親族内承継とは?
親族内承継を進める際の流れは以下の通りです。
1. 親族の中から後継者を選定する
2. 選定した後継者を育成する
3. 株式を承継する方法を決める
4. 従業員や取引先に後継者を周知する
5. 株式承継方法に応じた手続きを進める(株式売買、遺言書作成、生前贈与など)
6. 銀行借入の保証を外し、後継者に交代する準備をする
さらに詳しく親族内承継の特徴を確認していきましょう。
各種事業承継の手法について
事業承継の手法については親族内承継と親族外承継の大きく2つに分けられます。親族内承継とは前述した通り、経営者の子供や兄弟等親族を後継者として事業を承継していく方法です。親族外承継については代表的な例として「従業員や役員による承継(社内承継)」や「M&A(社外承継)」が挙げられます。
社内承継の代表的なメリットとしては、会社の経営状態や社風を理解した人が後継者になるので、スムーズに承継できる点です。一方、M&A(社外承継)における代表的なメリットとしてはでは経営者が株式譲渡による譲渡益が期待できる点や、買手先との事業上のシナジー効果が期待できる点です。
親族内承継の立ち位置について
親族内承継は、従来より日本の中小企業におけるメジャーな事業承継方法と言われています。しかし、近年後継者不足が課題となり、親族内承継以外の方法を選ばざるをえない企業も増加傾向にあります。
東京商工リサーチの調査によると、2020年の企業における「後継者不在率」は57.5%で、前年より1.9ポイント高い数字でした。代表者の年齢別でみると、60代が40.4%、70代が29.1%、80歳以上が23.5%となっています。
後継者不足の主な要因としては「少子高齢化で跡継ぎがいない」、「承継企業に魅力を感じず子供が引き継ぐ意思を持たない」などが挙げられます。
親族内承継のメリット
2019年に全国約3万4,000社の経営者と先代経営者との関係を調べた帝国データバンクの調査によると、事業承継のうち「同族承継」(親族内承継)で引き継いだ割合は 34.9%で、全項目中最も高い数字を記録しています。また、同調査で後継候補が判明する全国約 9 万 5000 社の後継者候補の属性を見ても、候補として最も多いのは「子供」で 40.1%です。
出典:帝国データバンク「全国・後継者不在企業動向調査(2019 年)」
いまだに国内の多くの中小企業が親族内承継を選んでいる代表的な理由として、「後継者の教育期間を確保できる」「さまざまな承継方法が検討できる」「周囲を納得させやすい」というメリットが考えられます。それぞれ詳しく確認していきましょう。
メリット①後継者の教育期間を確保できる
子供への親族内承継を前提としたケースで考えてみましょう。一般的には子供に会社を任せるまでには10年ほどの期間がかかるといわれており、中小機構が円滑な事業承継のために制定した「事業承継計画表」においても10年目までの期間で設定されています。
子供への親族内承継の場合、あらかじめ自分が会社を引き継ぐことを意識した状態でスタートできます。そのため後継者として十分な教育期間を確保することができ円滑な事業承継が期待できます。
メリット②さまざまな承継方法が検討できる
親族内承継を進める際には、「株式売買」「相続」「生前贈与」により資産を引き継ぐ方法が一般的です。後継者や現経営者の資産状況によって、どの承継方法が適しているかを考えなければなりません。
いずれの方法を取るにしても、税金面が課題となります。親族内承継を前提としていれば、早い段階から後継者が決まっているため、さまざまな承継方法を検討した上で相続税対策や生前贈与を進めておくことが可能です。
メリット③承継時に周囲を納得させやすい
円滑に事業承継を遂げるためには、事前に従業員や取引先に後継者を紹介していくこととなります。日本では現経営者の子供が会社を継ぐケースは珍しくないため、社内外の関係者を納得させやすい点が大きなメリットです。周囲に説明し、後継者が承継することについて納得してもらえば、得意先や金融機関との取引が円滑に引継ぎすることができます。
親族内承継のデメリット
日本の中小企業で最もメジャーな選択肢といえども、近年では親族内承継を選択するケースは減少傾向にあります。帝国データバンクの調査で、事業承継のうち同族承継(親族内承継)は34.9%に達しましたが、2017年と比較すると6.7ポイント、2018年と比較しても4.7ポイント低下した結果です。
出典:帝国データバンク「全国・後継者不在企業動向調査(2019 年)」
親族内承継の減少要因として、少子高齢化が挙げられます。また、「経営権を争うリスクがある」「後継者が経営者の素質があるとは限らない」「柔軟な経営がしにくい」という点から親族内承継をためらう方も多いでしょう。
それぞれ詳しく説明します。
経営権を争うリスクがある
親族を後継者と考える場合、複数の候補者がいる場合がありますが、候補者が多ければ多いほど、候補者同士が経営権を争うリスクが高くなる可能性があります。状況次第で、候補者同士の争いにおさまらず、役員や従業員を巻き込んだ派閥争いにまで発展し、社内を分断する恐れもあります。
また、現経営者に相続人が多いと、生前贈与や相続対策などをしておかなければ死後に株式が分散される可能性が高くなります。このため意思決定に際して経営者以外の株主の意向も考慮しなければならない事態となるリスクがあります。
このため、親族内の候補者が多い場合には、きちんと誰が後継者であるかを本人達にも、社内外にも明らかにしておくことが重要です。
後継者が経営者の素質があるとは限らない
いかに現経営者の経営手腕が優れていたとしても、候補者である子や兄弟も素質をを有しているとは限りません。
親族という理由だけで後継者に指名することで、結果的に経営者として素質がなく、事業承継後に会社が傾く可能性がある点がデメリットとして想定されます。
ちなみに、2019年に発表された三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査結果によると、後継として決定した人が事業を継ぐにあたっての主な懸念事項は、「自分の経営者としての資質の不足」「実務経験の不足」「業績維持・向上に対するプレッシャー」「雇用の維持に対するプレッシャー」「借入金の返済・資金繰りに対するプレッシャー」でした。
出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成30年度 中小企業・小規模事業者における経営者の参入に関する調査に係る委託事業調査報告書」
親族が後継者となり事業を引き継ぐことが最も納得感が高い事業承継ではありますが、会社の継続を考えた上で、誰を後継者にするか判断することも重要となります。
柔軟な経営がしにくい
親族内承継の場合、後継者は心情的に先代経営者の方針を大幅に変えにくい場合も考えられます。時代の流れにあわせて臨機応変に対応せず、先代からの教えに固執することで経営がうまくいかなくなる可能性もあります。
現経営者が作り上げた歴史とこれからでは、経済状況も市場も業務の進め方も大きく変わっています。このため、後継者を監督しながらも後継者自身の経営を行うよう進めていくことが重要です。
親族内の株式の承継方法
後継者を指名するだけでは、親族内承継したことにはなりません。後継者へ自社株式や事業用資産を集中させることで、財産面における親族内承継を実現することができます。
親族内で株式を承継させる方法は、「株式売買」「相続」「生前贈与」の3つです。どの株式承継方法を選択するかによって、手続きの方法やかかる費用、税金などが異なります。
それぞれの特徴やメリットとデメリットを確認していきましょう。
株式売買
株式売買による親族内承継とは、後継者が現在の経営者に対して株式の対価を支払うことで自社株を自身に集約させる方法です。納税資金や遺産分割対策として創業者の株式を現金化したい際に用いられることが多い方法です。
株式売買による承継のメリットは、株式の売買を生前に行うため複雑な相続問題が発生しにくく、他の相続人とトラブルになることを未然に防げる点が想定されます。一方でデメリットは事業承継にかかる資金をまとめて用意しなければならない点や適切な株価算定の必要がある点です。本来の価格より安い価格での売買を行った場合、本来の価格との差額部分は贈与として取り扱われます。このため、別途贈与税の負担が求められるため、注意が必要です。
なお、中小企業で売買時の適正価格を算出する際には、税法上の評価を使うことが多いです。また、株式を譲渡した経営者は株式の売却益に対して所得税・住民税がかかりますが、この他に税引後の手取り現金が相続財産を構成しますので、別途相続対策を検討する必要があります。
相続
相続による親族内承継では、現経営者が亡くなった後に相続で株式を承継します。相続税には、基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)があるため、贈与税額と比較して安くなる可能性が高いくメリットとして考えられます。
一方でデメリットとしては承継に時間が要する点や後継者に相続財産が集中して納税資金の問題や遺産分割の問題が生じやすいことです。
納税資金は事前に資産を現金化する対策や納税猶予の対策を、場合によっては借入等により対応します。また、遺産分割については相続後、後継者が株式を相続できるよう、また相続間のもめ事を極力おさえることを想定した遺言書の作成が重要となります。
遺言書の作成ポイントについては、後ほど詳しく解説します。
生前贈与
生前贈与による親族内承継とは、現経営者が存命中に後継者に株式を贈与することです。メリットとしては段階的に贈与することで、後継者は一度に多額の資金を用意せずとも事業を承継することができる点です。
デメリットとしては贈与時にかかる点で、贈与税は相続税より高くなりやすく、最終的に支払う税負担が大きくなる可能性があります。
加えて生前贈与であっても、被相続人の相続開始前三年間に贈与されたものはみなし相続財産として相続税の課税対象となりますので注意が必要です。
親族内承継のポイント
親族内承継をスムーズに成功させるためには、後継者への自社株式や事業用資産の集中、後継者以外の相続人への配慮を検討しつつ進めていかなければなりません。その際に特に考えておきたいポイントが「早めの事前対策」「議決権割合への意識」「遺言書作成」「税金対策」です。
それぞれの内容を詳しく確認していきましょう。
早めの事前対策
早めに事前対策をすることで、時間を有効に使えるとともに将来の動きにも予め備えることができます。
早めに対策を始めることで、株式を贈与するにしてもスタートが早い方が多くの株式の贈与が可能となりますし、それ以外の対策についても予め検討することで、機会が来た際には即座に対応することが可能となります。
また、遺言がないまま相続を迎えた場合は、遺産分割協議次第では株式が分散する可能性もあります。
議決権割合を意識する
親族内承継を成功させるためには、議決権割合を意識することもポイントです。具体的に、後継者が2/3以上の議決権を有していれば、特別決議(「定款変更」「事業譲渡等」など会社の重要事項に関する決議)ができます(会社法第309条2項)。
たとえ2/3まで株式を集中させることが難しい場合でも、会社法第309条1項の普通決議(「役員報酬」「計算書類の承認」など)や会社法第341条の特則普通決議(「役員の選任」「役員の解任」)ができる過半数の株式は後継者に承継させることが安定した経営を考えると望ましいといえます。
遺言書を作成する
死後に相続争いや遺産分割協議をさせずに、後継者に株式や事業用資産を集中させるためには遺言書の作成が役に立ちます。遺言書の代表的な書き方としては、全文自筆で書く「自筆証書遺言」と、証人2人以上の立会いのもと公証人役場へ出向き、作成する「公正証書遺言」があります。厳格な方式に従って作成する公正証書遺言の方が自筆証書遺言よりも無効になる可能性が低いです。
一方、自筆証書遺言は軽易な方式の遺言なので、他人の力を借りずに自分が作成したい時に作成することができます。
税金対策も検討する
相続の場合には相続税、贈与では贈与税とそれぞれ異なる税金が課されます。株式を遺す場合、経営者に退職金を支払うなどして株式の評価額を下げ、生前贈与することで節税できるケースがあります。
また、非上場株式に係る相続税・贈与税の納税猶予・免除制度や経営円滑化法を活用すること有益です。
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まとめ
親族内承継は、周囲を納得させやすい点や後継者の教育期間を確保できる点から、従来は多くの日本の中小企業が選択している手法でした。親族に株式を渡す際には、株式売買や相続、生前贈与といった方法が選択できます。
いずれの方法を選択するにしても、税金対策や相続人との間で起こる可能性があるトラブルの検知など早めに対策することがポイントです。法律面や税制面など専門的な事柄も多いため、親族内承継で迷ったら、まずは税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
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