M&Aアドバイザーにおける両巨頭はFAとM&A仲介会社
「M&Aアドバイザー」は、国家資格などの資格制度や認定制度などによって定められた業種ではありません。そのため、M&AアドバイザーやM&A助言業務などの用語に厳密な定義もありません。M&Aのサポート、支援およびアドバイス業務などを行っている会社やその担当者を総称する慣習的な呼び方だと言えます。
M&Aアドバイザーとしてどんな事業者がいるのかを理解する際に、経済産業省・中小企業庁が取り組んでいる中小企業に対する各種のM&A支援施策が参考になります。
例えば、2021年に「中小M&A支援機関に係る登録制度」が創設されました。中小M&A支援機関(≒M&Aアドバイザー)として登録できるのは、「FA(ファイナンシャルアドバイザー)」および「仲介業者(M&A仲介会社)」のみだとされています。また、2020年に経済産業省が策定・公表した「中小M&Aガイドライン」においても、FAと仲介者(M&A仲介会社)を採り上げて解説がなされています。
これらの行政による規定に鑑みても、M&AアドバイザーはFAとM&A仲介会社に大別されると言えます。
そこで本記事でも、以下、FAとM&A仲介会社ついてそれぞれ解説していきます。
FAとは
主に大企業同士のM&Aにおいて、M&Aのアドバイザリー業務といって一般的に想起されるのはファイナンシャル・アドバイザリー業務(以下、「FA業務」と言います)です。このFA業務を提供する会社やその担当者のことを一般的に「FA」(ファイナンシャルアドバイザー)と呼びます。
FAの業務を一言でまとめると、M&Aにおける当事者(売手または買手)のどちらか一方の立場に立って、その当事者の利益が最大化するようにアドバイスを行うことです。
一般的な株式譲渡の場合、もし他の条件が同じであれば売手は少しでも高い価格で株式を売りたいと考えますが、他方、買手は少しでも安い価格で買いたいと考えます。あるいは、同じ譲渡価格であれば、売手も買手も他の条件が少しでも有利になったほうが良いと考えます。
このように売手と買手の利害は相反し、互いに自分の利益を最大化したいと考えます。そのためのアドバイスを行うのがFAの中心業務になります。
FAが必要な理由
もう少し具体的に説明します。
M&Aの当事者双方が自分の利益の最大化を目指しているとはいえ、単に「私たちはいくらで売りたい」「私たちはいくらで買いたい」と双方が自分の主張を述べているだけでは交渉が成立せず、M&Aが実現できなくなる可能性が高くなります。
そこで、互いに「これだけの根拠があるからこの価格でありこの条件になる」という根拠となる論理を提示することが必要となります。言い換えれば、この会社をこの価格で買えば(売れば)、あなたたちにとってもこれだけのメリットがありますよねと相手に対して交渉あるいは説得する論理が必要になります。この論理を構築することは、FAの重要な業務です。
M&Aにおいて売買の対象となるのは形式的には株式ですが、本質的には事業という仕組みです。そこで、その交渉プロセスにはビジネスそのものに対する知識は当然として、法務、財務および税務など幅広い分野の専門知識が必要になり、交渉の論点も多岐にわたります。
その多岐にわたる論点において、譲れないところと譲っても良いところを判断しながら、互いに歩み寄って交渉をまとめていくためのアドバイスをするのもFAの業務となります。
また、場合によっては1年以上かかるようなM&Aの取引プロセス自体を進捗管理していくプロジェクトマネジメントの力も必要となります。
M&Aの当事者となる企業は、上記のような多岐にわたる論点に対して交渉を進める専門知識やノウハウを社内に持ち合わせているケースはあまり多くありません。そこで、専門知識を持つFAが売手または買手の代理人となって、当事者をサポートしながらM&Aの交渉を進めることになります。
M&Aを検討する場合、まずは取引相手(自身がM&Aの売手となる場合は買手候補、買手となる場合は売手候補)を探さなければなりません。しかし、事前に相手方が特定されている場合を除き、M&Aの当事者が取引相手を自身で探すことは困難です。このようなソーシング(相手探し)やマッチングの場面でも、経験豊富なFAは売手や買手候補に関する多くの情報を持っているため役に立ちます。
FAはあくまで一方だけについて助言する
FAは売手と買手の「どちらか片方」と契約を交わし、契約依頼主の利益を最大化することを目指して助言や交渉を行います。必然的にFAが報酬を受領するのは、売手と買手のいずれかからということになります。
この点は、後述するM&A仲介会社との最大の違いだと言えます。
通常、M&A当事者の片方(例えば売手)にFAがついている場合、対等な交渉を行うためもう片方(買手)にもFAがつくのが一般的です。ただし、買手が、過去に何度もM&Aを実施して慣れている巨大企業などの場合は、FAをつけず自前の専門部署で交渉などを進めていくこともあります。
売手は一般的にM&Aは一回限りですが、買手は何度もM&Aによる買収を繰り返していることもあり、M&Aに慣れているということがあり得ます。
▼企業がFAにM&Aの依頼をした場合
FAの種類と特徴
国内で主にFA業務に携わっているのは、「金融機関系ファーム」、「監査法人系ファーム」およびそれ以外の「独立系(ブティック系)ファーム」があります。各ファームには、それぞれ以下のような特徴があります。
金融機関系ファームの特徴
金融機関が元々持つ顧客基盤を生かしたマッチング候補探索をはじめ、M&Aに関する様々な情報提供機能に強みがあります。
メインバンクの系列ファームであればメインバンクから紹介を受けられるので、比較的敷居が低いと言えます。
外資系の投資銀行やメガバンクであれば、1,000億円を超えるような大規模案件やグローバル案件についても対応可能です。
監査法人系ファームの特徴
通常、外部の専門家に委託することが多い財務や税務のデューデリジェンス(注1)にも自社(自グループ)で対応が可能です。
優秀なコンサルタントを抱え、M&Aの前提となる事業戦略の立案やPMI(注2)対応など、M&Aの各フェーズについて一貫して対応することが可能なファームも多くあります。
(注1)買収監査のことで、M&Aの買手が売手企業の財務、税務、法務および事業面などのリスク等を検証していく作業のことです。
(注2)Post Merger Integrationの略称で、M&A後の統合プロセスのこと。M&Aの成否にはPMIの巧拙が大きく影響すると言われています。
独立系(ブティック系)ファームの特徴
数名で業務を行っている少数精鋭の会社から大規模な会社まで様々な規模の会社があります。
上記2つのファームに比べ比較的規模の小さい案件にも対応していることが多く、費用も相対的にリーズナブルであることが多いと言われています。
デューデリジェンスやPMIにも対応できるファームや、M&Aの仲介業務を行っているファーム(下記で述べる仲介会社機能も持つ)もあるなど個性豊かです。
M&Aアドバイザーを起用するメリット
M&Aアドバイザーを起用するメリットは下記です。
期間を短縮できる
M&Aは複雑なプロセスを要し、さまざまな専門家の知識が必要なため、当事者のみの取引には膨大な時間がかかります。M&Aアドバイザーは相手方との交渉・契約だけではなく、相手を探すこともサポートしてくれる為、期間を短縮できます。
リスクを回避できる
M&Aでは、財務・経営・人財など横断的なリスクが存在します。当事者のみで対処することは難しく、会計士や税理士、弁護士など個別に相談する手間もかかります。M&Aの専門家であるM&Aアドバイザーに相談することで、多くのリスクに対して一元的に対応可能です。
最適な戦略・手法を選択できる
M&Aに正解はなく自社の状況や競合他社・市場環境に合わせて、柔軟な対応が必要です。数あるM&Aのスキームから最適なものを選び、自社に最適な戦略・スキームを選択しやすくなる点は大きなメリットです。
M&Aの仲介会社とは?
近年、非上場で比較的規模が小さい中小企業において、経営者の高齢化と後継者の不在を背景とした事業承継型M&A(一般に「第三者承継」と呼ばれる事業承継の形態を言います)のニーズが年々高まっています。
冒頭で述べたように、行政が様々な支援施策によりM&Aを積極的に推進するのもそのようなニーズの高まりが背景にあります。
こういった中小企業の事業承継型M&Aでは、これまでに述べてきたFAではなくどちらかというとM&Aの「仲介」を専門としているM&A仲介会社がサポートして取引をまとめることが主流になっています。
さらに、以前は事業承継M&Aが中心だった中小企業のM&A市場において、「成長戦略型」とも呼ばれる積極的な事業統合や事業拡大のためのM&Aも増加しつつあり、それを積極的に主導、サポートしているのもM&A仲介会社だと言われています。
日本で活動する企業の9割以上は中小企業が占めています。その中小企業のM&AをサポートするM&A仲介会社は、現在の国内M&A市場全体を先導する役割を担っているM&Aアドバイザーであるといっても過言ではないでしょう。
M&Aの仲介業務とは?
M&Aの仲介業務とは、売手と買手の間に立って双方のニーズをマッチングさせて、交渉の取り纏めを行う仕事です。不動産売買における仲介業務をイメージして頂くとわかりやすいでしょう。
まず、M&A仲介会社は多くの売手と買手のニーズをストックしており、新たな売手または買手から相談を受けるとそれらのストックの中から候補を選定してくれます。
さらに、売手と買手との間に立って、M&Aに関する専門知識と経験を基に双方の希望を聞きながら交渉成立に向けて双方に助言をします。
したがって、M&A仲介会社は売手と買手の「双方」と契約を交わし、双方から報酬を得ることになります。この点がFAとの大きな違いです。
▼企業が仲介会社にM&Aの依頼をした場合
FAと仲介会社の違い
同じM&AアドバイザーでもFAと仲介会社では、様々な部分で違いがあります。
まずはすでに説明していますが、誰と契約するのかという契約相手の違いです。
次に、提供するサービス面では主に以下のような違いがあります。FAは売手と買手いずれかの依頼者の利益のみを考え助言や交渉等を行いますが、仲介会社は双方の利益を考えた中立的立場でM&Aの成約を最優先に交渉等を行います。
先に述べたように、FAが行う利益最大化の追求はしばしば交渉の不成立につながります。一方、M&A仲介業者はいわばバランスの良い「落とし所」でまとめるので、交渉を成立させやすいという面があります。
さらに、M&A案件の規模でも違いがあります。
FAが活用されるのは、上場企業や上場企業に準じる大企業同士のM&Aなど比較的規模の大きいM&A案件です。一方で、比較的規模の小さい案件の場合、FAは受託しないことが多いと言われています。
一方、仲介会社は前述のとおり中小企業の事業承継型M&Aを多数手がけており、比較的少額な譲渡金額の案件でもサポートしてくれることが一般的です。そのため、中小企業ではM&A仲介業者を活用するケースが多いと言われています。そのことが、さらにM&A仲介会社に売手や買手のマッチング候補となる中小企業の情報を蓄積させることに繋がっています。
上記を総合的に考えると、M&Aの成約可能性という点ではFAよりも仲介会社の方が相対的に高くなることが多いようです。
FAと仲介会社の主な違い
FA | 仲介会社 | |
契約相手 | 売手または買手の片方(片方から報酬をもらう) | 売手と買手の双方(双方から報酬をもらう) |
主な目的 | 契約相手の利益の最大化 | 中立の立場でのM&A案件の成立 |
サービスの特徴 | 顧客の利益最大化のため、多角的で踏み込んだ助言を行う | 案件成立のため、双方の「落としどころ」の調整に長ける |
案件の規模感 | 上場企業の案件を含め、比較的規模の大きい案件が多い | 中小企業の事業承継案件など中・小規模の案件も多い |
マッチング | 顧客側で相手が決まっている場合には行わないこともある | 必ず行う |
成約可能性 | 相対的に低い | 相対的に高い |
士業や経営コンサルタントの役割も重要
ここまで、M&AアドバイザーとしてFAとM&A仲介会社について説明してきましたが、M&Aに関する業務の中にはM&Aアドバイザーが自前では対応できない業務もあります。
例えば、M&Aを行うにあたり法務、財務および税務面のデューデリジェンス(買収監査)は通常欠かせませんが、このデューデリジェンスの局面では弁護士、公認会計士および税理士などの専門家の力が必要となります。
また、PMIや後継者の育成支援などでは、経営戦略、組織・人事戦略およびコーチングなどに高い見識を持った経営コンサルタントから助言をもらうことも多くあります。もちろん、契約書の作成などは弁護士の業務になります。
このように、M&Aを成功させるには、M&Aアドバイザーを含め多様なプレーヤーの力が必要となりますが、それらの専門家の紹介やコントロールもM&Aアドバイザーの業務の一環です。
「M&A支援機関登録制度」も活用しよう
最後に、冒頭で触れました「M&A支援機関登録制度」を少し詳しく紹介します。
本制度は、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するため、経済産業省と中小企業庁により創設されたもので2021年8月から運用が開始されています。
本制度が創設された背景には、M&A業者には許認可や免許制度等がないため、必ずしも専門知識やノウハウをもたずにM&Aの仲介等を行う「ブローカー」が一定数おり、これらの者の携わるM&Aで多くのトラブルが起きていたことなどがあげられます。
本制度は、「中小M&Aガイドライン」の遵守を宣言すること等を登録要件として、M&AのFA業務、M&A仲介業務を行う事業者を登録するものです。
支援機関として登録をしていない者が、FA業務や仲介業務をしてはならないということではありませんが、M&Aを検討する際に支援機関の登録データベースを活用すれば、一定水準を満たしたM&Aアドバイザーを探すことができます。
▼参考
・「M&A支援機関登録制度」Webサイト
・中小M&Aガイドライン
まとめ
本記事では、M&AアドバイザーであるFAと仲介会社をご紹介しました。上場企業をはじめとした大企業の場合はFA、中小企業の場合はM&A仲介会社にM&Aアドバイザーになってもらうことが一般的です。
また、M&Aアドバイザーを探す際は、まずはM&A支援機関登録制度のデータベースにあたってみると良いでしょう。