M&Aにおけるエグゼキューションとは
M&Aにおいて「エグゼキューション」は、M&A仲介業者やM&Aアドバイザリーなどの業務として使用されることが多いので、売手や買手にとってはあまり馴染みのない言葉かも知れませんが、M&Aを行う場合には理解しておく必要があります。
エグゼキューションとは
英語のExecution(エグゼキューション)は、計画などの「実施」「実行」「執行」と訳されますが、M&Aにおけるエグゼキューションは、M&Aのプロセスの中で売手または買手が候補となる企業を見つけた後の、交渉から最終契約の締結・クロージングまでを含む一連の手続きの実行・管理を言います。
オリジネーションとの違い
M&Aにおけるオリジネーションとは、M&Aの案件発掘から売手または買手が候補となる企業を見つけるまでの一連の業務を言います。ですから、M&Aの前半部分の業務はオリジネーション、後半部分の業務はエグゼキューションと言うことができます。
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M&Aにおけるエグゼキューションの流れ
エグゼキューションは、M&Aそのものと言えるくらいM&Aの中心的な業務で、実際には半年から数年かかるケースもあります。エグゼキューションの具体的な流れは、主に次の7つのプロセスから成っています。
1.M&Aのスキームの検討
M&Aのスキームとは、株式譲渡や事業譲渡などのM&Aを実施するための手法で、それぞれメリット・デメリットがあるためM&Aの初期段階で最適なスキームを選択しておく必要があります。ただし、その後の交渉によってスキームの変更が必要になる可能性もあるので、1つに絞らず複数選択しておくことも考えられます。
M&Aのスキームには、株式譲渡や事業譲渡の他に、合併、会社分割、株式交換、株式移転、第三者割当増資などがあります。
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2.バリュエーションの実施
M&Aのスキームを選択した後は、対象企業のバリュエーション、つまり「企業価値の評価」を行います。バリュエーションは、M&Aに必要な資金を把握するため主に買手が実施しますが、売手にとっても価格交渉の際に譲渡価格の根拠として必要になります。上場企業の場合には、「企業価値 = 株式の時価総額+ 有利子負債」でM&Aおける企業価値を算出できますが、非上場の企業の場合には株式の市場価格が存在しないため別の方法で算出しなければなりません。
バリュエーションの手法は多数ありますが、一般的には、①対象企業が将来生み出す利益を基に算出する「インカムアプローチ」、②対象企業と類似する企業の株価や過去の売買価格を基に算出する「マーケットアプローチ」、③対象企業の純資産を基に算出する「コストアプローチ」の3種類が利用されています。
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3.交渉
M&Aの中でも特に会社を売買する場合には、具体的な交渉を行う前に売手と買手の経営者同士が直接会って双方の考え方や疑問点などを確認する「トップ面談」を行った後、双方の実務担当者によって売買価格、M&Aのスキーム、各種条件、スケジュールなどの具体的な内容について交渉が行われます。
4.基本合意書契約の締結
通常、売手と買手の間でM&Aに関する基本事項が合意できたときには、「基本合意契約」を締結します。「基本合意契約」の目的は、その時点までに合意できた内容を書面に残すことで、その後の交渉によって売買価格や各種条件などを変更することも可能です。ただし、買手は次のステップで費用と時間がかかるデューデリジェンス(買収監査)を実施するため、通常は、買手に対する独占交渉権の付与やデューデリジェンスへの売手の協力義務など、法的拘束力のある事項も定めます。
5.デューデリジェンスの実施
デューデリジェンスは、買収監査とも呼ばれ、買手が対象企業の「事業」「財務」「人事」「法務」などを多面的に精査します。デューデリジェンスの主な目的は、基本合意した売買価格が適正かどうかの確認、簿外債務や法令違反など潜在リスクの有無、事業の将来性、既存事業とのシナジー効果などを評価・分析することです。
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6.最終交渉、最終契約の締結
デューデリジェンスの結果に基づき、売手と買手の間で最終交渉を行った後、合意に至れば「最終契約書」を締結します。ただし、デューデリジェンスを行った結果、対象企業に重大な潜在リスクが発見された場合には、最終交渉で売買価格の変更やM&Aの中止を決定する可能性もあります。
「最終契約書」はM&Aのスキームによって内容が異なりますが、特に重要となるのは、①売買金額、②M&Aのスキーム、③実施日、④表明保証、⑤クロージング手続きなどです。
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7.クロージング
クロージングとは、最終契約書に基づいて経営権や事業を移管することです。モノの売買であればモノと引き換えに対価を支払えば完了するのですが、M&Aの場合には対価の支払いと共に、M&Aのスキームによって株主名簿の書き換え、取引先との契約承継、資産や負債の移管、従業員の転籍など、経営権の完全移転が終わらなければM&Aは完了しないので非常に重要なプロセスです。
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M&Aにおけるエグゼキューションの重要性
M&Aにおけるエグゼキューション業務は、前述したように通常は仲介会社やM&Aアドバイザリー会社が担当しますが、その業務はM&Aのスキーム検討からクロージングまで多岐に渡ります。各プロセスの進捗状況をチェックし計画通り進められるように売手や買手をサポートするとともに、M&Aに必要な、秘密保持契約書、意向表明書、基本合意書、最終契約書などのドラフト作成も行います。また、対象企業のバリュエーションや、専門家チームによるデューデリジェンスにも対応できるため、M&Aの成功には非常に重要な役割を担っています。
ただし、エグゼキューションをM&A仲介会社やM&Aアドバイザリーに任せきりにせず、売手や買手も常に進捗状況をチェックし、M&Aの手続きが完了するまでは積極的に関わることが大切です。
M&Aにおけるエグゼキューションを成功させるポイント
エグゼキューションは、最初の交渉から最終契約の締結・クロージングまでを含む非常に重要な手続きですから、売手や買手にとっても成功させるためのポイントを把握しておく必要があります。
売り手・買い手の双方が納得できる条件を見出す
M&Aにおいて売手サイドと買手サイドの要求は必ずしも一致しませんから、双方が納得できる条件を見出せなければM&Aの成立は難しくなります。そこで、自社の要求に優先順位をつけて、譲歩できない項目とその他の項目を整理してから交渉に入ることをおすすめします。譲歩できない項目について相手と合意できなければM&Aの中止も考えられますが、その他の項目については総合的に判断し妥協することも必要になります。
通常業務に支障をきたさない
経営者がエグゼキューションに時間をかけすぎて通常業務をおろそかにすると、売上の低下や大きなビジネスチャンスを逃してしまうなどの悪影響が出る可能性があります。特に買手の場合には、本業が順調であることを前提にM&Aを行うので、もし業績が低下するとM&Aどころではなくなります。エグゼキューションを成功させるためには、経営者は通常業務に支障が出ない範囲で進めることが重要です。
常に手続きの漏れをチェックする
M&Aにおけるエグゼキューションの重要な役割の1つは、正しい手続きでM&Aを進めることです。独占禁止法に基づく事前届出など、法律で定められている手続きが漏れていると、時間と手間をかけて慎重に進めてきたM&Aが実施できない可能性もあります。そのため、M&A仲介業者やM&Aアドバイザリーと共に、売手や買手も常に手続きの漏れをチェックすることが大切です。
事前の準備はしっかり行う
M&Aにおけるエグゼキューションの中で最も重要で時間と費用がかかるのがデューデリジェンスです。そのため、売手はデューデリジェンスに必要な大量の資料を事前に整理し、買手の要求に対しすぐに提供できるように準備しておくことが重要です。また、デューデリジェンスの期間中は経営者へのインタビューもあるので、重要な予定はあまり入れない様にしておくこともポイントの1つです。
各分野の専門家の協力を得る
買手がデューデリジェンスを実施するには、対象会社の財務・税務・法務などを精査するために各分野の専門家のサポートが必要になります。中小企業の場合は、自社でそのような専門家を揃えるのは難しいので、デューデリジェンスに必要な会計士・税理士・弁護士などの専門家チームを持っている、M&A仲介業者やM&Aアドバイザリーに相談することも選択肢の1つです。
まとめ
エグゼキューションはM&Aを成功させるための重要なカギです。エグゼキューションが上手くいくと、M&Aの進行が早くなり、失敗するリスクも少なくなります。しかし、バリュエーションやデューデリジェンスなど、専門知識が必要で時間のかかる作業もあるので、M&Aの経験や知識が豊富な専門家のサポートを受けることをおすすめします。