受託開発の流れ
自社開発との違い
受託開発とよく比較されるのが自社開発です。自社開発はその名の通り、 自社で利用するシステムやアプリケーションを自社のエンジニアを使って開発することです。 自社開発は受託開発と違い、発注する側のクライアントが存在しないためスケジュールの調整が容易であることや、システムに自社メンバーの意見を反映しやすいことがメリットとして挙げられます。一方で、自社開発は外部からの発注ではなく自社の費用負担の下で行うことが多いため、投資対効果を見極めたうえでコスト管理を行うことが必要です。
SESとの違い
IT業界ではSESという業態もよく見られます。SESは「System Engineering Service」の略称であり、システム開発を行う際の委託方式の一つです。自社開発や受託開発ではシステムやアプリケーション、運用サービスといった成果物をクライアントに提供するのに対し、SESでは 請負契約ではなく準委任契約という形でエンジニアの労働力を提供する形 になります。SESにおいて指揮命令権はエンジニアが所属する企業にありますが、一部ではクライアント側が指示を出しているケースもあり、偽装請負といったコンプライアンス違反が発生しやすいのが実態です。また、SESはエンジニアの労働力を提供するという性質上、客先常駐が発生しやすい契約形態でもあります。
受託開発業界のM&A動向
IT・ソフトウェア業界全体でのM&A件数は2020年だけで100件以上に上ります。デジタル化の進展によって、エンジニアの不足が顕著となり各社が人材確保に走っていることが背景にあるでしょう。一方で後継者の不在を理由にM&Aを通して会社を売却する動きも出ています。また、SES業界で見られるのが海外企業による買収です。海外の企業が日本で事業展開するにあたって一からエンジニアを育成するのは容易ではないため、SES企業を買収することによって、迅速な人材確保が可能となります。IT業界は全般的に市場拡大傾向にあるため、業界全体でのM&Aは今後も増加していくでしょう。
受託開発会社の売却価格の相場
IT・ソフトウェア業界のM&Aにおける売却価格は、買手とのシナジー効果や独自の技術・ノウハウ、人材などにより変動するため、一概に相場を断定することはできません。
一般的な価値算定方法の一つである、「時価純資産+2~5年分の営業利益」を取引価格とする場合もありますし、「エンジニアの人数×エンジニアの価値単価」を取引価格とする場合もあります。
ただ、一方でIT・ソフトウェア業界の技術発達、エンジニア不足、内製需要の増加などを要因に他の業界や業種と比較すると高額で取引されることも多々あります。
もちろん、事業規模やスキームによって差は出ますが、比較的高額を出しても人材確保や技術確保をしたいと考える買手も多いです。
譲渡の目的が何かによりますが、いろんな買手から条件を出してもらい選択肢を増やすことも大切になります。
受託開発業界でM&Aを行うメリット
受託開発業界でM&Aを行うことにはどのようなメリットがあるのでしょうか。
ここでは、買手と売手双方の視点に立って解説します。
買手のメリット
事業拡大のスピードアップ
買手となる企業がIT業界への進出を目指している場合、受託開発を行う企業を
買収することでIT業界進出の足掛かりとなります。また、買収により自社グループでITサービスを開発することが可能になるため、IT業界への進出に限らず、 これまで外部に委託せざるを得なかった新たなアプリケーションやサービスを自社グループで開発することができます。
人手不足の解消
昨今はあらゆる業種・業界においてIT技術の活用は必須となりつつあり、システム開発の案件は増加傾向にあります。一方でシステム開発を担うIT人材は不足しており社会問題となっています。もし自社でIT人材の不足が問題になっている場合、受託開発企業に対するM&Aが解決に向けた一つの手段となるでしょう。
シナジー効果の創出
あらゆる業界でのM&Aに共通するメリットとして、シナジー効果の創出が
挙げられます。例えば、消費者向けに人気の高い商品やコンテンツを持つ企業が独自のECサイトを構築する場合を考えてみましょう。優れたコンテンツを持っていたとしても、システムを開発するためのエンジニアがいなければECサイトを立ち上げることができません。もしM&AによってECサイトに強みを持つ受託開発会社を傘下にすることができれば、事業拡大がスムーズに進むでしょう。
売手のメリット
後継者不在の解決
少子高齢化が進む現代日本では多くの中小企業が後継者不在に悩まされています。これは小規模な受託開発を含めたIT業界にとっても例外ではありません。後継者が見つからない場合に有効な手段となるのがM&Aです。近年はM&Aという手段が社会的に認知されつつあるため、M&Aを仲介するサービスも数多く生まれています。経営者が個人のつてをたどって後継者を探すよりも、会社単位で経営を引き継げるM&Aを選択した方が迅速な事業の引継ぎが期待できるでしょう。
エンジニアの待遇改善
IT業界では多重下請け構造で仕事が進むケースが多くあります。ピラミッドの下層で仕事を受けざるを得ない小規模な企業は、高単価での受注が期待できない現状があります。売上となる金額が小さければエンジニアの待遇改善は容易ではなく、実際にスキルに見合わない単価で働かざるを得ないエンジニアが数多く存在します。しかし、 大企業によるM&Aが成立した場合、給与体系や労務管理は買収した企業のルールが適用されるため、待遇が改善することが多いでしょう。
自社開発を含めた新事業の拡大
受託開発のみを専門で行ってきた企業にとっては、M&Aを通して自社開発の領域に進出できるチャンスが生まれます。小規模なシステム開発会社では安定した売上が見込める受託開発に偏りがちですが、M&Aによって、 より大きな企業に買収された場合はグループとしての財務基盤が安定するケースが多いため、自社開発への投資を行う余力が生まれる可能性があります。
受託開発業界でM&Aを行うメリット
買手 | 事業拡大のスピードアップ |
人手不足の解消 | |
シナジー効果の創出 | |
売手 | 後継者の確保 |
エンジニアの待遇改善 | |
自社開発を含めた新事業の拡大 |
受託開発業界でM&Aを行う際の注意点
受託開発業界でM&Aを行う際にはメリットだけではなく、注意すべき点もあります。ここでは代表的な注意点についていくつか解説します。
シナジーが発揮できる要素があるか
M&Aを実施することでシナジー効果が生まれることが期待できます。しかし、
実際にどのようなシナジー効果をどれだけ生み出すことができるかを事前に予測することは容易ではありません。M&Aの実施にあたっては、買収したい企業の強み、これまでの受注実績、得意とする技術などを綿密に調査し本当に期待するシナジー効果が得られるのかを精査する必要があります。受託開発企業の場合、その企業の強みや得意分野は取引先業やプロジェクト実績などの情報から知ることが可能です。また、募集要項や採用情報から得意としている技術や今後力を入れようとしている領域について情報が得られるでしょう。これらの情報と自社の経営方針を照らし合わせ、実際に買収するとどのような変化があるのかを客観的に把握することが重要です。
適切な情報セキュリティ管理が行われているか
M&Aを行う際には、買収したい企業において適切な情報セキュリティ管理が行われているかを確認しましょう。 IT業界では開発したシステムやアプリケーションの中で個人情報を扱うケースもあり、情報セキュリティの欠陥は死活問題となります。 特に近年は企業内システムへの不正アクセス等の被害も出ており、情報セキュリティに対する社会の関心が高まっているといえるでしょう。M&Aを検討する際には、買収する会社が過去に情報漏洩など起こしていないか、情報セキュリティの認証を取得しているかなどを確認するなど事前の調査が必要です。
適切な労務管理が行われているか
近年は様々な企業で働き方改革が進められており、労務管理に対する関心も高まっています。小規模な企業では社内の労務管理が不十分であるために、未払い残業代や長時間労働といった問題が蔓延しているケースがあります。労務管理が不十分であると人材獲得の面でも企業としての魅力が失われることになるでしょう。そのため、M&Aを実施する際には、買収対象の企業が過去に労務管理に関する問題を起こしていないか、管理体制が機能しているかを事前に確認することが重要です。
受託開発業界におけるM&A事例
受託開発業界におけるM&A事例 ①【三洋貿易】×【コスモ・コンピューティングシステム 】
・実行時期:2022年10月
・買手の概要と狙い:買手である三洋貿易は、ゴム・化学品・機械・環境、産業資材・ライフサイエンスの5事業部門に分かれ、主に輸入販売業を展開している。システム開発の内製化による俊敏なデジタルサービスの提供が狙い。
・売手の概要:売手であるコスモ・コンピューティングシステムは、ソフトウェア受託開発では大手システムインテグレーターをはじめ、様々な業務系システム開発を担うほか、大手通信会社や大学など産学官と共同で画像処理に関する研究も行っている。
・譲渡対価:非公開
・M&Aのスキーム:株式譲渡
受託開発業界におけるM&A事例 ②【ダイコク電機】× 【グローバルワイズ】
・実行時期:2022年12月
・買手の概要と狙い:買手であるダイコク電機は、パチンコホール経営支援サービスの業界唯一のプラットフォームを構築するため、クラウドの活用を推進している。クラウド構築、システム開発、システム運用のノウハウをいかした既存サービスのクラウド化促進が狙い。
・売手の概要:売手であるグローバルワイズは、クラウド構築からシステム開発、システム運用保守までをワンストップで行っている。
・譲渡対価:1億7,500万円
・M&Aのスキーム:株式譲渡
受託開発業界におけるM&A事例 ③【テモナ】×【サックル】
・実行時期:2022年4月
・買手の概要と狙い:買手であるテモナは、BtoC事業者向けクラウド型システム「サブスクストア」を中心にクラウド型システムを提供している。グループとしての開発力強化、サブスクリプションビジネス支援の多様なソリューションの開発と提供が狙い。
・売手の概要:売手であるサックルは、WEBシステム開発を得意とし、開発・デザイン・マーケティングの専門家による一元的・包括的なサポート体制を強みとしている。
・譲渡対価:3億円
・M&Aのスキーム:株式譲渡
受託開発業界におけるM&A事例 ④【クエスト】×【エヌ・ケイ】
・実行時期:2022年3月
・買手の概要と狙い:買手であるクエストは、産業ポートフォリオの変革を掲げ、半導体分野の強化とヘルスケア・メディカル分野への新規参入を標榜している。半導体分野での受託開発と、ヘルスケア・メディカル分野でのサービス提供実績の獲得が狙い。
・売手の概要:売手であるエヌ・ケイは、半導体領域におけるビジネス系ソリューション、エンジニアリング系ソリューション及び間接業務サポートに強みを持つ受託開発会社となる。
・譲渡対価:非公開
・M&Aのスキーム:株式譲渡+株式交換
受託開発業界におけるM&A事例 ⑤【Success Holders】×【P&P】
・実行時期:2021年5月
・買手の概要と狙い:買手である Success Holdersは、新たなメディア事業を創出できる企業や、ポストコロナにおいて発展性のある事業・業種を対象としてM&Aを活用した成長戦略を推進していた。テクノロジー事業の成長による収益力向上が狙い。
・売手の概要:売手であるP&Pは、福岡県に本社を置くシステム開発及び技術者派遣事業を行う企業となる。
・譲渡対価:3億2,300万円
・M&Aのスキーム:株式譲渡
受託開発業界におけるM&A事例 ⑥【フーバーブレイン】×【GHインテグレーション】
・実行時期:2021年4月
・買手の概要と狙い:買手であるフーバーブレインは、サイバーセキュリティソリューションの提供・テレワーク環境の構築・クオリティオブライフの向上支援を事業内容としている。即戦力エンジニア人材の確保、新規市場へのアプローチ、先端情報の収集が狙い
・売手の概要:売手であるGHインテグレーションは、SI事業者として、ネットワーク・インフラ構築、5G、IoT、AI領域に精通するエンジニア人材を有しており、国内大手通信事業者の5G関連プロジェクト及び国内大手SIerの多数のプロジェクトに携わっている。
・譲渡対価:1億8,600万円(株式譲渡)
・M&Aのスキーム:株式譲渡+株式交換
受託開発業界におけるM&A事例 ⑦【パワーソリューションズ 】×【エグゼクション 】
・実行時期:2021年4月
・買手の概要と狙い:買手であるパワーソリューションズは、金融機関に向けた業務コンサルティング、システムの受託開発・運用保守といったシステムインテグレーションを中心にアウトソーシングやRPA関連サービスを展開している。システム開発の人材とクラウド基盤の人材を相互補完し、市場や顧客のニーズへの対応力向上が狙い。
・売手の概要:売手であるエグゼクションは、システムエンジニアリングサービスとして、主としてクラウド基盤構築・運用保守等のソリューションの提供を行っている。・譲渡対価:3億1,500万円
・M&Aのスキーム:株式譲渡
受託開発業界におけるM&A事例 ⑧【アクシス】×【ヒューマンソフト】
・実行時期:2021年4月
・買手の概要と狙い:買手であるアクシスは、システムインテグレーション事業とクラウドサービス事業の2つの事業を展開している。既存の領域と競合していないた事業の多様化と人員体制の強化が狙い。
・売手の概要:売手であるヒューマンソフトは、26 年を超える社歴を有し、創業以来、システムインテグレーション事業を中心としたIT関連事業において、多くの大手企業との取引実績を有している。
・譲渡対価:4億1,500万円
・M&Aのスキーム:株式譲渡
受託開発業界におけるM&A事例 ⑨【長大】×【エフェクト】
・実行時期:2021年3月
・買手の概要と狙い:買手である長大は、IT技術を活用したインフラサービスの高度化や効率化のためそれぞれの事業軸拡大を実施。各種研究開発を加速し、新規事業の創出や既存事業の拡大による企業価値向上が狙い。
・売手の概要:売手であるエフェクトは、組み込みソフトウェアや今後市場拡大が見込まれるAI/IoT活用システムの自社開発を行っている。
・譲渡対価:非公開
・M&Aのスキーム:株式譲渡
受託開発業界におけるM&A事例 ⑩【SHIFT】×【ホープス】
・実行時期:2020年9月
・買手の概要と狙い:買手であるSHIFTは、多様な業界においてソフトウェアの品質保証サービスを展開している。営業窓口の拡大によるサービス販路の強化、サービス体制の向上での強固な会社基盤の構築が狙い。
・売手の概要:売手であるホープスは、企業における生産・物流の機能改善、基幹業務システムの分析と改善、情報システム設計・開発・運用業務を行っている。
・譲渡対価:30億5,000万円
・M&Aのスキーム:株式譲渡
まとめ
受託開発はIT業界で代表的な業態の一つであり、クライアントからの発注に基づいて、オーダーメイドでシステム開発を進めていくのが特徴です。受託開発には安定した売上が期待できるというメリットがある一方で、納期が厳しくなる傾向があります。近年は受託開発企業に対するM&Aが活発になっており、M&Aを行うことで買手と売手の双方に様々なメリットがあります。一方で、M&Aを計画する際にはセキュリティや労務管理の体制が整っているかなど事前に確認することが重要です。今回の記事を通して受託開発業界について知っていただき、M&Aを検討する際の一助となれば幸いです。